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第三部 学校へ行こう
第二百八話 お迎えペット
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「では、今日はこれで終わりにします。みなさん、気をつけて帰るのですよ?」
そんなサシャ先生の言葉で、学校の初日が終わる。
初日だから、お昼をまたぐことなく午前中で帰してもらえるらしい。
まあ、明日から本格的な授業が始まるとそういうわけにはいかず、ホームルーム中の説明で、普段はお昼を挟んで午後の授業もある為、学校の食堂を利用するかあるいは昼食を持参するようにとの指示もあった。
ルバーノ家では姉様達も弁当ではなく学食を利用しているようなので、シュリも恐らく、明日から学食で姉様達と共にとることになるだろう。
本日、ホームルームの途中に退場した、このクラスの担任のバッシュ先生は結局戻ってくることなく、Sクラスのホームルームは最後までサシャ先生が担当してくれた。
まあ、明日からはそうもいかないだろうから、きっとあの暑苦しいバッシュ先生が戻ってくるのだろうけど。
サシャ先生が教室を出ていくのを見送ってから、シュリも席から立ち上がる。
「じゃあ、リア、僕達も帰ろうか?」
そういってリアを促し、それからエリザベスの方へと目を向ける。
「エリザベスもよかったら校門まで一緒に行かない?馬車が迎えに来てるんでしょ?」
そう言って、エリザベスを誘った。
「そう、ですわね。じゃあ、校門までご一緒しますわ」
そう言って立ち上がったエリザベスと、彼女を誘ったことが不満そうなリアを伴って、シュリは教室を後にする。
教室を出たところで、エリザベスの従者が合流して、四人でのんびり校門へと向かった。
エリザベスの従者は、髪の毛を肩の辺りで切りそろえた、真面目そうな青年で。
ほっそりとした体型のその青年は大人しい人のようで、校門へ向かう途中何度か話しかけたが、言葉少なな返事が返ってくるだけで話が弾むことは無かった。
とはいえ、シュリをみるまなざしは柔らかだったので特に嫌われていると言うわけでは無いようだが。
それほど時間もかからずに校門の外の馬車の待機場所へ着いた四人は、自分の家の馬車を探し、二手に分かれてそれぞれの馬車へと向かう。
その途中で、シュリに向かって不意に横合いから何かが勢いよく飛び出してきた。
「シュリ~~~!!!迎えに来たのじゃ~~~!!!」
そんな声と共に。
その飛び出してきた何かに横っ腹を急襲されて、うっかり吹き飛ばされそうになるのを何とか踏みとどまる。
シュリは口から飛び出しそうになった何かを何とか飲み込んで、自分のわき腹に抱きついている存在の頭頂部を涙目で見下ろした。
後で、全力で抱きつくのはやめなさい、と注意しておかなきゃと思いながら。
抱きつかれたのがシュリだからいいようなものの、一般人がこんなタックルを受けたら、上半身と下半身がバイバイしてしまう。
なんと言ってもイルルは人よりも遙かに上位の存在。
そんな生き物が本気でタックルしてきて耐えられる人間など、ほぼ存在しないと言っていいに違いない。
「い、いるる?」
「むふ。驚いたかの?どうしてもシュリをお迎えしたくて、妾、馬車に隠れてこっそりついてきたのじゃ」
「そ、そうだね。驚いたよ。うん、すっごく」
「むふふっ。そうじゃろ、そうじゃろ~?妾が迎えに来て嬉しいじゃろ??」
嬉しそうに笑うイルルは可愛らしいが、ペットのしつけはきちんと責任を持って行わなければならない。
シュリは、ぐっと拳を握りしめた。
「まあね?その気持ちは嬉しいけど、でも……」
「む?」
「勝手に敷地内から出たらダメって言っておいたでしょ!?」
そんなお叱りの言葉と共に、イルルの脳天に向かって握った拳を容赦なく落とした。
何とも言えない鈍くて重い音がして、イルルは両手で頭を押さえしゃがみ込んだ。
「ふおおおおおぉぉぉっ!?あっ、頭が割れるのじゃあぁぁぁ!!」
そんなうめき声をイルルがあげ、騒ぎに気付いた御者のおじさんがシュリの側にいるイルルの姿にぎょっとしたような顔をして駆け寄ってくる。
「イ、イルル様!?も、もしや馬車に隠れてついてきてしまったのですか!?も、申し訳ありません、シュリ様。馬車を出す前に中をもう一度確認すべきでした!!」
がばりと頭を下げるおじさんを、シュリはそっと制し、
「えっと、悪いのは絶対イルルだから、ハンスが謝る必要はないよ。むしろ、イルルが迷惑をかけてごめん。飼い主として謝るよ」
「シュ、シュリ様、私の名前を……?え、あれ?飼い主??」
御者のおじさん改めハンスは、シュリが自分の名前を覚えていてくれた事に思わず頬を染め、それから引っかかりのある単語に思わず首を傾げた。
そんな彼の様子から失言に気付いたシュリは、
「あ、いや、えっと、そのぉ……あっ、そうそう、イルルの友人としてって言ったんだよ?うん。イルルの友達として、謝ったんだ。ほら、イルルも……」
慌ててそう言い直し、イルルにも謝罪を促した。
「うぬぬぬぬぅっ。み、味噌が出たらどうしてくれるのじゃ。妾の高貴な味噌は、国宝級なんじゃぞ……」
だが、イルルはそれに気付かずに、訳の分からない理屈をこねながら盛大に呻いている。
シュリはそんなイルルを見下ろして半眼になり、ぺしょんと再びイルルの頭を叩いた。
「いたっ!シュリ、ひどいのじゃ」
「……イルル?悪いことをしたら、なんて言うんだっけ?」
「うぬ?」
シュリの、目が全然笑っていない笑顔を見て、イルルは初めて己が失態を犯したことを悟った。
シュリを迎えに行くという思いつきが素晴らしすぎてすっかり頭からすっぽ抜けていたが、イルルは今、敷地内から勝手に出ちゃダメというシュリの言いつけをしっかりと破っている。
その事にようやく気付いたイルルは、ちょっとしょんぼりとシュリを見上げた。
「む、むぅ。そ、その、言いつけを破ってごめんなさいなのじゃ……シュリを迎えに行くという名案が素敵すぎて、うっかりすっかり忘れていたのじゃ……」
「うん。そうだね。でも、ちゃんとなにが悪かったか気がつけたのは偉かったね」
シュリはそう言って、イルルの頭をそっと撫でた。
それから、イルルをハンスの方へと向かせると、
「ほら、イルル。謝らなきゃいけないのは僕にだけじゃないでしょ?」
そう言って、もう一度促した。
その言葉に、イルルははっとしたように目の前の御者のハンスの顔を見上げ、
「う、うむ。そうじゃの。そ、その、勝手に馬車に乗ってすまなかった。許して欲しいのじゃ……」
しょんぼりと頭を下げた。そんなイルルを見て、ハンスが慌てて手を振る。
「いえいえ。馬車を確認しなかった私も悪いのです。イルル様だけが悪い訳じゃありませんよ」
そう言って彼は優しく微笑み、それからシュリに向かって、馬車でお待ちしていますと声をかけ、馬車の方へと戻っていった。
そんな彼を見送り、再びイルルに目を移すと、イルルが不安そうにシュリを見上げている。
シュリはまだ自分を怒ってるか、もしかして嫌われてしまっていないだろうか、と。
そんなイルルにシュリは思わず苦笑を浮かべ、彼女の赤毛をもう一度優しく撫でた。
「きちんと謝れたから、今日のことはもういいよ。次からは、ちゃんと約束は守るんだよ?」
「う、うむ。絶対守るのだ。今日は本当にごめんなさいなのじゃ。シュリが居なくて寂しくて、ついうっかりしてしまったのじゃ……」
すっかりしょげ返ってしまったイルルの頭をもう一度撫でてから、シュリは自分よりちょっぴり大きなイルルの体をひょいっと抱き上げるとその背中をぽんぽんと叩いてやる。
「うん。いいよ。わかってくれれば。イルルはもう、僕との約束を破らないでしょう?」
「むぅ……許してくれるのは嬉しいが、シュリはちと甘すぎるぞ?そんなに甘やかされたら、妾はもっともっと甘えたくなってしまうのじゃ」
「ん~、そうだなぁ。甘い自覚はあるけど、これが僕だし。ま、甘えるのも度を超さなきゃいいや。僕の体は一つだから、いつも甘やかせるとは限らないけどね」
「……ぬぅ。シュ、シュリはやっぱり女たらしなのじゃ」
「え!?どうしてそうなるのさ??」
シュリの言葉にイルルは頬を赤くして、照れ隠しのようにがじがじとシュリの首筋を甘噛みする。
シュリは心外だとばかりに声を上げ、痛いよ、とイルルの背中を再び軽く叩いたが、イルルはそれを無視して、シュリの首にぎゅっと抱きついた。
とくん、とくん、と高鳴る胸の鼓動を誤魔化すように。
「……まったく、イルルは甘えん坊だなぁ」
シュリは苦笑混じりにそう呟き、イルルをぎゅっと抱き返す。
そして、さすがにそろそろ馬車に戻ろうと周囲を見回すと、一緒に来たはずのリアの姿が見えない。
あれ?と首を傾げたシュリは、イルルを抱っこしたまま御者のハンスの待つ馬車へと向かった。
馬車の前で一度足を止め、馬の傍らに立ってシュリを迎えるハンスの顔を見上げる。
「ねえ、ハンス。リアはもう馬車の中?」
「リアですか?リアなら、その……茶番に飽きたから、今日は歩いて帰る、と。茶番って、なんのことでしょうねぇ?」
「そ、そう……」
リアはどうやら、シュリとイルルのやりとりにうんざりして、一人歩いて帰ってしまったらしい。
一緒の馬車で帰るのが、余程イヤだったようだ。
ハンスは何でリアがそんなことを言い出したか分からずに首を傾げているが、シュリにはすぐに推測がついた。
(あ~……後で文句言われそうだけど、まあ、仕方ないなぁ)
リアの扱いは、イルルと違ってちょっと難しい。
ずいぶん長い間、一つ屋根の下に過ごす幼なじみではあるが、シュリはリアを喜ばせるよりも怒らせている事の方が多い気がする。
たぶん、きっと、嫌われてはいない気はするのだけれど。
「そ、そっかぁ。リアは帰っちゃったのか。なら、仕方ないね。僕らは僕らで帰ろうか……」
ははは……と乾いた笑い声をあげ、シュリはイルルを抱っこしたまま馬車へ乗り込む。
そんな二人の後ろ姿を、なんとも仲むつまじいお姿だなぁと、ハンスは微笑ましく見守った。
そんなサシャ先生の言葉で、学校の初日が終わる。
初日だから、お昼をまたぐことなく午前中で帰してもらえるらしい。
まあ、明日から本格的な授業が始まるとそういうわけにはいかず、ホームルーム中の説明で、普段はお昼を挟んで午後の授業もある為、学校の食堂を利用するかあるいは昼食を持参するようにとの指示もあった。
ルバーノ家では姉様達も弁当ではなく学食を利用しているようなので、シュリも恐らく、明日から学食で姉様達と共にとることになるだろう。
本日、ホームルームの途中に退場した、このクラスの担任のバッシュ先生は結局戻ってくることなく、Sクラスのホームルームは最後までサシャ先生が担当してくれた。
まあ、明日からはそうもいかないだろうから、きっとあの暑苦しいバッシュ先生が戻ってくるのだろうけど。
サシャ先生が教室を出ていくのを見送ってから、シュリも席から立ち上がる。
「じゃあ、リア、僕達も帰ろうか?」
そういってリアを促し、それからエリザベスの方へと目を向ける。
「エリザベスもよかったら校門まで一緒に行かない?馬車が迎えに来てるんでしょ?」
そう言って、エリザベスを誘った。
「そう、ですわね。じゃあ、校門までご一緒しますわ」
そう言って立ち上がったエリザベスと、彼女を誘ったことが不満そうなリアを伴って、シュリは教室を後にする。
教室を出たところで、エリザベスの従者が合流して、四人でのんびり校門へと向かった。
エリザベスの従者は、髪の毛を肩の辺りで切りそろえた、真面目そうな青年で。
ほっそりとした体型のその青年は大人しい人のようで、校門へ向かう途中何度か話しかけたが、言葉少なな返事が返ってくるだけで話が弾むことは無かった。
とはいえ、シュリをみるまなざしは柔らかだったので特に嫌われていると言うわけでは無いようだが。
それほど時間もかからずに校門の外の馬車の待機場所へ着いた四人は、自分の家の馬車を探し、二手に分かれてそれぞれの馬車へと向かう。
その途中で、シュリに向かって不意に横合いから何かが勢いよく飛び出してきた。
「シュリ~~~!!!迎えに来たのじゃ~~~!!!」
そんな声と共に。
その飛び出してきた何かに横っ腹を急襲されて、うっかり吹き飛ばされそうになるのを何とか踏みとどまる。
シュリは口から飛び出しそうになった何かを何とか飲み込んで、自分のわき腹に抱きついている存在の頭頂部を涙目で見下ろした。
後で、全力で抱きつくのはやめなさい、と注意しておかなきゃと思いながら。
抱きつかれたのがシュリだからいいようなものの、一般人がこんなタックルを受けたら、上半身と下半身がバイバイしてしまう。
なんと言ってもイルルは人よりも遙かに上位の存在。
そんな生き物が本気でタックルしてきて耐えられる人間など、ほぼ存在しないと言っていいに違いない。
「い、いるる?」
「むふ。驚いたかの?どうしてもシュリをお迎えしたくて、妾、馬車に隠れてこっそりついてきたのじゃ」
「そ、そうだね。驚いたよ。うん、すっごく」
「むふふっ。そうじゃろ、そうじゃろ~?妾が迎えに来て嬉しいじゃろ??」
嬉しそうに笑うイルルは可愛らしいが、ペットのしつけはきちんと責任を持って行わなければならない。
シュリは、ぐっと拳を握りしめた。
「まあね?その気持ちは嬉しいけど、でも……」
「む?」
「勝手に敷地内から出たらダメって言っておいたでしょ!?」
そんなお叱りの言葉と共に、イルルの脳天に向かって握った拳を容赦なく落とした。
何とも言えない鈍くて重い音がして、イルルは両手で頭を押さえしゃがみ込んだ。
「ふおおおおおぉぉぉっ!?あっ、頭が割れるのじゃあぁぁぁ!!」
そんなうめき声をイルルがあげ、騒ぎに気付いた御者のおじさんがシュリの側にいるイルルの姿にぎょっとしたような顔をして駆け寄ってくる。
「イ、イルル様!?も、もしや馬車に隠れてついてきてしまったのですか!?も、申し訳ありません、シュリ様。馬車を出す前に中をもう一度確認すべきでした!!」
がばりと頭を下げるおじさんを、シュリはそっと制し、
「えっと、悪いのは絶対イルルだから、ハンスが謝る必要はないよ。むしろ、イルルが迷惑をかけてごめん。飼い主として謝るよ」
「シュ、シュリ様、私の名前を……?え、あれ?飼い主??」
御者のおじさん改めハンスは、シュリが自分の名前を覚えていてくれた事に思わず頬を染め、それから引っかかりのある単語に思わず首を傾げた。
そんな彼の様子から失言に気付いたシュリは、
「あ、いや、えっと、そのぉ……あっ、そうそう、イルルの友人としてって言ったんだよ?うん。イルルの友達として、謝ったんだ。ほら、イルルも……」
慌ててそう言い直し、イルルにも謝罪を促した。
「うぬぬぬぬぅっ。み、味噌が出たらどうしてくれるのじゃ。妾の高貴な味噌は、国宝級なんじゃぞ……」
だが、イルルはそれに気付かずに、訳の分からない理屈をこねながら盛大に呻いている。
シュリはそんなイルルを見下ろして半眼になり、ぺしょんと再びイルルの頭を叩いた。
「いたっ!シュリ、ひどいのじゃ」
「……イルル?悪いことをしたら、なんて言うんだっけ?」
「うぬ?」
シュリの、目が全然笑っていない笑顔を見て、イルルは初めて己が失態を犯したことを悟った。
シュリを迎えに行くという思いつきが素晴らしすぎてすっかり頭からすっぽ抜けていたが、イルルは今、敷地内から勝手に出ちゃダメというシュリの言いつけをしっかりと破っている。
その事にようやく気付いたイルルは、ちょっとしょんぼりとシュリを見上げた。
「む、むぅ。そ、その、言いつけを破ってごめんなさいなのじゃ……シュリを迎えに行くという名案が素敵すぎて、うっかりすっかり忘れていたのじゃ……」
「うん。そうだね。でも、ちゃんとなにが悪かったか気がつけたのは偉かったね」
シュリはそう言って、イルルの頭をそっと撫でた。
それから、イルルをハンスの方へと向かせると、
「ほら、イルル。謝らなきゃいけないのは僕にだけじゃないでしょ?」
そう言って、もう一度促した。
その言葉に、イルルははっとしたように目の前の御者のハンスの顔を見上げ、
「う、うむ。そうじゃの。そ、その、勝手に馬車に乗ってすまなかった。許して欲しいのじゃ……」
しょんぼりと頭を下げた。そんなイルルを見て、ハンスが慌てて手を振る。
「いえいえ。馬車を確認しなかった私も悪いのです。イルル様だけが悪い訳じゃありませんよ」
そう言って彼は優しく微笑み、それからシュリに向かって、馬車でお待ちしていますと声をかけ、馬車の方へと戻っていった。
そんな彼を見送り、再びイルルに目を移すと、イルルが不安そうにシュリを見上げている。
シュリはまだ自分を怒ってるか、もしかして嫌われてしまっていないだろうか、と。
そんなイルルにシュリは思わず苦笑を浮かべ、彼女の赤毛をもう一度優しく撫でた。
「きちんと謝れたから、今日のことはもういいよ。次からは、ちゃんと約束は守るんだよ?」
「う、うむ。絶対守るのだ。今日は本当にごめんなさいなのじゃ。シュリが居なくて寂しくて、ついうっかりしてしまったのじゃ……」
すっかりしょげ返ってしまったイルルの頭をもう一度撫でてから、シュリは自分よりちょっぴり大きなイルルの体をひょいっと抱き上げるとその背中をぽんぽんと叩いてやる。
「うん。いいよ。わかってくれれば。イルルはもう、僕との約束を破らないでしょう?」
「むぅ……許してくれるのは嬉しいが、シュリはちと甘すぎるぞ?そんなに甘やかされたら、妾はもっともっと甘えたくなってしまうのじゃ」
「ん~、そうだなぁ。甘い自覚はあるけど、これが僕だし。ま、甘えるのも度を超さなきゃいいや。僕の体は一つだから、いつも甘やかせるとは限らないけどね」
「……ぬぅ。シュ、シュリはやっぱり女たらしなのじゃ」
「え!?どうしてそうなるのさ??」
シュリの言葉にイルルは頬を赤くして、照れ隠しのようにがじがじとシュリの首筋を甘噛みする。
シュリは心外だとばかりに声を上げ、痛いよ、とイルルの背中を再び軽く叩いたが、イルルはそれを無視して、シュリの首にぎゅっと抱きついた。
とくん、とくん、と高鳴る胸の鼓動を誤魔化すように。
「……まったく、イルルは甘えん坊だなぁ」
シュリは苦笑混じりにそう呟き、イルルをぎゅっと抱き返す。
そして、さすがにそろそろ馬車に戻ろうと周囲を見回すと、一緒に来たはずのリアの姿が見えない。
あれ?と首を傾げたシュリは、イルルを抱っこしたまま御者のハンスの待つ馬車へと向かった。
馬車の前で一度足を止め、馬の傍らに立ってシュリを迎えるハンスの顔を見上げる。
「ねえ、ハンス。リアはもう馬車の中?」
「リアですか?リアなら、その……茶番に飽きたから、今日は歩いて帰る、と。茶番って、なんのことでしょうねぇ?」
「そ、そう……」
リアはどうやら、シュリとイルルのやりとりにうんざりして、一人歩いて帰ってしまったらしい。
一緒の馬車で帰るのが、余程イヤだったようだ。
ハンスは何でリアがそんなことを言い出したか分からずに首を傾げているが、シュリにはすぐに推測がついた。
(あ~……後で文句言われそうだけど、まあ、仕方ないなぁ)
リアの扱いは、イルルと違ってちょっと難しい。
ずいぶん長い間、一つ屋根の下に過ごす幼なじみではあるが、シュリはリアを喜ばせるよりも怒らせている事の方が多い気がする。
たぶん、きっと、嫌われてはいない気はするのだけれど。
「そ、そっかぁ。リアは帰っちゃったのか。なら、仕方ないね。僕らは僕らで帰ろうか……」
ははは……と乾いた笑い声をあげ、シュリはイルルを抱っこしたまま馬車へ乗り込む。
そんな二人の後ろ姿を、なんとも仲むつまじいお姿だなぁと、ハンスは微笑ましく見守った。
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