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第一部 幼年期
第四十三話 エミーユとの対面①
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エミーユは不機嫌だった。何故かと言えば、昨日夫が言い出した戯言のせいである。
亡くなった弟の息子のシュリをルバーノ家の跡取りに据えるーよりにもよってそんなことを言い出したのだ。
夫は言った。甥のシュリは傑物だと。
問題のシュリが、それなりに育っているならまだ分かる。
だが、シュリはまだ1歳になるかならないかの赤子だと言うではないか。
そんな赤ん坊を見て傑物と断ずるなど、頭が沸いてしまってるとしか思えない。
良い顔をしなかったエミーユに、夫は言った。シュリに会ってくれれば分かる、と。
そして今、エミーユは問題のシュリと対面するために夫と共に、夫の仕事場まで足を運んでいた。
シュリとその母親は、昨日ここの客室に泊まらせたのだという。
エミーユは、目の前の扉を睨み、ため息をついた。
夫は、男児を生まなかった自分への当てこすりでこんなことを言い出したのだろうかーと。
精力的な夫との夫婦生活で、4人の子宝に恵まれた。
ただ、問題はそのすべてが女の子だった事だ。
はっきり言って4人目は半ば意地になって産んだのだが、やはり女の子だった。
夫は喜んでくれたが、きっとあれは喜ぶ振りだったのだろう。
内心は、跡取り息子を産まなかった妻を責めていたのかもしれない。
そうでなければ、実の子である娘達ではなく、いくら最愛の弟の息子とは言え、出会ったばかりの甥に家督を譲るなどと、そんなことを言い出す筈がない。
シュリに娘達のいずれかを娶らせるなどと言っていたが、どうなることか。
いずれエミーユを追い出し、シュリの母親だという女を娶るつもりなのかもしれない。
そんな被害妄想にも似た暗い思いを抱きつつ、エミーユは夫に促され目の前の扉をノックする。
中から、若い女の明るい声。
「ミフィー殿、わしだ。カイゼルだ。妻を伴って来たのだが、入っても良いかね?」
夫の朗らかな声に、意味もなくいらっとする。
だが、それを表情に上らせることなく、エミーユは一歩下がって夫の傍らに控えた。
室内から快諾の声が返ってきて、夫はそわそわしながらドアに手をかける。
室内の女は、それほど美しいのだろうかーそんな思いが脳裏をよぎった。
そうでなければ、夫の態度に説明が付かない。
妻であるエミーユにそんな疑いを抱かせるほど、カイゼルの様子は浮かれきっていた。
流石のエミーユも、カイゼルが甥っ子に早く会いたくてうずうずしてるなどとは思いもよらなかった。
カイゼルの手によって、ゆっくりと扉が開かれる。
開け放たれた扉の向こうには、銀色の髪に青い瞳の若い女がにこにこ笑いながら立っていた。
髪の間から見える耳が尖っているから、エルフの血が混じっているのだろうと思う。
美形揃いのエルフの血を引くだけあって、目の前の女は美しい顔立ちをしていた。
その美貌をにじみ出る生来の明るさが彩って、何ともいえない健康的な魅力を放っていた。
「こんにちは、カイゼル様」
「やあ、昨夜はよく眠れただろうか?ジュディスは役に立ったかな?」
「はい。ジュディスにはとても良くして貰って。シュリも、ジュディスにとってもなついてるんですよ」
シュリーその単語に反応して彼女の顔を見ると、彼女もこちらを見てにこりと微笑んだ。
その邪気のない笑顔になんだか気圧されてしまう。
だが、あえて目を反らすことなく、エミーユも薄く微笑み返した。
「奥様ですか?」
「ああ。妻のエミーユだよ」
カイゼルが答え、肩を抱き寄せてくる。夫婦仲をアピールしているのだろう。
白々しいことを、と思いつつ、エミーユは貴族の妻らしく、スカートの裾を摘んで優雅に礼をした。
「初めまして。カイゼルの妻、エミーユです」
「こ、こちらこそ。ミフィルカ・ルバーノです。ミフィーと呼んで下さい、奥様」
「ええ。ありがとう。私のこともエミーユと呼んで下さいね」
「は、はい。エミーユ様」
ミフィーは、緊張したように答えた。
その様子が微笑ましくて、エミーユは自然と微笑みを浮かべた。
「シュリは、どうしているかね?元気かな?」
カイゼルはそんな女同士のやりとりに飽いたように、そんな問いを唇に上らせる。
「カイゼル様、シュリでしたらベッドに。シュリ、カイゼル様よ」
そんな風に呼びかけながら、ミフィーがベッドに歩み寄る。
カイゼルはエミーユを促して、いそいそとその背を追った。
少しでも早く可愛い甥っ子の顔が見たかっただけなのだが、端から見ると若い女の尻を嬉々として追いかけているようにしか見えないから不思議だ。
妻から、そんな濡れ衣をきせられているとも知らず、カイゼルはミフィーが抱き上げた赤ん坊を見て目尻を下げる。
確かに、びっくりするほどきれいな顔立ちをした、美しい赤ん坊だった。
エミーユは少し離れた場所から、冷静にシュリを見つめた。
「ほら、シュリ。カイゼル叔父様よ」
「おおー、元気そうだなぁ、シュリ。叔父様のことを覚えているか?」
赤ん坊を抱くミフィーと、その赤ん坊の顔をのぞき込むカイゼル。
そんな3人の姿がまるで1つの家族のように見えて、エミーユは少しイライラした。
自分だけが、邪魔者のような気持ちになって。
「カイゼル様、抱っこしますか?ほら、シュリ。お願いしてみて?」
ミフィーの言葉に、彼女の腕の中の赤ん坊はくりくりした目で母親を見上げ、それからカイゼルの方を見た。
そして、
「かいぜ、おいたん。だっこ、て?」
この年の赤ん坊からすると驚くくらいしっかりした口調でそう言った。
エミーユは目を見張り、カイゼルもあんぐり口を開けて驚いている。
それを見たミフィーが、誇らしそうに笑った。
「今朝、急に話し始めたんですよ~」
「そうかぁ。流石だなぁ、シュリ。すごいなぁ。もう一回、おいたんの名前を呼んでくれんか?」
カイゼルが相好を崩し、シュリに話しかける。
シュリはその言葉の内容を吟味する様に小首を傾げ、それから再び口を開いた。
「かいぜう、おいたん」
可愛らしい声でそう言って、カイゼルに向かって手を伸ばす。
カイゼルはもうメロメロだ。
そんな夫をやや冷めた目で見つめ、エミーユは呆れたように肩をすくめた。
(何がシュリは特別、よ。ただの赤ん坊じゃない。そりゃあ、可愛いとは思うけど、それだけじゃない)
はっきり言って、カイゼルの目は亡くしたばかりの弟可愛さで曇りきっているに違いない。
夫の間違いは、妻である自分が正してあげなければと、エミーユは決意を新たに、腕の中の甥っ子に夢中になっている夫の方へ近づいた。
それに気づいたカイゼルが、にこにこしながらシュリを差しだした。
「おお、エミーユ。お前もシュリを抱いてみるか?名前を呼んでくれるかもしれないぞ」
赤ん坊に名前を呼ばれる程度のことが、何故それほどうれしいのだろう。自分の子供でもないのに。
そんな風に冷めた感情をくすぶらせたまま、エミーユは渋々手を伸ばす。
ここまで来て、抱きもせずに帰るわけには行かないだろうから。
さっさと抱いて、お世辞の一つや二つは言わねばなるまい。気が重い事ではあるが。
エミーユはうんざりした表情を何とか押し隠し、赤ん坊をその腕に抱き上げた。
赤ん坊は、思っていたより小さく、男の子としては線が細い感じがした。
まあ、エミーユとて男の赤ん坊を抱くのは初めてだから、赤ん坊など男も女も変わらないと言われてしまえばそれまでなのだが。
シュリは、おとなしい赤ん坊だった。
初めての相手に抱かれたのに、むずがる様子もなく、静かにこちらを見上げている。
きれいな、瞳をしていた。
夫と同じ、菫色の瞳。恐らく、亡くなったジョゼットも同じ色だったのだろう。
それはルバーノの直系に多い色。ルバーノの瞳だった。
「どうだ?可愛いだろう?シュリは。シュリ、エミーユ叔母様だぞ。エミーユだ。呼んでごらん?」
エミーユの横からカイゼルがシュリの顔をのぞき込み、そんな無茶な事を言い始める。
流石に無理があるだろうと諫めようとした時、その声が響いた。
「えみーう?」
信じられないくらい、可愛らしい声だった。
さっきカイゼルの名を呼ぶのを聞いていた筈なのに、まるで違う様に感じる。
胸の奥からこみ上げる愛おしさに、戸惑いすら感じながら、エミーユは改めてシュリの顔を見下ろした。
すると、こちらを見上げていた菫色の瞳とばっちり視線が交差する。
どんな顔をしたらいいんだろうと戸惑っていると、花が綻ぶようにシュリが笑った。
今まで見た、どんな赤ん坊よりも可愛らしい笑顔で。己の娘達の誰よりも、愛おしいと感じさせられる、そんな顔で。
気がつけば、いつの間にかエミーユも微笑みを浮かべていた。とろけそうなほど甘ったるい微笑みを。
それを見たカイゼルが、ニヤリと笑った。してやったとばかりに。
「シュリは驚くほど人の心を掴むのがうまい。人の上に立つべき存在だと、そうは思わないか?」
そんな風に遠回しに言いながら、カイゼルがエミーユの様子をうかがっているのが分かった。
そんな夫の様子に、思わず舌打ちをしたいような気持ちにさせられながら、エミーユ自身、さっきまで絶対認めてなるものかと思っていた敵愾心が、欠片もなくなってしまったことに気づいていた。
むしろシュリであればルバーノの名を継ぐのにふさわしいとさえ思い始めている。
こんな一瞬で、どんな魔法をかけられたのか。
不思議な思いでシュリを見るが、シュリは無邪気な顔をしてエミーユを見上げるばかり。
そんな何気ない表情にさえ胸がきゅんとなり、このままずっと抱き続けていたいと思ってしまう。
エミーユは小さく息をつく。自分はもう、シュリを跡取りに望む夫を止めることは出来ないだろうと、そんな思いと共に。
ルバーノはシュリが継ぐべきだ。
娘達をシュリに嫁がせることにも異存はない。むしろ、シュリと結婚できる娘達が羨ましいくらいだ。
(私も、あと10年……いえ、20年くらい若ければ……)
そんな思いが浮かび上がり、はっとして首を振る。
それから、少し不審そうにこちらを見ているカイゼルに愛想笑いを向けて、
「そ、そうですわね。私もあなたの意見に賛成ですわ」
と、シュリを跡継ぎに据えることに異存はないと、暗に告げるエミーユなのだった。
亡くなった弟の息子のシュリをルバーノ家の跡取りに据えるーよりにもよってそんなことを言い出したのだ。
夫は言った。甥のシュリは傑物だと。
問題のシュリが、それなりに育っているならまだ分かる。
だが、シュリはまだ1歳になるかならないかの赤子だと言うではないか。
そんな赤ん坊を見て傑物と断ずるなど、頭が沸いてしまってるとしか思えない。
良い顔をしなかったエミーユに、夫は言った。シュリに会ってくれれば分かる、と。
そして今、エミーユは問題のシュリと対面するために夫と共に、夫の仕事場まで足を運んでいた。
シュリとその母親は、昨日ここの客室に泊まらせたのだという。
エミーユは、目の前の扉を睨み、ため息をついた。
夫は、男児を生まなかった自分への当てこすりでこんなことを言い出したのだろうかーと。
精力的な夫との夫婦生活で、4人の子宝に恵まれた。
ただ、問題はそのすべてが女の子だった事だ。
はっきり言って4人目は半ば意地になって産んだのだが、やはり女の子だった。
夫は喜んでくれたが、きっとあれは喜ぶ振りだったのだろう。
内心は、跡取り息子を産まなかった妻を責めていたのかもしれない。
そうでなければ、実の子である娘達ではなく、いくら最愛の弟の息子とは言え、出会ったばかりの甥に家督を譲るなどと、そんなことを言い出す筈がない。
シュリに娘達のいずれかを娶らせるなどと言っていたが、どうなることか。
いずれエミーユを追い出し、シュリの母親だという女を娶るつもりなのかもしれない。
そんな被害妄想にも似た暗い思いを抱きつつ、エミーユは夫に促され目の前の扉をノックする。
中から、若い女の明るい声。
「ミフィー殿、わしだ。カイゼルだ。妻を伴って来たのだが、入っても良いかね?」
夫の朗らかな声に、意味もなくいらっとする。
だが、それを表情に上らせることなく、エミーユは一歩下がって夫の傍らに控えた。
室内から快諾の声が返ってきて、夫はそわそわしながらドアに手をかける。
室内の女は、それほど美しいのだろうかーそんな思いが脳裏をよぎった。
そうでなければ、夫の態度に説明が付かない。
妻であるエミーユにそんな疑いを抱かせるほど、カイゼルの様子は浮かれきっていた。
流石のエミーユも、カイゼルが甥っ子に早く会いたくてうずうずしてるなどとは思いもよらなかった。
カイゼルの手によって、ゆっくりと扉が開かれる。
開け放たれた扉の向こうには、銀色の髪に青い瞳の若い女がにこにこ笑いながら立っていた。
髪の間から見える耳が尖っているから、エルフの血が混じっているのだろうと思う。
美形揃いのエルフの血を引くだけあって、目の前の女は美しい顔立ちをしていた。
その美貌をにじみ出る生来の明るさが彩って、何ともいえない健康的な魅力を放っていた。
「こんにちは、カイゼル様」
「やあ、昨夜はよく眠れただろうか?ジュディスは役に立ったかな?」
「はい。ジュディスにはとても良くして貰って。シュリも、ジュディスにとってもなついてるんですよ」
シュリーその単語に反応して彼女の顔を見ると、彼女もこちらを見てにこりと微笑んだ。
その邪気のない笑顔になんだか気圧されてしまう。
だが、あえて目を反らすことなく、エミーユも薄く微笑み返した。
「奥様ですか?」
「ああ。妻のエミーユだよ」
カイゼルが答え、肩を抱き寄せてくる。夫婦仲をアピールしているのだろう。
白々しいことを、と思いつつ、エミーユは貴族の妻らしく、スカートの裾を摘んで優雅に礼をした。
「初めまして。カイゼルの妻、エミーユです」
「こ、こちらこそ。ミフィルカ・ルバーノです。ミフィーと呼んで下さい、奥様」
「ええ。ありがとう。私のこともエミーユと呼んで下さいね」
「は、はい。エミーユ様」
ミフィーは、緊張したように答えた。
その様子が微笑ましくて、エミーユは自然と微笑みを浮かべた。
「シュリは、どうしているかね?元気かな?」
カイゼルはそんな女同士のやりとりに飽いたように、そんな問いを唇に上らせる。
「カイゼル様、シュリでしたらベッドに。シュリ、カイゼル様よ」
そんな風に呼びかけながら、ミフィーがベッドに歩み寄る。
カイゼルはエミーユを促して、いそいそとその背を追った。
少しでも早く可愛い甥っ子の顔が見たかっただけなのだが、端から見ると若い女の尻を嬉々として追いかけているようにしか見えないから不思議だ。
妻から、そんな濡れ衣をきせられているとも知らず、カイゼルはミフィーが抱き上げた赤ん坊を見て目尻を下げる。
確かに、びっくりするほどきれいな顔立ちをした、美しい赤ん坊だった。
エミーユは少し離れた場所から、冷静にシュリを見つめた。
「ほら、シュリ。カイゼル叔父様よ」
「おおー、元気そうだなぁ、シュリ。叔父様のことを覚えているか?」
赤ん坊を抱くミフィーと、その赤ん坊の顔をのぞき込むカイゼル。
そんな3人の姿がまるで1つの家族のように見えて、エミーユは少しイライラした。
自分だけが、邪魔者のような気持ちになって。
「カイゼル様、抱っこしますか?ほら、シュリ。お願いしてみて?」
ミフィーの言葉に、彼女の腕の中の赤ん坊はくりくりした目で母親を見上げ、それからカイゼルの方を見た。
そして、
「かいぜ、おいたん。だっこ、て?」
この年の赤ん坊からすると驚くくらいしっかりした口調でそう言った。
エミーユは目を見張り、カイゼルもあんぐり口を開けて驚いている。
それを見たミフィーが、誇らしそうに笑った。
「今朝、急に話し始めたんですよ~」
「そうかぁ。流石だなぁ、シュリ。すごいなぁ。もう一回、おいたんの名前を呼んでくれんか?」
カイゼルが相好を崩し、シュリに話しかける。
シュリはその言葉の内容を吟味する様に小首を傾げ、それから再び口を開いた。
「かいぜう、おいたん」
可愛らしい声でそう言って、カイゼルに向かって手を伸ばす。
カイゼルはもうメロメロだ。
そんな夫をやや冷めた目で見つめ、エミーユは呆れたように肩をすくめた。
(何がシュリは特別、よ。ただの赤ん坊じゃない。そりゃあ、可愛いとは思うけど、それだけじゃない)
はっきり言って、カイゼルの目は亡くしたばかりの弟可愛さで曇りきっているに違いない。
夫の間違いは、妻である自分が正してあげなければと、エミーユは決意を新たに、腕の中の甥っ子に夢中になっている夫の方へ近づいた。
それに気づいたカイゼルが、にこにこしながらシュリを差しだした。
「おお、エミーユ。お前もシュリを抱いてみるか?名前を呼んでくれるかもしれないぞ」
赤ん坊に名前を呼ばれる程度のことが、何故それほどうれしいのだろう。自分の子供でもないのに。
そんな風に冷めた感情をくすぶらせたまま、エミーユは渋々手を伸ばす。
ここまで来て、抱きもせずに帰るわけには行かないだろうから。
さっさと抱いて、お世辞の一つや二つは言わねばなるまい。気が重い事ではあるが。
エミーユはうんざりした表情を何とか押し隠し、赤ん坊をその腕に抱き上げた。
赤ん坊は、思っていたより小さく、男の子としては線が細い感じがした。
まあ、エミーユとて男の赤ん坊を抱くのは初めてだから、赤ん坊など男も女も変わらないと言われてしまえばそれまでなのだが。
シュリは、おとなしい赤ん坊だった。
初めての相手に抱かれたのに、むずがる様子もなく、静かにこちらを見上げている。
きれいな、瞳をしていた。
夫と同じ、菫色の瞳。恐らく、亡くなったジョゼットも同じ色だったのだろう。
それはルバーノの直系に多い色。ルバーノの瞳だった。
「どうだ?可愛いだろう?シュリは。シュリ、エミーユ叔母様だぞ。エミーユだ。呼んでごらん?」
エミーユの横からカイゼルがシュリの顔をのぞき込み、そんな無茶な事を言い始める。
流石に無理があるだろうと諫めようとした時、その声が響いた。
「えみーう?」
信じられないくらい、可愛らしい声だった。
さっきカイゼルの名を呼ぶのを聞いていた筈なのに、まるで違う様に感じる。
胸の奥からこみ上げる愛おしさに、戸惑いすら感じながら、エミーユは改めてシュリの顔を見下ろした。
すると、こちらを見上げていた菫色の瞳とばっちり視線が交差する。
どんな顔をしたらいいんだろうと戸惑っていると、花が綻ぶようにシュリが笑った。
今まで見た、どんな赤ん坊よりも可愛らしい笑顔で。己の娘達の誰よりも、愛おしいと感じさせられる、そんな顔で。
気がつけば、いつの間にかエミーユも微笑みを浮かべていた。とろけそうなほど甘ったるい微笑みを。
それを見たカイゼルが、ニヤリと笑った。してやったとばかりに。
「シュリは驚くほど人の心を掴むのがうまい。人の上に立つべき存在だと、そうは思わないか?」
そんな風に遠回しに言いながら、カイゼルがエミーユの様子をうかがっているのが分かった。
そんな夫の様子に、思わず舌打ちをしたいような気持ちにさせられながら、エミーユ自身、さっきまで絶対認めてなるものかと思っていた敵愾心が、欠片もなくなってしまったことに気づいていた。
むしろシュリであればルバーノの名を継ぐのにふさわしいとさえ思い始めている。
こんな一瞬で、どんな魔法をかけられたのか。
不思議な思いでシュリを見るが、シュリは無邪気な顔をしてエミーユを見上げるばかり。
そんな何気ない表情にさえ胸がきゅんとなり、このままずっと抱き続けていたいと思ってしまう。
エミーユは小さく息をつく。自分はもう、シュリを跡取りに望む夫を止めることは出来ないだろうと、そんな思いと共に。
ルバーノはシュリが継ぐべきだ。
娘達をシュリに嫁がせることにも異存はない。むしろ、シュリと結婚できる娘達が羨ましいくらいだ。
(私も、あと10年……いえ、20年くらい若ければ……)
そんな思いが浮かび上がり、はっとして首を振る。
それから、少し不審そうにこちらを見ているカイゼルに愛想笑いを向けて、
「そ、そうですわね。私もあなたの意見に賛成ですわ」
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