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第二部 少年期のはじまり

第百四十三話 魔法の威力を確かめてみた

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 魔法がうまく使えなかった理由は分かった、とシュリは己の腕に抱きしめたままの金色の繭玉を見ながら思った。
 そして考える。
 では、果たして、今の自分はきちんとした魔法を発動することが出来るのだろうか、と。

 正直なところ、信じられない思いの方が強い。
 今までずっと、頑張っても頑張っても魔法の威力は上がらない日々が続いてきたから。
 その不安を払拭するにはどうすればいいか。

 方法は一つだ。
 とにかく実行あるのみ!

 己の中でそう結論付けたシュリはきりっと表情を引き締め、ヴィオラの腕の中から降ろして貰うと、腕に抱えたままの繭玉をそっと地面に置いた。
 それからエルジャの顔を見上げて、


 「おじー様。僕、魔法がちゃんと使えるかどうか試してみる!」

 「そう、ですね。いざという時のために、シュリの魔法の威力がどれほどなのか、確かめておいた方が良いかもしれませんね……」

 「ちょ、ちょっとぉ。どうしてわざわざエルジャに相談するのよぅ。ほら、シュリ。おばー様に相談してみなさいよぅ。結構役に立つんだから。ほらっ。ねえってば」

 まじめな顔で相談するシュリとエルジャの横から、ヴィオラが慌てた様に声をかけてくる。
 エルジャと合流してから、ことある事にシュリが祖父を頼る様子に危機感を覚えているらしい。


 (おばー様の真価はおじー様と違うところにあると思うんだけどなぁ)


 きっと、色々と張り合いたいお年頃なんだな、と生温かい眼差しで、見た目だけは若く可愛らしい祖母を見上げ、


 「えっと、おばー様?僕、魔法を使ってみようと思うんだ」


 おばー様サービスの一環として、にっこり微笑みそう質問してあげた。
 とたんにぱああっとヴィオラの顔が輝いて、


 「い、いいんじゃない?おばー様、シュリの意見に賛成するわっ!!」


 嬉々としてそんな返事が返ってきた。
 可愛いけれど、扱い易すぎてヴィオラがちょっぴり心配だなぁと思いつつ、シュリは再びエルジャを見上げた。


 「魔法の威力がどれくらいになるか分からないから、なにか対策をした方が良いと思う?おじー様」

 「備えておくのは大事ですよ、シュリ。では、精霊との本契約も無事に済んだことですし、精霊魔法を試してみたらどうですか、シュリ」

 「精霊魔法……どうすればいいの?おじー様」

 「通常、契約精霊を持たない場合は、特定の呪文を唱えて精霊に協力を乞う必要がありますが、シュリの場合はその段階は必要ないでしょうね。貴方の場合、普通に貴方の精霊に話しかけて、こうして欲しいとお願いすればいいんだと思いますよ?」


 エルジャの言葉に頷いて、シュリは自分の言葉を待っている四人の精霊達を見上げた。
 精霊魔法に関しては、彼女達との本契約をすませた時点で取得のアナウンスが流れていた。
 とはいえ、エルジャの言葉の通りなら、シュリのやるべき事は彼女達にやって欲しいことを伝える以外になさそうだが。
 そんなに簡単でいいのか、精霊魔法!と思いつつ、シュリは彼女たち一人一人の瞳を順に見つめながら言葉を紡ぐ。


 「アリア、イグニス、シェルファ、グラン。僕はこれから魔法を試してみようと思うんだ。どんな威力になるか想像がつかないから、周囲に被害がでないように結界みたいなのをはる事ってできる?」

 「問題ありませんわ、シュリ。魔法は水の初級魔法がいいと思いますわ。それが一番危険は少ないと思いますの」

 「まあ、確かにな。火はちょっと危ねぇからな。水が無難だろ」

 「だね。風も、ちょっと危ないかもだし。やっぱ水、かなぁ」

 「土はそれほど危険ではないが、まあ、水で問題ないと思うぞ、シュリ」


 四人が口々に了承の意を伝えてくる。
 シュリは頷き、彼女達の準備が整うのを待った。
 四人は全員で一つの結界を作るのではなく、それぞれが結界を作り、四重に結界をはる事にしたらしい。
 水色、赤、緑、茶色の順で半透明な膜状の結界がはられ、それを確かめたシュリはエルジャの顔を再び見上げた。


 「じゃあ、おじー様。水の初級魔法のウォーターを発動してみるね」

 「そうですね。それでしたら、まあ、余程の事がない限り危険はないでしょう」

 「えっと、シュリ?おばー様には??おばー様にはなにかないの???」

 「……おばー様、ウォーターやるから見てて?」

 「う、うん!危なくなったらおばー様に任せなさい!ちゃんと守るからね?」

 「ありがと、おばー様。じゃあ、やってみる。みんな、よろしくね?」


 シュリはみんなに声をかけてから、手のひらを前につきだした。
 今まで何度となく練習したときのように。
 魔力の流れを意識して、ウォーターの発動を意識した。
 そして、発動のキーワードとなる言葉を発しようとした時、


 「シュ、シュリ!!!ストップ!!!ストップです!!!!!」


 エルジャが慌てた声で制止の言葉をかけてきた。


 「んぅ??」


 ウォーターの発動を一時取りやめて、きょとんと首を傾げてエルジャの顔を見上げれば、


 「シュリ、魔力を注ぎすぎです。そのまま発動したらこの辺り一帯が水没してしまいます。ちょっと威力を押さえて……」

 「威力を押さえる??」


 威力を押さえろと言われても、今まで魔法を使うときはとにかく全力だった。
 全力でも、まるで威力が出なかったからだ。
 己の全てを出し切る方法でのみ魔法を使ってきたので、今更威力を押さえるよう言われても、そのやり方がよく分からなかった。
 困った顔の孫を見ながら、エルジャもシュリの直面した問題に気がついたようだった。
 彼も腕を組み、しばらくうーんと考え込んだ後、


 「そうですね。ただ威力を押さえろと言っても難しいでしょうから、頭の中でイメージしてみるのはどうでしょうか?」

 「イメージ?」

 「ええ。たとえば、ウォーターに関して言えば、水の流れ方をイメージするんです。ちょろちょろなのか、ザバザバなのか、というように。あるいは器に入った水をイメージするのもいいかもしれません」

 「水の流れをイメージするのかぁ」


 うーんと考えながら、シュリは目を閉じて想像してみた。
 想像したのは前世での水道の蛇口のイメージだ。
 蛇口を大きくひねれば水がたくさん流れ、少しだけひねれば水はちょっとしか流れない。
 よし、そのイメージでいこうと一つ頷き、シュリは目を開けて再び手を前につきだした。


 (えっと、まずは軽くひねるくらいの水の量から始めよう)


 脳裏でしっかりと蛇口のイメージを固めつつ、


 「ウォーター」


 とキーワードになる魔法の名前を唱える。
 すると、シュリの手のひらからちょろちょろと水が流れ落ちた。
 弱い勢いだが、今までの出方よりよほどいい。
 魔法の威力は、以前よりしっかりと増しているのが実感できた。


 (じゃあ、蛇口をもっと大きくひねって、水の量を多くしてみよう)


 頭の中で、蛇口を大きくひねってみる。
 すると、手のひらからでる水の量が増え、その勢いも増した。


 「いいですよ、シュリ。きちんとコントロール出来てます」


 エルジャもそんな風に声をかけてくれる。
 シュリは頷き、更に頭の中でイメージを膨らませた。


 (水鉄砲みたいなイメージはどうかな?)


 その考えのままに、水鉄砲で噴出される水をイメージしてみれば、シュリの手のひらから出る水は打ち出されるような勢いで前へ飛んでいった。


 (おお~、出来た。んじゃ、次は水を透明な器にためるようなイメージで……)


 透明な丸い器に水を貯めていくイメージを浮かべれば、シュリの手のひらから出た水が空中に浮かぶ丸い器にそそぎ込まれるように貯まり始めた。
 その器の上まで水が来るのを待ってから、シュリは脳裏で蛇口を締めた。
 蛇口を締めた後も、器に貯まった水は消えず、シュリはそれを両手で持つようにしてエルジャの元へと向かう。
 そして、その水の球を手渡すと、エルジャは感心したようにそれを手にとってまじまじと見つめた。


 「すごいですね。しっかり制御できてます。この水球が手から離れた状態で、水を散らすことは出来ますか?」

 「えーっと。出来る、と思う。たぶん」


 いいながら、シュリはエルジャの手の中にある水の球に穴があいた様子をイメージした。
 すると、球の下の方から水が少しずつ流れ、最後には全てこぼれて跡形もなくなった。


 「遠隔での操作も問題なさそうですね。いいですよ、シュリ。素晴らしいです」


 エルジャに手放しで誉められて、シュリはうれしそうに頬を染める。
 面白くないのは、そんな二人の様子を傍らで見ていたヴィオラだ。


 「エルジャばっかりずるい!シュリ、おばー様の為にも魔法、使って見せて?ウォーターボールっ。ウォーターボールがいいな」

 「ヴィオラ……」

 「ね~、いいじゃない。ちょっとだけだから。ね??シュリが私の為にウォーターボール撃つところ、見てみたいな~」


 エルジャの、かわいそうな子を見るような眼差しを気にすることなく、ヴィオラはシュリにしつこくウォーターボールをねだる。


 「ウォーターボールかぁ。危なくないかなぁ??」

 「平気よ、平気。シュリの精霊が結界をはってるんでしょ?さっきのウォーターみたいに、威力を少なくするのを意識してやってみればいいんじゃない?」

 「うーん。出来るかなぁ?」


 ちょっぴり不安だったが押し切られ、シュリは首を傾げつつ、でもまぁ、やってみようかと手をかざす。
 そして、威力小さく威力小さくと心の中で念仏のように唱えつつ、


 「ウォーターボール」


 と唱えてみた。
 その瞬間、シュリの手のひらからものすごい勢いで小さな水の球が飛び出した。
 どうやら威力を小さくと念じた結果、小さな球が射出されたらしい。
 だが、大きさは小さかったものの、射出スピードがもの凄く、威力が絞れて居るのかは微妙な出来だった。
 その球は、一瞬で精霊達の四重の結界を打ち砕き、遙か彼方へ見えなくなってしまった。通り道にある木をなぎ倒しながら。
 それを見送りながら、シュリはほんのり冷や汗を流す。


 「……ねぇ、おばー様。あっちって、なにか壊しちゃいけない物があったりするのかなぁ?」

 「……ど、どうかしら?エ、エルジャ、そこんとこ、どうなの!?」

 「……一応、私の知る限りはないと思いますが。とりあえずかなりの距離、この森が続いていますので、あの球が森から飛び出さない限り大丈夫かと」

 「そ、そう」

 「よ、よかったわね、シュリ」

 「しかし、威力を押さえてあれですか……シュリはしばらく魔法の制御を中心に練習した方がいいですね。きちんと制御できないと、大変な事になりそうですし」

 「う、うん。がんばる……」


 祖父と祖母と孫は、ウォーターボールが飛んでいった方向を呆然と見つめながらそんな会話を交わす。


 「す、すごい威力でしたわね。あの威力のウォーターボール、私は見たことがありませんわ」

 「だな。水龍とかのブレスぐらいの威力、あるんじゃねぇか?水龍、見たことねぇけど」

 「今ねぇ、ちっちゃい精霊達にお願いして球をトレースしてるけど、すごいねぇ。なかなか勢いが落ちないよ。でも、そろそろ……あ、今消えた。うん、大丈夫。森は出てないし、生き物は殺してないよ。一安心だねっ」

 「シュリはしばらく精神修行をして、魔力制御をしっかり確率した方が良さそうだな。我ら四人の結界をああも簡単に破るとは。頼もしいというか、末恐ろしいというか」


 精霊達四人もぽかんとウォーターボールの消えた先を見つめていた。

 まあ、そんなこんなで、シュリの魔法の威力の検証は終わった。
 その結果、シュリはしばらく魔力制御に重点を置いた修行を行い、魔法はよほどのことがない限り封印という方向性で、満場一致で話は決まったのだった。
  
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