人形探偵セシル

陽翔

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13-人体切断連続殺人事件Ⅸ

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カツン、カツンと靴音を響かせながらシャルウッドは階段を降りる。
その度に空気はじっとりと湿り消毒液の様な薬品の匂いが強くなっていく。
セシルは目を閉じ、眠ったふりを続けながら、その異様な気配を全身で感じ取っていた。
階段を降りきった先でシャルウッドは数歩歩くと、何か台のようなものの上にセシルの体を横たえ、離れる。
気付かれない程度に薄く目を開いたセシルの視界に飛び込んできたのは、気配と同様に異様な光景だった。

ランプに照らされた部屋の中央には作業机。
木箱や工具が雑然と並び、その上にはまだ未完成の人形が横たえられている。
陶器のように見える頭部にまだ瞳はなく、人間のものにも見える片腕が縫いかけのまま。冷たい光を帯びた裁縫針と血染めの糸が無造作に転がっている。

壁際の棚には、完成品らしき人形達が整然と並んでいた。
大きさは様々で赤ん坊くらいの人形もあれば成人男性ほどの大きさもある人形もある。
どれも材料が人間だと知らなければ美しく見える人形ばかりだ。しかしその綺麗な衣装や整った顔立ちは、何故かどれも表情が硬直している。
まるで、そこに宿る魂が助けを求めるように。

その反対側にある棚にはいくつもサイズの違う瓶が並び、よく見ればその中には何かの液体に浸された人間の手足や首、眼球などがそれぞれ分けられ納められていた。あれは間違いなく被害者達の一部だろう。
それを証明するように部屋の片隅には赤黒く汚れた木箱いっぱいに骨や、肉塊の様なものが詰まっていた。
今、セシルが寝かされている台で人間を解体し不要になった部分はあの木箱にいれているのだろう。

「……それにしてもなんて素晴らしい巡り合わせでしょう」

作業机の引き出しから小さな器具を取り出したシャルウッドは、恍惚とした面差しでセシルに近付く。
甘く語り掛けるその声は、まるで恋人に語り掛けるようだ。

「前に使っていたものは壊れてしまって、新しい物を病院から調達してきたところです。……それにしても、この造形美は切ってしまうのが惜しい……いっそのこと、このまま剥製にしましょうか。あぁ、それがいい。この完璧な姿に刃を入れるには、あまりにももったいない。早速準備をしなければ」

子供が新しいおもちゃを前にした時のように浮き足立つ声を響かせながら、シャルウッドは階段を上がっていく。
やがて足音が遠ざかり、扉が閉まる音だけが地下室に残った。


「………テディ、聞こえる?こちらセシル。今、地下室に連れ込まれた。証拠となる被害者の一部も確認したよ」

身に着けた通信機に向かって小声で話しかけると、即座にティベリオの低い声が返ってきた。

『こちらティベリオ。了解。通信できるってことはあの院長は近くにいないんだな?怪我はしてないか?』
「いろんな意味で気持ち悪いけど、体は大丈夫。それより被害者達の切断に使われた凶器、ここにあったよ」

そう告げてセシルはシャルウッドが置いて行った切断機を見る。真新しいものの横に古びた切断機もある。
懐中電灯ほどのサイズで筒状。側面にはスイッチのような突起があり、先端に小さなレンズが埋め込まれていた。
その特徴を告げると通信機越しにモルスの声が聞こえてきた。

『その形状から察するにそれは"エーテル・スカルペル"という医療器具ですな』
「エーテル・スカルペル?」
『本来は腫瘍の切除や、精密手術に使われるための最新医療器具ですぞ。魔力を通して起動させることで、組織を滑らかに切断できるのです。患者と医師の負担を軽減する革新的な技術の結晶ですな』
『つまり院長はそれを病院から盗み出し、犯行に転用していたというわけか……よくやった、セシル。それだけ証拠が揃えば充分だ。すぐに部隊を動かす。ハドン伯爵にも使いを送った、屋敷内で息子の連続殺人に関する証拠を見つけたってな。そのバカ息子を捕まえるためにすぐ戻ってくるそうだ。お前は隙を見て逃げて――』

ティベリオがそう言いかけた時、ギィと扉の開く音がした。

「……静かに。奴が戻ってきた」
『っ……隙を見て逃げろ、俺達もすぐ突入する!』

それを最後に通信は途絶える。
セシルは凶器であるエーテル・スカルペルをハンカチで包み胸に抱えた。
これさえ押さえておけばシャルウッドがセシルに危害を加えることは出来ないはずだ。後はティベリオ達が駆けつけるまで時間を稼げばいい。

「…………おや、目が覚めていたんですね」

階段を降りてきたシャルウッドが薬瓶を抱えながら足を止める。
台から下りて自分を睨むセシルを不思議そうに見つめている。

「変ですね、あの薬を飲めば半日は目が覚めないはずなのに」

その表情に焦りはなく、むしろ楽しげな微笑を浮かべる。
瓶を作業机に置き、ゆったりと歩みを進めるシャルウッド。
出口の階段は彼の背後にある。

「……飲んだふりをしていただけだよ。君のような気持ち悪い人間から出された物なんて、口にするわけがないだろ」
「おや、それは残念。演技がお上手なんですね」

くぐもった笑い声はどこか狂っている。

「せっかく苦しまぬように眠らせて差し上げたのに。……人が苦しむ姿は、医者として心が痛みますから」
「よく言う、何人も手にかけておいて!」

セシルが怒鳴りつけるとシャルウッドは心外だとでもいうように目を瞬かせた。

「殺したのではありません。彼らは選ばれ生まれ変わったのです。美しい人形の材料として」

シャルウッドは作業机の上にある作りかけの人形を、慈しむように撫でながら続ける。

「最高の人形師が教えてくれたんです。人形造りには愛が必要だと。だから私は集めました、愛することができる美しい部位を!」

シャルウッドは舞台俳優のように声を上げ、恍惚と語る。

「……けれど、何度作ってもあの人形師のような傑作には届かない……。だから誰より美しい貴方を人形にしようと思いました。そうすればきっと私は最高傑作を生みだせる。ですが、貴方があまりにも完璧で美しいからそのまま残したくもなってしまった。剥製にしてしまえばありのままの姿の貴方を、私は誰より愛せる……孤独で哀れな貴方を救ってあげることができるのですよ。だから――」

「ふざけるな!」

セシルは迫りくるシャルウッドを渾身の力で殴りつけた。

「僕は孤独でも哀れでもない!!あんたの物差しで勝手に測るな!!」
「っ、交渉決裂ですか……それは残念です」

後退したシャルウッドの手にはいつの間にか、エーテル・スカルペルが握られている。今の一瞬でセシルから奪ったのだろう。

「ならば剥製は諦めましょう。一度解体し、人形に組み替えて差し上げます。そうすれば、貴方も人形の素晴らしさを理解できるはずだ!」

シャルウッドがエーテル・スカルペルのスイッチを入れると光刃が唸りを上げる。
冷たい閃光が走り、セシルの片腕が床に転がった。

「っ……!」
「可哀想に、痛むでしょう?その痛みと苦しみから逃れるためには私の手で人形になるしか――」
「あいにくだけど」

セシルは落ちた腕を拾い上げ、無機質に笑う。

「――僕は生まれた時から人形なんだ」

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