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第三部 新たな己への旅路
SS 初日の出
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いつからそうしていたのか記憶にはないけれど。
1年の始まりは大好きだった母親と初日の出を見に行っていた。
よちよち歩きの雷砂の手を引いて歩く、ほっぺを真っ赤にした母の、笑う顔が好きだった……ような気がする。
幼すぎて、幸せだった時間をしっかり覚えていないのが少し悲しい。
でも、過ぎてしまったことは取り戻せない。
子供ながら、雷砂はそのことをきちんと理解していた。
「もうすぐ1年が終わるな~」
「年越しの宴は肉がいっぱい食えるから楽しみだぜ~」
最近ようやくなじんできた集落の子供達の声に、雷砂は昔の記憶の中から現実に帰ってきた。
雷砂が拾われて世話になっているこの集団では、年越しは家族単位で行われるものではなく、集落全体で祝うものらしい。
そんなことを考えながら、ぼんやり他の子供達の声を聞いていると、なにを勘違いしたのか、
「あ、でも、ちゃんと肉以外のメシもでるから大丈夫だぞ、雷砂!!」
「うんうん。ちゃんと雷砂が食べやすいものも作ってやろうって母ちゃんも言ってたし。心配いらねーからな??」
「だからそんな心配そうな顔すんなって」
口々にそう言って、頭をわしわし乱暴に撫でられる。
別に心配そうな顔をしていたつもりのない雷砂は、なんと言葉を返すべきかしばし悩み、
「ん。ありがと」
少しずつ覚え始めたこちらの世界の言葉でたどたどしく返す。
みんなの話す言葉の意味は分かるのに、伝えるための言葉のレパートリーがまだ少ない雷砂はもどかしいような気持ちで彼らの顔を見上げた。
「俺、年が明けたら父ちゃんに狩りにつれてって貰う約束したんだ!」
「え、ずりー!! 俺も行きたい!!」
「じゃ、お前も父ちゃんに頼んでみろよ。子供が狩りに連れてってもらえんの、新年くらいだからな~」
「だな。頼んでみる。新年の初狩りはにぎやかで楽しいもんな」
「だよな~」
少年達はわいわいそんな会話をし、それをじっと聞いている雷砂に気付いてはっとした顔をする。
そして再び慌てたように雷砂に声をかけてきた。
「雷砂はどうする? まだ来たばっかだし、狩りは無理だよなぁ」
「雷砂は年が明けたらなにしたい??」
問われた雷砂は、再び考える。
そして、己の答えに当てはまる言葉を何とかひねり出して、
「お日様、見に行く」
そう伝えた。
「お日様を見に行くぅ? お日様って、あの??」
言いながら、空にある太陽を指さす少年。
その少年の顔を見上げて、雷砂はこっくりと頷いた。
「お日様なんていつだって見られるじゃん。何でそんなことわざわざしたいんだよ?」
もう1人の少年も不思議そうな顔をし、雷砂はどうにか説明しようと一生懸命に言葉を絞り出した。
「1年のはじめに、お日様が昇るところを見る」
「日の出を見る、ってことか?」
確認をするような少年の言葉に、雷砂はこっくりと頷く。
「なるほどな。1年で最初の太陽を見るって事かぁ。面白いとは思えないけど、ま、雷砂がそうしたいんならいいんじゃないか?」
「そうだな。ほら、ここから東に丘があるよな。あそこならそんな遠くないし、太陽が昇るとこもよく見えるんじゃないかな」
「ああ、あそこか。あそこならいいかもな」
少年達の言葉にうんうん頷きながら、雷砂はその丘の場所を彼らから聞き出しておく。
年が明けたら、あの人と一緒にお日様を見に行こう、と考えながら。
雷砂を拾って、雷砂の面倒をみてくれることになったあの人……シンファと一緒に。
そんな風に、思っていた。
年越しの宴が始まる前までは。
正直、年越しの宴は、雷砂の想像を遙かに超えていた。
部族の者が総出でとらえてきた獲物が豪快に調理され、この時のために買い集められた酒が惜しみなく宴の席に並び。
男も女も肉を食べ酒を飲み大いに騒ぐ。
そのあまりの賑やかさに、雷砂は圧倒されていた。
宴の会場のすみっこで、ロウの首にしがみついてみんなを見ていると、
「どうしたぁ、ライ坊。みんながあんまり騒がしいからびっくりしちまったかぁ?」
そんな風に声をかけてきた人がいた。
見上げた先にいたその人は、普段はあまり集落にいない人。
だが、シンファが友人だと紹介してくれた人でもあるので、その顔はきちんと覚えていた。
名前は確か……
「ありおす?」
「お、ちゃんと名前覚えてんじゃん。偉いぞぉ、ライ坊。んで、シンはどこだ?? 一緒じゃねぇのか?」
問われた雷砂は、宴の繰り広げられる広場のど真ん中で、大勢の男連中相手にのみ比べの真っ最中の彼女を手で示した。
それを見たアリオスは面白そうに笑い、
「あ~あぁ。まった面白い事になってやがるなぁ。しっかし、可愛い養い子を放置して飲み比べたぁ、悪いかーちゃんだな?」
いたずらっぽくそう問われた雷砂は、そんなことない、とあわてて首を横に振る。
シンファも最初は雷砂の側にいてくれた。
でもそれでは宴を楽しめないだろうと思った雷砂が、1人で大丈夫だとシンファに言ったのだ。
それでも彼女は渋っていたが、シンファと酒を飲むことを楽しみにしていた部族の男連中に誘われ、渋々飲み比べの輪に加わった結果がアレ、という訳だ。
シンファは楽しそうに酒を飲み、周りの男は1人また1人と酒につぶれて倒れていく。
その様子を雷砂はすごいなぁと感心しながら眺めていた。
ただ。
少しずつ夜の闇を薄れさせてきた空を見上げながら思う。
シンファを初日の出に連れ出すのは無理そうだ、と。
でも仕方がない。
お酒を飲みに行ってもいいと送り出したのは雷砂だし、初日の出を一緒に見ようと誘ってあるわけでもないのだから。
雷砂はひっそりと己の望みをあきらめて、せめて1人でも初日の出を見に行ってみようと立ち上がった。
「ん? どこか行くのか??」
「お日様が昇るところ、見てくる」
「そっか。シンに声かけなくていいのか?」
アリオスの問いかけに頷く。
夜明けの近いこの時間、一晩中お酒を飲んでいたシンファはそろそろ眠くなるだろう。
そんな彼女を無理に連れ出すことは気が引けた。
「んじゃ、このアリオス様が一緒にいってやろーか?」
アリオスのそんな提案に、雷砂はしばし考えた後、首を横に振った。
1人で行くのはちょっと寂しいけど、雷砂がこの世界で初めての初日の出を一緒にみたいと思ったのはシンファなのだ。
それなのに他の人を代わりにするのは少し違う気がする。
「ロウと一緒にいく。だからへーき、だよ」
「そっか。ちなみに、どこでお日様見るんだ?」
「えっと、東の方の丘の上」
「ん。気ぃつけていけよ? そんな遠くねぇが、集落の外だかんな。ま、その狼がいりゃ、心配ねーか」
その言葉に頷いて、アリオスに見送られながらロウと一緒に歩く。
少しだけ寂しいけど、ロウがいるから平気。
そう自分に言い聞かせながら。
◆◇◆
村の連中の飲み比べに巻き込まれ、しこたま酒をかっくらい。
気がつけば酔いつぶれて倒れるように寝ていた。
「おい。シン。こら、お~きぃ~ろって」
気分良く……いや、若干気分は悪かったが、気持ちよく寝ていたところに声をかけられ、頬を張られ。
「……なんだ、アリオス。くだらない用事ならぶっとばすぞ」
酒やけしたようなかすれ声ですごみ、しぶしぶ目を開ける。
そこにあったのは、ひょうひょうとした表情の幼なじみの顔。
シンファはその顔を睨み、ゆっくりと身体を起こした。
「へいへい、わぁってるよ。寝起きのシンの機嫌がちょ~わりぃってことくれぇな。けどなぁ、あのライ坊の顔を見ちゃ放っておけねぇだろ?」
「ライ坊の顔ぉ? ライ坊……って雷砂か! 雷砂がどうした? 雷砂ならさっきまであそこに……って、いない!!」
「ずいぶん前からいねぇよ。ったく、保護者失格だな」
「か、返す言葉もない。雷砂はどこに行ったんだ?」
雷砂がいないことに気づき、一瞬で酔いが醒めたシンファは、神妙な顔でアリオスに尋ねた。
「あ~、なんか、お日様を見に行くって言ってたな。お日様が昇るところを見に行くってさ。たぶん、お前と一緒に見たかったんじゃねぇかな」
「あ、そう言えば、うちの子達も言ってたよ。雷砂は年が明けて初めての日の出を楽しみにしてるみたいだ、って」
「そうだったのか。言ってくれれば一緒に行ったのに」
「お前が楽しそうにしてたから遠慮したんだろ? 雷砂の存在も忘れて酒に飲まれたお前が悪い」
「う……そ、そうだな」
小さくなるシンファを軽く睨み、その頭をわしゃわしゃ撫で。
「東にある丘の上だってよ」
アリオスは小さく苦笑して教えてやった。
「東の丘の上だな! いってくる!!」
ぱっと顔を輝かせ、酔いの余韻など欠片も感じさせずにかけだした幼なじみの背中を、アリオスは微笑ましい気持ちで見送った。
◆◇◆
「お日様、まだかな」
少しずつ明るくなりはじめた丘の上で。
ロウに寄り添い、呟く雷砂の口から白い息が漏れる。
日の出前の空気はまだ冷え冷えしていて、雷砂は冷たくなった手をそっとこすりあわせた。
シンファが居ないことは寂しい。でもロウがいるから大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、雷砂はロウの毛皮をぎゅっと掴んでぴったりくっつく。
そうすると大きな狼の温もりが伝わってきて、雷砂の心も温かくしてくれた。
来年は、宴が始まる前にシンファにお願いをしよう。
一緒に初日の出を見て欲しい、と。
優しいシンファはきっと否とは言わない。きっと笑って頷いてくれるに違いない。
そうしたら宴の終わりを待って、一緒に集落を抜け出して。
ロウと、シンファと、雷砂と。3人でこの丘を目指すのだ。
仲良く、手を、つないで。
「シンファ、手、つないでくれるかなぁ」
できれば手をつないで一緒に歩きたいけど、シンファがイヤならそれでもいい。
並んで歩いて一緒にここに来られるだけでも……1人でそんなことを考えていたら、
「手ならいくらでもつないでやる」
背後からそんな声が響いた。
驚いて振り向こうとした雷砂の手を、大きな手が包み込むように握る。
「これで、いいのか?」
びっくりして横を見ると、雷砂の隣に座ったシンファが、雷砂の手を握って微笑んでいた。
「後はどうすればいい? お日様を見るんだよな? ここでこうして待ってればいいのか?」
問いかける養い親の顔を、雷砂は信じられない気持ちで見上げる。
何も言わないで来てしまったのに、どうしてここが分かったんだろう、と思いながら。
その脳裏に浮かぶ、アリオスの顔。
きっとあの人がシンファに伝えてくれたんだろう。
そう考えて、雷砂は心の中でそっとアリオスに感謝する。
後で会ったらきちんとありがとうを言おう、と思いつつ、雷砂は自分の手を握るシンファの手を握り返して、
「うん。そう」
シンファの質問に短く答えを返した。
「そうか。もうすぐ、かな?」
空を見上げるシンファの言葉につられて、雷砂も空を見上げる。
すると、ちょうどそのタイミングを待っていたかのように、太陽がほんの少し頭のてっぺんをのぞかせた。
そのまぶしさに目を細め、それからシンファの顔を再び見上げる。
「お! 日が出てきたぞ。今年最初の日の出だな!!」
シンファが興奮したような声をあげる。
「こうやって改めて日の出を見ることは中々ないが、結構いいものだな」
「シンファ」
うれしそうに声をあげるシンファの名前を呼ぶ。
なんだ? と言うようにこちらを見てくれた彼女に笑いかけ、雷砂はつなぐ手に力を込める。
「一緒にお日様を見てくれてありがとう」
素直な言葉に、シンファは少し照れたような顔をし、でもすぐに雷砂と同じように微笑んで、
「私もお前と一緒に新しい年を迎えられてうれしいよ。来年もこうして、新しい太陽を見に来よう。手を繋いで、一緒にな」
そう言ってくれた。
その言葉に雷砂は頷き、すっかり明るくなった草原を見回した。
そうしてこれから己が生きていく世界を眺め、再びシンファを見上げて。
雷砂は幸せそうに笑うのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨年は全然続きが書けずにすみませんでした。
頑張りたいという気持ちはありつつも、中々手が回らなくて。
続きを書きたい気持ちはあるので、見捨てずにお付き合いいただけると嬉しいです。
今年こそは頑張ります!!
1年の始まりは大好きだった母親と初日の出を見に行っていた。
よちよち歩きの雷砂の手を引いて歩く、ほっぺを真っ赤にした母の、笑う顔が好きだった……ような気がする。
幼すぎて、幸せだった時間をしっかり覚えていないのが少し悲しい。
でも、過ぎてしまったことは取り戻せない。
子供ながら、雷砂はそのことをきちんと理解していた。
「もうすぐ1年が終わるな~」
「年越しの宴は肉がいっぱい食えるから楽しみだぜ~」
最近ようやくなじんできた集落の子供達の声に、雷砂は昔の記憶の中から現実に帰ってきた。
雷砂が拾われて世話になっているこの集団では、年越しは家族単位で行われるものではなく、集落全体で祝うものらしい。
そんなことを考えながら、ぼんやり他の子供達の声を聞いていると、なにを勘違いしたのか、
「あ、でも、ちゃんと肉以外のメシもでるから大丈夫だぞ、雷砂!!」
「うんうん。ちゃんと雷砂が食べやすいものも作ってやろうって母ちゃんも言ってたし。心配いらねーからな??」
「だからそんな心配そうな顔すんなって」
口々にそう言って、頭をわしわし乱暴に撫でられる。
別に心配そうな顔をしていたつもりのない雷砂は、なんと言葉を返すべきかしばし悩み、
「ん。ありがと」
少しずつ覚え始めたこちらの世界の言葉でたどたどしく返す。
みんなの話す言葉の意味は分かるのに、伝えるための言葉のレパートリーがまだ少ない雷砂はもどかしいような気持ちで彼らの顔を見上げた。
「俺、年が明けたら父ちゃんに狩りにつれてって貰う約束したんだ!」
「え、ずりー!! 俺も行きたい!!」
「じゃ、お前も父ちゃんに頼んでみろよ。子供が狩りに連れてってもらえんの、新年くらいだからな~」
「だな。頼んでみる。新年の初狩りはにぎやかで楽しいもんな」
「だよな~」
少年達はわいわいそんな会話をし、それをじっと聞いている雷砂に気付いてはっとした顔をする。
そして再び慌てたように雷砂に声をかけてきた。
「雷砂はどうする? まだ来たばっかだし、狩りは無理だよなぁ」
「雷砂は年が明けたらなにしたい??」
問われた雷砂は、再び考える。
そして、己の答えに当てはまる言葉を何とかひねり出して、
「お日様、見に行く」
そう伝えた。
「お日様を見に行くぅ? お日様って、あの??」
言いながら、空にある太陽を指さす少年。
その少年の顔を見上げて、雷砂はこっくりと頷いた。
「お日様なんていつだって見られるじゃん。何でそんなことわざわざしたいんだよ?」
もう1人の少年も不思議そうな顔をし、雷砂はどうにか説明しようと一生懸命に言葉を絞り出した。
「1年のはじめに、お日様が昇るところを見る」
「日の出を見る、ってことか?」
確認をするような少年の言葉に、雷砂はこっくりと頷く。
「なるほどな。1年で最初の太陽を見るって事かぁ。面白いとは思えないけど、ま、雷砂がそうしたいんならいいんじゃないか?」
「そうだな。ほら、ここから東に丘があるよな。あそこならそんな遠くないし、太陽が昇るとこもよく見えるんじゃないかな」
「ああ、あそこか。あそこならいいかもな」
少年達の言葉にうんうん頷きながら、雷砂はその丘の場所を彼らから聞き出しておく。
年が明けたら、あの人と一緒にお日様を見に行こう、と考えながら。
雷砂を拾って、雷砂の面倒をみてくれることになったあの人……シンファと一緒に。
そんな風に、思っていた。
年越しの宴が始まる前までは。
正直、年越しの宴は、雷砂の想像を遙かに超えていた。
部族の者が総出でとらえてきた獲物が豪快に調理され、この時のために買い集められた酒が惜しみなく宴の席に並び。
男も女も肉を食べ酒を飲み大いに騒ぐ。
そのあまりの賑やかさに、雷砂は圧倒されていた。
宴の会場のすみっこで、ロウの首にしがみついてみんなを見ていると、
「どうしたぁ、ライ坊。みんながあんまり騒がしいからびっくりしちまったかぁ?」
そんな風に声をかけてきた人がいた。
見上げた先にいたその人は、普段はあまり集落にいない人。
だが、シンファが友人だと紹介してくれた人でもあるので、その顔はきちんと覚えていた。
名前は確か……
「ありおす?」
「お、ちゃんと名前覚えてんじゃん。偉いぞぉ、ライ坊。んで、シンはどこだ?? 一緒じゃねぇのか?」
問われた雷砂は、宴の繰り広げられる広場のど真ん中で、大勢の男連中相手にのみ比べの真っ最中の彼女を手で示した。
それを見たアリオスは面白そうに笑い、
「あ~あぁ。まった面白い事になってやがるなぁ。しっかし、可愛い養い子を放置して飲み比べたぁ、悪いかーちゃんだな?」
いたずらっぽくそう問われた雷砂は、そんなことない、とあわてて首を横に振る。
シンファも最初は雷砂の側にいてくれた。
でもそれでは宴を楽しめないだろうと思った雷砂が、1人で大丈夫だとシンファに言ったのだ。
それでも彼女は渋っていたが、シンファと酒を飲むことを楽しみにしていた部族の男連中に誘われ、渋々飲み比べの輪に加わった結果がアレ、という訳だ。
シンファは楽しそうに酒を飲み、周りの男は1人また1人と酒につぶれて倒れていく。
その様子を雷砂はすごいなぁと感心しながら眺めていた。
ただ。
少しずつ夜の闇を薄れさせてきた空を見上げながら思う。
シンファを初日の出に連れ出すのは無理そうだ、と。
でも仕方がない。
お酒を飲みに行ってもいいと送り出したのは雷砂だし、初日の出を一緒に見ようと誘ってあるわけでもないのだから。
雷砂はひっそりと己の望みをあきらめて、せめて1人でも初日の出を見に行ってみようと立ち上がった。
「ん? どこか行くのか??」
「お日様が昇るところ、見てくる」
「そっか。シンに声かけなくていいのか?」
アリオスの問いかけに頷く。
夜明けの近いこの時間、一晩中お酒を飲んでいたシンファはそろそろ眠くなるだろう。
そんな彼女を無理に連れ出すことは気が引けた。
「んじゃ、このアリオス様が一緒にいってやろーか?」
アリオスのそんな提案に、雷砂はしばし考えた後、首を横に振った。
1人で行くのはちょっと寂しいけど、雷砂がこの世界で初めての初日の出を一緒にみたいと思ったのはシンファなのだ。
それなのに他の人を代わりにするのは少し違う気がする。
「ロウと一緒にいく。だからへーき、だよ」
「そっか。ちなみに、どこでお日様見るんだ?」
「えっと、東の方の丘の上」
「ん。気ぃつけていけよ? そんな遠くねぇが、集落の外だかんな。ま、その狼がいりゃ、心配ねーか」
その言葉に頷いて、アリオスに見送られながらロウと一緒に歩く。
少しだけ寂しいけど、ロウがいるから平気。
そう自分に言い聞かせながら。
◆◇◆
村の連中の飲み比べに巻き込まれ、しこたま酒をかっくらい。
気がつけば酔いつぶれて倒れるように寝ていた。
「おい。シン。こら、お~きぃ~ろって」
気分良く……いや、若干気分は悪かったが、気持ちよく寝ていたところに声をかけられ、頬を張られ。
「……なんだ、アリオス。くだらない用事ならぶっとばすぞ」
酒やけしたようなかすれ声ですごみ、しぶしぶ目を開ける。
そこにあったのは、ひょうひょうとした表情の幼なじみの顔。
シンファはその顔を睨み、ゆっくりと身体を起こした。
「へいへい、わぁってるよ。寝起きのシンの機嫌がちょ~わりぃってことくれぇな。けどなぁ、あのライ坊の顔を見ちゃ放っておけねぇだろ?」
「ライ坊の顔ぉ? ライ坊……って雷砂か! 雷砂がどうした? 雷砂ならさっきまであそこに……って、いない!!」
「ずいぶん前からいねぇよ。ったく、保護者失格だな」
「か、返す言葉もない。雷砂はどこに行ったんだ?」
雷砂がいないことに気づき、一瞬で酔いが醒めたシンファは、神妙な顔でアリオスに尋ねた。
「あ~、なんか、お日様を見に行くって言ってたな。お日様が昇るところを見に行くってさ。たぶん、お前と一緒に見たかったんじゃねぇかな」
「あ、そう言えば、うちの子達も言ってたよ。雷砂は年が明けて初めての日の出を楽しみにしてるみたいだ、って」
「そうだったのか。言ってくれれば一緒に行ったのに」
「お前が楽しそうにしてたから遠慮したんだろ? 雷砂の存在も忘れて酒に飲まれたお前が悪い」
「う……そ、そうだな」
小さくなるシンファを軽く睨み、その頭をわしゃわしゃ撫で。
「東にある丘の上だってよ」
アリオスは小さく苦笑して教えてやった。
「東の丘の上だな! いってくる!!」
ぱっと顔を輝かせ、酔いの余韻など欠片も感じさせずにかけだした幼なじみの背中を、アリオスは微笑ましい気持ちで見送った。
◆◇◆
「お日様、まだかな」
少しずつ明るくなりはじめた丘の上で。
ロウに寄り添い、呟く雷砂の口から白い息が漏れる。
日の出前の空気はまだ冷え冷えしていて、雷砂は冷たくなった手をそっとこすりあわせた。
シンファが居ないことは寂しい。でもロウがいるから大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、雷砂はロウの毛皮をぎゅっと掴んでぴったりくっつく。
そうすると大きな狼の温もりが伝わってきて、雷砂の心も温かくしてくれた。
来年は、宴が始まる前にシンファにお願いをしよう。
一緒に初日の出を見て欲しい、と。
優しいシンファはきっと否とは言わない。きっと笑って頷いてくれるに違いない。
そうしたら宴の終わりを待って、一緒に集落を抜け出して。
ロウと、シンファと、雷砂と。3人でこの丘を目指すのだ。
仲良く、手を、つないで。
「シンファ、手、つないでくれるかなぁ」
できれば手をつないで一緒に歩きたいけど、シンファがイヤならそれでもいい。
並んで歩いて一緒にここに来られるだけでも……1人でそんなことを考えていたら、
「手ならいくらでもつないでやる」
背後からそんな声が響いた。
驚いて振り向こうとした雷砂の手を、大きな手が包み込むように握る。
「これで、いいのか?」
びっくりして横を見ると、雷砂の隣に座ったシンファが、雷砂の手を握って微笑んでいた。
「後はどうすればいい? お日様を見るんだよな? ここでこうして待ってればいいのか?」
問いかける養い親の顔を、雷砂は信じられない気持ちで見上げる。
何も言わないで来てしまったのに、どうしてここが分かったんだろう、と思いながら。
その脳裏に浮かぶ、アリオスの顔。
きっとあの人がシンファに伝えてくれたんだろう。
そう考えて、雷砂は心の中でそっとアリオスに感謝する。
後で会ったらきちんとありがとうを言おう、と思いつつ、雷砂は自分の手を握るシンファの手を握り返して、
「うん。そう」
シンファの質問に短く答えを返した。
「そうか。もうすぐ、かな?」
空を見上げるシンファの言葉につられて、雷砂も空を見上げる。
すると、ちょうどそのタイミングを待っていたかのように、太陽がほんの少し頭のてっぺんをのぞかせた。
そのまぶしさに目を細め、それからシンファの顔を再び見上げる。
「お! 日が出てきたぞ。今年最初の日の出だな!!」
シンファが興奮したような声をあげる。
「こうやって改めて日の出を見ることは中々ないが、結構いいものだな」
「シンファ」
うれしそうに声をあげるシンファの名前を呼ぶ。
なんだ? と言うようにこちらを見てくれた彼女に笑いかけ、雷砂はつなぐ手に力を込める。
「一緒にお日様を見てくれてありがとう」
素直な言葉に、シンファは少し照れたような顔をし、でもすぐに雷砂と同じように微笑んで、
「私もお前と一緒に新しい年を迎えられてうれしいよ。来年もこうして、新しい太陽を見に来よう。手を繋いで、一緒にな」
そう言ってくれた。
その言葉に雷砂は頷き、すっかり明るくなった草原を見回した。
そうしてこれから己が生きていく世界を眺め、再びシンファを見上げて。
雷砂は幸せそうに笑うのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨年は全然続きが書けずにすみませんでした。
頑張りたいという気持ちはありつつも、中々手が回らなくて。
続きを書きたい気持ちはあるので、見捨てずにお付き合いいただけると嬉しいです。
今年こそは頑張ります!!
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そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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