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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~
小さな娼婦編 第十二話
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復活するまで少し時間がかかったが、何とか現実世界に戻ってきたミヤビは頭を抱えた。
どう頑張っても金貨50枚は用意出来そうにない。
と、いうか一般人の貯金レベルでは土台無理な話なのだ。
一体何に使うんですか?と聞くと、雷砂は少し困った顔をして、秘密、と答えた。
多分、色々複雑な事情があるのだろう。
何とかして助けてあげたいが、だからといって雷砂を冒険者にしたところでそう簡単に金貨など稼げるものではない。
よほど高ランクで難易度の高い依頼でも舞い込めば話は別だが、冒険者になりたての子供にそんな依頼を受けさせるなど、自殺をほのめかすのと同じ事だ。
うーん、うーんと悩むミヤビを見ながら、雷砂も困っていた。
登録するだけでなれると聞いて来たから、簡単に冒険者になれると思っていたのに、そうはいかないようだ。
担当してくれた窓口職員のミヤビが、妙に真面目な性格だったせいもあるのだろうが。
冒険者になるには、まずはミヤビを納得させないとダメだろう。
その為には、雷砂が冒険者として活動するに足る力を持っている事を示さなくてはならない。
では、その力をどうやって示せばいいのか。その方法を考え、雷砂も首をひねってうーんと唸る。
そうやって、2人で顔をつき合わせて唸っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「お前、もしかしてライじゃねぇか?」
名を呼ばれて振り向けば、そこにいたのはなんとなーく見覚えのある冒険者風の男。
首を傾げてマジマジと顔を見上げていると、彼は正面から雷砂の顔をみてやっぱりなと笑う。
「やっぱり、ライだ。珍しいところで会うなぁ。お前、あの物騒な草原が縄張りじゃ無かったのかよ?」
男のそんな言葉に、やっぱり知り合いっぽいなと思いながらも名前が思い出せない。
雷砂が草原で暮らしていた事を知っているのだから、かつて草原を案内してやった冒険者の1人だとは思うのだが。
男の顔を、じっと見る。
燃えるような赤毛で、妙に人懐こそうな顔。
整った顔立ちでは無いが味がある、がたいが良くて全体的にワイルドな感じの、まあ、いい男の部類に入る姿形。
見たことはある。見たことはあるのだ。
だが、どうしても名前が思い出せない。
思い出せないものは仕方がないと、降参しようとしたとき、思わぬところから答えが飛び出た。
「あ、あなた!Bランククラン[レッド・ファング]のリーダー、赤狼のガッシュさん!?」
そんなミヤビの叫びに、雷砂はぽんと手を叩いた。
「あ、そうか。ガッシュか」
「そうかって、さては俺のことを忘れてやがったな?あんなに可愛がって世話してやったのに」
「世話したのはオレの方だろ?あんた達に草原のイロハを1からたたき込んでやったのは誰だったか、忘れたのか」
あいさつ代わりに拳で軽く、その分厚い胸板を叩くと、ガッシュは懐かしそうに相好を崩し、雷砂の頭をわしわしと撫でた。
「ちゃーんと覚えてるさ。相変わらず、生意気なガキんちょだな。そんで、相変わらず恐ろしいくらいにキレイな顔だよなぁ。いくつになった?前に会ったときは8歳くらい、だったか?」
「今年で10歳になった。無事に独り立ちをして、今は事情があって旅の途中だ」
「10歳で独り立ちとは恐れ入るね。ま、ライほど強けりゃ納得できるけどな」
苦笑混じりのガッシュの言葉に、ミヤビが飛びついた。
「あ、あの!!雷砂って、強いんですか?」
ミヤビの勢いに一瞬驚いた顔をしたものの、ガッシュは笑って頷いた。
「まあ、ミヤビちゃんのその疑問ももっともだけどな。2年前、当時のオレは8歳の雷砂との腕比べで、1度だって勝てたことは無かったな。まあ、今なら5回に1回くらいは何とか勝てるかもしれねぇが……」
ガッシュがちらりと送ってきた視線を受けて、雷砂が首を傾げる。
その可愛らしい様子に胸をほっこりさせながら、俺ぁどうしてこんな可愛い生き物にかてねぇんだろうなぁと思いつつ、
「なぁ、ライ。お前の強さは2年前と変わらねぇのか?」
そう尋ねた。その答えが否である事を、半ば予測しつつも。
その予測を、雷砂の答えが裏付ける。
「いや?倍くらいには、強くなってるんじゃないかな」
考えながら答える。
実際は倍どころではなく強くなっているのだが、雷砂の自己認識は甘い。
故にそんな答えとなったのだった。
それを聞いたガッシュは再度苦笑して、それからミヤビに向かって答えを返した。
「てな訳で、ライも強くなったってんなら、今勝負しても俺に勝ち目はねぇなぁ……ってくらい、強えぇぞ?このちびっ子は」
その答えを聞いて、ミヤビはゴクリと唾を飲み込んだ。
そして再び問いを投げかける。
「個人ランクBのガッシュさんでも勝てないくらい、雷砂は強い、と」
「おう。Sランクでも、確実に勝てるかは微妙だと思うぜ?俺は」
「Sランクでも……」
呟き、ミヤビは絶句する。
想像を遙かに越えた話過ぎて、頭がついていかない。
だが、目をぐるぐるさせているミヤビを、雷砂はそっとしておいてはくれなかった。
彼女を見上げ、にっこりいい笑顔で微笑み、
「オレが弱くないって証人も出来たことだし、これなら冒険者登録出来るよね?」
と正当な主張をしてきた。
もうミヤビにもあらがうことは出来ない。なぜなら、弱いと思っていた雷砂は全然弱くなかったのだから。
冒険者たるにふさわしい強さがあるなら、もはや雷砂を冒険者にさせない理由は無い。
さっきまでの使命感に満ちた姿とは一転して、意気消沈した様子のミヤビは冒険者登録の書類を黙々と取り出して必要事項を記入していく。
雷砂が書くべきところも、気をつかってかきちんと代筆してくれていた。
雷砂も最低限文字を書くことは出来るが、あまり得意ではないからありがたくその好意を受け取った。
そうして記入は進み、とある項目のところで物議は起こった。
「えーと、名前はライサ。年は10歳。性別は、男……」
「あ。ミヤビ。そこは女で」
「んみ??」
「だから、女だってば」
「女?」
かくんとミヤビが首を傾げる。
色々なことが重なりすぎて思考が追いついて来ていないのだ。
「うん。そう。オレ、女の子」
そんなミヤビに、雷砂は自分を指さしながら丁寧に繰り返す。
ミヤビの動きが止まり、そして、
「ええええええっ!雷砂って女の子なんですかぁぁっっ!?」
「うおええええっ!雷砂って男じゃ無かったのかよ!?」
ミヤビとガッシュ、2人の叫びが重なり合った。
もうそんな反応には慣れたもので、雷砂は動じずに、
「うん。そう。っていうか、ガッシュは知らなかったの?ミカから聞かなかった?」
首を傾げてそう返す。
「んだよ!?ミカのやつは知ってんのか?知らなかったの、俺だけ!?」
ホワイ、なんで!?と雄叫びを放つガッシュ。
「ガッシュだけのけものかどうかは知らないけど、ミカはもちろん知ってるよ。一緒に水浴びとかしたし。あ、そういえば、ミカは元気?」
「おー、元気元気。あのバカ妹は殺しても死にやしねぇよ。今日は、買いたいもんがあるって別行動だ。あいつ、俺がライに会ったって言ったら悔しがるぜ?お前の事、大好きだかんなぁ~。そうかぁ、水浴びかぁ。通りでミカの奴、俺がライと水浴びしようとすんのを邪魔すると思ったらそう言うことだったのかよ……」
最後の方はぶつぶつと独り言を言いだしたガッシュを放って、雷砂はミヤビに向き直る。
「てなわけで、ミヤビ。オレは女って事で登録よろしく!」
「は、はひ」
ミヤビは機械的に手を動かし、機械的に作業をし、そして滞りなく雷砂の冒険者としての登録は終わった。
Dランク冒険者に渡される腕輪型の緑の冒険者証を渡され、生態情報を登録し、雷砂は晴れて冒険者となったのだった。
そんな雷砂の手元をのぞき込んで、ガッシュがにまにま笑う。
「ライがDで俺がBか。まあ、すぐに追いつかれちまうだろうが、取り敢えずは俺が先輩だな。敬っていいんだぞ!!」
そんなガッシュを半眼で見つめ、それからふと思い直したように彼の腕にそっと手を触れた。
「ねえ、ガッシュ。先輩に相談に乗ってもらいたいんだけど……」
「おう!まかせな。何が聞きてぇんだ?」
雷砂はガッシュのがっちりした腕を引いて、色々な依頼が掲示してある掲示板の前へ連れて行く。
そして、一緒にそれを見上げながら、
「取り敢えず手っ取り早くランクアップを目指したいんだけど、ここにある依頼のどれを受けたら効率的だと思う?」
「お?もうランクアップを目指すのか?せっかちだな。ま、いいか。うーんと、まずはCを目指すんだよなぁ。だとすると、これと~、これと~」
言いながら、ガッシュが依頼の紙を次から次へと剥がしていく。
そしてそれがある程度の量になったところで、その束を雷砂に押しつけた。
「まあ、取り敢えずこれだけこなせばノルマは達成できると思うぜ?討伐と素材集めを上手いこと組み合わせておいたし、ライが得意そうな採取系も多めにしといたから、そんな時間かけないでも完遂出来ると思うぞ?」
えへんと得意そうに胸を張る大男を見上げ、雷砂はにっこり可愛らしく笑う。
「ありがとう、ガッシュ。で、これをどうしたらいいの?」
威力抜群の雷砂の笑顔に、ガッシュは一瞬目を奪われ、それをごまかすように一つ咳払い。
それから親指で受付で放心したままのミヤを示し、
「後は、ミヤビちゃんのところにその依頼書を持ってけば、手続きはやってくれるはずだ」
そういってにやりと笑う。
雷砂はなるほどと頷き、早速ミヤビの元へと駆け戻った。
そして手に持っていた依頼書の束を彼女の前に元気よく差し出す。
「ミヤビ、この依頼を受けるからよろしく!」
「こ、こんなに受けるんですか!?」
「もちろん」
にこにこ笑う雷砂を前に、もう反対する気力すら起きず、ミヤビはなんともいえない顔で依頼の手続きを行った。
手続きが終わった依頼を雷砂の冒険者証に登録し、
「これで依頼の手続きは終わりだけど、一つ、約束して下さい」
ガッシュの言葉により雷砂の強さが証明されても、どうしても安心しきれないミヤビは、真剣な顔で雷砂の瞳をのぞき込む。
「約束?」
「そう。あなたが冒険者をすることは、まあ、納得しました。けど、私はあなたの強さを自分の目で見たわけじゃないから心配なんです。だから、危ないことだけはしないと約束してください。危ないと思ったら、迷わずに逃げること。それも勇気だと言うことを、覚えておいて下さいね?」
ミヤビの瞳は真っ直ぐで、心から雷砂を心配しているのだという事は伝わってきた。
だから、雷砂も神妙な顔で頷く。
「分かった。約束する」
そんな雷砂の様子を見て、ミヤビがやっとその顔に笑みを浮かべた。まだ、少し固くはあったけれど。
彼女のそんな笑みを見上げ、雷砂もまた口元を綻ばせる。
そして、やっぱりミヤビは笑っている方が可愛いねとさらりとそんな言葉を吐き、ミヤビの顔を赤く染める。
それを見たガッシュが、相変わらずナチュラルに女たらしな奴だなぁと思ったのは、また別の話。
雷砂はそんな風に思われているなど夢にも思わず、小さく首を傾げてミヤビに問う。
「依頼が終わったらまたここに来ればいいの?」
「はい。素材や採取した物はここで確認してから、買い取りを希望するようならこちらで買い取りをします。討伐依頼に関しては、その腕輪がカウントしてくれるから特に数の証明は必要ないですよ?」
「ふうん。便利な腕輪だね」
「身分証明にもなるし、無くさないようにして下さいね?再発行には銀貨1枚かかるから気をつけて」
「わかった。気をつけるよ。じゃあ、行ってくるね、ミヤビ」
「はい。行ってらっしゃい、雷砂」
「夕方には戻ってくるから」
そう言ってかけだしていった雷砂を、ミヤビは手を振って見送った。
そんなミヤビはまだ知らない。
夕方戻ると言った雷砂が、受けた依頼を全て完遂させて戻ることを。
そんな非常識な結果を出した雷砂を前に、ミヤビが絶句するまで後7時間ほど。
今の彼女にそんな未来を予測する術もなく、ミヤビはのんきに今日のお昼は何にしようなどと考え、ゆるんだ顔を晒している。
そんなミヤビをガッシュがちょっと気の毒な生き物を見るように見ている事に、彼女は最後まで気づかなかった。
どう頑張っても金貨50枚は用意出来そうにない。
と、いうか一般人の貯金レベルでは土台無理な話なのだ。
一体何に使うんですか?と聞くと、雷砂は少し困った顔をして、秘密、と答えた。
多分、色々複雑な事情があるのだろう。
何とかして助けてあげたいが、だからといって雷砂を冒険者にしたところでそう簡単に金貨など稼げるものではない。
よほど高ランクで難易度の高い依頼でも舞い込めば話は別だが、冒険者になりたての子供にそんな依頼を受けさせるなど、自殺をほのめかすのと同じ事だ。
うーん、うーんと悩むミヤビを見ながら、雷砂も困っていた。
登録するだけでなれると聞いて来たから、簡単に冒険者になれると思っていたのに、そうはいかないようだ。
担当してくれた窓口職員のミヤビが、妙に真面目な性格だったせいもあるのだろうが。
冒険者になるには、まずはミヤビを納得させないとダメだろう。
その為には、雷砂が冒険者として活動するに足る力を持っている事を示さなくてはならない。
では、その力をどうやって示せばいいのか。その方法を考え、雷砂も首をひねってうーんと唸る。
そうやって、2人で顔をつき合わせて唸っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「お前、もしかしてライじゃねぇか?」
名を呼ばれて振り向けば、そこにいたのはなんとなーく見覚えのある冒険者風の男。
首を傾げてマジマジと顔を見上げていると、彼は正面から雷砂の顔をみてやっぱりなと笑う。
「やっぱり、ライだ。珍しいところで会うなぁ。お前、あの物騒な草原が縄張りじゃ無かったのかよ?」
男のそんな言葉に、やっぱり知り合いっぽいなと思いながらも名前が思い出せない。
雷砂が草原で暮らしていた事を知っているのだから、かつて草原を案内してやった冒険者の1人だとは思うのだが。
男の顔を、じっと見る。
燃えるような赤毛で、妙に人懐こそうな顔。
整った顔立ちでは無いが味がある、がたいが良くて全体的にワイルドな感じの、まあ、いい男の部類に入る姿形。
見たことはある。見たことはあるのだ。
だが、どうしても名前が思い出せない。
思い出せないものは仕方がないと、降参しようとしたとき、思わぬところから答えが飛び出た。
「あ、あなた!Bランククラン[レッド・ファング]のリーダー、赤狼のガッシュさん!?」
そんなミヤビの叫びに、雷砂はぽんと手を叩いた。
「あ、そうか。ガッシュか」
「そうかって、さては俺のことを忘れてやがったな?あんなに可愛がって世話してやったのに」
「世話したのはオレの方だろ?あんた達に草原のイロハを1からたたき込んでやったのは誰だったか、忘れたのか」
あいさつ代わりに拳で軽く、その分厚い胸板を叩くと、ガッシュは懐かしそうに相好を崩し、雷砂の頭をわしわしと撫でた。
「ちゃーんと覚えてるさ。相変わらず、生意気なガキんちょだな。そんで、相変わらず恐ろしいくらいにキレイな顔だよなぁ。いくつになった?前に会ったときは8歳くらい、だったか?」
「今年で10歳になった。無事に独り立ちをして、今は事情があって旅の途中だ」
「10歳で独り立ちとは恐れ入るね。ま、ライほど強けりゃ納得できるけどな」
苦笑混じりのガッシュの言葉に、ミヤビが飛びついた。
「あ、あの!!雷砂って、強いんですか?」
ミヤビの勢いに一瞬驚いた顔をしたものの、ガッシュは笑って頷いた。
「まあ、ミヤビちゃんのその疑問ももっともだけどな。2年前、当時のオレは8歳の雷砂との腕比べで、1度だって勝てたことは無かったな。まあ、今なら5回に1回くらいは何とか勝てるかもしれねぇが……」
ガッシュがちらりと送ってきた視線を受けて、雷砂が首を傾げる。
その可愛らしい様子に胸をほっこりさせながら、俺ぁどうしてこんな可愛い生き物にかてねぇんだろうなぁと思いつつ、
「なぁ、ライ。お前の強さは2年前と変わらねぇのか?」
そう尋ねた。その答えが否である事を、半ば予測しつつも。
その予測を、雷砂の答えが裏付ける。
「いや?倍くらいには、強くなってるんじゃないかな」
考えながら答える。
実際は倍どころではなく強くなっているのだが、雷砂の自己認識は甘い。
故にそんな答えとなったのだった。
それを聞いたガッシュは再度苦笑して、それからミヤビに向かって答えを返した。
「てな訳で、ライも強くなったってんなら、今勝負しても俺に勝ち目はねぇなぁ……ってくらい、強えぇぞ?このちびっ子は」
その答えを聞いて、ミヤビはゴクリと唾を飲み込んだ。
そして再び問いを投げかける。
「個人ランクBのガッシュさんでも勝てないくらい、雷砂は強い、と」
「おう。Sランクでも、確実に勝てるかは微妙だと思うぜ?俺は」
「Sランクでも……」
呟き、ミヤビは絶句する。
想像を遙かに越えた話過ぎて、頭がついていかない。
だが、目をぐるぐるさせているミヤビを、雷砂はそっとしておいてはくれなかった。
彼女を見上げ、にっこりいい笑顔で微笑み、
「オレが弱くないって証人も出来たことだし、これなら冒険者登録出来るよね?」
と正当な主張をしてきた。
もうミヤビにもあらがうことは出来ない。なぜなら、弱いと思っていた雷砂は全然弱くなかったのだから。
冒険者たるにふさわしい強さがあるなら、もはや雷砂を冒険者にさせない理由は無い。
さっきまでの使命感に満ちた姿とは一転して、意気消沈した様子のミヤビは冒険者登録の書類を黙々と取り出して必要事項を記入していく。
雷砂が書くべきところも、気をつかってかきちんと代筆してくれていた。
雷砂も最低限文字を書くことは出来るが、あまり得意ではないからありがたくその好意を受け取った。
そうして記入は進み、とある項目のところで物議は起こった。
「えーと、名前はライサ。年は10歳。性別は、男……」
「あ。ミヤビ。そこは女で」
「んみ??」
「だから、女だってば」
「女?」
かくんとミヤビが首を傾げる。
色々なことが重なりすぎて思考が追いついて来ていないのだ。
「うん。そう。オレ、女の子」
そんなミヤビに、雷砂は自分を指さしながら丁寧に繰り返す。
ミヤビの動きが止まり、そして、
「ええええええっ!雷砂って女の子なんですかぁぁっっ!?」
「うおええええっ!雷砂って男じゃ無かったのかよ!?」
ミヤビとガッシュ、2人の叫びが重なり合った。
もうそんな反応には慣れたもので、雷砂は動じずに、
「うん。そう。っていうか、ガッシュは知らなかったの?ミカから聞かなかった?」
首を傾げてそう返す。
「んだよ!?ミカのやつは知ってんのか?知らなかったの、俺だけ!?」
ホワイ、なんで!?と雄叫びを放つガッシュ。
「ガッシュだけのけものかどうかは知らないけど、ミカはもちろん知ってるよ。一緒に水浴びとかしたし。あ、そういえば、ミカは元気?」
「おー、元気元気。あのバカ妹は殺しても死にやしねぇよ。今日は、買いたいもんがあるって別行動だ。あいつ、俺がライに会ったって言ったら悔しがるぜ?お前の事、大好きだかんなぁ~。そうかぁ、水浴びかぁ。通りでミカの奴、俺がライと水浴びしようとすんのを邪魔すると思ったらそう言うことだったのかよ……」
最後の方はぶつぶつと独り言を言いだしたガッシュを放って、雷砂はミヤビに向き直る。
「てなわけで、ミヤビ。オレは女って事で登録よろしく!」
「は、はひ」
ミヤビは機械的に手を動かし、機械的に作業をし、そして滞りなく雷砂の冒険者としての登録は終わった。
Dランク冒険者に渡される腕輪型の緑の冒険者証を渡され、生態情報を登録し、雷砂は晴れて冒険者となったのだった。
そんな雷砂の手元をのぞき込んで、ガッシュがにまにま笑う。
「ライがDで俺がBか。まあ、すぐに追いつかれちまうだろうが、取り敢えずは俺が先輩だな。敬っていいんだぞ!!」
そんなガッシュを半眼で見つめ、それからふと思い直したように彼の腕にそっと手を触れた。
「ねえ、ガッシュ。先輩に相談に乗ってもらいたいんだけど……」
「おう!まかせな。何が聞きてぇんだ?」
雷砂はガッシュのがっちりした腕を引いて、色々な依頼が掲示してある掲示板の前へ連れて行く。
そして、一緒にそれを見上げながら、
「取り敢えず手っ取り早くランクアップを目指したいんだけど、ここにある依頼のどれを受けたら効率的だと思う?」
「お?もうランクアップを目指すのか?せっかちだな。ま、いいか。うーんと、まずはCを目指すんだよなぁ。だとすると、これと~、これと~」
言いながら、ガッシュが依頼の紙を次から次へと剥がしていく。
そしてそれがある程度の量になったところで、その束を雷砂に押しつけた。
「まあ、取り敢えずこれだけこなせばノルマは達成できると思うぜ?討伐と素材集めを上手いこと組み合わせておいたし、ライが得意そうな採取系も多めにしといたから、そんな時間かけないでも完遂出来ると思うぞ?」
えへんと得意そうに胸を張る大男を見上げ、雷砂はにっこり可愛らしく笑う。
「ありがとう、ガッシュ。で、これをどうしたらいいの?」
威力抜群の雷砂の笑顔に、ガッシュは一瞬目を奪われ、それをごまかすように一つ咳払い。
それから親指で受付で放心したままのミヤを示し、
「後は、ミヤビちゃんのところにその依頼書を持ってけば、手続きはやってくれるはずだ」
そういってにやりと笑う。
雷砂はなるほどと頷き、早速ミヤビの元へと駆け戻った。
そして手に持っていた依頼書の束を彼女の前に元気よく差し出す。
「ミヤビ、この依頼を受けるからよろしく!」
「こ、こんなに受けるんですか!?」
「もちろん」
にこにこ笑う雷砂を前に、もう反対する気力すら起きず、ミヤビはなんともいえない顔で依頼の手続きを行った。
手続きが終わった依頼を雷砂の冒険者証に登録し、
「これで依頼の手続きは終わりだけど、一つ、約束して下さい」
ガッシュの言葉により雷砂の強さが証明されても、どうしても安心しきれないミヤビは、真剣な顔で雷砂の瞳をのぞき込む。
「約束?」
「そう。あなたが冒険者をすることは、まあ、納得しました。けど、私はあなたの強さを自分の目で見たわけじゃないから心配なんです。だから、危ないことだけはしないと約束してください。危ないと思ったら、迷わずに逃げること。それも勇気だと言うことを、覚えておいて下さいね?」
ミヤビの瞳は真っ直ぐで、心から雷砂を心配しているのだという事は伝わってきた。
だから、雷砂も神妙な顔で頷く。
「分かった。約束する」
そんな雷砂の様子を見て、ミヤビがやっとその顔に笑みを浮かべた。まだ、少し固くはあったけれど。
彼女のそんな笑みを見上げ、雷砂もまた口元を綻ばせる。
そして、やっぱりミヤビは笑っている方が可愛いねとさらりとそんな言葉を吐き、ミヤビの顔を赤く染める。
それを見たガッシュが、相変わらずナチュラルに女たらしな奴だなぁと思ったのは、また別の話。
雷砂はそんな風に思われているなど夢にも思わず、小さく首を傾げてミヤビに問う。
「依頼が終わったらまたここに来ればいいの?」
「はい。素材や採取した物はここで確認してから、買い取りを希望するようならこちらで買い取りをします。討伐依頼に関しては、その腕輪がカウントしてくれるから特に数の証明は必要ないですよ?」
「ふうん。便利な腕輪だね」
「身分証明にもなるし、無くさないようにして下さいね?再発行には銀貨1枚かかるから気をつけて」
「わかった。気をつけるよ。じゃあ、行ってくるね、ミヤビ」
「はい。行ってらっしゃい、雷砂」
「夕方には戻ってくるから」
そう言ってかけだしていった雷砂を、ミヤビは手を振って見送った。
そんなミヤビはまだ知らない。
夕方戻ると言った雷砂が、受けた依頼を全て完遂させて戻ることを。
そんな非常識な結果を出した雷砂を前に、ミヤビが絶句するまで後7時間ほど。
今の彼女にそんな未来を予測する術もなく、ミヤビはのんきに今日のお昼は何にしようなどと考え、ゆるんだ顔を晒している。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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