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第二章 未知なる大地
出会い 3
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「お、ちょうど良さそうだな」
部屋に戻って来たイルギネスは、ひと通り身だしなみを整えてベッドに戻っている啼義を見て、前の椅子に腰掛けると、満足そうに言った。
「……うん。まあ……」
言われた本人は、どうもしっくりこいない様子だ。上体を起こしてはいるが、まだ本調子とは言えない。この場の雰囲気が慣れた空気と違うことも、彼を困惑させていた。日が出ているせいもあるだろうが、秋らしい気配のあった羅沙の地域とは違う、長袖を着るには些か暑いくらいの気候。
「ここは、どこなんだ?」
思わず尋ねていた。先ほど啼義が投げた果物ナイフで、テーブルの上にあった林檎の皮を剥き始めていたイルギネスは、「ああ、そっか」と呟き、手を止めずにこう続けた。
「ダムスの街だ。俺は、もう少し北の方からここを目指して南下してきてたんだが、途中、お前がぶっ倒れてたんで、担いできたわけさ」
「は?」
啼義は驚いた。街の名前に覚えがないのはもちろん、さらっと言ってのけたが、倒れていたから担いでここまで来た、だと? 旅の荷物もありながら、人一人担いで歩くのには、相当の労力を要したことだろう。
「全く……覚えていない」
イルギネスは「そりゃそうだろう」と笑った。
「死んでるのかってくらいの昏睡状態だったからな。それにしても重かった。お前、見た目より筋肉質なんだな」
言われて、啼義はまた赤面した。自分はこの男に、初対面からどんな姿を晒したのか。
「ははは。まあ気にするな」イルギネスは人好きのする笑顔で言ったあと、「ところで」とふと神妙な表情になって、啼義を見つめる。啼義も、イルギネスを見つめ返した。今まで出会ったことのない、深い青の瞳──
「魔物にでも襲われたのか? 茂みの中なんかに倒れこんで、運が悪けりゃ、誰にも発見されずに逝ってたかも知れんぞ」
心配したんだぞ、という感情がその目に浮かんでいる。啼義は、また胸の奥が震えるのを感じた。自分の最後の記憶と今の状況が、あまりにかけ離れていて、どこまでが本当だったのだろうという思いに駆られる。
「……うん」やっとそれだけ答えた。
「他に、仲間とか…家族は? 一人でいたのか?」
「……」
言葉に詰まり、啼義は俯いた。
「いや、いい。今はとにかく、回復することを考えよう」
イルギネスは柔らかく微笑んだ。思えばこの男は、先ほど自分にナイフを投げられたというのに、まるで気にしていないのだろうか。
「なんで……助けてくれたんだ?」
「え?」
「その……得体も知れないのに……放っておこうって、思わなかったのか?」
啼義の問いに、イルギネスは手を止めて不思議そうな顔をした。
「そりゃあお前、生きてるのを見つけちまったからには、見捨てて行けんだろう。旅は道連れってやつさ」
そして、屈託のない笑顔で言った。
「大丈夫だよ。獲って食ったりしないから」
「そ、そういう心配は……してねえけどっ」啼義は慌てた。自然に、信用を宣言しているような流れになっている。
「まあ、思ったより怪我の治りが早いみたいで安心したよ。拾った時は、かなりズタボロに見えたからさ」
「──」
治りが早い、の言葉に、無意識に身体が強ばった。今も全身のあちこちが痛むが、見る限り致命傷なほどのものはない。あれだけ出血していたのに。いや、思い違いだったのだろうか。
その時、鼻を突く匂いに気づき顔を上げると、自分の足先の向こう、部屋の隅に置いてある黒っぽい塊が目に入った。
<あれは>
間違いない。かつて自分が身につけていた装備品だ。それは確かに、血と泥に塗れて、正視するのを躊躇うような猟奇的な状態だった。
<夢じゃ……ねえんだ>
背中を、冷たいものが走った。やはり、あの戦いは現実だったのだ。どうしてか分からないが、とにかく自分は一命を取り留め、今ここにいる──たった独りで。
「ああ、とりあえずさ。無断で捨てるのも悪いと思って。服はもう無理だが、肩当てとか剣とかは、汚れも落ちたし、大丈夫そうだぜ」
イルギネスが言った。啼義は黙って、イルギネスに視線を戻す。あれを身につけていた自分を、何の躊躇もなく担ぎ上げてきたのか。普通は厄介ごとに巻き込まれることを恐れて、放置しておくのが妥当と思うところだ。この銀髪の男──見た目は柔和だが、存外、肝が据わっているのかも知れない。それとも、少し感覚がずれているのか。そんなことを考えていると、イルギネスが口を開いた。
「お前、行くあては?」
突然聞かれて、啼義はまた言葉に詰まる。行くあてなど──「ない」。
「え?」
「よく、分からないんだ」正直な気持ちだった。
「──そうか」
イルギネスは、皮を剥き終わった林檎と果物ナイフを皿に置くと、腕を組んで天井を仰ぎ、少し思案した。しかしそれはほんのひと時で、「うむ」と納得したように頷き、啼義の黒い瞳を楽しげに覗きこむと、こう言った。
「じゃあ、俺と一緒に来るか」
「えっ?」
突然の提案に、啼義は目を瞬かせた。
部屋に戻って来たイルギネスは、ひと通り身だしなみを整えてベッドに戻っている啼義を見て、前の椅子に腰掛けると、満足そうに言った。
「……うん。まあ……」
言われた本人は、どうもしっくりこいない様子だ。上体を起こしてはいるが、まだ本調子とは言えない。この場の雰囲気が慣れた空気と違うことも、彼を困惑させていた。日が出ているせいもあるだろうが、秋らしい気配のあった羅沙の地域とは違う、長袖を着るには些か暑いくらいの気候。
「ここは、どこなんだ?」
思わず尋ねていた。先ほど啼義が投げた果物ナイフで、テーブルの上にあった林檎の皮を剥き始めていたイルギネスは、「ああ、そっか」と呟き、手を止めずにこう続けた。
「ダムスの街だ。俺は、もう少し北の方からここを目指して南下してきてたんだが、途中、お前がぶっ倒れてたんで、担いできたわけさ」
「は?」
啼義は驚いた。街の名前に覚えがないのはもちろん、さらっと言ってのけたが、倒れていたから担いでここまで来た、だと? 旅の荷物もありながら、人一人担いで歩くのには、相当の労力を要したことだろう。
「全く……覚えていない」
イルギネスは「そりゃそうだろう」と笑った。
「死んでるのかってくらいの昏睡状態だったからな。それにしても重かった。お前、見た目より筋肉質なんだな」
言われて、啼義はまた赤面した。自分はこの男に、初対面からどんな姿を晒したのか。
「ははは。まあ気にするな」イルギネスは人好きのする笑顔で言ったあと、「ところで」とふと神妙な表情になって、啼義を見つめる。啼義も、イルギネスを見つめ返した。今まで出会ったことのない、深い青の瞳──
「魔物にでも襲われたのか? 茂みの中なんかに倒れこんで、運が悪けりゃ、誰にも発見されずに逝ってたかも知れんぞ」
心配したんだぞ、という感情がその目に浮かんでいる。啼義は、また胸の奥が震えるのを感じた。自分の最後の記憶と今の状況が、あまりにかけ離れていて、どこまでが本当だったのだろうという思いに駆られる。
「……うん」やっとそれだけ答えた。
「他に、仲間とか…家族は? 一人でいたのか?」
「……」
言葉に詰まり、啼義は俯いた。
「いや、いい。今はとにかく、回復することを考えよう」
イルギネスは柔らかく微笑んだ。思えばこの男は、先ほど自分にナイフを投げられたというのに、まるで気にしていないのだろうか。
「なんで……助けてくれたんだ?」
「え?」
「その……得体も知れないのに……放っておこうって、思わなかったのか?」
啼義の問いに、イルギネスは手を止めて不思議そうな顔をした。
「そりゃあお前、生きてるのを見つけちまったからには、見捨てて行けんだろう。旅は道連れってやつさ」
そして、屈託のない笑顔で言った。
「大丈夫だよ。獲って食ったりしないから」
「そ、そういう心配は……してねえけどっ」啼義は慌てた。自然に、信用を宣言しているような流れになっている。
「まあ、思ったより怪我の治りが早いみたいで安心したよ。拾った時は、かなりズタボロに見えたからさ」
「──」
治りが早い、の言葉に、無意識に身体が強ばった。今も全身のあちこちが痛むが、見る限り致命傷なほどのものはない。あれだけ出血していたのに。いや、思い違いだったのだろうか。
その時、鼻を突く匂いに気づき顔を上げると、自分の足先の向こう、部屋の隅に置いてある黒っぽい塊が目に入った。
<あれは>
間違いない。かつて自分が身につけていた装備品だ。それは確かに、血と泥に塗れて、正視するのを躊躇うような猟奇的な状態だった。
<夢じゃ……ねえんだ>
背中を、冷たいものが走った。やはり、あの戦いは現実だったのだ。どうしてか分からないが、とにかく自分は一命を取り留め、今ここにいる──たった独りで。
「ああ、とりあえずさ。無断で捨てるのも悪いと思って。服はもう無理だが、肩当てとか剣とかは、汚れも落ちたし、大丈夫そうだぜ」
イルギネスが言った。啼義は黙って、イルギネスに視線を戻す。あれを身につけていた自分を、何の躊躇もなく担ぎ上げてきたのか。普通は厄介ごとに巻き込まれることを恐れて、放置しておくのが妥当と思うところだ。この銀髪の男──見た目は柔和だが、存外、肝が据わっているのかも知れない。それとも、少し感覚がずれているのか。そんなことを考えていると、イルギネスが口を開いた。
「お前、行くあては?」
突然聞かれて、啼義はまた言葉に詰まる。行くあてなど──「ない」。
「え?」
「よく、分からないんだ」正直な気持ちだった。
「──そうか」
イルギネスは、皮を剥き終わった林檎と果物ナイフを皿に置くと、腕を組んで天井を仰ぎ、少し思案した。しかしそれはほんのひと時で、「うむ」と納得したように頷き、啼義の黒い瞳を楽しげに覗きこむと、こう言った。
「じゃあ、俺と一緒に来るか」
「えっ?」
突然の提案に、啼義は目を瞬かせた。
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