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第1章 それぞれの旅立ち

第3話 巨万の富

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 宝箱とは、文字通り宝物をしまう箱である。一般家庭にはないものだが、ちょっとした貴族・富商が観賞用ではない貴金属・もしくは高価すぎる物を安全に保管するために用いる。基本は金具で補強された木製であるが、持ち逃げ防止と強度を上げるため金属製の場合もあったりもする。
 稀に宝箱自体が豪勢な場合があり、宝石で装飾、黄金こがね造り・・・など、金持ちの考えはよくわからない。運よくダンジョンで見つけたり、魔物が所持していたりする宝箱が、豪華な見た目であれば、当然中身の期待値は上るものだ。・・・魔物たちが製作したのか、亜人などに依頼したのかは謎ではあるが。

 さて、今回ソドム達が手に入れたものは木製であったが、所持者が魔神なので中身は相当期待できた。

「おぉ!これは・・・凄まじい」と、人が入れるほど大きな宝箱には、ソドムが絶句するほど ぎっしりと金銀財宝が詰まっていた。
 金貨に宝石、金のゴブレットや燭台、銀製のカトラリーにネックレス、ガラス製の装飾品・・・タクヤの見立てでは、旧帝国でいうところの10億円はあると思われた。薄汚れてはいるが、磨けば問題はない。
 地味に嬉しいのが、銀製のテーブルセットで、カナ臭くなく熱伝導がいいため、より美味しく食事ができる。元宮廷料理人で、王になっても厨房に入りたがるソドムにとっては重要なことであった。

「皆も頑張ったからな・・・。一人一個、好きなのを貰っていいぞ」と、タクヤが首領のように言った。

「よっしゃー!」と、シュラがガッツポーズをしてから素早く一番高そうな工芸品をむしる様に手にした。レウルーラと冴子は金銀よりも、研究対象になりうる魔法の品に興味を示し、二人で手に取ってアレヤコレヤと批評を始めた。吟遊詩人の色男トリスは宝石の指輪を早速指にはめ、天にかざして色合いを楽しんでいる。ゲオルグらトロールは、無難な金を選んだ。いざとなると意外と欲のないソドムは、辞退した。

「あんたもバカね、貰えるものは貰っておけばいいじゃない」と、シュラが言った。手には握りこぶしほどある四角いガラス製の装飾品を持ち、それを片手でポーンと軽く上に投げてはキャッチしていた。計り知れない価値のものをとても雑に扱う彼女の方が よほどバカなのだが、このメンバーは慣れているので誰もツッコむ者はいない。

「構わんさ。冴子殿が用意してくれた武具が十分豪華だからな」と本心を言った。なんとも悲しい貧乏性である。昔から装備には無頓着で一般兵並のグレードだったのに、今では金の装飾がある貴族的な鎧なので、本当に欲しいものがない。加えて言えば、美しい妻たちや魔神をも撃退できる強力な軍隊と壮麗な城があるので、十二分に幸せなのである。そんなソドムが、シュラのお宝に興味を示す。

「随分手の込んだお宝だな、ちょっと見せてくれ」と、ソドムは手を出した。

 そのお宝は、珍しい水色の宝石を金でできたカブトムシが大事そうに抱いてるもので、それをガラスでコーティング(というより封じ込めたに近い)したキューブ状の物であった。カブトムシの足や触角まで再現した繊細な細工品を守るため、ガラスで固めたと思われる。

「むう、無駄に再現度が高いのはキモいが、美しい逸品だ。まったく、金目のものには鼻が利く娘よ・・・」と言って笑うソドム。

「なによ!バカにするなら返して!」シュラが強引に取り返す。・・・はずが、勢い余って地面に叩きつける。

「ぎゃ!」というシュラの叫びと「ゴシャ!」というガラスが割れる音が同時に木霊した。

 無残に崩壊した宝物の前でへたり込むシュラ。気の毒で一同静まり返ってしまった。レウルーラが寄り添って、言葉をかけた。
「さ、災難だったけど中身の金細工と宝石は無事で良かったじゃない」と、優しく肩に手をかけた。

「う・・・うん」作品としての価値が一気に下がったのはシュラでもわかった。その眼は少し涙ぐんでいる。もう一度、 選ばせてくれ、という図々しい考えが浮かばないところは彼女の美点と言えよう。
(あああ、これじゃ目方の多い金の燭台とか選べばよかった)

 ソドムは、そっと金のカブトムシを拾い、その足を少し開き ツメがシュラの服に引っ掛かるようにして、彼女の左胸につけた。
「ほら、こうして付けるとブローチみたいで いいじゃないか」と、言って微笑む。普通は顔を艶やかにするために首の左下あたりに付けるところを、乳首を抱くような付け方をしたのは、ただのおふざけであった。

「うん、可愛い!似合ってるわよね、冴子ちゃん」と、励ますことを優先したレウルーラが頑張って褒める。

「え!?ええ、とってもお似合いよ」と、無難な返答をする冴子。内心、可笑しさがこみ上げてくるので、笑いを堪えるのに必死であった。

「そ、そう?じゃ、売らずに使おうかな」と、少し顔を赤らめ無邪気に笑うシュラ。男達もシュラの機嫌が悪くなるのを恐れ、相槌を打って皆で褒めた。ひとまず危機が去ったことに安心したソドムは水色の宝石を右手で弄びながら、
「しかし、これ・・・宝石っていうよりドロップみたいだな。どことなく甘い香りがするような・・・」と臭いを嗅いだり、光にかざしたりするソドム。

 すっかり機嫌の直ったシュラが、
「実は飴なんじゃないの?ちょっと食べてみて」と言ってみた。そこは悪ノリするソドム、

「美味そうだから、食べてみるか」と食べる素振りをしてみせる。

「ヘーイ!」と、すかさずソドムの手を押すシュラ。

「あ・・・」宝石はソドムの口の中に入った。そして、「甘いぞ・・・」と率直な感想を言った。

「甘いぞ、じゃねーから!返せよ、ボケ!」と、自分から仕掛けた癖に、シュラが理不尽なことを言う。

「お!?溶けた。なんか、スーっと」ソドムは、キョトンとして、棒立ちしている。

「んなわけねーだろ、口みせろよ!」鬼の形相でシュラが詰め寄り、口の中を確認した。
(盗ろうなんて、セコイ奴。見損なったわ)

「・・・ない。ホントにない。飲み込んだのか?」

「アホ、俺がそこまでしないことぐらいわかるだろ!?そんなことしても、回収するのが大変だからな。とはいえ、溶けてしまったのだから、しょうがない。タクちゃん、宝石一個シュラにあげてくれないか?」王とはいえ、金庫番には頭が上がらないのだ。

「ん、いいだろ。ドムが何も取ってないからな」と、思ったより簡単に承諾するタクヤ。兵の損害はなく、これだけの宝物が手に入ったのだから機嫌がいいのだ。もし、戦っていたら収支が合うかわからなかった。まして、巣穴に逃げられたら勝てなかったかもしれないのだから、上々の結果だと満足していた。

「おー!ありがとー!」簡単に笑顔になるシュラ、感情の変化が目まぐるしく変わる忙しい娘である。そして、必ずと言っていいほどトラブルを起こす。ソドムは胸中、「この流れは不味い、シュラが何かしでかすパターンではないのか?」と不安がよぎる。

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