出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第六章 聖都陰謀画策編

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 御前試合の後、シリュウに叩きのめされた兵士たちが、それぞれに剣術を披露したが、シリュウに一方的に負けているのでは、彼らも不憫というものだった。
 マーストとクルルギスの試合は少し見ごたえがあったけど、しかしほとんど二人とも、動かなかった。
 睨み合っている、というのではなく、ただ、向かい合って、お互いの呼吸を計っているように見えた。
 全部で四回ほど、木刀同士がぶつかり、お互いに相手の木刀を交わしたのは四回ずつ。
 ただ、二人の動きの滑らかさ、無駄のなさは他の騎士とは比べ物にならない。
 そんな二人を見て、シリュウは、
「退屈だ」
 とか、呟いていた。
 夕日が差し込む頃、御前試合は終了した。
 このまま帰れるのかと思ったけど、どうやら違うとわかったのは、道案内のファルカが、一向に外に向かわないのに気付いたからだ。
 そのファルカに導かれた先は大広間で、壁際のテーブルには料理が用意されていた。
 すでに御前試合に参加した政治家や軍人の姿があり、その他にも背広の男性、着飾った女性、軍服の男女が大勢いる。
「一時間ほど、こちらで過ごしていただけるとありがたいのですが」
 申し訳なさそうにファルカが言う。彼はもう僕たちの好みを分かっているのだ。
「御前試合の後の懇親会は通例なのです」
 僕たちより少し遅れて、青いローブの二人の天位騎士も入ってきた。彼らに付いている騎士がぴったりと寄り添っている。
「こういう無駄は昔から変わらんよ」
 嘆くように言って、シリュウが歩き出したので、僕は後を追う。これではまるで、僕が彼の従卒のようだけど、まぁ、こうなってはそう思わせた方が楽かもしれない。
 何せ、剣聖を追い詰める剣士の相棒となれば、注目されるし、期待もされるだろう。
 僕がシリュウの百分の一、千分の一も剣が使えないと話しても、信じさせる方が難しい。
 そんなわけでシリュウの影になるように意識して、僕は周囲を観察した。
 すでに注目を集めつつある。特に軍人の視線は強い。彼らは明らかに警戒している。
 逆に、政治家や企業家らしい連中は、どこか媚びるような視線だ。中にはシリュウに向かってグラスを掲げる奴もいる。
 女性陣の反応はおおよそ好意的で、今にも黄色い声を上げそうではあるが、もちろん、そこまで節度のない女性はこの場にはいない。
 そんなわけで、会場の七割はシリュウに注意を向けている。
 残りの三割は、マーストとクルルギスに向けられている。
 クルルギスが冷静に話しているのとは対照的に、マーストは興奮気味にシリュウの御前試合での剣さばきについて語っているのが聞こえてくる。
「剣も政治の一部とは」
 シリュウが手に持ったグラスに口をつけつつ、僕にだけ聞こえるように言う。
「愚かしいことだ」
「都会の連中には悪魔も遠いところにいる、噂の上の存在なんだろうね」
 僕は控えめに皿に盛った料理をつつく。シリュウが片手で無造作にパンを握っているのが、ちょっと野蛮に見える。
「ここの連中の剣は、人間を相手にするもの、というのがアルスの意見か?」
「そうとしか思えないけどね。リーンにいる探索士連中は、ここにいる連中よりも僕には好ましいよ。リーンには、剣を競うなんていうお遊びは存在しないから」
「剣技は遊びか?」
 からかうようなシリュウの声。彼もわかっているんだろう。
「剣技は命綱だよ。ただ、戦場以外でわざわざそれを競うのは、間抜けかな」
「ぶっつけ本番で、試していない剣技に頼るのか?」
「ぶっつけ本番も何も、本番じゃない場面が存在しないじゃないか。黒の領域で死にそうになったら、実力不足を嘆くしかないけど、だけど、その時には死んでいるね」
 シリュウがパンをかじる。
「死ねば終わり、嘆いても仕方ない。ふむ、その理屈は確かに俺にも心地いい」
 だろうね、と応じつつ、僕も料理に手をつけた。
 そんな僕たちの元へ、軍服の男が近づいてくる。
「シリュウ殿ですね。見事な剣を使うと伺いました」
 男は深く頭を下げた。
「シィルと言います。聖都の首長付き武官をしております」
 僕は彼の腰を確認した。短剣が二本、下がっている。
「首長か。ここに来ているのか?」
「あちらに」
 シィルが手ぶりで示した先に、精悍な顔つきの初老の男性が立っている。御前試合に出ていた政治家二人と話している。こちらには気づいていない。
「ほう」シリュウがシィルを横目に見る。「彼は元は軍人か?」
「その通りです。首長は選挙で選ばれますが、今、二期目を務めております」
「聖都の政治遊びも、極まっているな」
 この挑戦的な発言にもシィルは動じなかった。平然と応じる。
「これは手厳しい。しかし、聖都は最も平和で、調和のとれた街であると私は思います」
「平和と調和。いい響きだな」
 シリュウがグラスを煽る。
「しかし、無力な言葉だ」
「無力、ですか?」
 さすがにシィルは困惑した。僕はじっと集中した。
「そうだ。その平和と調和とやらは、誰が生み出し、維持し、今後も続けていく?」
「それは、優れた政治家が議論の末に見出し、市民の善意が維持し、子や孫へと、引き継がれていく、ということでしょう」
 堂々としたシィルの返事に対して、シリュウは肩をすくめて応じる。
「綺麗事だな。実際に作用したものが、今の言葉には含まれていない」
「それはなんでしょうか?」
「力だよ。政治家の議論で全てが決着するか? 武力、財力がものを言う。市民の善意は、何かとの等価交換だ。もし、本当に人間が無償の善意を発揮するのなら、とうの昔に国家というが概念もないし、人間の間の階層もないだろう。すべての食料は無償で提供され、暴力も犯罪も消える。そして、子や孫が今の平和とやらを維持する理由は、現状の居心地がいいだけで、もしそれが脅かされれば、武器を持ち、戦うだろう。つまり、平和と調和とやらは、戦いというものの一面のみを取り上げている」
 珍しく語ったシリュウを前に、シィルは顔を青ざめさせていた。
 いつの間にか、広間の全部が静まっている。
「君たちは何を守っている?」
 シリュウはもうシィルだけを見ていなかった。周囲を見ている。
「ここにいる連中は、何を守っているんだ?」
 誰も答えなかった。ただ手を止め、動きを止め、シリュウを凝視している。
「誰も答えられないのか?」
 挑みかかるような声に、しかし、誰も答えなかった。
「そこまで」
 いや、声を発する人がいた。涼やかな声の方を見ると、赤いローブの女性が広間に入ってきたところだった。
 仮面で顔は見えない。フードで頭を覆っている。
 広間の全員が頭を下げた。いや、シリュウと僕以外は。
「余興としては面白い」
 剣聖はシリュウの前に立つと、手振りで広間に面している中庭の方を示した。
「詳しい話を聞きたいが?」
「良いだろう」
 特に抵抗するわけでもなく、シリュウは頷いて、料理のテーブルに並ぶ新しいグラスを手に取った。剣聖は中庭の方へ歩いて行っている。
「僕は外したほうが良い?」
「構わないだろう。ついてこいよ」
 堂々とシリュウは剣聖の後を追う。広間の人々はすでに顔を上げ、それぞれに感情を滲ませて、こちらを見ている。
 二人で中庭に出ると、剣聖は空を見上げている。そちらを見ると、月があった。
「力に関する評価は、興味深い」
 剣聖が姿勢を変えずに言う。
「あれが辺境での常識か?」
「辺境というよりは、戦場の、だろうな。それも価値観の異なる存在との」
「情け容赦のない、残酷な戦場か」
 どこかで鳥が鳴いたのが聞こえた。
「そちらは」シリュウがグラスを短く口に付ける。「戦場を知らないのか?」
「私はこの街以外を知らない」
 意外な言葉だった。
「この街以外を知らない?」シリュウが驚いているのがわかる。「それでどうやって剣聖になれるんだ?」
「今まで誰にも負けなかった」
 剣聖がこちらを見る。
 仮面の奥の瞳が、シリュウを見ている。
「神代の剣士、とも呼ばれた」
 その呼称に、僕は驚いた。
「聞いたことがある……」
 思わず僕が呟くと、シリュウがこちらを振り向く。説明してほしいらしい。
「詳しくは知らないけど、傭兵の剣士が暇つぶしに教えてくれた。どこかに、大人にも引けを取らない剣士がいるって。まさに天才、空前絶後の使い手だって聞いた。誰に教わったわけでもなく、奇妙な剣を使う」
「奇妙な剣?」
「それははっきりしなかった。噂程度なんだ」
 剣聖の気配が少し穏やかなものになった。
「その噂は間違っている。誰にも教わらないわけではない。私は父に剣の指導を受けた」
「並の剣士じゃないだろうな」
「いや、並の剣士だった。剣聖騎士団の騎士の付き人だった」
 訝しげにシリュウが剣聖を見る。
「別の誰かに師事した、って感じでもないな」
「父の剣は特別に優れてはいなかった。けど、私は剣のなんたるかを知ることができた」
「才能だな」
 シリュウがぐっと飲み物を飲む。
「剣聖を受けて何年になる?」
「四年だ」
 四年だって?
 目の前にいる女性は二十代だろう。それで四年とは。
「しかし」剣聖がかすかに首を傾げた。「今日ほど冷や汗をかいたこともない」
「剣聖もおべっかを使うんだな」
 堪えきれなかったようで、シリュウが笑った。剣聖も笑みを見せているのが、仮面越しにわかる。
「あんたの剣は確かに特別だ。きっと、昼間以上に、作用させることもできるだろう」
 穏やかにシリュウが言う。
「剣と剣が触れると、奇妙な重さを感じた。あれはなんだ?」
「手の内を明かすほどのお人好しではない」
「良いじゃないか。最後の一撃で手を抜いてやったんだ、それくらい教えてくれよ」
 手を抜いてやった? そうか、あの壁を割る一撃は、シリュウの本気ではないのか。
 ただ、剣聖も本気ではなかった。
「断る。想像はしているんだろう?」
「どうかな」
 はぐらかすシリュウを、剣聖も深追いしなかった。
「なんにせよ、悪くない駆け引きだった。これは本当だ。私も胸が躍った」
「俺もだよ。この街は確かに平和だが、しかし、全くの怠惰には落ちていない。少数とはいえ、剣はよく練り上げられ、高められている」
「しかし、信用してはいないな?」
 この問いかけに、シリュウはためらいなく、答える。
「その通り。極めて不安定だ」
「民主制を否定したいのか?」
「そういう問題ではない。どんな政体であれ、どこかしらに弱さは生じる。弱さがあるのは問題じゃない。問題は、政治が別のパワーゲームにすり替わることだ」
 黙った剣聖に対し、シリュウも黙っている。もちろん、僕も黙り続ける。
「詳しく話して欲しいところだが」
 剣聖がそう言って、シリュウの横を通り過ぎた。
「それは私の仕事ではない」
「私の仕事ではない?」
 唐突に剣聖の腕を掴んだシリュウが、低い声で言った。
「では、誰の仕事だ?」
 凄みのある声だったけど、剣聖は答えなかった。
 ただ、わずかに腕を動かした。
 それだけでシリュウが片膝をつく。意外というより、信じられなかった。
 シリュウが転ぶところなんて、見たことがない。黒の領域の森の中を必死で走っている時でさえ、腰が据わって安定を失わないのだ。
「不愉快な技だ」
 立ち上がったシリュウは剣聖の腕を離していた。剣聖が悠然と、振り向くこともなく、広間に戻り、見えなくなった。
「どういう技?」
 尋ねてもシリュウは応じなかった。転びながらも手放さなかったグラスの中身を煽る。
 ここで気づいた。シリュウも、転ばされながら、グラスの中身をぶちまけない程度にバランスを維持していた。
 剣聖の技が摩訶不思議な一方、シリュウの感覚も尋常ではない。
「戻るぞ」
 ゆっくりとした歩きで、シリュウが広間へ向かうので、僕もそれを追った。
 広間にはすでに剣聖の姿はない。数人がこちらへ視線を向けたが、どういうわけかすぐに逸らす。
 まるでその代わりのように、例の偉丈夫が近づいてきた。
「私はギールというものです」丁寧な口調。「聖都の首長という立場です」
 シリュウは無言だった。二人とも背が高く、それでほとんど視線は水平だ。
「お話しする場を設けたいが、どうかな?」
「好きにすればいい」
 どうもシリュウも機嫌が悪いらしい。ギールは微笑みながら、
「私の執務室がこの建物にある、そこの方が落ち着くだろう」
「あんたは戦場に立つ時、安全地帯を選んで戦ったのか?」
 さすがにこの子供っぽい理屈に、ギールは相好を崩した。
「ここは戦場ではないよ」
「なるほど、そうだろう」
 鷹揚に頷くシリュウ。
「良いだろう、案内してくれ」
 ギールが歩き出すと、どこからか、二人の男が付いてきた。一人はシィルだ。もう一人は知らない男。
 とにかく、これはすぐに解放されそうもない。


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