龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第十一話

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 その日も冒険者ギルドは中々に賑わっていた。
 朝の喧噪が一段落し、自分の窓口の列が終わったのを見て、猫型獣人種のミヤビは自慢のしっぽをピーンとのばして大きく伸びをする。
 冒険者ギルドが一番混むのは朝と夕方。
 冒険者達は、朝早くに依頼を受けて、夕方に精算しに来ることが多いのだ。


 「ミヤビ、お疲れ」


 隣の窓口で業務をしていた女性が首をポキポキさせながらミヤビに笑いかける。
 ミヤビも彼女に笑い返し、


 「アトリもお疲れ様でした。今日もまあ、忙しかったですねぇ」


 疲れを滲ませた声でそう返した。


 「そうねぇ。町の周辺の魔物討伐の依頼が定期的に入ってくるし、冒険者にとっちゃランク上げのいいポイント稼ぎになるから気合い入ってるんじゃない?ま、どっちにしろ今は拠点を移すには物騒だって事で、ここに腰を据えてる奴らばっかだから、他にやることもないんでしょ、きっと」


 言いながら、アトリは自分のデスクの整理をしている。
 ギルド内が落ち着いたこのタイミングで休憩をとってしまおうという算段なのだ。
 機嫌良さそうにふさふさ揺れるアトリの金色のしっぽを見ながら、ミヤビも自分のデスクを少し片づけておく。次の冒険者を迎えるために。
 今のところギルド内には冒険者の姿はほとんどないが、今日開いている窓口は2つなので、アトリとミヤビが2人そろって休憩を取ることは出来ない。
 アトリ休憩に入るなら、必然的にミヤビが窓口に残らねばならないだろう。


 「休憩、行ってきていいですよ?私は後で大丈夫です」

 「ほんと?悪いね~、いつも」


 ミヤビの言葉に、アトリが悪びれず微笑む。
 彼女の感情にあわせるように、金色の大きな耳がピコピコと動くのが何とも微笑ましい。

 ミヤビは頷き、休憩に向かうアトリの後ろ姿を見送った。
 たっぷりとした毛皮の大きなしっぽと大きめの耳が特徴のアトリは、狐型獣人種だ。

 ミヤビやアトリのような獣人種は、草原を拠点とする獣人達とは違い、彼女達の様に人々に混じって生活をしている者が多かった。
 獣人種は元々、獣人と人間との混血種が祖先であると言われているが、事実は定かではない。
 現在は亜人と分類され、人間に準ずる扱いを受けて人間社会で生活する事も困難ではなくなってきていた。

 亜人の中には、獣人種の他にも、森の守人たるエルフや森の狩り人・ダークエルフ、山の番人とも呼ばれるドワーフなど、色々な種族がいるが、主立った種族は皆人間と共存する道を選んでいる。

 逆に、人間と敵対する道を選んだ亜人種は、明確に魔物と分類され敵と見なされていた。
 そうやって魔物に分類された亜人達は欲望や本能に飲まれ、人を襲う。
 悪事を働いて討伐依頼が出るのは人も一緒だが、彼らに関して言えば増えすぎたというだけで討伐依頼が出されてしまう。

 自分たちの祖先が、人との共存の道を選んでくれて本当に良かったと、ミヤビは常々思っていた。
 一歩間違えば、自分たちの種族も魔物と断じられ、討伐依頼を出されていてもおかしくは無いのだ。
 そんなことを考えると、ミヤビはいつも背中に薄ら寒いものを感じるのだった。
 こんな話をアトリにすると、難しいことを考えすぎだと、いつも呆れたような顔をされてしまうのだが。

 つらつらそんな考え事をしながらぼーっとしていると、カランと扉のベルが鳴り、ギルドの入り口から人が入ってきた。
 その人物を見て、ミヤビは軽く目を見張る。

 身長は140cmほどだろう。
 年の頃は恐らく10歳前後。
 金色の髪の、恐ろしく整った顔立ちの子供が、キョロキョロと珍しそうに建物の中を見回していた。


 (ま、迷子かなにか、かしら)


 そんなことを思いながら、思わずじっと凝視してしまう。
 目の保養と言っていいレベルの美しさに、どうしても目が引きつけられてしまったのだ。

 流石に相手もその視線に気づいたのだろう。
 綺麗な2つの瞳が、ミヤビの方を向いた。
 その瞳の色は左右色違い。
 夜の闇に似た紫紺と神々しいまでの黄金を目の当たりにして、ミヤビはちょっぴり狼狽えた。
 だが、そんなことはお構いなしに、その子はスタスタと彼女の窓口へ歩み寄ってくる。
 なんの用かは知らないが、窓口に来た人の相手をするのがミヤビの仕事だ。
 例え、相手が子供であっても。


 「こんにちは」


 にっこり微笑んで礼儀正しく挨拶をしたその子に向かって、ミヤビも愛想良く微笑む。見事なまでの営業スマイルで。


 「こんにちは。えっと、何かご用、かしら?」


 マニュアル通りの返事を返しつつ、目の前の相手を観察する。
 この年頃の子供にしては、理性的で賢そうに見えた。

 誰かのお使いか何かだろうか。
 それとも、ここに拠点を置く冒険者の子供、とか。
 でも、ミヤビの知る限りこんなにスペックの高い容姿の冒険者など、ここ最近見たことがない。
 もしかしたら本当に迷子で困っている、のかもしれない。
 見た感じ、全然困ってなさそうだけど。

 にこにこ笑いつつ、頭の中をフル稼働させて考える。
 だが、目の前の子供の口から出てきたのは、彼女の想像のどれとも違っていた。


 「冒険者になりたいんだけど、冒険者になるにはどうしたらいいのかな?」


 可愛らしい唇から聞こえた言葉に、ミヤビは思わず耳を疑った。
 猫型獣人種の自分の耳は、かなり良いはずなのだが、聞き間違いとは珍しいと思いつつ、


 「え、えーっと。冒険者になりたいって聞こえたけど、聞き間違い、ですよね?」


 そう問い返す。どうか聞き間違いであるようにと思いながら。
 だが、目の前の子供はにっこり笑い、ミヤビの思いは裏切られる。


 「大丈夫。間違ってないよ。冒険者の登録って、この窓口で出来るんだよね??何をしたらいい?」


 つぅーっと、冷や汗が流れる。
 どうやら聞き間違いでは無かったらしい。


 (でもでも、すっごく若く見える種族も世間にはいるし、この子もそうなのかも!?)


 自分の考えにうんうんと頷き、ミヤビは拳を握って問いかけた。


 「ちょっと聞いて良いですか?あなたって、年はいくつなの?」

 「ん?年?ちょっと前に10歳になったけど」


 撃沈した。
 目の前の子供は若く見える大人ではなく、正真正銘生まれてやっと10年を過ぎたばかりの子供なのだ。
 ミヤビがギルドの窓口職員になってそれなりの年月がたつ。
 その間、色々なルーキーを見てきたが、ここまで若いのは初めてだった。


 (ギルド規約に年齢制限って無かったかしら?)


 昔必死になって覚え、今やすっかり頭の中に入っている冒険者ギルドの規約を検索するが、特に年齢に関する禁止事項はない。
 冒険者ギルドというものは基本来るものは拒まず的な精神であり、依頼の斡旋はするが最終的には自分の面倒は自分で見ろ的なところがある。
 自分の力量を見定められずに死んだとしても、ギルドは何ら責任を負うことが無い。
 悪いのは、己の手に負えない依頼を受けてしまった当人である、というのがギルドの主張であり基本姿勢なのだ。

 だから、目の前の子供が冒険者になり、依頼に失敗して死んだとしてもギルドに責任はない。
 ないのだが、もしそうなってしまったら、ミヤビとしては後悔してもしきれない。
 だから思わず口を開いていた。


 「ねえ、あなた。何か事情があるなら、お姉さんが相談に乗りますよ?冒険者ってね、すごく危険なんです。君にはちょっと、早いような気がするんですが」


 身を乗り出し、その子の小さな手を両手でがっしりと掴んだ。
 そんなミヤビを見つめる色違いの瞳が驚いたようにまん丸く見開かれ、次いで何かを納得したような顔をし、それからその目が優しく細められて、なんだか妙に大人っぽい顔で微笑まれた。
 その微笑みに、思わずドキリとはねた心臓を、子供相手に節操がないとしかりつけ、


 「私の仕事は確かに冒険者の登録をして、依頼を斡旋する事です。でも、あなたを死なせるお手伝いは出来ません」


 きっぱりとそう言った。
 そんなミヤビの顔を、金色の髪の子供はマジマジと見つめる。
 その瞳に興味深そうな光を浮かべ、


 「オレの名前は雷砂。お姉さんの名前は?」


 きちんと名乗ってから、礼儀正しくミヤビの名を問う。


 「んにゃ?名前?えーっと、ミヤビ、ですけど」

 「ミヤビ、か。じゃあ、ミヤビって呼ぶね。ミヤビも、オレのことは雷砂って呼んで」

 「ちょ、よ、呼び捨て?」


 だめだった?と小首を傾げる雷砂。
 その様子が余りに可愛くて、


 「ま、まあ。良いですけど。じゃあ、ここは平等に私も雷砂って呼び捨てで呼ばせてもらいますね」


 思わずそう答えてしまった自分はダメな大人だと思いつつ、ミヤビは頬が熱くなるのを感じた。
 もしかしたら、ちょっと赤くなっちゃってるかもと思いつつ、子供相手に赤面する自分てどうなんだろうと小さくため息。
 しかし、すぐに気を取り直して、


 「ね、雷砂。冒険者になるのはもう少し大きくなってからに……」

 「ミヤビが問題にしているのはオレが弱いかもってこと?それとも年齢?もしかして、冒険者に登録するのに年齢制限ってあったりするの?」


 改めて説得しようとしたミヤビの言葉を雷砂の質問が遮る。
 痛いところをつかれたミヤビは、少しだけ困った顔をした。
 年齢制限があるならよかったが、年齢制限などありはしないのだ。
 ということは、雷砂が冒険者になるのを阻む正当な理由など無いということだ。


 「ね、年齢制限はないけど、でも……」


 根が正直なミヤビは、口ごもりながらバカ正直に答えてしまう。


 「なるほど。じゃあ、ミヤビが引っかかってるのはオレが弱いんじゃないかってことか。確かに、自分が手続きした相手が冒険者になってすぐに死んだりしたら、寝覚めが悪いもんな」

 「ま、まあ、端的にいうとそう言うことかな。冒険者になるのはもうちょっと大きくなってからでもいいと思うんだけど、それじゃだめなんですか?」


 雷砂は納得したように頷き、それに乗っかるようにミヤビも言葉を紡ぐ。
 彼女の言葉に今度は雷砂が困った顔をする。


 「うーん。オレを心配してくれるミヤビの気持ちは嬉しいけど、今じゃないとダメなんだ。まとまったお金が必要でさ」

 「まとまったお金?いくらくらい??少しなら、私もそれなりに貯金してますし、用立ててもいいですよ?」

 「ん~。気持ちはありがたいんだけど」

 「子供が遠慮なんかしちゃいけませんよ?こう見えて私、結構ため込んでるんですから」


 おねーさんに任せなさいと胸を張るミヤビを、雷砂は困り顔のまま見上げる。
 そんな雷砂の頭をよしよしと撫でて、ミヤビはにっこり笑った。


 「で、いくらなんですか?」

 「んーっと……金貨50枚くらい?」


 ミヤビの顔が笑顔のまま固まった。
 その金額は、ミヤが想像していた以上に大金だった。彼女の貯金では手も足も出ないほどには。

 固まってしまったミヤビを、雷砂が申し訳なさそうに見上げる。
 ミヤビがその衝撃から立ち直り、再起動を果たすまでもうしばらく時間がかかりそうだった。

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