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第四部 王都の新たな日々

第389話 引っ越し祝いとお帰り祝い(?)③

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 団長と副団長が、[砂の勇士]というこのお屋敷の専属兵団の面々と話しているのを聞きながら、ケイニーの目は少し離れた場所にいるシュリというこのお屋敷のお坊ちゃんに釘付けだった。
 といっても、ケイニーは女の子が好きな人なので、予想以上に可愛かったとはいえ歴とした男の子であるお坊ちゃんに惚れたとかそう言うのではなく。
 さっきから、美人な使用人をとっかえひっかえ人間イスにしている様子が余りに衝撃的で目を離せなかっただけだ。


 (そ、そういうプレイ、なんすかねぇ。昼間っからお盛んっすねぇ)


 なぁんて思いながら見ていたが、プレイ、というには一番いい思いをしているはずの少年の表情が微妙だ。
 少なくとも、手放しで喜んでいる、というようには見えない。
 彼を背中に乗せる女性陣からは、あふれんばかりの幸福感しか伝わってこないが。
 まあ、あれがプレイかそうじゃないかは置いておいて、ケイニーからしたら美女の恍惚とした表情を見ているだけで眼福なので、真相はどうでもいい気がしたが。


 (でも、まあ、出来ればもっと近くで見たいっすけどね~。……ん??)


 ぼんやりうっとり美女の恍惚とした様子を眺めていると、視界に見覚えのある姿が入り込んできた。
 ほっそりとした長身に短い金色の髪のその姿は、ケイニーと同じ[月の乙女]小隊長の1人、ニルだった。
 ニルはどこから取り出したのか、可愛らしい花を片手に人間イスに座る坊ちゃんに近づき、その前でひざまづいた。
 そしてそのままシュリと目と目を合わせ、にっこり笑う。


 「やあ、初めまして、少年。えーと、シュリ様、って呼べばいいのかな?」

 「呼び捨てでいいですよ。ジェスもフェンリーも僕に敬称はつけませんから。あなたは、えっと、[月の乙女]の小隊長の人、ですよね?」

 「そうだよ。私はニル。どうかニルって呼んでほしい。敬語も不要だよ。私は、君のことを、そうだなぁ。シュリ君、って呼ばせてもらおうかな」


 にこにこと話しかけ、はい、どうぞ、と持っていた花を差し出す。
 それを反射的に受け取ったシュリの頭を撫で撫でし、シュリがそれを拒否しないことに感動しつつ、ニルは可愛い生き物の頭を撫でる幸福感に酔いしれた。


 「えーっと、ニル?」

 「なんだい? シュリ君」

 「何でずっと頭を撫でてるの??」

 「それはね? シュリ君がとぉーっても可愛いからさ。私は可愛いものに目がないんだ」

 「そ、そうなんだ?」


 可愛いなぁ、可愛いなぁとうわごとのように呟きながら一心にシュリの頭を撫でる様子はちょっぴり怖い。
 だが、撫でられているお坊ちゃまは、それを拒否することなく目をまんまるくしてニルを見上げていた。
 その様子はケイニーから見ても非常に愛らしく、女の子が好き、という己の根幹をグラグラと揺さぶられる気がした。
 だが、それ以上に、ケイニーはニルの執拗な撫で撫で攻撃を耐えている貴族の少年の我慢強さに目をみはる思いだった。


 (ニルに撫でられてるのがうちだったら、10秒で裏拳っすね)


 そんなことを思いつつ、ぐらんぐらんと頭をなで続けられているお坊ちゃまに流石に同情を感じ、助けに行こうと思ったとき、再びよく見知った姿が目に入ってきた。
 濃い茶色の髪をポニーテールにまとめたその姿は、[月の乙女]の小隊長の1人、ソニアである。

 冷静な性格の彼女ならニルをきっちり止めてくれるに違いない、と思い、ケイニーは動きかけた足を下の場所へ戻した。
 そんなケイニーが見守る中、ソニアは足早にニルの背後から近づくと、その襟首をつかんで後ろにぺいっと放り投げた。
 床に転がり、


 「ええっ!? ソニア!? いきなりひどいじゃないか」


 抗議の声を上げるニルをまるっと無視し、美少女にしか見えないお坊ちゃまの前にすっと片膝を落として。


 「大丈夫?」


 そう声をかけながら、お坊ちゃまのやわらかそうなほっぺたに手を伸ばした。


 「うん。えっと」

 「ソニアよ」


 名を名乗り、甘く微笑んでソニアはシュリの頬を優しく撫でる。


 「シュリ、って呼んでいいのかしら?」

 「うん。もちろん」


 優しいお姉さん然としたソニアの様子に、シュリが安心したように笑う。
 それを遠目で見ながら、ケイニーはちょっぴりいやな予感を感じていた。
 なんといっても、あのお坊ちゃんの顔はソニアの好みのど真ん中。
 体に関しては、まあ、どうにもならないとしても。
 それに、ああ見えてソニアは獰猛な狼さんなのだ。
 まあ、女の子専門の看板をあげてはいるが、世の中、絶対なんて言葉はないに等しい。


 (ああっ!! だめっすよ!! そのおねーさんは狼っす。狼さんの前でそんな無防備にぃっ)


 心の中で叫ぶが、それが離れた場所にいるお坊ちゃまに届くはずもなく。


 「シュリはほんっとーに男の子?」

 「え、うん。そうだよ?」

 「ほんっとーのほんっとーに?」

 「うん」

 「それってちゃんと確かめた?」

 「そりゃ、まあ。毎日、トイレとお風呂の時にイヤというほど?」

 「じゃあ、シュリのおっぱいはふくらまないのね……」

 「まあ、そうだね? っていうかふくらんだらおかしいよね??」

 「顔は……顔はすごく好みなのに、おっぱいが無いなんてひどいわ」

 「えっと、その、ごめんなさい?」

 「ねえ、どうにかしておっぱいをつけられないかしら?」

 「えーっと、それはさすがに無理なんじゃないかなぁ??」


 シュリはちょっぴり困った顔をしつつも、延々と絡んでくるソニアに丁寧に対応している。
 ケイニーなら、お前面倒くさい、と脳天チョップをかましているところだ。
 チョップもせず、ソニアのしつこい絡みに苛立つ様子もなく耐えているお坊ちゃまがいい子すぎて、子供であっても男の子はちょっぴり苦手なケイニーでもなんだか頭を撫でてあげたくなってしまう。


 (ソニアの狼が男の子には発動しなくてほっとしたっす。やっぱり顔が好みでもぺったんこはダメってことっすね)


 良かった、良かった、とケイニーはこっそり無い胸を撫で下ろす。
 その間も、ソニアはずっとお坊ちゃまの寛大さに甘えて絡みっぱなしだったようで。


 「ねえ、お姉さんと一緒に頑張っておっぱい育てましょう?」

 「だから、無理だってば。僕、男の子だもん」

 「大丈夫。きっと育つわよ。私が毎日揉むわ!!」

 「えーっと。どこを?」

 「シュリのおっぱいを、よ。決まってるでしょう!?」

 「だから、僕は男の子だからソニアの望むおっぱいは無いんだよ……」


 だんだんお坊ちゃんの声が疲れてきた。


 「シュリ君は可愛いんだから可愛いだけでいいんだよ。おっぱいがなくとも可愛いものは可愛い。それでいいじゃないか」

 「だめよ。おっぱいは重要よ!」


 そこにニルも再び参戦してきて。
 ソニアの発言も微妙におかしくなってきたし、そろそろ助けに行かないとなぁ。
 そう思って再び足を踏み出そうとしたケイニーだが、またまたその視界に見覚えのある姿が飛び込んできた。


 「……流石にそろそろ罪のないちびっ子に絡むのはやめなさいよ。同僚として恥ずかしいわ」


 呆れたようにそう言って、暴走しかかっているソニアの襟首を掴むのは、ゴージャスな赤毛のアマンダ。
 更に、


 「そうだよぉ。2人とも、ちょ~っと気持ち悪いから大人しくしなよ。同じ大人として申し訳なくなるレベルだから」


 茶色のくるくる巻き毛のトーリャが、ニルのお尻に容赦ない蹴りを入れた。
 2人の救い手の姿に、シュリだけでなくケイニーもほっと息をつく。
 そして流石に見守ってるだけじゃなくて自分も挨拶をした方がいいだろうと判断し、ケイニーも仲間とシュリがいる場所へ向かって歩き出した。
 シュリの前に立ち、


 「仲間が失礼な真似をして申し訳なかったっす」


 まずは謝罪の言葉と共に頭を下げる。


 「ケ、ケイニー。私のために。大丈夫だよ! ケイニーの可愛らしさへの愛も、ちゃんとあるからね!!」


 ニルの見当違いの発言に、文句を言いたい気持ちをぐっと押さえて奥歯を噛みしめ、


 「点数稼ぎなんかしても、惚れたりしないから。まあ、もうちょっと育てば考えないでもないけど。でも、成長期を過ぎたケイニーにどれだけの成長が期待できるかは疑問よね」


 成長期を過ぎてて悪かったっすね!? 、と歯ぎしりしたい衝動を堪え。
 ケイニーは、困り者な同僚2人を無視したまま、シュリの顔を正面から見つめた。
 彼の瞳は澄んでいて、その奥に見える光に、貴族特有のおごりは見えない。
 平民生まれ平民育ちのケイニーは、基本的には貴族と呼ばれる生き物が好きではなかったが、目の前のこの少年のことは好きになれそうだ、とほっとする。

 まあ、敬愛する団長と副団長が認めている時点で、そこいらの貴族のぼんぼんとは違うだろうとは思っていたけれど。
 ケイニーの目の前で、少年は変てこ発言をするニルとソニアを見て楽しそうに目を細め、それからケイニーにアマンダ、トーリャと順に見つめてからにっこり微笑んだ。
 その笑顔が余りに愛らしくて、相手が男と分かっているはずなのに理性がぐらっと揺れる。

 だが、女性の胸に装備されている魅惑的な脂肪の固まりを愛してやまないケイニーはどうにか踏みとどまり、大きく深呼吸した。
 アマンダやトーリャのいる方からも深呼吸する呼吸音が聞こえたので、恐らく彼女達も持ちこたえたのだろう。
 目の前の少年の、性別を越えた恐ろしいほどの魅力に。


 「助けてくれてありがとう。僕はシュリ。良かったらシュリって呼んで。えっと、敬語は、使わない方がいいんだよね?」


 間近で聞くその声は耳に心地よく、思わず聞きほれてしまいそうになる己をしかりつけ、ケイニーはぴっと背筋を伸ばした。


 「はいっす。敬語はいらないっす。自分のことはケイニーって呼んでほしいっすよ、坊ちゃん」

 「坊ちゃん……。えっと、ケイニー? 僕のことはシュリでいいから」

 「わかったっす、坊ちゃん」

 「あの、だからね?」

 「どうしたっすか? 坊ちゃん」

 「……あ~、うん。まあ、いいや」

 「えっと、シュリって呼んでいいのよね? うちの同僚が悪かったわね。バカなのとか、変態なのとか、真面目すぎて融通がきかないのとか。ちょっと変わったのが多いのよ、うちの傭兵団は」

 「……そう言うあなたは?」

 「私? 私はただの女性限定の博愛主義者の常識人。アマンダよ。よろしくね」

 「そういうアマンダだって十分変わり者の範疇だと思うけどなぁ。まあ、うちは団長も副団長も変わり者だから仕方ないと思うよ。ってなわけで、変わり者のトーリャでぇすっ。よろしくね、シュリ君。おねーちゃんと思って頼ってくれていいよ!!」


 トーリャはそう言ってにかっと笑い、会話を締めくくる。
 シュリは、きまじめな顔のケイニーや、気取った顔のアマンダ、にこにこ屈託なく笑うトーリャの顔を順繰りに眺め、


 「ケイニーに、アマンダに、トーリャ、だね。うん、覚えた。これからよろしくね」


 そう言って、ほんわり微笑んだ。


 「か、可愛いなぁ。シュリ君」

 「ほんと、顔だけは好みだわ。おっぱいなくて、余分なのついてるけど、可愛いことは認める」

 「ニルとソニアもよろしく」


 同僚に叱られても懲りてないニルとソニアに苦笑しつつ答え、そのまま全員で和やかに言葉を交わしあった。
 そんなシュリの耳に、


 「……美人を侍らせていいご身分だな」


 届いたのはそんな言葉。
 低いその声は、この場でシュリを除いて唯一の男性のもので、シュリは声の聞こえた方へ顔を向けた。


 「こら、ジガド。失礼でしょう?」

 「うるさいな、ファルマ。俺は、こんな顔がいいだけのニヤケたガキにキルーシャが騙されていることに我慢が出来ないだけだ。目を覚ますなら、早い方がいいに決まってる」


 顔がいいだけのニヤケたガキ呼ばわりされたシュリは、ちょっと困ったように小首を傾げた。
 確かに笑ってたし、その顔がニヤケているように見えたというなら仕方がない。
 彼の暴言の理由の1つに、キルーシャへの叶わぬ想いがあることを知っているシュリとしては聞き流してあげたかった。
 しかし、主をけなされて気分がいい者がこの場にいるはずもなく。


 (……シュリ様の偉大さを理解できないとは。ちょっとつぶしておきましょうか?)

 (……シュリ様をニヤケたガキ呼ばわり。つぶすだけじゃ許されません。すりつぶしましょう)

 (ふふ。肉体的な制裁は先輩たちにお任せするとしてぇ。私達は精神的につぶしちゃおっか)

 (ええ。男の精神を再起不能にする言葉など、いくらでも持ち合わせていますからね。思い知らせてやりましょう)


 物騒な念話が飛び交い、シュリのお尻の守人4人から冷ややかな視線がジガドへ突き刺さる。
 もちろん、不快な気分になったのは彼女達だけではなかったらしく、[月の乙女]の小隊長5人も不快そうな顔で声の主を出迎えた。

 ジガドは、そんな女性陣の鋭い視線に少したじろいだようだが、それでも前言を撤回するつもりはないらしい。
 虚勢を張るように胸を張り、隣の女性の肘打ちにもたじろがず、真正面からシュリを睨んだ。
 そして、


 「ガキ! キルーシャは俺のものだ。彼女ををかけて決闘を申し……」


 込む、と言いたかったのだろう。
 だが、その言葉が彼の口から出る前に、彼の脳天に拳骨がめり込んだ。


 「私がいつお前のものだった!? お前のものだったことなんて1度も無かっただろう!? 嘘をつくなっ! 嘘を!!」


 拳骨の主は、彼が想いを寄せる女性、キルーシャで。
 怒りに震える彼女を、ジガドはしゃがみこんで痛む脳天をおさえたまま若干涙目で見上げた。


 「だ、だが、このくそガキよりは俺の方がましだろう? こいつは絶対に女たらしだぞ!? この年でこれだけ女を侍らせてるんだ。この先は更に増えるに違いない!! 俺はお前だけだと誓えるぞ!」


 女たらし……その不名誉な響きに文句を言いたい気持ちを、シュリはぐっと堪えた。
 彼の言うとおり、女性で周囲が渋滞しているのは確かだし、もうこれ以上増えないとも断言出来ないことをよく理解していたから。
 でも、キルーシャは彼の言葉で言い負かされたりはしなかった。


 「私だけ? そんな誓いがあてになるものか! そう言いながら影で浮気する男なんて小さい頃からよーく見てきたからな!! それに、シュリ様が女たらしでなにが悪い? シュリ様が魅力的だから女性が周囲に集まる。それだけのことだろう? 運よくその中の1人に加われたら、私はそれで満足だ!!」

 (いや、そこは僕じゃなくてキルーシャだけを見てくれる素敵な男性を選ぼうよ)


 キルーシャの主張にシュリは思うものの、実のところ、そうするにはもう手遅れだろうと分かっていた。
 ちょっと前に確認したとき、キルーシャの恋愛度はすでに100%に限りなく近くなっていた。
 それが100%になり、シュリに完全に恋した状態になってしまえば、それをどうこうするのは難しい。

 そういう状態の人は遠ざけようとしても遠ざかってくれないし、シュリがなにをしてもあばたもえくぼ状態で好意的に受け止められてしまう。
 もちろん、今後も恋愛状態になってしまった人達をどうにか解放してあげられないか考え続けることをやめるつもりは無いが、現状、打つ手がない状況なのは確かで。


 「とにかく、私の全てはシュリ様のものだ。お前のものになど、なるつもりはない」

 「俺への愛は、欠片もないのか?」

 「お前という人間への好意はもちろんある。幼なじみとして、友人としてのな。だが、お前に男としての魅力は魅力は全く感じない!!」


 言い募るジガドに、キルーシャはとどめとも言える一言を言い放った。
 がーん、とショックを受けるジガドの男らしく精悍な顔を申し訳ない気持ちで見つめながら、シュリは心の中で手を合わせる。
 ごめんなさい、でも僕にもどうにも出来ないんです、と。
 その後、再起不能に打ちのめされたジガドは、キルーシャに指示されたファルマによって回収され、ホールからその姿を消し。
 それを見送ったキルーシャはシュリに向き直ると、


 「シュリ様、ジガドが失礼なことを。申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げた。
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