龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~水魔の村編~

SS 忠実なる僕の想い 2

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 主の命令は絶対だった。
 彼女の命を受け、剣の形態から獣の形態へ姿を変え、指示された相手の傷を癒す。
 だが、それが間違いだった。

 名を呼ばれ、見えたのは武器を手放した主が敵の剣を受け、地面に倒れ込んでいく姿。

 ロウは瞬時に行動した。
 その姿を光に変え、まずは敵を排除する。
 自分だけの力で倒すことは出来なくても、一時的に遠ざけることなら出来る。
 ロウは相手を傷つけ、少しの時間を稼ぎ、少女の姿になって主の傍らに膝を突いた。

 ひどい状態だった。
 剣は主の体を突き通して内臓を傷つけ、その意識を刈り取っていた。
 ロウは手早く傷の周りの布を排除し、赤々とした液体を流す傷口に唇を寄せた。

 中まで癒す時間はないと判断し、まずは表面の傷をふさぐことに専念する。
 それで何とか止血は出来るし、動くことも出来るだろう。
 内側を癒すのは、戦いが終わってからになりそうだが仕方がない。

 青白く冷たい頬を両手で包み、唇をあわせる。
 そしてそのまま、自分の体を構成する聖なる力を勢いよく主の中へと吹き込んだ。その覚醒を促すために。

 その瞬間、主の目が開き、その命が輝いた。

 後は、敵を倒すだけ。早く倒せば倒すほど、主の傷を早く癒す事が出来る。
 ロウは、張り切ってその身を剣へと転じるのだった。





 戦いを終え、無茶に無茶を重ねた主は見事に寝込んだ。
 もちろん、戦いが終わった後すぐに体の内側の傷もふさいだのだが、それでも失った血の補充は出来ず、力つきたように倒れたまま、眠り込んでしまったのだった。

 倒れた主ー雷砂は、もちろんロウが運んだ。他の者に任せられるわけもない。
 セイラは自分こそがその任を担いたかったのだろうが、さすがに彼女も疲れ果てていた。
 雷砂を運ぶロウを横目で睨みつつ、だがおとなしくその後ろをついてイルサーダの待つ拠点までしっかり自分の足で歩いた。

 イルサーダは意識を失った雷砂を見ても取り乱すことなく、てきぱきと寝台を整え、滋養強壮に良く効く薬湯を準備したりと中々気が利いた。
 流石は龍の眷属たる龍神族の者だと、ロウは感心しつつも満足した様子で彼の行動を見守った。

 整った寝台に雷砂を横たえ、イルサーダが持ってきた薬湯を口移しで飲ませていく。
 そこに自分の体液も混ぜ込んで更に薬効を高めることも忘れない。
 その横ではセイラが何かわめいているが、ロウはまるで気にせずに黙々と雷砂に薬湯を飲ませ続けた。

 それが終わると、今度はいそいそと寝台によじ登って布団の中に入り込むと、雷砂の体にぴったりと張り付くようにして横になる。
 それを見たセイラはもちろん目をつり上げた。


 「ねぇ、あなた。一体なにをしているのかしら?」


 いらいらと、そう問いただす。
 目の前の少女が、いつも雷砂に付きしたがっていた狼・ロウなのだということは、雷砂が戦う様子を見ているうちに何となく理解していた。
 だが、狼の姿のロウが添い寝をするならともかく、見た目的に非常に魅力的な少女が雷砂と唇を合わせたり、添い寝をしたりする様子を見るのは精神衛生上良くなかった。
 良くないどころか、大変不快だった。
 だが、そんなセイラの感情など気にもならないのか、ロウはまっすぐセイラを見上げて、


 「添い寝?」


 返ってきたのはそんな答え。
 そんなの見りゃわかるわよと思いながら、相手の本質は狼なんだからと自分を落ち着かせつつ、


 「な、なんで添い寝をするの?」


 重ねて問いかけた。
 ロウは言葉を探すように首を傾げてしばし黙考し、


 「マスター、冷たい。ロウが暖めてあげる」


 そう答えた。
 その答えには、さすがのセイラも納得し、だがそれで引き下がることなく、大人の余裕で微笑んで、


 「なるほど。そうね。暖めてあげないといけないわよね、冷えてるなら。じゃあ、後は私が雷砂を暖めるから、あなたはもう出て良いわよ」


 そう指示を出す。ロウが従うことを、信じて疑わない声音で。
 だが、そうは問屋がおろさなかった。


 「いや。マスターはロウが暖める」


 明確な拒絶を口にして、ロウは更に雷砂にその身をすり寄せた。
 そのとき、セイラの額に青筋が浮いたのを、横に控えていたリインははっきり見たという。
 セイラはにこやかに笑いながら怒るという器用な芸当を披露しつつ、


 「ふうん、そう・・・・・・」


 底冷えするような声で言いながら、手早く自身も身につけていた服を脱いであっという間に一糸まとわぬ姿へ。
 そしてそのまま、ロウの反対側から雷砂に体を押しつけた。

 とたんにひんやりとした体の冷たさを感じて、ロウに感じていた苛立ちも忘れ、雷砂の体をいたわる気持ちが浮上する。
 これは確かに、人肌で温めてあげる必要があるだろう。
 セイラは体と体の隙間が開かないようにぴったりと雷砂に張り付き、手のひらで雷砂の体をさすった。
 少しでも早く暖かくなるようにと。
 それから妹へ声をかける。


 「リイン、あんたも来なさい。ロウよりもリインの方が体が大きいし、広い面積を温めてあげることができるから。ロウ、あなたは雷砂の上よ。自分の体を自由に変えることが出来るんだから、重さだって調整できるでしょ?」


 セイラの指示に、リインは少し困ったような顔をし、ロウは小さく首を傾げる。


 「は、恥ずかしいけど、わかった。雷砂のため」

 「・・・・・・やってみる」


 リインもロウも、それぞれ返事を返し、リインは真っ赤な顔でもぞもぞと服を脱ぎ、ロウは雷砂の上に移動する。
 重さの調整は、なんて事なく出来たようだ。
 それはロウが上に乗っても苦しそうな様子のない雷砂を見ていて分かった。

 そうこうしているうちに、さっきまでロウが陣取っていた位置にリインが滑り込んできた。
 真っ赤な顔で、だが覚悟を決めたようにぴっとりと雷砂に身を寄せる。
 しばらく3人とも、じっと動かずに雷砂を温め続けた。だが、なにを思ったのか、ロウがもぞもぞ動き始める。


 「ちょっと、ロウ。なにやってるの?」

 「マスターの服、脱がせる。服無い方が、温めるのに効率的」


 言いながら、ロウは器用に雷砂の服をあっという間に脱がせてしまった。
 神業的である。


 「・・・・・・すごいわね」

 「えへん」

 「今度、私にもやり方教えてよ」


 そんな言葉を受けて、ロウはじぃっとセイラの顔を見つめる。
 そして答えた。


 「ダメ。教えない。悪用の可能性、ある」

 「悪用って・・・・・・そんなこと、しないわよぅ」


 きっぱりとしたロウの答えに、答えるセイラの言葉は弱い。ちょっとした下心があったことは確かだからだ。
 ちぇ~っと唇を尖らせながら、セイラは雷砂に身をすり寄せた。
 余分な布地がなくなって、ダイレクトに体温が伝わっていく。
 女4人の詰まった布団の中は何とも暖かく、心地よかった。
 その暖かさを感じながら、セイラはいつの間にか眠りに落ちていった。





 暖かな布団の中で、大好きな主の体に乗っかりながら、ロウは幸せな気持ちに包まれていた。
 主の体調は心配だが、命の心配は無い。
 主の心臓は元気に時を刻んでいるし、その音に耳を澄ませているのは何とも心が安らいだ。

 主の両脇の湯たんぽもうとうとと居眠りを始め、ロウも少しだけ眠くなる。
 狼の姿の時は眠いという感覚は薄かったのに、人型になると途端にそう言った欲求が出てくるのだから不思議だ。

 そのまままどろみに身を任せようとしたとき、ふと今回の戦いで主の体についた大小の傷の事が頭に浮かび上がってきた。
 とにかくまずは大きな傷を癒さねばと癒したきり、他の傷はそのままになっていたのだ。
 放置して、主の体に傷を残すのは嫌だと思い、ロウはもそもそと行動を開始する。

 まずは足の方から。
 暗い中でもよく見えるロウの目は、布団の中に潜っても雷砂の体を鮮明に見ることが出来た。
 足から腿、腹から胸へ。
 傷を見つけてはねっとりと舌を這わせる。
 ぴちゃぴちゃと音をたてながら傷を癒していくうちに、その刺激に雷砂の体が反応し始めた。


 「ふ、ぅ・・・・・・ん・・・・・・んぅ」


 眠ったままの雷砂が甘い声を漏らし、それに気づいたセイラが目を覚ます。
 彼女は寝ぼけたまま愛しい少女の顔を見て、その頬が鮮やかに色づき、眉が色っぽく悩ましげに寄せられているのに気づいてほんのりと首を傾げる。
 そしてそれから雷砂の上の布団がもぞもぞ動き、そこからなにやら何かを舐めるような水音が聞こえてくる事を察して、眉尻をつり上げた。
 その怒りのまま勢いよく布団をはぎ取ると、雷砂の体に唇を寄せ、舌を這わせているロウを睨みつけた。


 「なにやってんのよ!?」

 「見れば分かる。マスターの傷の治療」

 「分かるかっ!!いやらしいことをしているようにしか見えないわよ!!」

 「いやらしいこと?それは心外。ロウは、マスターの為になることをしてるのに」

 「舐めなきゃいけないなら、狼の姿になってやりゃすむことでしょ!?」

 「それはイヤ」

 「あんたねぇ」


 そんなやりとりを二人がしている間に、せっかく暖まった雷砂の体がまた冷えはじめ、くちゅんと可愛らしいくしゃみをした。
 その音に気づいたリインがぶるりと身を震わせ、目を開けた。
 そしてふるふると震え始めた雷砂を胸に抱き寄せ、言い合いをする二人をきっと見上げた。


 「布団、戻さないと雷砂が風邪をひく。喧嘩はその後に二人で好きなだけすればいい」

 「「あ」」


 リインの言葉にはっとしたように、ロウもセイラも雷砂に目を落とす。
 リインはこれ見よがしに雷砂を自分の方へ抱き寄せると、引きはがされた布団を引き上げて自分と雷砂の上にかけると目を閉じた。
 セイラとロウは、気まずげに目を合わせ、それから示し合わせたように再びもそもそと布団の中に入り込む。そしてそれから後は、余計な事をせずおとなしく添い寝を続けたのだった。

 この為かそうじゃないかは分からないが、その日の夜から雷砂が熱を出し、リインのあきれ混じりの冷たいまなざしにセイラもロウもその身を小さくした、らしい。
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