竜の騎士と水のルゼリア

月城

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アクアマリンの章

1. Ep-2.視察へ

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 軽い朝食を済ませたルゼリアにシュネは今日の予定を伝えていく。

「今日は姫様が運営する病院の視察の日です、多くの民が貴方が来るのを待っていますよ。それが終われば炊き出しのお手伝い、午後は開けてありますがそれで宜しいですか?」

『病院の視察の前に薬草園にも行きたいのですが…………平気ですか?』

「薬草園ですか、薬草を採取して病院に持っていくのですか?」

『ええ、朝に採取した方が薬草の効能も良いので直前に摘もうと思ってるのですが……時間は大丈夫ですか?』

「わかりました、では騎士達には伝えておきましょう」

 頷きながらも病院の事を考えたルゼリアは眉を潜めた。ふと思い起こされる過去の出来事にぎゅっと胸が締め付けられる。手を胸の上に置くと小さく溜息を漏らせばシュネが気付き心配そうにルゼリアに声をかける。それに対してルゼリアは何でもないと手を動かしながら話すのだが途中でその手は力を失った、そのまま小さく手が動く、不安を表すように小さくゆっくりと手を動かす。

『民の全てが僕を受け入れてくれるわけではないですから……正直に言うと少し怖いのです……この前みたいに石を投げられてしまうのではないかとか、滅び姫と言われないかとか。そう考えると不安になってしまいます。元老院の方々が言うようにこの離宮から出ない方が良いのではないかと逃げてしまいそうになって。だめですね、王位を継ぐ者として逃げるなどもってのほかだと言うのに』

 悲しげに笑うルゼリアにシュネは姫様…………そう言って悲しそうに見つめる。ルゼリアが大丈夫と言おうとするとその前にシュネは大丈夫ですとルゼリアに力強く言った。

「姫様。大丈夫、大丈夫でございますよ、貴方をそのように蔑む者や傷つける者は国王様がお許しになりません、それに貴方は無理をせずにありのままでいらっしゃれば良いのです、元老院の者達の言葉になど耳を貸してはなりません。貴方は何と言われようと、このアルヴァーニ王国の第一王女でいらっしゃる、私は貴方を滅び姫とは思いませんよ」

 幼い頃からルゼリアの世話をしているシュネの言葉にルゼリアはコクリと頷く。乳母として物心付いた頃からシュネはルゼリアの側にいた、母親のように愛情を持ってルゼリアを育て時には叱り厳しく躾けてくれたのだ。シュネの言葉を聞くと元気になるルゼリアはありがとう、そう言って笑う。

 その後シュネは一度部屋を出て行った。待っている間ルゼリアは近くに置いてある手芸道具の入った籠を引っ張り出してきて中から縫いかけのハンカチを取り出した。半分まで出来上がっている刺繍をしていく、毎日一枚刺繍を完成させるのがルゼリアの日課だ、幼い頃からシュネに叩き込まれている為にルゼリアの刺繍の腕はかなり良い。センスもあり愛らしくルゼリアの刺繍は支持する者達に人気があり、その少ないながらの収益の大部分を医療関係や孤児院の運営に回している。

『出掛ける前に出来るかもしれません』

 チクチクと刺繍をして時間を過ごせばシュネが戻ってくる。丁度刺繍も終えれば中に入ってきたシュネの後ろから楽しげな声が聞こえた。

「姫君、おはようございます。今日も相変わらず愛らしいですね」

 視線を向ければ綺麗な女性が楽しげに立っているのが見える。騎士団の制服を着て腰にはレイピアを装備している彼女の名前はアリシア・ヴィティーズという。アルヴァーニ王国の東方騎士団第一師団を纏める師団長であり変わった性格の女性でもあった。ブルーアシード色の長髪をポニーテールにしていてオリエンタルブルーの瞳がルゼリアを嬉しそうに見つめている。

 このアルヴァーニ王国には国を守る騎士団が存在する。東西南北の四つの地区を司る騎士団があり一つの騎士団に三つの師団長を配しそこから十二の分隊に別れている。その他にも神殿を守る神聖騎士団など様々な部隊があるのだが今目の前に居るアリシアは東方騎士団の一つである第一師団長だ。外見年齢はルゼリアよりも年上の26歳。瞳のすぐ下にあるホクロが魅力的でとても美人の竜でもある。ルゼリアより少し年上ではあったけれどアリシアの身長は雌の竜より平均以上だ、胸は……口に出せば怒られるだろうがそれ以外は完璧に近い竜である。幼児体系のルゼリアには憧れの身長だった。

『アリシア、おはようございます。今日は第一師団が護衛をしてくださるのですか?』

 尋ねるルゼリアにアリシアは楽しげに首を横に振って否定する。

「いいえ、今日の姫君の護衛をするのは東方ではありませんから、いつも通り南方の面々ですよ?私はただ姫君とお話したかったので勝手にシュネ様に付いてきちゃいました。それと、今日の私は非番なんです、ですのであわよくば姫君の視察にご同行しようかと企んでいます」

 企んでいるのだと言い切ったアリシアにルゼリアは一瞬キョトンっとした表情を見せるものの、アリシアが楽しげに笑っているのがわかってルゼリアはコクコクと頷いた。

『アリシアが来てくださると心強いです。でも良いのですか?非番なのですからゆっくり部屋で休んでいるのもありだと思うのですが……』

「良いんです、さあ、姫君薬草園に参りましょう、私も採取を手伝いますわ」

 頷いて立ち上がったルゼリアは出来たばかりのハンカチを手にとってポーチに入れると寝台の横のテーブルの引き出しからクリスタルを取り出しそれもポーチに仕舞った。そのまま部屋を出て長い階段を下りていく、隣には気さくなアリシアが並んでいてシュネに小言を受けていた。

「アリシア、分かっていると思いますがルゼリア様は第一王女、姫と言う立場であり貴方は騎士です。軽々しく姫様と並ばれるなど言語道断ですよ、私は貴方にそんな教育をした覚えはありません」

「シュネ様は固いです、私だって来客があれば当然そのような振る舞いをしますが今の姫君はそれを望んでいらっしゃらない。今ぐらいは姫君はただの女性として接してもよいではありませんか、この離宮に居る間ぐらいそうしなければ姫君は息が詰まってしまいますわ」

 アリシアとシュネの話を聞きながらルゼリアはシュネに大丈夫ですからと手を動かして話していく。

『シュネ、僕は僕です。アリシアが友達のように接してくれて僕は楽しいのですよ』

「姫様まで………………はあ」

 やれやれといった様子のシュネだがルゼリアには甘いのだろう、アリシアを見つめながら良いですかと言って聞かせていく。

「今は許しますが離宮を出てからは気をつけるのですよ?特に王城を通る際は貴方は東方騎士団第一師団長として振舞いなさい。元老院の方々にこんな所を見られれば何か言われるのは貴方ではなく姫様なのですからね」

「分かっています、私だって姫君があのくそじじい達に苛められるのを見ていたくありませんからね」

 元老院の竜達をくそじじいと言うアリシアにシュネはその部分だけは同意しているようだ。ルゼリアはそんな二人を見て手を口元にもって行きクスクスと笑っている。長い階段を降り終わると大きな広間が見えた、かなり大きなそこは首が釣るかと思える程見上げなければ天井が見えない程だ。入り口もかなり大きく設計されていてそれが竜族特有の建物である事が伺える。

 ルゼリア達竜族は名前の通り竜でもある、普段の生活では人型を取っているけれど本来は竜体と呼ばれる二対の翼を持つ巨大な姿が本性でもある。様々な種族の竜が居て種族ごとに姿や色は異なっている、水竜で言えば青や水色の固い鱗があるのが特徴だ。竜体での生活は色々と不便だ、食べ物も大量に摂取する必要があるし寝床もかなり大きい、その為通常ではこの人型で生活していて緊急時以外は竜体になる事がない。

 この広間は竜体で入れるような作りになっている為かなり広いのだがその分距離がある、歩く分には当然長い距離を進まねばならなくなる。アリシアと並んで話していれば何処からともなく一人の若い青年騎士が姿を現した、どうやら第一師団の団員らしい。

「アリシア団長やはり此処にいらしたのですね!!っと…………おはようございます、ルゼリア様」

 騎士はそう言って胸に片手を乗せてルゼリアを見ると礼儀正しく頭を下げる。青色の髪の毛がさらりと揺れる。そのまま頭を上げると騎士は視線をすぐにアリシアに向けた。

「団長、昨日の内に報告書を提出してくださいと言ったのをお忘れですね?」

「え?ちゃんと報告書は書いたでしょ?机の上に置いておいたはず」

 見つかりませんっと騎士は言ってアリシアを睨んでいる。

「毎回毎回報告書をギリギリに作成するのはやめてくださいと何度も申し上げています。机にはありませんでしたが何処に置かれたのです」

「うーん…………机になかったら寝室かも?寝室で書いてたから…………うーん、やっぱり寝室ね、勝手に入って持って行っちゃって?」

「団長!!貴方はご自分の事さえ出来ないのですか!!貴方は一応は雌です、その一応は雌の寝室に雄である私に入れとおっしゃるのですか!」

 一応っと言う部分を強調しながら怒る騎士にアリシアは僅かに頬を膨らましている。

「一応って部分を強調するのは止めてもらえる?、私はれっきとした雌よ」

「雌である自覚があるのでしたら、雄である私に貴方の私室に入って報告書を取れと言うのはお止めください」

 アリシアを叱る騎士にアリシアは、はいはいと言いながらルゼリアとシュネを見た。

「姫君、シュネ様、私は一度部屋に戻って報告書を取ってまいりますね、申し訳ありませんが先に行っていてください、すぐに追いつきますから」

 あくまでもルゼリアに同行するつもりのアリシアにルゼリアはわかりましたと頷く。そのままアリシアは騎士を連れて足早に離れて行った。それを見てルゼリアは手話でシュネにアリシアは元気で楽しい人ですねっと楽しげに伝えた。

「元気……確かに元気かもしれませんがあれ程お転婆なのは雌としてどうかと思いますが」

 あの子は元気すぎるのですっと呆れ顔のシュネにルゼリアはそうですねっと同意を示した。

『アリシアの様な人が側にいると毎日が賑やかで楽しいかもしれません。騎士の方々もアリシアととても仲が良くて羨ましいです』

「アリシアは師団長でもありますし、ヴィティーズ家の令嬢でもありますから貴族階級の騎士達は家柄でアリシアに話しかけているのでしょう。それに姫様、アリシアは東方騎士団ですから、東方を良く思わない騎士団もいる事をお忘れなく」

『…………忘れてはいませんが仲が良い事に越した事はありませんよ』
 
 そうでございますねとシュネは答えそれ以上は言わなかった。そのまま少し移動すればシュネの名を呼ぶ声がした。どうやらシュネの名を呼んでいるのは離宮で働く使用人のようだ。

「シュネ様、少し宜しいですか?」

 若い雄の竜の言葉にシュネはルゼリアを見る、ルゼリアは構いませんよと頷きながら外までなら一人でいけますからと伝える。

「ですが姫様…………お一人では危のうございます。誰か共の者を…………」

『シュネ、此処は僕の唯一の安らげる場所です、騎士達が守ってくださっていてとても安全だとシュネは知っているでしょう?この離宮だけが僕が自由に動き回れる場所なのです。一人で移動する事も危なくないですから心配しないで下さい、シュネは過保護だと思います』

 手を動かしながらそう話すルゼリアにシュネは何か言いたそうではあったがぐっと黙り頭を下げる。

「すみません、姫様、では少し離れます。後で追いつきますので」

 シュネは使用人の下に近づいていく、それを目で確認してからルゼリアは一人で外へと出る為に広間を抜けて行った。
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