120 / 248
第二部 旅のはじまり~水魔の村編~
水魔の村編 第十七話
しおりを挟む
イーリアは、木の上からその美しく輝く金色の髪を狙って矢を放った。
矢を放つ直前、標的の瞳がこちらを見たような気がして焦ったが、その後も何の警戒もなく歩く様子を見て、気のせいだったのだろうと心の中で断じた。
矢を放つ瞬間に風の精霊に助力を頼んだから、放たれた矢は距離などものともせずまっすぐに標的を目指す。
相手に恨みはなかった。
むしろ、セアを助けてくれた事に関しては感謝の念さえ覚えている。
だが、イーリアには守らなくてはならないものがあった。
誰よりも大切で愛おしい存在。彼の為なら、イーリアは何でも出来る。
幼い頃からずっと共にいて、幼なじみでもあり今は恋人でもある少年は、ずいぶん昔に両親を亡くしたイーリアにとっての全てだった。
標的の心臓を狙って放った矢は、勢いをなくすことなく進んでいく。
そのままいけば、標的は矢を受け地に倒れ伏すーその筈だった。
だが、矢が届く寸前、標的の身体が驚異的なスピードで動いた。
風の精霊によって飛来する音すら隠された矢に標的が気づいた時には、普通の人間であれば避けられようのない距離だったはずだ。
なのに避けられてしまった。
あの子供は人間ではなく、獣人かなにかだったのだろうか?もしそうであればあれほどの動きも説明がつく。
獣人は、人間よりもはるかに優れた身体能力をもつ種族だから。
遠目にぱっと宙に血が飛ぶのが見えたから、どこかには矢傷を負わせた筈だった。
矢には毒を塗り込んでおいたから、傷さえつければ恐らく相手は死ぬだろう。
しかし、油断せずに次の矢を放つ。また次の矢も。
標的は、矢を恐れて木の影へ逃げ込んでしまい、姿が見えなくなっていた。
だが、イーリアはしばらく矢を放ち続けた。
そうしているうちに矢が無くなってやっとイーリアは動きを止めた。
肩で息をしながら、標的が逃げ込んだ樹を睨みつける。
標的の動きは無かった。
樹の影で息を潜めているのか、毒が効いて倒れているのか。
恐らく後者だろう。
あの毒はそれほど即効性ではないものの、身体の大きな獣をも殺すことが出来るくらいの毒性は持っている。
あんな小さな子供が、その毒に耐えられるとは思えなかった。
「やった・・・・・・のよね?」
ぽつりと呟き、そのまま惰性の様に自分の放った矢が刺さったままの樹を見つめた。
あの樹の影で、イーリアの矢を受けた子供は無惨に苦しんで死んだに違いない。
確かめにいくべきだろうか、と自分に問う。
だが、その勇気は無かった。
イーリアは力なく首を振り、樹の上から地上へ降りた。そしてそのまま樹に寄りかかり、膝を抱えて座る。
やらなければいけなかったのだと自分に言い聞かせる。
だが、思っていたよりきつかった。憎んでもいない、しかも自分より年下の子供の命を奪うのは。
「・・・・・・でも、守らなきゃいけないのよ」
「誰を?」
独り言に返事を返され、イーリアははじかれたように顔を上げた。
樹の上から誰かが飛び降りてきて、彼女の目の前に降り立つ。
その顔を見て、イーリアは息をのんだ。
金色の髪に縁取られた美しいその顔は、イーリアが殺した筈の存在のもの。
死んだはずの人を前に、イーリアはただ言葉を失った。
矢を放つ直前、標的の瞳がこちらを見たような気がして焦ったが、その後も何の警戒もなく歩く様子を見て、気のせいだったのだろうと心の中で断じた。
矢を放つ瞬間に風の精霊に助力を頼んだから、放たれた矢は距離などものともせずまっすぐに標的を目指す。
相手に恨みはなかった。
むしろ、セアを助けてくれた事に関しては感謝の念さえ覚えている。
だが、イーリアには守らなくてはならないものがあった。
誰よりも大切で愛おしい存在。彼の為なら、イーリアは何でも出来る。
幼い頃からずっと共にいて、幼なじみでもあり今は恋人でもある少年は、ずいぶん昔に両親を亡くしたイーリアにとっての全てだった。
標的の心臓を狙って放った矢は、勢いをなくすことなく進んでいく。
そのままいけば、標的は矢を受け地に倒れ伏すーその筈だった。
だが、矢が届く寸前、標的の身体が驚異的なスピードで動いた。
風の精霊によって飛来する音すら隠された矢に標的が気づいた時には、普通の人間であれば避けられようのない距離だったはずだ。
なのに避けられてしまった。
あの子供は人間ではなく、獣人かなにかだったのだろうか?もしそうであればあれほどの動きも説明がつく。
獣人は、人間よりもはるかに優れた身体能力をもつ種族だから。
遠目にぱっと宙に血が飛ぶのが見えたから、どこかには矢傷を負わせた筈だった。
矢には毒を塗り込んでおいたから、傷さえつければ恐らく相手は死ぬだろう。
しかし、油断せずに次の矢を放つ。また次の矢も。
標的は、矢を恐れて木の影へ逃げ込んでしまい、姿が見えなくなっていた。
だが、イーリアはしばらく矢を放ち続けた。
そうしているうちに矢が無くなってやっとイーリアは動きを止めた。
肩で息をしながら、標的が逃げ込んだ樹を睨みつける。
標的の動きは無かった。
樹の影で息を潜めているのか、毒が効いて倒れているのか。
恐らく後者だろう。
あの毒はそれほど即効性ではないものの、身体の大きな獣をも殺すことが出来るくらいの毒性は持っている。
あんな小さな子供が、その毒に耐えられるとは思えなかった。
「やった・・・・・・のよね?」
ぽつりと呟き、そのまま惰性の様に自分の放った矢が刺さったままの樹を見つめた。
あの樹の影で、イーリアの矢を受けた子供は無惨に苦しんで死んだに違いない。
確かめにいくべきだろうか、と自分に問う。
だが、その勇気は無かった。
イーリアは力なく首を振り、樹の上から地上へ降りた。そしてそのまま樹に寄りかかり、膝を抱えて座る。
やらなければいけなかったのだと自分に言い聞かせる。
だが、思っていたよりきつかった。憎んでもいない、しかも自分より年下の子供の命を奪うのは。
「・・・・・・でも、守らなきゃいけないのよ」
「誰を?」
独り言に返事を返され、イーリアははじかれたように顔を上げた。
樹の上から誰かが飛び降りてきて、彼女の目の前に降り立つ。
その顔を見て、イーリアは息をのんだ。
金色の髪に縁取られた美しいその顔は、イーリアが殺した筈の存在のもの。
死んだはずの人を前に、イーリアはただ言葉を失った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる