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第七章 聖都騒乱追及編
三
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シリュウは途中までファルカに案内させながら、
「ギールに確認したいことがあった」
と、言い出した。
「どのようのなご用件ですか?」
「内々の事情だ。そういえばわかるだろう?」
シリュウはちらっと通路にいる衛兵を見る。彼らに聞かれるのが困る、と暗に匂わせているようだ。ファルカも思案したようだが、
「ギール首長のご予定を確認します」
「ここらで待ってるよ」
そう言われてさすがに迷ったようだったが、シリュウは、「ちょっと外の空気に当たる」と窓の方を指差す。近くに扉があり、窓の向こうに見えるバルコニーに出られそうだった。
「申し訳ありません、すぐ、戻りますので」
ファルカが節度をうかがわせる小走りで離れていった。
僕たちはバルコニーに出る。生徒の街が見えるが、この街は本当に高層建築が多いとわかる。
「アルス」
シリュウが遠くを見ながら言う。
「俺はもう投げ出して、逃げようかと思ったんだが、どうかな」
「それほど驚くほどの意見じゃないね」
ちらりとシリュウがこちらを見るのを逃さず、僕は視線を合わせた。
「僕はほとんど蚊帳の外だけど、それでも楽しくはないな」
「余計なしがらみが多すぎる」
心底から嫌そうに、シリュウが呟く。
「リーンはその点、何も考えずに生活できる」
いや、そこは何かを考えて欲しいけど。
「全部、アルスがやってくれるからな」
わかっているじゃないか。
「逃げられると思っている? どう?」
「それは、まぁ、逃げられるだろう。聖都の側は俺のことを信用している姿勢だ。剣聖も、首長も、七人委員会も、余裕を感じている。連中の目を盗むことは、不可能じゃない」
「でもそれだけでは終わらないわけだ」
その通り。肩をすくめるシリュウ。
「どうにも連合軍がキナ臭い。どうやら聖都の中で俺たちを狙っている奴がいるが、その動きの中に連合軍を引き込んでいるのが、ややこしい。連合軍が逆にそれを利用する可能性もある」
「まさか。連合軍の正規部隊が僕たちを処理する?」
「ありえなくはないな。聖都の陰謀だと主張すれば、追及を逸らせるかもしれない。実際にはわからんがね」
これは本当に、ややこしいな。
「それでも逃げる?」
「連合軍の隙を突けば、それで問題はなくなる」
「例の情報部の人のことは覚えている?」
ああ、あったな、そんなことも。シリュウの反応はいい加減だ。
「重要じゃない? 連合軍は聖都を危険視している。それがつまり、今回の策謀の一部じゃないかな」
「俺たちには関係ないさ。知らん顔をしていればいい」
「あまりに子供っぽくないか? それは」
「いいじゃないか、アルス。童心に帰ろう」
デタラメな理屈だった。
しばらく二人で黙って、バルコニーに立っていたが、誰かの視線を感じて振り返ると、衛兵の一人が不審そうにこちらを見ている。
「なんだろう?」
シリュウも気づいた。
「知らん。面倒だから、中に戻ろう」
シリュウはフラフラと戻っていく。僕も後を追った。
衛兵が扉を開いて、迎えるような姿勢を見せた。
何かシリュウが言おうとした時、衛兵が動いた。
素早い動きだった。
腰の短剣が抜かれ、最短距離でシリュウの首に向かった。
もちろん、シリュウがそれを防げないわけがない。手が翻り、相手の短剣を持つ手を掴み止めた。
衛兵も反応しないわけじゃない。
シリュウの手を逆に掴み、投げ飛ばそうとする。
もちろん、そんな崩しを受けるシリュウじゃないんだけど。
ぐらりともせず、シリュウが姿勢を保つ。衛兵が信じられないという面持ちで、シリュウを見ている。
両腕での投げ技を、少しも揺るがずに耐えたシリュウが空いている手で、衛兵を組み伏せようとする。
だが、衛兵の反応は、今度こそ、シリュウの予測をうわまった。
何かを口の中で噛み締めた。
濁った声をあげ、衛兵が片膝をつく。
事態に気付いたシリュウが顔をしかめて、しかしすでに手遅れと悟って、力が抜けた衛兵をそっと床に下ろした。
「自決するとはな」
僕はそっと衛兵に近づいた。目を見開いて、事切れている。口に泡が見えた。
「毒薬?」
「そうだ、問題はそこじゃない」
衛兵が二人、バルコニーに飛び込んでくる。
「大聖堂内での狼藉は禁止されている!」
唯一の武装である短剣を抜いた二人が、僕たちと向かい合う。
シリュウは背中に二本の剣を背負っている。彼らを制圧するのは容易い。
もちろん、そんなことはしないけど。
「武器を捨てろ!」
嘆かわしげに首を振ったシリュウが背中の剣を外し、緊張した衛兵の前に投げる。大きな音を立てて、剣が転がった。
シリュウは両手を上げている。
「アルス。何もするなよ」
それは、業火を使うな、ということか。
余計ない混乱、疑いを避けるべきだ。
返事は省略して、僕も両手を上に上げた。衛兵がジリジリと歩み寄ってくる。
「両膝をつけ!」
さらなる命令に、言われるままに従う。
跪いて腕を上げている僕たちは、即座に手錠で拘束された。
ここに至って、ファルカが戻ってきた。青い顔をしている。ただ、すでに僕たちは拘束されているし、増援の衛兵が集まっていて、六人ほどで僕たちを囲んでいる。
衛兵の一人がファルカに何かを告げ、ファルカは反論したようだけど、結局、事態は変わらなかった。
僕たちは衛兵に囲まれて移動し、大聖堂の地下にある牢へ連れて行かれた。
結局、シリュウと話していた、全てをすっぽかして聖都を脱出するという計画は、実現しそうにない。
牢では僕とシリュウは隣り合った牢に入れられたけど、壁があるので、お互いの顔は見えない。見えたところで、牢番がいるので、あまり詳細な話もできない。
牢に入ってすぐに、ギールがやってきた。
「どういうことです、これは」
さすがにギールの命令には逆らえず、牢番は外していた。
「衛兵が俺を襲い、勝手に自決した」
あっさりとシリュウが応じると、ギールは低い唸りを漏らす。
「これは罠のようなものですよ」
「それはそうだろうな」シリュウは平然と応じている。「俺たちはこうして牢に入れられ、武装も解除されている。好きなように、俺たちを処理できることになる」
「こちらから信用できる牢番をつけます」
さっき様子を見たけど、牢番はどこか冴えない男で、様々な方法で篭絡できそうな、弱気な様子に見えた。
ギールが信用できるという牢番なら、少しは職務に忠実だろう。
「私も詳細は報告を求めているところです。夕方には死んだ衛兵のことも分かると思います」
「牢番と同様に衛兵も買収されたかもな」
「衛兵の資格は厳格で、人間関係から思想まで、厳密に確認されています」
シリュウは何も言わない。推測だけど、どんな人間にも弱い部分が絶対にある、というのがシリュウの意見だろう。
「なんにせよ、しばらく辛抱してください。七人委員会はあなたのことを追加調査対象にしています。今回の件が起こる前にその決定がありましたが、こうなっては、七人委員会が否定的になる可能性もあります」
「それなら俺のことは忘れて、解き放つように言ってくれ」
「シリュウ殿、大聖堂で死亡者が出るのは、とても重い事態ですよ。お分かりですか?」
ふん、とシリュウが鼻で笑う。
「俺は剣を抜いていない。向こうが勝手にやって、勝手に死んだ」
「死者はそれを否定しません、肯定もしません」
なるほど、と短くシリュウは応じて、それきり黙ってしまった。
ギールは可能な限り大人しくするようにシリュウに念を押されて、牢の前を離れていった。
牢番が戻ってきたが、確かに変わっている。若い男になった。こちらに穏やかな視線を向け、それから牢を見張り始めた。
持ち物を没収されたので時間もわからない。明かりがついているだけで、窓は少しもない。空気が濁っていないのは救いと言える。
夕飯が出たので、夜になりつつあるのはわかったけど、体内時計は既に乱れている。
突然、牢番が姿勢を正したので、僕はそちらを見た。
赤いローブを着た女性が歩み寄ってくる。スターリアだ。今は仮面をつけている。
「ご苦労」スターリアの言葉に、牢番が肩を震わせる。「ギール首長の了解は取り付けている。これがその証だ」
スターリアが手渡した書類を捧げるように受け、それを読んだ牢番が敬礼して、離れていく。
入れ違いに、スターリアが僕の牢の方を除いた。
「あ、間違えた」
間違えたって……。
「大丈夫?」
「お陰様で」
僕がそう応じると、スターリアは小さく頷いて、僕の視界から消えた。
「シリュウ、どうしてこうなっている?」
「俺には大丈夫か聞かないのか?」
「アルスの方が弱々しいからね。シリュウは頑丈だ」
まぁ、間違ってはいない。
シリュウは淡々と経緯を話した。
「衛兵はどこの管轄だ?」
「聖堂警護隊という部隊があり、それが当たっている。しかし兵士ではない、警察の一部だ」
「剣聖騎士団にしては手応えがなかったのは、そういうわけか」
そう言われても、スターリアは特に気にした様子もない。
「ギール首長も把握しているだろうが、例の衛兵の宿舎を確認したところ、出所のわからない多額の紙幣があった。ついでに、部屋も整理されていた」
「逃げる支度か?」
「あなたを殺して、逃げるつもりだったかも、と推測するしかない」
スターリアが、深い溜め息を吐いた。
「ここまで腐敗が進んでいるとは、思わなかった」
「仕方ないさ」シリュウはサバサバしている。「そちらさんで、他の仲間を十分に探って欲しい。それまでここにいるさ」
その言葉に、スターリアが「申し訳ない」と応じて、二、三、シリュウに声をかけてから、去って行った。
さらに来訪者があったのは、翌日の昼過ぎだった。
翌日とわかったのは、スターリアが去ってからほどなく、牢の明かりが消されて、つまり夜になったからで、僕が目覚めて少しすると、また明かりが灯された。食事も運ばれてきた。
やることもないまま昼食を待ち構えていると、代わりにその来訪者が来た。
「どうやら世話を焼いているものがいるらしい」
シリュウの牢の方から聞こえてくるのは、例の七人委員会の、初老の男の声だった。一人で来ているようだ。
「そちらさんも似たようなものだな」シリュウがからかうように言う。「それとも俺を処理しに来たのかな?」
まさか、と初老の男は一笑に付した。
「そこまで仕事熱心ではないな」
「そうだろうね。それで、何を伝えに来た」
少し間をおいて、男が喋った。
「七人委員会は、割れている。紛糾しているとも言える。君の能力は認めるのに余りある。しかしその言動の面は、目に余る」
「優等生じゃないんでね」
そういうからかいが言動の面で目に余るんじゃないか、と僕はツッコミたかった。
もちろん、男がそんなことを言うわけもない。話を進める。
「天位騎士になることは、ただ称号を受けるだけじゃない。聖都の内情を教えることになる。それを危険視している委員もいる」
「俺が脱走兵だからか?」
「それは本質ではない。本質は、君の中に、確固たる正義という概念があるか否か、ということに尽きると私は主張している」
わからないな、とシリュウが応じると、男は息を短く吐いた。
「どんな場所、どんな組織にも、汚点は存在する。もし君を内部に入れたとして、聖都の暗部を見た君が、いつまでも聖都に味方するとは思えない、と主張しているんだ。その主張は、私の主張でもある」
さすがに僕も緊張した。
この男は、自分がシリュウに否定的であると言っている。
どうしてそれを口にするか、わからない。僕は自然と彼の言葉に集中した。
「なら、俺をこのまま、放り出せばいい」
「それが最善の選択肢である時は過ぎた、と思っている」
「なぜ?」
「聖都の内部にいる不穏分子が動き出してしまった。それを摘発するのに、君を利用する」
なるほど、と僕は感心していた。
シリュウが聖都に来たことで動き出した事態を、わざと泳がせると言っているのだ。そしてそのまま、敵対勢力を一本釣りする。
ただ、そんなことができるのか、わからない。
そしてもう一つ、気になることもある。
「それは」僕は格子に近寄って、声をかけた。「聖都には激痛ではないのですか? 不穏分子と呼ばれる集団は、聖都に深く食い込んでいるはずです」
格子の向こうで、男がこちらを見た。
「今まで痛みを感じなかっただけのこと。腐った部分を切り捨てなければ、全てが腐る。そう思っている」
彼は視線をシリュウに戻した。
「我々に協力してもらえますか?」
「最低限の条件が、一つ、ある」
聞きましょう、と男は穏やかに言った。
シリュウはまるで物を投げるように、軽い調子でいう。
「リーンに帰れるようにしてくれ」
「それは、また……」
男が黙るのをここぞとばかりにシリュウが言葉を重ねる。
「別に良いだろう。俺がここに来たことで、そっちも得はあるんだ。もちろん、相応に痛みが伴うが、それでも良いきっかけだ。それに協力するから、俺たちのことも見逃してくれ」
だけど結局、男は結論を出せなかった。
「委員会で議論しましょう。近いうちに、また報告へ来ます。ここの警備は万全でしょうが、ご不便をおかけします」
「待ってるよ」
男が去って行って、門番がまた監視を再開した。
「面倒だなぁ」
シリュウが呟く。
僕は何も言わずに、牢の中で横になった。
シリュウがリーンに帰りたいというのは、僕がいるせいでもあるんじゃないか。
それなのに、僕は少しも手伝うことができない。
ただこうして、ぼんやりしているだけだ。
それが無性に悔しかった。
「ギールに確認したいことがあった」
と、言い出した。
「どのようのなご用件ですか?」
「内々の事情だ。そういえばわかるだろう?」
シリュウはちらっと通路にいる衛兵を見る。彼らに聞かれるのが困る、と暗に匂わせているようだ。ファルカも思案したようだが、
「ギール首長のご予定を確認します」
「ここらで待ってるよ」
そう言われてさすがに迷ったようだったが、シリュウは、「ちょっと外の空気に当たる」と窓の方を指差す。近くに扉があり、窓の向こうに見えるバルコニーに出られそうだった。
「申し訳ありません、すぐ、戻りますので」
ファルカが節度をうかがわせる小走りで離れていった。
僕たちはバルコニーに出る。生徒の街が見えるが、この街は本当に高層建築が多いとわかる。
「アルス」
シリュウが遠くを見ながら言う。
「俺はもう投げ出して、逃げようかと思ったんだが、どうかな」
「それほど驚くほどの意見じゃないね」
ちらりとシリュウがこちらを見るのを逃さず、僕は視線を合わせた。
「僕はほとんど蚊帳の外だけど、それでも楽しくはないな」
「余計なしがらみが多すぎる」
心底から嫌そうに、シリュウが呟く。
「リーンはその点、何も考えずに生活できる」
いや、そこは何かを考えて欲しいけど。
「全部、アルスがやってくれるからな」
わかっているじゃないか。
「逃げられると思っている? どう?」
「それは、まぁ、逃げられるだろう。聖都の側は俺のことを信用している姿勢だ。剣聖も、首長も、七人委員会も、余裕を感じている。連中の目を盗むことは、不可能じゃない」
「でもそれだけでは終わらないわけだ」
その通り。肩をすくめるシリュウ。
「どうにも連合軍がキナ臭い。どうやら聖都の中で俺たちを狙っている奴がいるが、その動きの中に連合軍を引き込んでいるのが、ややこしい。連合軍が逆にそれを利用する可能性もある」
「まさか。連合軍の正規部隊が僕たちを処理する?」
「ありえなくはないな。聖都の陰謀だと主張すれば、追及を逸らせるかもしれない。実際にはわからんがね」
これは本当に、ややこしいな。
「それでも逃げる?」
「連合軍の隙を突けば、それで問題はなくなる」
「例の情報部の人のことは覚えている?」
ああ、あったな、そんなことも。シリュウの反応はいい加減だ。
「重要じゃない? 連合軍は聖都を危険視している。それがつまり、今回の策謀の一部じゃないかな」
「俺たちには関係ないさ。知らん顔をしていればいい」
「あまりに子供っぽくないか? それは」
「いいじゃないか、アルス。童心に帰ろう」
デタラメな理屈だった。
しばらく二人で黙って、バルコニーに立っていたが、誰かの視線を感じて振り返ると、衛兵の一人が不審そうにこちらを見ている。
「なんだろう?」
シリュウも気づいた。
「知らん。面倒だから、中に戻ろう」
シリュウはフラフラと戻っていく。僕も後を追った。
衛兵が扉を開いて、迎えるような姿勢を見せた。
何かシリュウが言おうとした時、衛兵が動いた。
素早い動きだった。
腰の短剣が抜かれ、最短距離でシリュウの首に向かった。
もちろん、シリュウがそれを防げないわけがない。手が翻り、相手の短剣を持つ手を掴み止めた。
衛兵も反応しないわけじゃない。
シリュウの手を逆に掴み、投げ飛ばそうとする。
もちろん、そんな崩しを受けるシリュウじゃないんだけど。
ぐらりともせず、シリュウが姿勢を保つ。衛兵が信じられないという面持ちで、シリュウを見ている。
両腕での投げ技を、少しも揺るがずに耐えたシリュウが空いている手で、衛兵を組み伏せようとする。
だが、衛兵の反応は、今度こそ、シリュウの予測をうわまった。
何かを口の中で噛み締めた。
濁った声をあげ、衛兵が片膝をつく。
事態に気付いたシリュウが顔をしかめて、しかしすでに手遅れと悟って、力が抜けた衛兵をそっと床に下ろした。
「自決するとはな」
僕はそっと衛兵に近づいた。目を見開いて、事切れている。口に泡が見えた。
「毒薬?」
「そうだ、問題はそこじゃない」
衛兵が二人、バルコニーに飛び込んでくる。
「大聖堂内での狼藉は禁止されている!」
唯一の武装である短剣を抜いた二人が、僕たちと向かい合う。
シリュウは背中に二本の剣を背負っている。彼らを制圧するのは容易い。
もちろん、そんなことはしないけど。
「武器を捨てろ!」
嘆かわしげに首を振ったシリュウが背中の剣を外し、緊張した衛兵の前に投げる。大きな音を立てて、剣が転がった。
シリュウは両手を上げている。
「アルス。何もするなよ」
それは、業火を使うな、ということか。
余計ない混乱、疑いを避けるべきだ。
返事は省略して、僕も両手を上に上げた。衛兵がジリジリと歩み寄ってくる。
「両膝をつけ!」
さらなる命令に、言われるままに従う。
跪いて腕を上げている僕たちは、即座に手錠で拘束された。
ここに至って、ファルカが戻ってきた。青い顔をしている。ただ、すでに僕たちは拘束されているし、増援の衛兵が集まっていて、六人ほどで僕たちを囲んでいる。
衛兵の一人がファルカに何かを告げ、ファルカは反論したようだけど、結局、事態は変わらなかった。
僕たちは衛兵に囲まれて移動し、大聖堂の地下にある牢へ連れて行かれた。
結局、シリュウと話していた、全てをすっぽかして聖都を脱出するという計画は、実現しそうにない。
牢では僕とシリュウは隣り合った牢に入れられたけど、壁があるので、お互いの顔は見えない。見えたところで、牢番がいるので、あまり詳細な話もできない。
牢に入ってすぐに、ギールがやってきた。
「どういうことです、これは」
さすがにギールの命令には逆らえず、牢番は外していた。
「衛兵が俺を襲い、勝手に自決した」
あっさりとシリュウが応じると、ギールは低い唸りを漏らす。
「これは罠のようなものですよ」
「それはそうだろうな」シリュウは平然と応じている。「俺たちはこうして牢に入れられ、武装も解除されている。好きなように、俺たちを処理できることになる」
「こちらから信用できる牢番をつけます」
さっき様子を見たけど、牢番はどこか冴えない男で、様々な方法で篭絡できそうな、弱気な様子に見えた。
ギールが信用できるという牢番なら、少しは職務に忠実だろう。
「私も詳細は報告を求めているところです。夕方には死んだ衛兵のことも分かると思います」
「牢番と同様に衛兵も買収されたかもな」
「衛兵の資格は厳格で、人間関係から思想まで、厳密に確認されています」
シリュウは何も言わない。推測だけど、どんな人間にも弱い部分が絶対にある、というのがシリュウの意見だろう。
「なんにせよ、しばらく辛抱してください。七人委員会はあなたのことを追加調査対象にしています。今回の件が起こる前にその決定がありましたが、こうなっては、七人委員会が否定的になる可能性もあります」
「それなら俺のことは忘れて、解き放つように言ってくれ」
「シリュウ殿、大聖堂で死亡者が出るのは、とても重い事態ですよ。お分かりですか?」
ふん、とシリュウが鼻で笑う。
「俺は剣を抜いていない。向こうが勝手にやって、勝手に死んだ」
「死者はそれを否定しません、肯定もしません」
なるほど、と短くシリュウは応じて、それきり黙ってしまった。
ギールは可能な限り大人しくするようにシリュウに念を押されて、牢の前を離れていった。
牢番が戻ってきたが、確かに変わっている。若い男になった。こちらに穏やかな視線を向け、それから牢を見張り始めた。
持ち物を没収されたので時間もわからない。明かりがついているだけで、窓は少しもない。空気が濁っていないのは救いと言える。
夕飯が出たので、夜になりつつあるのはわかったけど、体内時計は既に乱れている。
突然、牢番が姿勢を正したので、僕はそちらを見た。
赤いローブを着た女性が歩み寄ってくる。スターリアだ。今は仮面をつけている。
「ご苦労」スターリアの言葉に、牢番が肩を震わせる。「ギール首長の了解は取り付けている。これがその証だ」
スターリアが手渡した書類を捧げるように受け、それを読んだ牢番が敬礼して、離れていく。
入れ違いに、スターリアが僕の牢の方を除いた。
「あ、間違えた」
間違えたって……。
「大丈夫?」
「お陰様で」
僕がそう応じると、スターリアは小さく頷いて、僕の視界から消えた。
「シリュウ、どうしてこうなっている?」
「俺には大丈夫か聞かないのか?」
「アルスの方が弱々しいからね。シリュウは頑丈だ」
まぁ、間違ってはいない。
シリュウは淡々と経緯を話した。
「衛兵はどこの管轄だ?」
「聖堂警護隊という部隊があり、それが当たっている。しかし兵士ではない、警察の一部だ」
「剣聖騎士団にしては手応えがなかったのは、そういうわけか」
そう言われても、スターリアは特に気にした様子もない。
「ギール首長も把握しているだろうが、例の衛兵の宿舎を確認したところ、出所のわからない多額の紙幣があった。ついでに、部屋も整理されていた」
「逃げる支度か?」
「あなたを殺して、逃げるつもりだったかも、と推測するしかない」
スターリアが、深い溜め息を吐いた。
「ここまで腐敗が進んでいるとは、思わなかった」
「仕方ないさ」シリュウはサバサバしている。「そちらさんで、他の仲間を十分に探って欲しい。それまでここにいるさ」
その言葉に、スターリアが「申し訳ない」と応じて、二、三、シリュウに声をかけてから、去って行った。
さらに来訪者があったのは、翌日の昼過ぎだった。
翌日とわかったのは、スターリアが去ってからほどなく、牢の明かりが消されて、つまり夜になったからで、僕が目覚めて少しすると、また明かりが灯された。食事も運ばれてきた。
やることもないまま昼食を待ち構えていると、代わりにその来訪者が来た。
「どうやら世話を焼いているものがいるらしい」
シリュウの牢の方から聞こえてくるのは、例の七人委員会の、初老の男の声だった。一人で来ているようだ。
「そちらさんも似たようなものだな」シリュウがからかうように言う。「それとも俺を処理しに来たのかな?」
まさか、と初老の男は一笑に付した。
「そこまで仕事熱心ではないな」
「そうだろうね。それで、何を伝えに来た」
少し間をおいて、男が喋った。
「七人委員会は、割れている。紛糾しているとも言える。君の能力は認めるのに余りある。しかしその言動の面は、目に余る」
「優等生じゃないんでね」
そういうからかいが言動の面で目に余るんじゃないか、と僕はツッコミたかった。
もちろん、男がそんなことを言うわけもない。話を進める。
「天位騎士になることは、ただ称号を受けるだけじゃない。聖都の内情を教えることになる。それを危険視している委員もいる」
「俺が脱走兵だからか?」
「それは本質ではない。本質は、君の中に、確固たる正義という概念があるか否か、ということに尽きると私は主張している」
わからないな、とシリュウが応じると、男は息を短く吐いた。
「どんな場所、どんな組織にも、汚点は存在する。もし君を内部に入れたとして、聖都の暗部を見た君が、いつまでも聖都に味方するとは思えない、と主張しているんだ。その主張は、私の主張でもある」
さすがに僕も緊張した。
この男は、自分がシリュウに否定的であると言っている。
どうしてそれを口にするか、わからない。僕は自然と彼の言葉に集中した。
「なら、俺をこのまま、放り出せばいい」
「それが最善の選択肢である時は過ぎた、と思っている」
「なぜ?」
「聖都の内部にいる不穏分子が動き出してしまった。それを摘発するのに、君を利用する」
なるほど、と僕は感心していた。
シリュウが聖都に来たことで動き出した事態を、わざと泳がせると言っているのだ。そしてそのまま、敵対勢力を一本釣りする。
ただ、そんなことができるのか、わからない。
そしてもう一つ、気になることもある。
「それは」僕は格子に近寄って、声をかけた。「聖都には激痛ではないのですか? 不穏分子と呼ばれる集団は、聖都に深く食い込んでいるはずです」
格子の向こうで、男がこちらを見た。
「今まで痛みを感じなかっただけのこと。腐った部分を切り捨てなければ、全てが腐る。そう思っている」
彼は視線をシリュウに戻した。
「我々に協力してもらえますか?」
「最低限の条件が、一つ、ある」
聞きましょう、と男は穏やかに言った。
シリュウはまるで物を投げるように、軽い調子でいう。
「リーンに帰れるようにしてくれ」
「それは、また……」
男が黙るのをここぞとばかりにシリュウが言葉を重ねる。
「別に良いだろう。俺がここに来たことで、そっちも得はあるんだ。もちろん、相応に痛みが伴うが、それでも良いきっかけだ。それに協力するから、俺たちのことも見逃してくれ」
だけど結局、男は結論を出せなかった。
「委員会で議論しましょう。近いうちに、また報告へ来ます。ここの警備は万全でしょうが、ご不便をおかけします」
「待ってるよ」
男が去って行って、門番がまた監視を再開した。
「面倒だなぁ」
シリュウが呟く。
僕は何も言わずに、牢の中で横になった。
シリュウがリーンに帰りたいというのは、僕がいるせいでもあるんじゃないか。
それなのに、僕は少しも手伝うことができない。
ただこうして、ぼんやりしているだけだ。
それが無性に悔しかった。
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スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
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武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
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