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第二章 未知なる大地
旅の始まり 2
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翌朝、市場が開くとそこで食料を調達し、二人はダムスの街を出発した。宿屋の少女は少し寂しそうに、しかし、朗らかな笑顔で見送ってくれた。
外は清々しい空気で、頭上には抜けるような青空が広がっている。山道とはいえ、歩く場所は比較的なだらかで、そこまで鬱蒼と木が生い茂っているわけでもない。日差しが強すぎることもなく、気候は快適だった。
あれこれ詮索してくることもなく、まるで前から一緒だったかのような振る舞いのイルギネスの雰囲気に、啼義の気持ちも自然と打ち解けてきた。
<なんとか……なるのかな>足を動かして歩いているうちに、そんな気分になってくる。
これからどうするべきなのかは、相変わらず分からない。自分を拾った人間が、イリユスの神殿の関係者であることは、偶然なのだろうか。そして、他ならぬ自分自身が、イルギネスの探し人である可能性も。けれど、この男が自分の出自を知ったら、どうなるのだろう。
「足も怪我してただろ? 一見治っているように見えるが、急ぐ必要はないから無理するなよ」
「大丈夫」
持ち前の回復力は健在だった。その治りの早さにイルギネスも驚いていたが、やはりそれほど気にはしていないようだ。大らかなのか、どこか感覚が飛んでいるのか……どちらにしろ、奇異な目で見られないことは、有り難かった。ただ一抹の不安は、利き腕ゆえに感じる違和感──右肩だけがまだ、全快と言える自信がないが、自分の回復力なら程なくして元通りになるだろうと、啼義は軽く考えていた。
旅の一日目は、穏やかに進んだ。
だが、不安は的中した。
昼食を食べてからまた数時間歩いて、小高い丘に出たところで少しの休憩を取り、野営をする場所までもうひと歩きしておこうと身支度を整えていると──どこからか、獣の唸るような声がした。
「何かいるな」イルギネスが、やや抑えた声で言う。
魔物の気配だ。
「──来るぞ」
果たして、茂みの中から現れたのは、狼のような姿の獣が三体。やや赤みがかった黄金色の毛並みは陽炎のように揺らめき、赤い目がギラギラした光を放っている。獣形態の魔獣の一種だ。目の前の人間を放っておこうという様子はなく、三体ともにじりじりと距離を縮めてくる。二人は、ちょうど一本立っている木を背にして、魔獣と向き合った。
イルギネスが剣を抜き、「<風の気>を付けておくか」と何か唱えた。長めの刀身が、うっすら白い光を帯びる。
「何?」啼義が尋ねると、イルギネスは不敵そうな笑みを浮かべた。
「俺は、魔術剣士ってやつさ。剣に属性を付与できる」
そして間合いを図りながら、同じく隣で剣を抜いた啼義に言った。
「お前は、あれだけの怪我のあとだ。まずは俺が行くから、ここから動くな」
「でも……」
何か言おうとした啼義に、イルギネスが呑気な口調で付け足した。
「まあ、一体は任せるから、よろしくな」
「え」
よろしくって──考える間もなく、真ん中の魔獣が地を蹴り襲いかかってきた。イルギネスは素早く身を屈めて前に出、鮮やかな剣捌きで魔獣の両前脚を斬り払うと、隙のない構えで隣の魔獣へ向き直った。
彼の狙いから外れて残る一体が、啼義を目がけて突進してくる。
啼義が冷静に照準を合わせて剣を構え、グッと引いた途端──右肩に激痛が走った。
「──っ!」
体制を崩したそこへ、魔獣が飛び込んでくる。なんとか剣を突き出そうとしたが、それどころか握りきれずに、剣は敢えなく手を離れ、地面に転がった。
<腕が利かねえ!>
──と。目の前で、魔獣の身体が上下真っ二つに割れた。イルギネスが寸でのところで始末したのだ。
「イルギネス!」
彼のすぐ後ろから、致命傷を逃れたもう一体が飛びかかってくるのが見えた。一瞬振り返るのが遅れたかに見えたが、次の瞬間、魔獣の首が飛んだ。と同時にイルギネスの髪が解け、流れるような銀の髪が背中に掛かる。その後ろ姿に──
<靂?>
啼義は、息を飲んだ。
『油断するなと言っただろう』銀の髪をなびかせ、振り返ったのは、涼やかな顔立ちの靂だった。
思わず呼びかけようとしたその時──
「解けちまった。結き方が甘かったかな。──大丈夫か?」
振り返ったイルギネスは、震える眼差しで自分を見つめる啼義に気づき、怪訝な顔になった。
<違う>
現実が、啼義の心の奥を、鋭利な刃で抉るように突いていた。
<靂なわけが、ない>
いるはずがない。靂はもう、いないのだ。
「啼義?」歩み寄ろうとしたイルギネスに、啼義は後退った。
「……来るなよ」
靂と同じ銀の髪、同じような背丈──だが。
「それ以上、近寄るな!」
叫んだ途端、抑えていた感情が堰を切って溢れ出した。それは涙となって、あとからあとから零れ出て、頬を伝い、地面へと落ちて行く。
「もういねえのに……なんなんだよ。なんで──」
心の奥底から止めどなくこみ上げてくる激情に耐えきれず、崩れ落ちるように倒れこむと、啼義は地面に突っ伏して慟哭した。
外は清々しい空気で、頭上には抜けるような青空が広がっている。山道とはいえ、歩く場所は比較的なだらかで、そこまで鬱蒼と木が生い茂っているわけでもない。日差しが強すぎることもなく、気候は快適だった。
あれこれ詮索してくることもなく、まるで前から一緒だったかのような振る舞いのイルギネスの雰囲気に、啼義の気持ちも自然と打ち解けてきた。
<なんとか……なるのかな>足を動かして歩いているうちに、そんな気分になってくる。
これからどうするべきなのかは、相変わらず分からない。自分を拾った人間が、イリユスの神殿の関係者であることは、偶然なのだろうか。そして、他ならぬ自分自身が、イルギネスの探し人である可能性も。けれど、この男が自分の出自を知ったら、どうなるのだろう。
「足も怪我してただろ? 一見治っているように見えるが、急ぐ必要はないから無理するなよ」
「大丈夫」
持ち前の回復力は健在だった。その治りの早さにイルギネスも驚いていたが、やはりそれほど気にはしていないようだ。大らかなのか、どこか感覚が飛んでいるのか……どちらにしろ、奇異な目で見られないことは、有り難かった。ただ一抹の不安は、利き腕ゆえに感じる違和感──右肩だけがまだ、全快と言える自信がないが、自分の回復力なら程なくして元通りになるだろうと、啼義は軽く考えていた。
旅の一日目は、穏やかに進んだ。
だが、不安は的中した。
昼食を食べてからまた数時間歩いて、小高い丘に出たところで少しの休憩を取り、野営をする場所までもうひと歩きしておこうと身支度を整えていると──どこからか、獣の唸るような声がした。
「何かいるな」イルギネスが、やや抑えた声で言う。
魔物の気配だ。
「──来るぞ」
果たして、茂みの中から現れたのは、狼のような姿の獣が三体。やや赤みがかった黄金色の毛並みは陽炎のように揺らめき、赤い目がギラギラした光を放っている。獣形態の魔獣の一種だ。目の前の人間を放っておこうという様子はなく、三体ともにじりじりと距離を縮めてくる。二人は、ちょうど一本立っている木を背にして、魔獣と向き合った。
イルギネスが剣を抜き、「<風の気>を付けておくか」と何か唱えた。長めの刀身が、うっすら白い光を帯びる。
「何?」啼義が尋ねると、イルギネスは不敵そうな笑みを浮かべた。
「俺は、魔術剣士ってやつさ。剣に属性を付与できる」
そして間合いを図りながら、同じく隣で剣を抜いた啼義に言った。
「お前は、あれだけの怪我のあとだ。まずは俺が行くから、ここから動くな」
「でも……」
何か言おうとした啼義に、イルギネスが呑気な口調で付け足した。
「まあ、一体は任せるから、よろしくな」
「え」
よろしくって──考える間もなく、真ん中の魔獣が地を蹴り襲いかかってきた。イルギネスは素早く身を屈めて前に出、鮮やかな剣捌きで魔獣の両前脚を斬り払うと、隙のない構えで隣の魔獣へ向き直った。
彼の狙いから外れて残る一体が、啼義を目がけて突進してくる。
啼義が冷静に照準を合わせて剣を構え、グッと引いた途端──右肩に激痛が走った。
「──っ!」
体制を崩したそこへ、魔獣が飛び込んでくる。なんとか剣を突き出そうとしたが、それどころか握りきれずに、剣は敢えなく手を離れ、地面に転がった。
<腕が利かねえ!>
──と。目の前で、魔獣の身体が上下真っ二つに割れた。イルギネスが寸でのところで始末したのだ。
「イルギネス!」
彼のすぐ後ろから、致命傷を逃れたもう一体が飛びかかってくるのが見えた。一瞬振り返るのが遅れたかに見えたが、次の瞬間、魔獣の首が飛んだ。と同時にイルギネスの髪が解け、流れるような銀の髪が背中に掛かる。その後ろ姿に──
<靂?>
啼義は、息を飲んだ。
『油断するなと言っただろう』銀の髪をなびかせ、振り返ったのは、涼やかな顔立ちの靂だった。
思わず呼びかけようとしたその時──
「解けちまった。結き方が甘かったかな。──大丈夫か?」
振り返ったイルギネスは、震える眼差しで自分を見つめる啼義に気づき、怪訝な顔になった。
<違う>
現実が、啼義の心の奥を、鋭利な刃で抉るように突いていた。
<靂なわけが、ない>
いるはずがない。靂はもう、いないのだ。
「啼義?」歩み寄ろうとしたイルギネスに、啼義は後退った。
「……来るなよ」
靂と同じ銀の髪、同じような背丈──だが。
「それ以上、近寄るな!」
叫んだ途端、抑えていた感情が堰を切って溢れ出した。それは涙となって、あとからあとから零れ出て、頬を伝い、地面へと落ちて行く。
「もういねえのに……なんなんだよ。なんで──」
心の奥底から止めどなくこみ上げてくる激情に耐えきれず、崩れ落ちるように倒れこむと、啼義は地面に突っ伏して慟哭した。
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