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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~
小さな娼婦編 第八話
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ならず者達の家を出た後は再び夜道を飛ぶように駆けた。
彼らから教えられた場所へたどり着くと目の前には、大きくて派手な建物。
雷砂はそれを見上げ、それからゆっくりと正面の入り口を通って中へと進む。
だが、それほど進む間もなく、屈強な男に引き留められた。
彼は呆れたように雷砂を見下ろし、
「おいおい、坊主。ここがどこだか分かってきたのか?ここは、お前さんみたいな子供がきていい場所じゃないよ。さ、帰んな」
頭ごなしに怒鳴ることをせずに、そんな風に声をかけてきた。
それを聞いて、まあ話せそうな人間だと判断した雷砂は、遙か上にある男の顔を仰ぐように見上げて、
「そう言うわけにもいかないんだよ。こっちにもそれなりの事情があるんだ。ねえ、ここで一番偉い人に会いたいんだけど、いる?」
素直に自分の要望を伝えてみた。
男は一瞬困った顔をし、だが雷砂の要望をすぐに突っぱねることをせずにしばし考えた後、ちょっと待ってなと柔らかな金色の髪を無骨な手の平でそっと撫でてから店の奥へと消えていった。
彼の言葉を信じて待つこと数分。
店の奥へ続く通路から、目を見張るような美人が現れた。
派手な化粧を施された顔も美しいが、その肢体も見事の一言につきた。
引っ込むべきところはしっかり引っ込んで、出るべきところは必要以上に出っ張っている。
そんな体型なのに、妙に胸元があいた服を着ているものだから、今にも胸がこぼれ落ちそうで見ていてはらはらした。
(セイラより大きいおっぱいは初めて見たなぁ)
素直に感心しながら彼女を見上げる。
とはいえ、雷砂が見たことのある女性の胸など数えるほどだ。
ただ、そのほとんどが平均か、平均より下に位置する胸のサイズであっただけなのだが、女性のバストにさほど興味のない雷砂がそんなこと知る由もない。
女性の方もまた、雷砂の姿を見て軽く目を見張る。
職業柄、彼女は今まで美しい女も男も沢山見てきた。
だが、そんな彼女であっても、雷砂のどこか人間離れした美しさに素直な賞賛の念を覚えた。
「お嬢ちゃん、アタシに何か用があるって?」
彼女は雷砂をじろじろと見ながらそう声をかけた。
悪い人間には見えないし、それ以上に自分を売りに来たようにも見えない。
恐らく女や男を買いにきた訳でも無いだろう。
ならば、一体どんな用件でここに来たと言うのか?
美女の探るような眼差しを受けながら、雷砂は彼女の言葉に少しだけ驚く。
「オレが女だって、よく分かったね?」
小さい頃はそうでもなかったのに、最近は女に見られるより男に見られる方が遙かに多い。
特に初対面で雷砂を女と言い当てる者は皆無といっても良かった。
それなのに、なぜ彼女はすぐに言い当てられたのだろう。
かすかに首を傾げた雷砂の問いに、
「そりゃあ、男相手の商売をしてるからねぇ。あんたみたいな子供からじいさんまで、いろんな男を見てきたけど、あんたにゃ男の臭いみたいなものが感じられないのさ。ま、女の臭いも希薄だけどね」
笑いながら彼女が答える。
「ふうん?そういうものなの?」
良いながら、自分の腕の臭いをくんくんと嗅ぐ雷砂の仕草をみて、女は可笑しそうに笑った。
「変な子だねぇ、あんた。ま、取り敢えずあがんなさいよ。店先で話してたらせっかくの客も回れ右して帰っちまうだろうしさ」
くいっと顎をしゃくり、女は雷砂に背を向けて歩き出す。
雷砂は妙に妖艶なその歩き姿を眺めながら、大人しく後に続くのだった。
来客に対応する部屋なのか、少し落ち着いた内装の部屋へ雷砂を通すと、娼館「蝶の夢」の女主人は雷砂にイスを勧めながら己の名を名乗った。
「ようこそ、蝶の夢へ。アタシがこの館を取り仕切ってる、ディエ・イーリンだ。従業員とか客からは、マダムって呼ばれることが多いね」
「ふうん。オレもマダムって呼んだ方がいい?」
「別に、好きに呼んでくれてかまわないよ」
「じゃあ、そうさせてもらう。オレは雷砂。よろしくな、イーリン」
「雷砂、ねぇ。随分変わったなまえだねぇ。ま、あんたにはよく似合ってるけど。じゃあ、アタシも雷砂って呼ばせて貰おうか」
イーリンは言いながら、ゆっくりと扇情的に足を組む。
雷砂は知らないが、彼女が纏っている衣装は、チャイナドレスという、雷砂のもと居た世界のものとよく似ていた。
スリットが深すぎるとか、胸元が開きすぎているとか、色々と改良は施されているようだったが。
恐らくこの場にサイ・クーが居たら、懐かしそうに目を細めながら鼻の下を伸ばすという器用な顔芸を見ることが出来たことだろう。
「で、雷砂。こんな夜更けに、一体何の様で来たんだい?アタシにゃあんたが女や男を買いに来たとは思えないんだけどねぇ」
「や、それで間違ってないよ。正確に言うなら買い戻しに来た、が正解かな」
「買い戻し?誰かを身請けするって事かい?その年で??」
驚いたように目を見開くイーリンに、雷砂は生真面目に頷いて見せた。
そして腰に括り付けていた皮袋をテーブルの上に置いて口を開く。
「今日、アレサって女の子がここに売られたはずなんだ。その子を買い戻したい」
「アレサ?ああ、あの子か。なんだ。なにか訳ありかい?」
「まあそんなところ。アレサを売り飛ばした悪党からお金は返して貰ったから、それで何とかならないかな?」
言いながら、皮袋をイーリンの前に押しやる。
彼女は中身を確認しながら、
「ダーリア、控えてるんだろ?いるなら帳簿を持ってきてくれないかい?」
扉の外に向かってそう声をかけ、しばらくすると髪で片目を隠した少女が中に入ってきて分厚い帳面をイーリアの前に置いた。
イーリンは彼女に向かって、まるで母親のように優しく微笑み、
「ありがとよ。さ、もう行っていいよ」
そう言って再び彼女を部屋の外へ送り出した。
ダーリアと呼ばれた少女はおどおどと頭を下げると、まるで逃げるように部屋の外へと出て行った。
彼女が雷砂を見たときに浮かべた表情は、明らかなおびえの表情だった。
問うようにイーリンを見ると、彼女は少しだけ困ったように笑い、
「すまないね。あの子は色々辛いことがあってね。ちょっと人間恐怖症気味なのさ。慣れれば少しは良いみたいだけど、初対面の人間相手だとどうにもダメみたいでね」
雷砂にそう説明しながらパラパラと帳簿をめくった。すぐにその手が止まり、彼女は濃い紫の瞳で帳簿の文字を追いかける。
「そうだね。アレサって子は今日の夕方、金貨50枚で買い上げてるよ」
「そのお金で何とかなるかな?有り金を巻き上げてきたから、金貨50枚よりは入ってると思うんだけど」
身を乗り出し問いかけた雷砂に向かって、イーリンが厳しい顔で首を横に振った。
雷砂は困ったように彼女の顔を見上げる。
「えっと、足りなかった?」
「金貨50枚あるかっていう意味なら確かにあるよ。でも、アレサって子を買うのに足りるかって言われたら、足りないって答えるしかないね」
「でも、金貨50枚で買ったんだよね?」
「そうだね。でも、それじゃあ足りないんだ」
「どうしてって、聞いても?」
素直に尋ねた雷砂に、イーリンは一つ頷いて丁寧に説明してくれた。
娼婦達に掛かるお金について。
衣装代や化粧代、衣食住を賄い、病気になればもちろん医師も呼ぶし、余暇を過ごすためのちょっとした給料だって支払っている。
彼女達は、そんな中から少しずつお金を貯めて仕送りをしたり、自分を買い戻す算段もする。
中には幸運にも、金持ちの常連客に見受けして貰える事もあるが、そんな者はほんの一握りだ。
ほとんどの女達は、女の盛りを越えてもなお働き、そうしてやっと自由を手に入れる。
「身請け代にはね、そういう色々な経費が上乗せされてるんだ」
「うん。確かにそれは必要なことだよな。そうじゃないとイーリンが損をしちゃうもん。だけど、アレサが売られたのは今日の夕方でしょ?」
「娼婦は売られた瞬間から金が掛かる生き物なんだ。もうアレサの為の衣装も発注したし、専用の道具ももう作り始めてる。身請けの金額は、そういった初期投資と当人の伸び代も上乗せされる仕組みなんだ。まあ、アレサに事情があるのは察するけれど、うちも商売だからね」
申し訳なさそうなイーリンに、雷砂は気にするなと首を振る。
それが彼女の商売なのだし、身請け代の仕組みも納得はした。
これ以上無理を言うのはただの我が儘だろう。
望まないまま娼婦に身を落としたのはきっとアレサだけではないし、助けてほしいと願っているのもアレサだけでは無い。
だが、雷砂に助けられるのはアレサだけだ。
ほかの娘達に助けの手を差し伸べられるだけの財力も力も、今の雷砂には無かった。
ならばせめてズルすることなくアレサを救い出さねばと思う。
自分の出来る限りの手段で、力一杯努力して。
「アレサを助けたいと思うのはオレの我が儘だし、その我が儘でイーリンを困らせるのは間違ってると思う。ちゃんと正規の料金を用意するよ」
「正規の料金を用意するって・・・・・・」
イーリンは再び困った顔をする。
たとえ元金があったとしても、こんな子供に用意できる額ではない。
目の前にいるまっすぐな目をした子供に、それを伝えるのは忍びなかった。
「で、いくら?」
「さすがに無理だと思うけどねぇ」
「取り敢えず教えてよ。そうしないと何も始まらないしね」
そう言って覚悟を決めたように笑う雷砂の顔を見て、イーリンは小さく息をついて、重い口を渋々開いた。
「そうだねぇ。ぎりぎり頑張って金貨70ま・・・・・・」
「値引きは必要ない。正規の料金を、教えて欲しいんだ」
「・・・・・・仕方ないねぇ。アレサは年も若いし、これからの伸び代を計算に入れたら、最低でも金貨100枚は貰わないと割に合わない。・・・・・・これでいいのかい?」
「ああ。ありがとう、イーリン。となると、足りないのはあと金貨50枚くらい?」
「しっかり数えてはいないけど、金貨60枚近くはあると思うよ。細かい金もあわせてね」
「分かった。取り敢えず、お金を作るまでの間、アレサに客を取らせないようにしたいんだけど、どうすればいいかな?」
「買い手がいたら売らないわけにはいかないよ。あの子はもう娼婦なんだから。もしそうしたくないなら、あんたが買ってやるしかないねぇ。あの子の夜を、さ」
イーリンは真っ直ぐに雷砂を見つめる。
雷砂は彼女の真摯な瞳を見返して、無造作に皮袋の中に手を差し入れ、掴んだ金を彼女の前に差し出した。
「じゃあ、アレサの夜はオレが買うよ。取り敢えず3日分、ここからとって貰える?」
「3日分、だね」
そう確認し、イーリンは雷砂の小さな手の平の上の金を必要な分だけ取り分けた。
そして伝える。
これで3日分のあの子の時間はあんたのものだ、と。
頷いた雷砂に、アレサの部屋の場所を伝えたイーリンは、
「あの子、ずうっと泣いてるよ。早く、行ってやりな。部屋のものは好きに使って構わない。料金に含まれてるからね」
「わかった。色々ありがとう、イーリン」
笑ってそんな礼の言葉を告げる雷砂に苦笑を向け、
「礼を言うのはアレサを買い戻してからにしておくれ。ま、実際にそうなったら、稼がせてくれてありがとうと、アタシの方が礼をいう事になりそうだけどね」
そう言いながら、雷砂を部屋の外へと送り出す。
再び礼を言って歩き出そうとした雷砂を思わず呼び止め、そっと抱きしめた。
小さな体だ。
まだほんの子供なのに、自分はそんな子供に向かってなんて無茶な要求をしたのだろうか。
そんな罪悪感がこみ上げてくる。
「くれぐれも、無茶はするんじゃないよ?いいね?」
イーリンの言葉を受けて、雷砂はそっと彼女の背中に手を回す。
「分かった。無茶はしない。イーリンも、そんなこぼれそうなおっぱいを見せびらかしてると、野獣みたいな男に襲われちゃうから気をつけた方が良いよ?」
彼女の忠告に頷きを返し、冗談混じりの忠告を返す。
伝わってくる彼女の罪悪感が、少しでも軽くなるようにと。
「まったく、何を言うかと思ったら。いいんだよ、アタシはこれで。自分の体を見せびらかすのがアタシの商売みたいなもんなんだから」
雷砂の意図を感じたイーリンは、ほんの少し泣き笑いのような顔をした後、改めて艶やかに笑って見せた。
そんな彼女の顔を見て、雷砂もまた微笑む。
「うん。イーリンは、そう言う笑い顔の方が綺麗だよ」
無意識の、そんな歯の浮くようなセリフと共に。
思いがけない笑顔と共に投げつけられたキザなセリフに、もうそんなのは慣れっこになっているはずのイーリンの頬がかすかに染まる。
雷砂の天然女ったらしぶりは、歴戦の娼婦にも絶大な威力を発揮するのだった。
彼らから教えられた場所へたどり着くと目の前には、大きくて派手な建物。
雷砂はそれを見上げ、それからゆっくりと正面の入り口を通って中へと進む。
だが、それほど進む間もなく、屈強な男に引き留められた。
彼は呆れたように雷砂を見下ろし、
「おいおい、坊主。ここがどこだか分かってきたのか?ここは、お前さんみたいな子供がきていい場所じゃないよ。さ、帰んな」
頭ごなしに怒鳴ることをせずに、そんな風に声をかけてきた。
それを聞いて、まあ話せそうな人間だと判断した雷砂は、遙か上にある男の顔を仰ぐように見上げて、
「そう言うわけにもいかないんだよ。こっちにもそれなりの事情があるんだ。ねえ、ここで一番偉い人に会いたいんだけど、いる?」
素直に自分の要望を伝えてみた。
男は一瞬困った顔をし、だが雷砂の要望をすぐに突っぱねることをせずにしばし考えた後、ちょっと待ってなと柔らかな金色の髪を無骨な手の平でそっと撫でてから店の奥へと消えていった。
彼の言葉を信じて待つこと数分。
店の奥へ続く通路から、目を見張るような美人が現れた。
派手な化粧を施された顔も美しいが、その肢体も見事の一言につきた。
引っ込むべきところはしっかり引っ込んで、出るべきところは必要以上に出っ張っている。
そんな体型なのに、妙に胸元があいた服を着ているものだから、今にも胸がこぼれ落ちそうで見ていてはらはらした。
(セイラより大きいおっぱいは初めて見たなぁ)
素直に感心しながら彼女を見上げる。
とはいえ、雷砂が見たことのある女性の胸など数えるほどだ。
ただ、そのほとんどが平均か、平均より下に位置する胸のサイズであっただけなのだが、女性のバストにさほど興味のない雷砂がそんなこと知る由もない。
女性の方もまた、雷砂の姿を見て軽く目を見張る。
職業柄、彼女は今まで美しい女も男も沢山見てきた。
だが、そんな彼女であっても、雷砂のどこか人間離れした美しさに素直な賞賛の念を覚えた。
「お嬢ちゃん、アタシに何か用があるって?」
彼女は雷砂をじろじろと見ながらそう声をかけた。
悪い人間には見えないし、それ以上に自分を売りに来たようにも見えない。
恐らく女や男を買いにきた訳でも無いだろう。
ならば、一体どんな用件でここに来たと言うのか?
美女の探るような眼差しを受けながら、雷砂は彼女の言葉に少しだけ驚く。
「オレが女だって、よく分かったね?」
小さい頃はそうでもなかったのに、最近は女に見られるより男に見られる方が遙かに多い。
特に初対面で雷砂を女と言い当てる者は皆無といっても良かった。
それなのに、なぜ彼女はすぐに言い当てられたのだろう。
かすかに首を傾げた雷砂の問いに、
「そりゃあ、男相手の商売をしてるからねぇ。あんたみたいな子供からじいさんまで、いろんな男を見てきたけど、あんたにゃ男の臭いみたいなものが感じられないのさ。ま、女の臭いも希薄だけどね」
笑いながら彼女が答える。
「ふうん?そういうものなの?」
良いながら、自分の腕の臭いをくんくんと嗅ぐ雷砂の仕草をみて、女は可笑しそうに笑った。
「変な子だねぇ、あんた。ま、取り敢えずあがんなさいよ。店先で話してたらせっかくの客も回れ右して帰っちまうだろうしさ」
くいっと顎をしゃくり、女は雷砂に背を向けて歩き出す。
雷砂は妙に妖艶なその歩き姿を眺めながら、大人しく後に続くのだった。
来客に対応する部屋なのか、少し落ち着いた内装の部屋へ雷砂を通すと、娼館「蝶の夢」の女主人は雷砂にイスを勧めながら己の名を名乗った。
「ようこそ、蝶の夢へ。アタシがこの館を取り仕切ってる、ディエ・イーリンだ。従業員とか客からは、マダムって呼ばれることが多いね」
「ふうん。オレもマダムって呼んだ方がいい?」
「別に、好きに呼んでくれてかまわないよ」
「じゃあ、そうさせてもらう。オレは雷砂。よろしくな、イーリン」
「雷砂、ねぇ。随分変わったなまえだねぇ。ま、あんたにはよく似合ってるけど。じゃあ、アタシも雷砂って呼ばせて貰おうか」
イーリンは言いながら、ゆっくりと扇情的に足を組む。
雷砂は知らないが、彼女が纏っている衣装は、チャイナドレスという、雷砂のもと居た世界のものとよく似ていた。
スリットが深すぎるとか、胸元が開きすぎているとか、色々と改良は施されているようだったが。
恐らくこの場にサイ・クーが居たら、懐かしそうに目を細めながら鼻の下を伸ばすという器用な顔芸を見ることが出来たことだろう。
「で、雷砂。こんな夜更けに、一体何の様で来たんだい?アタシにゃあんたが女や男を買いに来たとは思えないんだけどねぇ」
「や、それで間違ってないよ。正確に言うなら買い戻しに来た、が正解かな」
「買い戻し?誰かを身請けするって事かい?その年で??」
驚いたように目を見開くイーリンに、雷砂は生真面目に頷いて見せた。
そして腰に括り付けていた皮袋をテーブルの上に置いて口を開く。
「今日、アレサって女の子がここに売られたはずなんだ。その子を買い戻したい」
「アレサ?ああ、あの子か。なんだ。なにか訳ありかい?」
「まあそんなところ。アレサを売り飛ばした悪党からお金は返して貰ったから、それで何とかならないかな?」
言いながら、皮袋をイーリンの前に押しやる。
彼女は中身を確認しながら、
「ダーリア、控えてるんだろ?いるなら帳簿を持ってきてくれないかい?」
扉の外に向かってそう声をかけ、しばらくすると髪で片目を隠した少女が中に入ってきて分厚い帳面をイーリアの前に置いた。
イーリンは彼女に向かって、まるで母親のように優しく微笑み、
「ありがとよ。さ、もう行っていいよ」
そう言って再び彼女を部屋の外へ送り出した。
ダーリアと呼ばれた少女はおどおどと頭を下げると、まるで逃げるように部屋の外へと出て行った。
彼女が雷砂を見たときに浮かべた表情は、明らかなおびえの表情だった。
問うようにイーリンを見ると、彼女は少しだけ困ったように笑い、
「すまないね。あの子は色々辛いことがあってね。ちょっと人間恐怖症気味なのさ。慣れれば少しは良いみたいだけど、初対面の人間相手だとどうにもダメみたいでね」
雷砂にそう説明しながらパラパラと帳簿をめくった。すぐにその手が止まり、彼女は濃い紫の瞳で帳簿の文字を追いかける。
「そうだね。アレサって子は今日の夕方、金貨50枚で買い上げてるよ」
「そのお金で何とかなるかな?有り金を巻き上げてきたから、金貨50枚よりは入ってると思うんだけど」
身を乗り出し問いかけた雷砂に向かって、イーリンが厳しい顔で首を横に振った。
雷砂は困ったように彼女の顔を見上げる。
「えっと、足りなかった?」
「金貨50枚あるかっていう意味なら確かにあるよ。でも、アレサって子を買うのに足りるかって言われたら、足りないって答えるしかないね」
「でも、金貨50枚で買ったんだよね?」
「そうだね。でも、それじゃあ足りないんだ」
「どうしてって、聞いても?」
素直に尋ねた雷砂に、イーリンは一つ頷いて丁寧に説明してくれた。
娼婦達に掛かるお金について。
衣装代や化粧代、衣食住を賄い、病気になればもちろん医師も呼ぶし、余暇を過ごすためのちょっとした給料だって支払っている。
彼女達は、そんな中から少しずつお金を貯めて仕送りをしたり、自分を買い戻す算段もする。
中には幸運にも、金持ちの常連客に見受けして貰える事もあるが、そんな者はほんの一握りだ。
ほとんどの女達は、女の盛りを越えてもなお働き、そうしてやっと自由を手に入れる。
「身請け代にはね、そういう色々な経費が上乗せされてるんだ」
「うん。確かにそれは必要なことだよな。そうじゃないとイーリンが損をしちゃうもん。だけど、アレサが売られたのは今日の夕方でしょ?」
「娼婦は売られた瞬間から金が掛かる生き物なんだ。もうアレサの為の衣装も発注したし、専用の道具ももう作り始めてる。身請けの金額は、そういった初期投資と当人の伸び代も上乗せされる仕組みなんだ。まあ、アレサに事情があるのは察するけれど、うちも商売だからね」
申し訳なさそうなイーリンに、雷砂は気にするなと首を振る。
それが彼女の商売なのだし、身請け代の仕組みも納得はした。
これ以上無理を言うのはただの我が儘だろう。
望まないまま娼婦に身を落としたのはきっとアレサだけではないし、助けてほしいと願っているのもアレサだけでは無い。
だが、雷砂に助けられるのはアレサだけだ。
ほかの娘達に助けの手を差し伸べられるだけの財力も力も、今の雷砂には無かった。
ならばせめてズルすることなくアレサを救い出さねばと思う。
自分の出来る限りの手段で、力一杯努力して。
「アレサを助けたいと思うのはオレの我が儘だし、その我が儘でイーリンを困らせるのは間違ってると思う。ちゃんと正規の料金を用意するよ」
「正規の料金を用意するって・・・・・・」
イーリンは再び困った顔をする。
たとえ元金があったとしても、こんな子供に用意できる額ではない。
目の前にいるまっすぐな目をした子供に、それを伝えるのは忍びなかった。
「で、いくら?」
「さすがに無理だと思うけどねぇ」
「取り敢えず教えてよ。そうしないと何も始まらないしね」
そう言って覚悟を決めたように笑う雷砂の顔を見て、イーリンは小さく息をついて、重い口を渋々開いた。
「そうだねぇ。ぎりぎり頑張って金貨70ま・・・・・・」
「値引きは必要ない。正規の料金を、教えて欲しいんだ」
「・・・・・・仕方ないねぇ。アレサは年も若いし、これからの伸び代を計算に入れたら、最低でも金貨100枚は貰わないと割に合わない。・・・・・・これでいいのかい?」
「ああ。ありがとう、イーリン。となると、足りないのはあと金貨50枚くらい?」
「しっかり数えてはいないけど、金貨60枚近くはあると思うよ。細かい金もあわせてね」
「分かった。取り敢えず、お金を作るまでの間、アレサに客を取らせないようにしたいんだけど、どうすればいいかな?」
「買い手がいたら売らないわけにはいかないよ。あの子はもう娼婦なんだから。もしそうしたくないなら、あんたが買ってやるしかないねぇ。あの子の夜を、さ」
イーリンは真っ直ぐに雷砂を見つめる。
雷砂は彼女の真摯な瞳を見返して、無造作に皮袋の中に手を差し入れ、掴んだ金を彼女の前に差し出した。
「じゃあ、アレサの夜はオレが買うよ。取り敢えず3日分、ここからとって貰える?」
「3日分、だね」
そう確認し、イーリンは雷砂の小さな手の平の上の金を必要な分だけ取り分けた。
そして伝える。
これで3日分のあの子の時間はあんたのものだ、と。
頷いた雷砂に、アレサの部屋の場所を伝えたイーリンは、
「あの子、ずうっと泣いてるよ。早く、行ってやりな。部屋のものは好きに使って構わない。料金に含まれてるからね」
「わかった。色々ありがとう、イーリン」
笑ってそんな礼の言葉を告げる雷砂に苦笑を向け、
「礼を言うのはアレサを買い戻してからにしておくれ。ま、実際にそうなったら、稼がせてくれてありがとうと、アタシの方が礼をいう事になりそうだけどね」
そう言いながら、雷砂を部屋の外へと送り出す。
再び礼を言って歩き出そうとした雷砂を思わず呼び止め、そっと抱きしめた。
小さな体だ。
まだほんの子供なのに、自分はそんな子供に向かってなんて無茶な要求をしたのだろうか。
そんな罪悪感がこみ上げてくる。
「くれぐれも、無茶はするんじゃないよ?いいね?」
イーリンの言葉を受けて、雷砂はそっと彼女の背中に手を回す。
「分かった。無茶はしない。イーリンも、そんなこぼれそうなおっぱいを見せびらかしてると、野獣みたいな男に襲われちゃうから気をつけた方が良いよ?」
彼女の忠告に頷きを返し、冗談混じりの忠告を返す。
伝わってくる彼女の罪悪感が、少しでも軽くなるようにと。
「まったく、何を言うかと思ったら。いいんだよ、アタシはこれで。自分の体を見せびらかすのがアタシの商売みたいなもんなんだから」
雷砂の意図を感じたイーリンは、ほんの少し泣き笑いのような顔をした後、改めて艶やかに笑って見せた。
そんな彼女の顔を見て、雷砂もまた微笑む。
「うん。イーリンは、そう言う笑い顔の方が綺麗だよ」
無意識の、そんな歯の浮くようなセリフと共に。
思いがけない笑顔と共に投げつけられたキザなセリフに、もうそんなのは慣れっこになっているはずのイーリンの頬がかすかに染まる。
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著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
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三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
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「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
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その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
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戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
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【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
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とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
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【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
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大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
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