出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第七章 聖都騒乱追及編

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 シリュウは途中までファルカに案内させながら、
「ギールに確認したいことがあった」
 と、言い出した。
「どのようのなご用件ですか?」
「内々の事情だ。そういえばわかるだろう?」
 シリュウはちらっと通路にいる衛兵を見る。彼らに聞かれるのが困る、と暗に匂わせているようだ。ファルカも思案したようだが、
「ギール首長のご予定を確認します」
「ここらで待ってるよ」
 そう言われてさすがに迷ったようだったが、シリュウは、「ちょっと外の空気に当たる」と窓の方を指差す。近くに扉があり、窓の向こうに見えるバルコニーに出られそうだった。
「申し訳ありません、すぐ、戻りますので」
 ファルカが節度をうかがわせる小走りで離れていった。
 僕たちはバルコニーに出る。生徒の街が見えるが、この街は本当に高層建築が多いとわかる。
「アルス」
 シリュウが遠くを見ながら言う。
「俺はもう投げ出して、逃げようかと思ったんだが、どうかな」
「それほど驚くほどの意見じゃないね」
 ちらりとシリュウがこちらを見るのを逃さず、僕は視線を合わせた。
「僕はほとんど蚊帳の外だけど、それでも楽しくはないな」
「余計なしがらみが多すぎる」
 心底から嫌そうに、シリュウが呟く。
「リーンはその点、何も考えずに生活できる」
 いや、そこは何かを考えて欲しいけど。
「全部、アルスがやってくれるからな」
 わかっているじゃないか。
「逃げられると思っている? どう?」
「それは、まぁ、逃げられるだろう。聖都の側は俺のことを信用している姿勢だ。剣聖も、首長も、七人委員会も、余裕を感じている。連中の目を盗むことは、不可能じゃない」
「でもそれだけでは終わらないわけだ」
 その通り。肩をすくめるシリュウ。
「どうにも連合軍がキナ臭い。どうやら聖都の中で俺たちを狙っている奴がいるが、その動きの中に連合軍を引き込んでいるのが、ややこしい。連合軍が逆にそれを利用する可能性もある」
「まさか。連合軍の正規部隊が僕たちを処理する?」
「ありえなくはないな。聖都の陰謀だと主張すれば、追及を逸らせるかもしれない。実際にはわからんがね」
 これは本当に、ややこしいな。
「それでも逃げる?」
「連合軍の隙を突けば、それで問題はなくなる」
「例の情報部の人のことは覚えている?」
 ああ、あったな、そんなことも。シリュウの反応はいい加減だ。
「重要じゃない? 連合軍は聖都を危険視している。それがつまり、今回の策謀の一部じゃないかな」
「俺たちには関係ないさ。知らん顔をしていればいい」
「あまりに子供っぽくないか? それは」
「いいじゃないか、アルス。童心に帰ろう」
 デタラメな理屈だった。
 しばらく二人で黙って、バルコニーに立っていたが、誰かの視線を感じて振り返ると、衛兵の一人が不審そうにこちらを見ている。
「なんだろう?」
 シリュウも気づいた。
「知らん。面倒だから、中に戻ろう」
 シリュウはフラフラと戻っていく。僕も後を追った。
 衛兵が扉を開いて、迎えるような姿勢を見せた。
 何かシリュウが言おうとした時、衛兵が動いた。
 素早い動きだった。
 腰の短剣が抜かれ、最短距離でシリュウの首に向かった。
 もちろん、シリュウがそれを防げないわけがない。手が翻り、相手の短剣を持つ手を掴み止めた。
 衛兵も反応しないわけじゃない。
 シリュウの手を逆に掴み、投げ飛ばそうとする。
 もちろん、そんな崩しを受けるシリュウじゃないんだけど。
 ぐらりともせず、シリュウが姿勢を保つ。衛兵が信じられないという面持ちで、シリュウを見ている。
 両腕での投げ技を、少しも揺るがずに耐えたシリュウが空いている手で、衛兵を組み伏せようとする。
 だが、衛兵の反応は、今度こそ、シリュウの予測をうわまった。
 何かを口の中で噛み締めた。
 濁った声をあげ、衛兵が片膝をつく。
 事態に気付いたシリュウが顔をしかめて、しかしすでに手遅れと悟って、力が抜けた衛兵をそっと床に下ろした。
「自決するとはな」
 僕はそっと衛兵に近づいた。目を見開いて、事切れている。口に泡が見えた。
「毒薬?」
「そうだ、問題はそこじゃない」
 衛兵が二人、バルコニーに飛び込んでくる。
「大聖堂内での狼藉は禁止されている!」
 唯一の武装である短剣を抜いた二人が、僕たちと向かい合う。
 シリュウは背中に二本の剣を背負っている。彼らを制圧するのは容易い。
 もちろん、そんなことはしないけど。
「武器を捨てろ!」
 嘆かわしげに首を振ったシリュウが背中の剣を外し、緊張した衛兵の前に投げる。大きな音を立てて、剣が転がった。
 シリュウは両手を上げている。
「アルス。何もするなよ」
 それは、業火を使うな、ということか。
 余計ない混乱、疑いを避けるべきだ。
 返事は省略して、僕も両手を上に上げた。衛兵がジリジリと歩み寄ってくる。
「両膝をつけ!」
 さらなる命令に、言われるままに従う。
 跪いて腕を上げている僕たちは、即座に手錠で拘束された。
 ここに至って、ファルカが戻ってきた。青い顔をしている。ただ、すでに僕たちは拘束されているし、増援の衛兵が集まっていて、六人ほどで僕たちを囲んでいる。
 衛兵の一人がファルカに何かを告げ、ファルカは反論したようだけど、結局、事態は変わらなかった。
 僕たちは衛兵に囲まれて移動し、大聖堂の地下にある牢へ連れて行かれた。
 結局、シリュウと話していた、全てをすっぽかして聖都を脱出するという計画は、実現しそうにない。
 牢では僕とシリュウは隣り合った牢に入れられたけど、壁があるので、お互いの顔は見えない。見えたところで、牢番がいるので、あまり詳細な話もできない。
 牢に入ってすぐに、ギールがやってきた。
「どういうことです、これは」
 さすがにギールの命令には逆らえず、牢番は外していた。
「衛兵が俺を襲い、勝手に自決した」
 あっさりとシリュウが応じると、ギールは低い唸りを漏らす。
「これは罠のようなものですよ」
「それはそうだろうな」シリュウは平然と応じている。「俺たちはこうして牢に入れられ、武装も解除されている。好きなように、俺たちを処理できることになる」
「こちらから信用できる牢番をつけます」
 さっき様子を見たけど、牢番はどこか冴えない男で、様々な方法で篭絡できそうな、弱気な様子に見えた。
 ギールが信用できるという牢番なら、少しは職務に忠実だろう。
「私も詳細は報告を求めているところです。夕方には死んだ衛兵のことも分かると思います」
「牢番と同様に衛兵も買収されたかもな」
「衛兵の資格は厳格で、人間関係から思想まで、厳密に確認されています」
 シリュウは何も言わない。推測だけど、どんな人間にも弱い部分が絶対にある、というのがシリュウの意見だろう。
「なんにせよ、しばらく辛抱してください。七人委員会はあなたのことを追加調査対象にしています。今回の件が起こる前にその決定がありましたが、こうなっては、七人委員会が否定的になる可能性もあります」
「それなら俺のことは忘れて、解き放つように言ってくれ」
「シリュウ殿、大聖堂で死亡者が出るのは、とても重い事態ですよ。お分かりですか?」
 ふん、とシリュウが鼻で笑う。
「俺は剣を抜いていない。向こうが勝手にやって、勝手に死んだ」
「死者はそれを否定しません、肯定もしません」
 なるほど、と短くシリュウは応じて、それきり黙ってしまった。
 ギールは可能な限り大人しくするようにシリュウに念を押されて、牢の前を離れていった。
 牢番が戻ってきたが、確かに変わっている。若い男になった。こちらに穏やかな視線を向け、それから牢を見張り始めた。
 持ち物を没収されたので時間もわからない。明かりがついているだけで、窓は少しもない。空気が濁っていないのは救いと言える。
 夕飯が出たので、夜になりつつあるのはわかったけど、体内時計は既に乱れている。
 突然、牢番が姿勢を正したので、僕はそちらを見た。
 赤いローブを着た女性が歩み寄ってくる。スターリアだ。今は仮面をつけている。
「ご苦労」スターリアの言葉に、牢番が肩を震わせる。「ギール首長の了解は取り付けている。これがその証だ」
 スターリアが手渡した書類を捧げるように受け、それを読んだ牢番が敬礼して、離れていく。
 入れ違いに、スターリアが僕の牢の方を除いた。
「あ、間違えた」
 間違えたって……。
「大丈夫?」
「お陰様で」
 僕がそう応じると、スターリアは小さく頷いて、僕の視界から消えた。
「シリュウ、どうしてこうなっている?」
「俺には大丈夫か聞かないのか?」
「アルスの方が弱々しいからね。シリュウは頑丈だ」
 まぁ、間違ってはいない。
 シリュウは淡々と経緯を話した。
「衛兵はどこの管轄だ?」
「聖堂警護隊という部隊があり、それが当たっている。しかし兵士ではない、警察の一部だ」
「剣聖騎士団にしては手応えがなかったのは、そういうわけか」
 そう言われても、スターリアは特に気にした様子もない。
「ギール首長も把握しているだろうが、例の衛兵の宿舎を確認したところ、出所のわからない多額の紙幣があった。ついでに、部屋も整理されていた」
「逃げる支度か?」
「あなたを殺して、逃げるつもりだったかも、と推測するしかない」
 スターリアが、深い溜め息を吐いた。
「ここまで腐敗が進んでいるとは、思わなかった」
「仕方ないさ」シリュウはサバサバしている。「そちらさんで、他の仲間を十分に探って欲しい。それまでここにいるさ」
 その言葉に、スターリアが「申し訳ない」と応じて、二、三、シリュウに声をかけてから、去って行った。
 さらに来訪者があったのは、翌日の昼過ぎだった。
 翌日とわかったのは、スターリアが去ってからほどなく、牢の明かりが消されて、つまり夜になったからで、僕が目覚めて少しすると、また明かりが灯された。食事も運ばれてきた。
 やることもないまま昼食を待ち構えていると、代わりにその来訪者が来た。
「どうやら世話を焼いているものがいるらしい」
 シリュウの牢の方から聞こえてくるのは、例の七人委員会の、初老の男の声だった。一人で来ているようだ。
「そちらさんも似たようなものだな」シリュウがからかうように言う。「それとも俺を処理しに来たのかな?」
 まさか、と初老の男は一笑に付した。
「そこまで仕事熱心ではないな」
「そうだろうね。それで、何を伝えに来た」
 少し間をおいて、男が喋った。
「七人委員会は、割れている。紛糾しているとも言える。君の能力は認めるのに余りある。しかしその言動の面は、目に余る」
「優等生じゃないんでね」
 そういうからかいが言動の面で目に余るんじゃないか、と僕はツッコミたかった。
 もちろん、男がそんなことを言うわけもない。話を進める。
「天位騎士になることは、ただ称号を受けるだけじゃない。聖都の内情を教えることになる。それを危険視している委員もいる」
「俺が脱走兵だからか?」
「それは本質ではない。本質は、君の中に、確固たる正義という概念があるか否か、ということに尽きると私は主張している」
 わからないな、とシリュウが応じると、男は息を短く吐いた。
「どんな場所、どんな組織にも、汚点は存在する。もし君を内部に入れたとして、聖都の暗部を見た君が、いつまでも聖都に味方するとは思えない、と主張しているんだ。その主張は、私の主張でもある」
 さすがに僕も緊張した。
 この男は、自分がシリュウに否定的であると言っている。
 どうしてそれを口にするか、わからない。僕は自然と彼の言葉に集中した。
「なら、俺をこのまま、放り出せばいい」
「それが最善の選択肢である時は過ぎた、と思っている」
「なぜ?」
「聖都の内部にいる不穏分子が動き出してしまった。それを摘発するのに、君を利用する」
 なるほど、と僕は感心していた。
 シリュウが聖都に来たことで動き出した事態を、わざと泳がせると言っているのだ。そしてそのまま、敵対勢力を一本釣りする。
 ただ、そんなことができるのか、わからない。
 そしてもう一つ、気になることもある。
「それは」僕は格子に近寄って、声をかけた。「聖都には激痛ではないのですか? 不穏分子と呼ばれる集団は、聖都に深く食い込んでいるはずです」
 格子の向こうで、男がこちらを見た。
「今まで痛みを感じなかっただけのこと。腐った部分を切り捨てなければ、全てが腐る。そう思っている」
 彼は視線をシリュウに戻した。
「我々に協力してもらえますか?」
「最低限の条件が、一つ、ある」
 聞きましょう、と男は穏やかに言った。
 シリュウはまるで物を投げるように、軽い調子でいう。
「リーンに帰れるようにしてくれ」
「それは、また……」
 男が黙るのをここぞとばかりにシリュウが言葉を重ねる。
「別に良いだろう。俺がここに来たことで、そっちも得はあるんだ。もちろん、相応に痛みが伴うが、それでも良いきっかけだ。それに協力するから、俺たちのことも見逃してくれ」
 だけど結局、男は結論を出せなかった。
「委員会で議論しましょう。近いうちに、また報告へ来ます。ここの警備は万全でしょうが、ご不便をおかけします」
「待ってるよ」
 男が去って行って、門番がまた監視を再開した。
「面倒だなぁ」
 シリュウが呟く。
 僕は何も言わずに、牢の中で横になった。
 シリュウがリーンに帰りたいというのは、僕がいるせいでもあるんじゃないか。
 それなのに、僕は少しも手伝うことができない。
 ただこうして、ぼんやりしているだけだ。
 それが無性に悔しかった。




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