人形探偵セシル

陽翔

文字の大きさ
38 / 39

38-人形探偵セシルⅡ

しおりを挟む
気がつくとセシルは真っ白な空間にいた。
上下の間隔もなく、ただ身体がふわふわと漂っているだけの、何もない世界。

(ここはどこだろう……?)

疑問に思っていると、目の前の景色が切り替わる。



半壊した公爵家の別荘。
父親を救おうともがくラッジと、それを必死に止めようとしているティベリオ。
そして、その光景を眺めている自分自身の姿。

(父さんを苦しめた元公爵がどうなろうと、僕には関係がない)

あの時、確かに胸の奥でそう思った。
それが今、目の前の自分の声として聞こえている。

(……だけど、どうして父さんはあんなに必死なんだろう?自分を苦しめた相手なのに……どうして助けようとするんだろう?僕にはわからない。わからない……けど)

目の前の自分が、すぐ後ろにいたノクシルに言葉を投げかけた。

『父さんとテディを頼んだよ』

そのまま振り返りもせず、ラッジたちの制止も聞かず、崩れかけた別荘に足を踏み入れていく。
その背中を見送ったセシルは、ふと振り返った。
そこには泣き出しそうな表情のノクシルがいた。





場面がぱっと切り替わる。

薄暗い瓦礫の下。
意識を失ったバルドルフが横たわっている。
セシルの腕や肩にも瓦礫が覆い被さり、その重みで今にも押しつぶされそうだった。
それでもセシルは踏ん張り、必死にバルドルフが押し潰されないように守っていた。

(……きっと、この人が死んだら……父さんは泣くんだろうな)

軋む身体。人形ゆえに痛みはない。
けれどこのままでは自分が壊れてしまうだろう。
それでもバルドルフを見捨てようとは思わなかった。
そんなことしたら、ラッジが泣くであろうことは容易に想像できたからだ。

(泣いてほしくない……父さんは優しすぎるから。お人好しすぎるから……だから僕が、守らないと……)

どれほどの時間が過ぎたのかわからない。
ただ薄暗がりの中で、今まで縁を結んだ人々の姿が頭に浮かんでは消えていく。

(ここから出られたら……テディはまた怒るんだろうな)

『セシル!!お前はもっと落ち着けって毎回言ってるだろうが!!』

耳の奥に、ティベリオの声が響いた気がして、不意に口元が緩む。

(……ノエル嬢にも告げ口されたら叱られるかも。あの子、変なところでテディにそっくりだから……。それに……ノクシル。弟だなんて言われた時は驚いたけど……父さんが閉じ込められていた間、傍にいてくれたんだよね。ちゃんとお礼言わなきゃ……。弟なんて、どう接すればいいかわからないけど同じ人形同士、分かることもあるだろうから……最後に泣きそうな顔をさせてしまったことも、謝らなきゃ…………)

みしみしと圧し掛かる重み。

(……でも、そろそろ限界かも……ああ……泣かせたくなかった……な)

胸の奥で、ぱきん、と小さな破砕音がした。
意識が途切れそうになる瞬間、「いました、こちらです!」とノクシルが救助を呼ぶ声がした。

(よかった。もう大丈夫……)

安堵の思いと共に、視界は暗転。再び真っ白だった空間に戻ってきた。
それと同時に目を開けていられないほどの強烈な光に襲われる。




思わず目を閉じ、やがて光が和らいだのを感じてゆっくりと目を開く。

視界に飛び込んできたのは、こちらを覗き込むティベリオの顔だった。
その目は少し赤く、どこか疲れ切った表情をしている。

「……おはよう、テディ。少し見ない間に老けた?」

擦れた声でそう告げると、ティベリオは視線を反らす。

「……おはようじゃねえよ、寝坊助。誰のせいだと思ってやがる」

怒鳴るでもなく、しかし震えを帯びた声。
セシルはゆっくり手を伸ばし、その頬に触れた。
その手をティベリオは力強く握りしめ瞳から一筋の雫を溢した。

「……馬鹿野郎」
「うん。ごめんね」











セシルが意識を取り戻した翌日。
病院からバルドルフの意識が戻ったという連絡が入った。
ラッジ、セシル、ノクシルはティベリオの車で病院に向かう。病院の入口でセルジとも合流し、皆で病室に入った。

ベッドに横たわるバルドルフは、ラッジたちの姿を認めると擦れた声で問う。

「……なぜ、俺を見捨てなかった?ラッジ……お前は俺が憎くないのか」

静かな問いかけに、ラッジはベッドの傍へと歩みより、その節くれだった手を両手で包み込む。

「憎んだことがなかったわけじゃありません」
「……」

短く息を飲むバルドルフの前で、ラッジはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「だけど、憎むより恨むより……許せた方が良いと、思ったんです。許すのは簡単じゃなかったけれど、それでも許せたら……勝ちかなって」
「……勝ち?」
「はい。勝ち、です。恨むことや憎むことは簡単です、でも、許すことはすごく難しい。だから、それを成し遂げられたら父上に勝ったと言えるかな、と思って」

バルドルフは理解しかねるように視線をセルジへと向けた。

「……あー、父上。ラッジは時々、こういう、分かりづらいことを言います。まあ、個性です」
「セルジ兄さん!?え、俺、今いいこと言ったつもりだったんだけど!」
「伝わらなければ、意味が無いだろう」
「伝わってないの!?」

セルジに冷静に指摘され、ラッジは慌てて言い直す。

「えっと、だから……その……俺はもう、父上のことを恨んだりしてなくて……!きっと思い出して、モヤモヤすることもあると思うけど。父上も大変だったことを知ったから、これからは……もう、楽になってくださいという……」
「ラッジ、それは何か違う。それだと"命を絶て"みたいに聞こえるぞ」
「ちがっ!?そんな物騒な意味じゃなくて……!」

慌てふためくラッジと、それを真顔で訂正するセルジ。
その様子を見ていたバルドルフの口元がわずかに動く。

「……ふ……」

気が付けば、小さく笑みを零していた。

家族、というものがこんなにも穏やかで愉快なものだとは知らなかった。
もっと早く知っていれば。
いや、自分が根拠の無い言い伝えを盲信しなければ、最初からこうして穏やかな家族でいられたのかもしれない。

「……セルジ、ラッジ……。今さらだとは思う、許してくれと言うつもりもない……だが、言わせてくれ。すまなかった。そして、我が子として生まれてきてくれたこと、感謝する」
「「……っ!」」

セルジとラッジは同時に顔を上げ、互いを見てからそっとバルドルフに視線を戻す。
やがて、二人は同じように目を細め静かな笑みを浮かべた。

バルドルフの視線が、背後に控えていたセシル、ノクシル、そしてティベリオにも向けられる。

「君たちにも迷惑をかけたようだ。すまなかった……それと、ノクシル。君も双子だったのか、もし公爵家で働く間に、不快な思いをさせていたなら謝りたい」

ティベリオもセシルも、バルドルフとまともに顔を合わせるのはこれが初めてだ。
ただ、ノクシルとセシルが瓜二つなことから、バルドルフは何かしらの形で関係していると思っているのだろう。

「いえ、バルドルフ様。私たちは双子ではありません」
「そうなのか?しかし、これほど似ているのに……」
「それは、同じ方に造られたからです」
「……造られた?」

訝しげに首をかしげるバルドルフに、ノクシルはにこりと微笑む。
その目がちらりとセシルに向く。
それだけでセシルは彼が何を企んでいるか察した。

「そうそう。僕たちは"父さん"に造られた兄弟なんだ」

セシルはすっと前に出て、両手を自分の首へと添える。
同時にノクシルも同じ動作を取り――次の瞬間。

カコン、と乾いた音を響かせて。
二人は揃って首を外して見せた。

「「僕たち(私たち)は――人形だから」」

「――――っ!!!!」

バルドルフの喉から、声にならない悲鳴が漏れる。
その一方で、セシルたちの背後にティベリオだけが額に手を当て、ため息をついていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

処理中です...