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第七章 聖都騒乱追及編
一
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夜の聖都を歩いた翌朝、朝食を食べに外へ出ようとすると、宿舎の一階にあるロビーでリアが待っていた。
「やあ、おはよう」
実に気さくなものである。
「どうしてここにいるの?」
「お二人さんは目立つからね。特にそちらさんは」
そう僕の質問に答えつつ、リアはシリュウに視線を向けた。
「どこかいい店を知っているか?」
リアのことを問い詰めるでもないシリュウ。空腹を優先させたかもしれない。
「行こう、良い店は沢山ある」
僕とシリュウはリアの背中を追うように、外へ出た。
早い時間で、ちょうど通勤の時間帯らしい。歩道を人がゾロゾロと歩き、道では馬車が行き交っている。
「この前みたいな店じゃなくて良いぞ、もっとオープンで構わない」
そんな注文をするシリュウに、「了解、了解」と軽く応じるリア。
彼女が僕たちを連れて行ったのは、オープンカフェだった。まさにオープン。
注文は全部リアがした。僕とシリュウは待つのみ。戻ってくるリアはお盆を持っていて、その上にカップが三つ乗っていた。
席について、それぞれにカップが目の前に置かれる。
「俺たちの宿舎をファルカに聞いたな?」
ズバリ、とシリュウが問いかけると、リアは、
「それはすぐにわかる」
と、そっけなく応じる。
「いつ、聖都を立つの?」
「近いうちだな」
カップを手に取り、お茶をすする。僕もリアとシリュウに注意を向けつつ、カップを手に取った。
「聖都にいればいいのに」
「興味ないね」
リアがシリュウの方に身を乗り出す。
「私に負けたままでいいの?」
思わずカップを取り落としそうになった。
私に負けたまま?
シリュウが最近、負けた相手は一人しかいない。
「どこぞの剣聖が本気で向かってくるなら、別だがね」
少しも狼狽せず、平然としているシリュウに対して、僕はとんでもなく混乱していた。
「えっと」どうにか割り込む。「リアさんは、えっと?」
「本当の名前は、スターリア」
……これは、とんでもない。
剣聖がこうして、目の前にいるのだ。
「仮面を被っているのは、何のため?」
シリュウが尋ねると、リア、いや、スターリアは平然と言う。
「自由がなくなるからね。先代の剣聖からのアドバイス」
「悪くない発想だ」
そんなことを言っているうちに、店員が料理を運んできた。ハンバーガーと揚げ物が一枚のプレートに乗っている。
「昨日のギールとの会見については、知っているか?」
揚げ物を摘みつつ、世間話のようにシリュウが問いかけると、スターリアは首を横に振った。
「そこは首長の領分、私には踏み込めない。ちなみに剣聖の主な役割は、剣聖騎士団の指揮と指導、かな」
「ほとんど名誉職なのか?」
「そうとも言えるね」
スターリアがハンバーガーを手に取り、一口食べる。こちらを見て、首を傾げた。
「食べないの? 美味しいわよ」
そう言われても、あまりのことに、食が進まない。
いきなり剣聖と一緒に食事をするとは、緊張して当たり前じゃないか。
「こいつは経験不足で、こういう場に慣れていない。柄にもなく緊張しているんだ」
そんなことをシリュウが言う。その通りだけど、放っておいてくれ。
「話を戻すけど」スターリアがハンバーガーを飲み下す。「今日の朝刊に、連合軍が聖都に所属する部隊を襲撃した、という情報が出ていた。小さな記事でね。私もその件は把握しているけど、これは連合軍への牽制?」
「牽制というほどではないな、こちらが動いていることを示す、陽動かな」
シリュウもハンバーガーを無造作に掴んだ。
「今頃、ギールの部下が必死に聖都の中にいる間諜を炙り出している」
「間諜? どういうこと?」
尋ねられて、シリュウはギールと話したことをもう一度、スターリアに話した。シリュウは時折、ハンバーガーを食べ、お茶を飲んだが、スターリアは手を止めて、集中している。
「そちらには何の報告もないのか?」
話の最後に、シリュウはそうスターリアに聞き返した。
「今朝までには剣聖府への報告はなかった」
剣聖府というのは、剣聖に所属する武官、文官の集団らしい。
「つまり、ギールは剣聖府を疑っているってことだな」
「不愉快だけど、仕方ないか」
苦々しげにそう言って、スターリアがお茶を飲んだ。
「どんな組織も集団も、少しずつ腐敗していく。どこかでそういう腐った部分を切り取って、健全なものに戻る必要があるのね」
「争いがないことの反作用でもある」
「外に敵がいれば、内部は結束する、と言いたいわけ?」
まあな、とシリュウがハンバーガーの最後の一切れを口に入れた。
「食わないのか?」
シリュウが僕のハンバーガーを見る。話に集中していて、僕は揚げ物にしか手をつけていなかった。
「食べていいよ」
僕がそう言うのと同時に、シリュウはためらいなく僕のハンバーガーを手に取り、食べ始める。
むしゃむしゃとシリュウがハンバーガーを食べている間、スターリアは苦々しげな顔をしていた。何かを考えているらしい。
「深く考えるな、それも領分の問題さ」
食べている途中で、慰めるようにシリュウが言うと、スターリアは首を振った。
「聖都の腐敗は、私には見えない」
「自分の背中を見るようなものだ。鏡がないと、自分じゃ見えない」
ふざけた例えに、スターリアは気を悪くした風もなく、好意的に受け取ったようだった。
「あなたが鏡ってことね」
「違うさ。ギールも、七人委員会も、鏡だ。きっとお前自身もな」
「お互いに映し合えって? それじゃあ、像がどんどん重なっちゃうわ」
どうやらお互いにジョークを交わして、場を和らげるという意図らしい。僕は明らかに出遅れている。仕方ないので、揚げ物をちょっとずつ食べて、黙っていた。
「連合軍の動きは私からも探ってみる。連合軍の中にも私と誼みを通じている人間がいるしね」
「あまり大っぴらにやるなよ。すでに連合軍は深く踏み込んでいる。聖都と連合軍が衝突するんじゃ、目も当てられない。全くの無駄な争いだ」
「それは心得ているわよ。あなたたちを無事に送り返したいだけ」
僕のハンバーガーを食べ終わったシリュウが、指を控えめに舐めつつ、スターリアを見ている。
「俺たちはただの個人二人だ。そこまで手を尽くす必要もないのでは?」
「あなたたちが罠にハマって死ぬのを見るのは忍びない」
「ギールも似たような意見だったよ。誰も彼も、責任を負うのが好きなんだな」
あなたが適当なだけよ、とスターリアが苦笑いした。
「私たちがあなたをここへ呼び寄せた上に、こちらの都合であなたたちを消すなんて、腐敗の極みだわ。聖都はそんな横暴な、汚濁にまみれた場所ではありません。正義を守り、正義に尽くす、そういう場所です」
「理想論だ」
「理想を掲げることが大事です、そして掲げた理想を貫き通すことも」
今度はシリュウも黙ってしまった。
僕にはスターリアが言うことはわかる。確かにこのまま僕とシリュウが倒れれば、聖都の行動はマイナスの結果しか生んでいない。
僕たちを守ることで、かろうじてイーブンになる。
「無理はしなくていい」
かろうじて、シリュウはそう言った。
どうもシリュウは諦めが良すぎる。執着がないとも言える。自分の命さえ、簡単に計算に組み込み、消えるとしても受け入れてしまう。
今も、スターリアやギール、あるいは聖都の有志が、自分に関わることで受けるマイナスを考えているんだろう。自分が消えることでそのマイナスを小さくできるなら、シリュウは喜んで命を差し出す、そういう計算をする奴だ。
きっと、長く戦い続けてきて、諦める癖がついているんだろう。
戦場では、仲間も自分も、場合によっては危機の中に放り込むことが正義になる。
「そちらこそ」スターリアが微笑んだ。「こちらを信用してください。私たちは正義を信じ、正義のために戦うのです」
「正義って言葉は、好きじゃない」
ボソッと応じたシリュウは自分のプレートの揚げ物を次々と口に放り込んだ。僕も食べ終わりつつある。
「ここではそれが唯一の価値観ですよ」
にっこりと笑うスターリアにシリュウは顔をしかめる。
その顔のまま、全部の揚げ物を食べ終わり、指を舐め、
「例の剣技はなんだ?」
と、突然、話題を変えた。スターリアは呆れたようだ。
「今、それを気にするの?」
「俺に膝をつかせた奴は少ない。気になるな」
「名前は私がつけたんだけど、負荷の構え、って呼んでいる」
負荷の構え。もちろん、知らない。僕にはどういう剣かもわかっていない。
シリュウが身ぶりを交えて、質問を始める。
「剣と剣が触れた時、変な手応えだったな。まるで俺の剣が重くなったような、そんな感じだ。どうやっている?」
「柔術や合気道を知ってますか?」
「もちろん。俺も指導を受けたことがある。どちらも素手で戦う、格闘技の一種だった」
そう、とスターリアが頷く。
「あれらの術、特に合気道は、力のない人間が、相手を制する技です。私は剣の稽古と一緒に、合気道を習った時、その二つを結びつける方法を考えついた」
全く想像できない発想だった。
僕も合気道は数回だけ、指導を受けたことがある。すぐに才能がないと諦めたけど、その時の講師は尋常ではなかった。小柄な男性だったけど、体格が全く違う戦士が殴りかかっても、魔法ようにその体を投げ飛ばし、制圧していた。
その合気を、剣術に結びつける?
「そうか、少しはわかる」
そんなことをシリュウが言ったので、驚いた。わかるのか?
「つまり、あんたは、剣で剣を投げているようなものか」
「妙な例えですが、似たようなことでしょう。私は剣で触れたものを、ある程度は支配できる」
「それで、俺の強引な剣も、自在に受け流せるわけだ」
スターリアが微笑みながら、
「あなたは音無の剣を使うと聞きましたが?」
「なんだ、あの剣を知っているのか? そうか、弱点だと思ったが、知っているなら対処法もあるわけだ」
「あの剣は東方の剣術で興味深いものの一つです。悪魔との戦いで多用されましたしね」
面白くない、とシリュウの顔には感情が滲んでいる。一方、スターリアは楽しそうだ。
「どうですか? 私の剣を破れそうですか?」
「誰に訊いている?」
「出来るのですね?」
やっとわかったけど、スターリアもシリュウと似たところがある。
たぶん、シリュウと本気で斬り結びたいんだろう。
平和や正義と口にする割に、剣術というものの前では形無しだ。
「二人とも」さすがに僕は口を挟んだ。「無用な争いは必要ないと思うけど」
二人が同時にこちらを見る。
「弱い奴は黙ってろ」
「剣術家の本質です」
……やれやれ、僕には発言する権利がないらしい。
二人はその後も、剣術について、意見交換をしていた。カフェの店員がやってきて、飲み物のお代わりをカップに注いで行った。
「そろそろ支度の時間ね」
時計を見て、スターリアが話を一区切りにした。そろそろ服装を整えて、午後に備える必要がある。今になって、僕はお腹が空いてきた。
三人で席を立って、支払いはスターリアがしてくれた。
「少しは出しますけど……」
僕が控えめにいうと、スターリアは、
「私もお金を使う場がないのよ。これくらいはなんでもないから」
とのことだった。
店員に何か話しかけたスターリアに店員が何かを紙で包んで、手渡す。
店を出て、スターリアがその包みを僕に渡してくれた。
「お腹空いている顔をしているわよ」
全く、迂闊だな、僕も。
礼を言って包みを受け取った。
「じゃあ、いい結果が出ることを祈っているわ。私もちょっと動いてみる」
「無理はしなくていい」
「大丈夫。じゃあね、また会いましょう」
スターリアは手を振って離れていく。その背中を見送ってから、僕とシリュウは宿舎に向かって歩き出した。
「剣聖っていうのも、結構、プライベートでは気さくだね」
「当たり前じゃないか、アルス。いつも形式張っていられるもんか」
それもそうか。
「無事に帰れると思う?」
目を見開いて、シリュウがこちらを見た。
「まさか、不安なのか?」
「それは、少しはね」
「大丈夫だろう。無理なら無理で、その時はその時だ」
やっぱりシリュウはどこか、諦めをいつも含んでいる。
それを指摘しようかと思ったけど、やめた。人にはそれぞれ、価値観があるし、芯になる考えがあるのだから。
「逃げるか? アルス」
そういうシリュウはこちらを見ていない。
前だけを見ている。
「逃げたいか? どこかに隠れて、息を潜めているか?」
「そこまでじゃないよ」
これでもシリュウの横に立っているんだ。そんな無様なことはできない。
僕の言葉に、シリュウがかすかに笑った。
「それでこそだな。頼りにしているよ」
僕たちはゆっくりと、宿舎へ向かった歩いていく。
緊張がゆっくりとゆっくりと体に浸透してきた。
「やあ、おはよう」
実に気さくなものである。
「どうしてここにいるの?」
「お二人さんは目立つからね。特にそちらさんは」
そう僕の質問に答えつつ、リアはシリュウに視線を向けた。
「どこかいい店を知っているか?」
リアのことを問い詰めるでもないシリュウ。空腹を優先させたかもしれない。
「行こう、良い店は沢山ある」
僕とシリュウはリアの背中を追うように、外へ出た。
早い時間で、ちょうど通勤の時間帯らしい。歩道を人がゾロゾロと歩き、道では馬車が行き交っている。
「この前みたいな店じゃなくて良いぞ、もっとオープンで構わない」
そんな注文をするシリュウに、「了解、了解」と軽く応じるリア。
彼女が僕たちを連れて行ったのは、オープンカフェだった。まさにオープン。
注文は全部リアがした。僕とシリュウは待つのみ。戻ってくるリアはお盆を持っていて、その上にカップが三つ乗っていた。
席について、それぞれにカップが目の前に置かれる。
「俺たちの宿舎をファルカに聞いたな?」
ズバリ、とシリュウが問いかけると、リアは、
「それはすぐにわかる」
と、そっけなく応じる。
「いつ、聖都を立つの?」
「近いうちだな」
カップを手に取り、お茶をすする。僕もリアとシリュウに注意を向けつつ、カップを手に取った。
「聖都にいればいいのに」
「興味ないね」
リアがシリュウの方に身を乗り出す。
「私に負けたままでいいの?」
思わずカップを取り落としそうになった。
私に負けたまま?
シリュウが最近、負けた相手は一人しかいない。
「どこぞの剣聖が本気で向かってくるなら、別だがね」
少しも狼狽せず、平然としているシリュウに対して、僕はとんでもなく混乱していた。
「えっと」どうにか割り込む。「リアさんは、えっと?」
「本当の名前は、スターリア」
……これは、とんでもない。
剣聖がこうして、目の前にいるのだ。
「仮面を被っているのは、何のため?」
シリュウが尋ねると、リア、いや、スターリアは平然と言う。
「自由がなくなるからね。先代の剣聖からのアドバイス」
「悪くない発想だ」
そんなことを言っているうちに、店員が料理を運んできた。ハンバーガーと揚げ物が一枚のプレートに乗っている。
「昨日のギールとの会見については、知っているか?」
揚げ物を摘みつつ、世間話のようにシリュウが問いかけると、スターリアは首を横に振った。
「そこは首長の領分、私には踏み込めない。ちなみに剣聖の主な役割は、剣聖騎士団の指揮と指導、かな」
「ほとんど名誉職なのか?」
「そうとも言えるね」
スターリアがハンバーガーを手に取り、一口食べる。こちらを見て、首を傾げた。
「食べないの? 美味しいわよ」
そう言われても、あまりのことに、食が進まない。
いきなり剣聖と一緒に食事をするとは、緊張して当たり前じゃないか。
「こいつは経験不足で、こういう場に慣れていない。柄にもなく緊張しているんだ」
そんなことをシリュウが言う。その通りだけど、放っておいてくれ。
「話を戻すけど」スターリアがハンバーガーを飲み下す。「今日の朝刊に、連合軍が聖都に所属する部隊を襲撃した、という情報が出ていた。小さな記事でね。私もその件は把握しているけど、これは連合軍への牽制?」
「牽制というほどではないな、こちらが動いていることを示す、陽動かな」
シリュウもハンバーガーを無造作に掴んだ。
「今頃、ギールの部下が必死に聖都の中にいる間諜を炙り出している」
「間諜? どういうこと?」
尋ねられて、シリュウはギールと話したことをもう一度、スターリアに話した。シリュウは時折、ハンバーガーを食べ、お茶を飲んだが、スターリアは手を止めて、集中している。
「そちらには何の報告もないのか?」
話の最後に、シリュウはそうスターリアに聞き返した。
「今朝までには剣聖府への報告はなかった」
剣聖府というのは、剣聖に所属する武官、文官の集団らしい。
「つまり、ギールは剣聖府を疑っているってことだな」
「不愉快だけど、仕方ないか」
苦々しげにそう言って、スターリアがお茶を飲んだ。
「どんな組織も集団も、少しずつ腐敗していく。どこかでそういう腐った部分を切り取って、健全なものに戻る必要があるのね」
「争いがないことの反作用でもある」
「外に敵がいれば、内部は結束する、と言いたいわけ?」
まあな、とシリュウがハンバーガーの最後の一切れを口に入れた。
「食わないのか?」
シリュウが僕のハンバーガーを見る。話に集中していて、僕は揚げ物にしか手をつけていなかった。
「食べていいよ」
僕がそう言うのと同時に、シリュウはためらいなく僕のハンバーガーを手に取り、食べ始める。
むしゃむしゃとシリュウがハンバーガーを食べている間、スターリアは苦々しげな顔をしていた。何かを考えているらしい。
「深く考えるな、それも領分の問題さ」
食べている途中で、慰めるようにシリュウが言うと、スターリアは首を振った。
「聖都の腐敗は、私には見えない」
「自分の背中を見るようなものだ。鏡がないと、自分じゃ見えない」
ふざけた例えに、スターリアは気を悪くした風もなく、好意的に受け取ったようだった。
「あなたが鏡ってことね」
「違うさ。ギールも、七人委員会も、鏡だ。きっとお前自身もな」
「お互いに映し合えって? それじゃあ、像がどんどん重なっちゃうわ」
どうやらお互いにジョークを交わして、場を和らげるという意図らしい。僕は明らかに出遅れている。仕方ないので、揚げ物をちょっとずつ食べて、黙っていた。
「連合軍の動きは私からも探ってみる。連合軍の中にも私と誼みを通じている人間がいるしね」
「あまり大っぴらにやるなよ。すでに連合軍は深く踏み込んでいる。聖都と連合軍が衝突するんじゃ、目も当てられない。全くの無駄な争いだ」
「それは心得ているわよ。あなたたちを無事に送り返したいだけ」
僕のハンバーガーを食べ終わったシリュウが、指を控えめに舐めつつ、スターリアを見ている。
「俺たちはただの個人二人だ。そこまで手を尽くす必要もないのでは?」
「あなたたちが罠にハマって死ぬのを見るのは忍びない」
「ギールも似たような意見だったよ。誰も彼も、責任を負うのが好きなんだな」
あなたが適当なだけよ、とスターリアが苦笑いした。
「私たちがあなたをここへ呼び寄せた上に、こちらの都合であなたたちを消すなんて、腐敗の極みだわ。聖都はそんな横暴な、汚濁にまみれた場所ではありません。正義を守り、正義に尽くす、そういう場所です」
「理想論だ」
「理想を掲げることが大事です、そして掲げた理想を貫き通すことも」
今度はシリュウも黙ってしまった。
僕にはスターリアが言うことはわかる。確かにこのまま僕とシリュウが倒れれば、聖都の行動はマイナスの結果しか生んでいない。
僕たちを守ることで、かろうじてイーブンになる。
「無理はしなくていい」
かろうじて、シリュウはそう言った。
どうもシリュウは諦めが良すぎる。執着がないとも言える。自分の命さえ、簡単に計算に組み込み、消えるとしても受け入れてしまう。
今も、スターリアやギール、あるいは聖都の有志が、自分に関わることで受けるマイナスを考えているんだろう。自分が消えることでそのマイナスを小さくできるなら、シリュウは喜んで命を差し出す、そういう計算をする奴だ。
きっと、長く戦い続けてきて、諦める癖がついているんだろう。
戦場では、仲間も自分も、場合によっては危機の中に放り込むことが正義になる。
「そちらこそ」スターリアが微笑んだ。「こちらを信用してください。私たちは正義を信じ、正義のために戦うのです」
「正義って言葉は、好きじゃない」
ボソッと応じたシリュウは自分のプレートの揚げ物を次々と口に放り込んだ。僕も食べ終わりつつある。
「ここではそれが唯一の価値観ですよ」
にっこりと笑うスターリアにシリュウは顔をしかめる。
その顔のまま、全部の揚げ物を食べ終わり、指を舐め、
「例の剣技はなんだ?」
と、突然、話題を変えた。スターリアは呆れたようだ。
「今、それを気にするの?」
「俺に膝をつかせた奴は少ない。気になるな」
「名前は私がつけたんだけど、負荷の構え、って呼んでいる」
負荷の構え。もちろん、知らない。僕にはどういう剣かもわかっていない。
シリュウが身ぶりを交えて、質問を始める。
「剣と剣が触れた時、変な手応えだったな。まるで俺の剣が重くなったような、そんな感じだ。どうやっている?」
「柔術や合気道を知ってますか?」
「もちろん。俺も指導を受けたことがある。どちらも素手で戦う、格闘技の一種だった」
そう、とスターリアが頷く。
「あれらの術、特に合気道は、力のない人間が、相手を制する技です。私は剣の稽古と一緒に、合気道を習った時、その二つを結びつける方法を考えついた」
全く想像できない発想だった。
僕も合気道は数回だけ、指導を受けたことがある。すぐに才能がないと諦めたけど、その時の講師は尋常ではなかった。小柄な男性だったけど、体格が全く違う戦士が殴りかかっても、魔法ようにその体を投げ飛ばし、制圧していた。
その合気を、剣術に結びつける?
「そうか、少しはわかる」
そんなことをシリュウが言ったので、驚いた。わかるのか?
「つまり、あんたは、剣で剣を投げているようなものか」
「妙な例えですが、似たようなことでしょう。私は剣で触れたものを、ある程度は支配できる」
「それで、俺の強引な剣も、自在に受け流せるわけだ」
スターリアが微笑みながら、
「あなたは音無の剣を使うと聞きましたが?」
「なんだ、あの剣を知っているのか? そうか、弱点だと思ったが、知っているなら対処法もあるわけだ」
「あの剣は東方の剣術で興味深いものの一つです。悪魔との戦いで多用されましたしね」
面白くない、とシリュウの顔には感情が滲んでいる。一方、スターリアは楽しそうだ。
「どうですか? 私の剣を破れそうですか?」
「誰に訊いている?」
「出来るのですね?」
やっとわかったけど、スターリアもシリュウと似たところがある。
たぶん、シリュウと本気で斬り結びたいんだろう。
平和や正義と口にする割に、剣術というものの前では形無しだ。
「二人とも」さすがに僕は口を挟んだ。「無用な争いは必要ないと思うけど」
二人が同時にこちらを見る。
「弱い奴は黙ってろ」
「剣術家の本質です」
……やれやれ、僕には発言する権利がないらしい。
二人はその後も、剣術について、意見交換をしていた。カフェの店員がやってきて、飲み物のお代わりをカップに注いで行った。
「そろそろ支度の時間ね」
時計を見て、スターリアが話を一区切りにした。そろそろ服装を整えて、午後に備える必要がある。今になって、僕はお腹が空いてきた。
三人で席を立って、支払いはスターリアがしてくれた。
「少しは出しますけど……」
僕が控えめにいうと、スターリアは、
「私もお金を使う場がないのよ。これくらいはなんでもないから」
とのことだった。
店員に何か話しかけたスターリアに店員が何かを紙で包んで、手渡す。
店を出て、スターリアがその包みを僕に渡してくれた。
「お腹空いている顔をしているわよ」
全く、迂闊だな、僕も。
礼を言って包みを受け取った。
「じゃあ、いい結果が出ることを祈っているわ。私もちょっと動いてみる」
「無理はしなくていい」
「大丈夫。じゃあね、また会いましょう」
スターリアは手を振って離れていく。その背中を見送ってから、僕とシリュウは宿舎に向かって歩き出した。
「剣聖っていうのも、結構、プライベートでは気さくだね」
「当たり前じゃないか、アルス。いつも形式張っていられるもんか」
それもそうか。
「無事に帰れると思う?」
目を見開いて、シリュウがこちらを見た。
「まさか、不安なのか?」
「それは、少しはね」
「大丈夫だろう。無理なら無理で、その時はその時だ」
やっぱりシリュウはどこか、諦めをいつも含んでいる。
それを指摘しようかと思ったけど、やめた。人にはそれぞれ、価値観があるし、芯になる考えがあるのだから。
「逃げるか? アルス」
そういうシリュウはこちらを見ていない。
前だけを見ている。
「逃げたいか? どこかに隠れて、息を潜めているか?」
「そこまでじゃないよ」
これでもシリュウの横に立っているんだ。そんな無様なことはできない。
僕の言葉に、シリュウがかすかに笑った。
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