龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第二十二話

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 討伐系の依頼と、セットに出来そうな素材収集の依頼をメインで頼むと雷砂に言われ、ガッシュは言われるままに複数の依頼を選んでやった。
 雷砂は中身の確認もせずにその紙の束をもって窓口に行き、心配性なミヤビの小言を神妙に聞いた後、ガッシュの元へ戻ってくる。
 ガッシュにありがとうと一声かけて出て行く小さな背中を、当然のようにガッシュが追いかけていくと、


 「ん?ガッシュも来るの??」


 と不思議そうな顔。
 にやりと笑って、


 「見学だ、見学。ひま、だからな」


 ガッシュが答えると、雷砂は可愛らしく首を傾げて、


 「別に良いけど、面白くないと思うけどなぁ」


 言いながら再び前を向いて歩き出した。
 とても子供とは思えない早さで進む雷砂の後ろを、ガッシュは大股の急ぎ足でついて行く。
 久しぶりに雷砂の戦いぶりが見れると思うと、何となくわくわくした。
 2年前、短い時間を共に過ごしたときも強かったが、時を経てその強さがどう変わったのか、見るのが楽しみだった。

 町を出て、野を進み、鉱山に向かう途中の鬱蒼とした森の中へ、木々の間を分け入るようにして入っていく。
 ある程度、目的地を定めてはいるのだろう。
 前を歩く雷砂の足取りに迷いは無かった。
 森に入ってからしばらく歩き、木がまばらになった少し開けた場所で足を止めた雷砂は、周囲を見回し一つ頷くとガッシュの顔を見上げた。


 「この辺りで始めるから、ガッシュはその辺の木にでも上って見学してくれる?」

 「始めるって、魔物なんていねぇじゃねぇか」

 「それはこれから呼び寄せるんだよ」


 言いながら、雷砂は今朝冒険者ギルドで購入しておいたモノを腕輪から取り出すと、そっと地面に置いた。

 魔寄せの香だ。
 火をつけると、魔物を呼び寄せる特殊な臭いを放つアイテムである。

 それを見たガッシュが首を傾げた。
 それは、ガッシュもたまに使用するアイテムだが、どちらかと言うと洞窟系のダンジョンや、地下迷宮で使うたぐいのモノだった。
 開けた場所での使用は臭いが拡散してしまい、それ程の効果を見込めないはずである。


 「確かに魔寄せの香には魔物を呼ぶ効果はあるが、こんな青空の下で1個や2個、使った、ところ、で・・・・・・」


 助言をしてやろうと口を開いたガッシュだが、その言葉はだんだんと尻すぼみになり、やがて消えた。
 雷砂は黙々と腕輪から魔寄せの香を取り出している。
 一体何個購入してきたのか。数えるのも嫌になる位の数である。


 「ん?なんか言った?」


 振り返る雷砂に、ぷるぷると首を振って見せ、いそいそと手近な木によじ登るガッシュ。
 あれだけの香を一気に焚いたら、一体どんな状況になってしまうのか、想像がつかなかった。

 まあ、開けた空間だから、思ったより酷いことにはならないかもしれないが、進んで巻き込まれたい状況ではないはずだ。
 こんもりと出来た魔寄せの香の山を前にうんうんと頷いた雷砂が、それに向かって手のひらをかざす。
 何をするつもりだろうなぁと黙って見守っていると、


 「燃えろ」


 そう雷砂が言葉を発した瞬間、手のひらから火が噴きだしたのには驚いた。
 雷砂はいつの間に魔法を修得したのだろうかと思いながら、その発動の感じがガッシュの知る一般の魔法と少し違うことにも気がついていた。

 魔法とは、一般的に特殊な呪文を詠唱することで発動する不可思議現象のはずだが、雷砂のそれには呪文を詠唱するという課程がごっそり抜けていた。


 (魔法、じゃあねぇのか?じゃあ、一体なんなんだ、ありゃあ)


 そんなことを考えて首を傾げている内に、魔寄せの香は順調にメラメラと燃えて、盛大な煙と臭いを発生し始めていた。
 だが、そのほとんどは、青い空へと吸い込まれるように上っていく。
 それをみたガッシュが、


 (こりゃあ、失敗だな)


 そう思った瞬間、


 「風よ、臭いを逃さず運べ」


 今度は雷砂がそんな言葉を放った。
 すると、空気が意志を持ったように動いて、空へ拡散しようとしていた煙と臭いを四方へ運んでいく。
 雷砂の意志のまま、王の意を受けて動く僕の様に。
 その光景に、ガッシュはぽかんと口を開けた。


 「ん。これでよし」


 満足そうな雷砂の声。


 「これでよしって・・・・・・おい、なんなんだ?ありゃあ。魔法、とは違うよな?」


 木の上から問いかけると、雷砂は少し考えるように間をおいて、


 「そうだなぁ。魔法に近いものだけど、魔法とは違うかな。第一、オレ、魔法の使い方知らないし」

 「魔法の使い方もしらねぇのにあんなことが出来るのかよ!?ほんとにでたらめな奴だなぁ、お前。じゃあ、魔法じゃないなら、なんなんだ?」

 「うーん。オレにもまだよく分からないけど、オレの中に魔力みたいな特殊な力があって、それを餌にして炎や風に力を貸して貰ったような感じってのが一番近いかも?」

 「精霊魔法みたいに、精霊の力を借りたって事か?」

 「精霊、なのかなぁ?オレにこういう事を教えてくれた人が言ってたんだよ。オレの力は聖に属するモノだけど、結構極上品だから、触媒にしてその辺に漂ってる魔素に方向性を与えてやれば、どの属性の力も使えるはずだって。試したのは今日が初めてだけど、結構上手くいったよなぁ。ま、結構ごっそり持って行かれた感じだけど」

 「ごっそりって、お前の魔力をか?」

 「魔力みたいなモノ、だよ。オレにもよくわかんないけど」

 「よくわからねぇって、それでいいもんなのか?」

 「ん?今のところは特に問題ないから、いいんじゃない?」

 「そういうもんか?」

 「そういうもの、なんじゃない?」


 いまいち納得がいかねぇと首を傾げるガッシュに、雷砂がにっこり笑って返す。
 そんな暢気なやり取りをしている内に、徐々に凶悪な気配が集まり始めていた。
 それに気づいたガッシュがゴクリとつばを飲み込む。

 おいおい大丈夫なのかよと下を見れば、武器も構えず普段と変わらぬ様子の雷砂の姿。
 周囲をすっかり不特定多数の魔物に囲まれていると言うのに、おびえた様子はかけらも見えなかった。


 「思ったより集まったな。魔寄せの香って便利だね。自分から捜しに行かなくていいし。そうだ、ガッシュ、素材の収集依頼は、後からでも受けられるよね?」


 魔寄せの香をこんなふうに使うのはお前ぐらいだよと、内心そんな突っ込みを入れつつ、


 「討伐以外なら、後受けでもいけるけどよ・・・・・・そんなことより、悠長に構えてねぇで、武器くらい出しといたらどうだ?」


 雷砂の質問への答えを返しつつ、油断しすぎだろと伝えれば、


 「あ、そうか」


 忘れてたとばかりに何もない空間に手をさしのべ、雷砂は囁くように言葉を紡ぐ。


 「ロウ、剣となってオレに力を」


 次の瞬間、雷砂の手の中には銀色の刀身の、繊細で美しい作りの剣が収まっていた。
 ガッシュは、その剣の武器として完成された美しさに思わず見とれ、それから神妙な顔で雷砂に問う。


 「そりゃあ、神の剣か何かか?」


 そう思う程に、武器の存在感が半端なかった。
 神器に違いないと、そんな確信を込めたその問いに返ってきたのは、


 「ううん。オレの剣、だよ」


 笑みを含んだそんな言葉。
 なんだそりゃ、と返そうとしたガッシュの目の前で、雷砂の言葉を受けた剣が嬉しそうに刀身を輝かせた。
 まるで生き物の様に。敬愛する主に褒められて喜ぶ、忠実な僕の様に。
 その様子をみたガッシュは口を噤み、何となく納得する。
 確かにあれは、雷砂の剣なのだ、と。


 「そうか。そいつがお前の相棒か」

 「そうだよ。相棒だし、親友なんだ」


 ガッシュを見上げてニッと笑い、それから周囲へ視線を向けた。
 四方から向けられるむき出しの殺意に怯むことなく、


 「それじゃ、そろそろ始めようか」


 誰にともなくそう言って、斜めに剣を一閃させた。
 血煙が舞い、いつの間にか忍び寄っていたミストファングという魔狼の一種が地に沈む。
 それを皮切りに、複数の魔物が次から次へと雷砂へ迫った。

 今までにガッシュが討伐したことのある種もいれば、見たことの無い奴もいた。
 ランクもバラバラだ。
 Bランク相当の魔物もちらほら見えたが、数もそれ程多くないし、心配は無いだろう。
 ガッシュは比較的落ち着いた心境で眼下で広がる一方的な狩りを眺めていた。

 雷砂の戦い方は、見事というしかなかった。
 身の軽さを生かし、ひらりひらりと自分への攻撃を交わしつつ、交わす度に相手の命を奪う斬撃を放っていく。
 太刀筋は素人っぽいのに、隙がなく無駄もない。
 体裁きが優れている為か、返り血もほとんど浴びていない様だった。


 (あそこにいるのがオレやミカだったら、今頃魔物の血で全身ずぶぬれになってるだろうなぁ)


 負ける、とは思わない。
 だが、雷砂ほど綺麗に魔物を狩れるかと問われれば否と答えるしか無かった。


 (ああ。こいつぁ、勝ち目はねぇなぁ)


 そんなことを思う。
 2年の間に、それなりに強くなった自信はあるが、雷砂の成長はそれ以上だった。
 くやしくないと言えば嘘になるが、それよりも賞賛の思いが強かった。


 (これが成長期ってやつなのかねぇ?)


 そんなことを思いながら苦笑を漏らす。
 下の戦闘は、もうそろそろ終わりが見えてきた。
 始まってからまだ半時もたっていないというのに、だ。
 なんとも圧倒的な強さであった。


 (オレも、もう少し頑張ってみるか)


 雷砂の戦いぶりを見ながらふと、そんな思いが浮かんだ。
 それなりに強くなり、冒険者としての名も売れて、そこそこ稼いで、何となく満足していた。
 だが、戦う雷砂を見ていたら、もう少し上の強さを目指してみたくなった。
 自分より遙かに早い勢いで成長していく雷砂に追いつく事が出来るかは分からないが、それでもその距離を少しでも縮めたいと思う。


 (そんで、一回くらいはあの小生意気なチビ助に、びっくりした顔をさせてやりてぇよなぁ)


 そんな風にぼんやり考えていると、木の下から自分の名前を呼ぶ声がする事に気がついた。
 あわてて下をみれば、戦いはもうすっかり終わっていて。必死に素材を集めている雷砂が、早く降りてきて手伝えとガッシュを呼んでいる。

 戦闘ではほとんど返り血を受けなかったのに、素材のはぎ取りですっかり汚れてしまった雷砂は、何だか妙に子供っぽく見えた。
 思わず破顔し、木の上から飛び降りると、雷砂の側に歩み寄る。
 なに?と見上げてくる雷砂の頭を乱暴になで回し、


 「すげぇなぁ、雷砂」


 そう賞賛すると、雷砂は唇を尖らせて、


 「褒めなくて良いから、早く手伝って」


 つれなくそう答えた。
 ガッシュは肩をすくめ、


 「へいへい。仰せの通りに」


 そう返しつつ愛用の小刀を取り出し、周囲の惨状にげんなりした顔をする。
 見渡す限り魔物の死体、死体、死体。
 それらを漏れなく解体するのにどれだけ時間がかかることか。
 少なくとも、倒すのにかかった時間の数倍はかかることだろう。

 むせかえるような血臭に顔をしかめつつ、とりあえず手近な魔物の死体に小刀の刃を入れる。
 面倒な事は、さっさと終わらせるに限る。
 さっさと終わらせて、雷砂と水浴びでもしようと企みながら、ガッシュは黙々と解体作業を行うのだった。

 因みに、その後の水浴びはガッシュの願望通り、雷砂と一緒にすることが出来た。
 が、思った以上に(何がとは言わないが)ぺったんこだったため、思っていたほど楽しい水浴びにはならなかった、らしい。
 その後、雷砂と一緒の水浴びをうっかりミカに自慢して、ほっぺたに紅葉と言うには大きすぎる手形をくっきりと作る羽目になったのは、また別の話である。

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