出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第八章 悪魔共闘激動編

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 悪魔の拠点で生活し始めて、一週間が過ぎた。
 地下施設はおおよそ把握して、何度かは地上に出ることもできた。地上と言っても、森の中で見通しも悪いし、薄暗い。魔獣がうろついているが、これは野生ではなく、悪魔が飼っていると、ちょうど魔獣の世話をしていた悪魔が教えてくれた。
 シリュウが提出した報告書は議論の中心となり、その議論が長く続いているようだった。上級悪魔たちの中でもさらに上位の個体が激しく意見を交わしていて、僕も最初はその議場に顔を出したけど、ここのところは放置していた。
 僕とは別行動のシリュウが何をしているかといえば、彼は剣の達者な悪魔を探し出し、ひたすら剣の稽古をしているようだった。
 一日だけその稽古の様子を見たけど、かなり過激で、木刀のようなものを使っているけれど、怪我人も出ている。ただ、悪魔は人間より治癒力が高いし、法印を使う悪魔もいるので、気にもしていないようだ。
 とにかくシリュウが強い。ただ、シリュウも数回は叩き伏せられている。それも決まって同じ悪魔だ。
 名前はキロという悪魔で、しかも女性だ。
 この悪魔の剣の冴えは凄まじい。とにかく無駄がなく、速い。
 ただ、シリュウは音無の剣やその他の特殊な剣術を使わない。手加減しているというよりは、隠しているんだろう。
 もしかしたらシリュウは、彼らが味方ではなくなることを想定しているのかもしれない。
 想像に過ぎないけど。
 僕は少しずつ悪魔の食事にも慣れたし、人口的な光の下で生活するのにも慣れた。
「やあ、アルス」
 通路の角で、キロに出会った。
「今日はどこへ行くんだい?」
「図書室に行くよ。まだ悪魔の言語は読めないけど、勉強中」
「人間ってのは勤勉なんだね。シリュウも必死に剣をやっている」
 彼女が身ぶりで剣を使う姿を示す。
「人間にはそれほど時間がないからね」
「ただ五十年しか生きられないとは、惜しいことだね」
 そう言うと僕の肩を叩いてキロは離れていった。
 図書室で悪魔の言語と人間の言語の比較の書籍を読んだ。もちろん、悪魔の言語で書かれているので、ほとんど読めない。ただ、所々に人間の使う文字が出てくるので、そこから可能な限り推測する。
 この図書室には、人間の言葉で書かれた本はない。
 まぁ、それを言ったら、人間の図書館には悪魔語の本はないわけだけど。
 本を睨みつけてページを繰っていると、誰かが入ってきた。若く見える悪魔だけど、もちろん、僕よりも年上だ。名前を知らないけど、僕とシリュウの補助を受け持つ悪魔たちのうちの一人だ。
「アルスさん、やっと議論が終わりましたよ。今から、今後の展開を通知する会があります。出席していただいた方がよろしいと」
 僕は本を片付けて、図書館を出た。
「悪魔はどうやって人間の言語を覚えたの?」
 歩きながら僕が尋ねると、彼は苦笑いして、
「勉強する時間がたっぷりありますからね。自然と学ぶ機会もある」
 なるほど、長命であるのは、それだけ有利らしい。
 会議室の一つへ入ると、用意された椅子は満席で、壁際にずらっと悪魔が並んでいる。僕もその中に混ざる。
 少し遅れてシリュウがやってきた。
「勉強は順調か?」
 そんなことを聞いてくる。
「まあね。剣術は上達した?」
「キロの奴を倒すまで、ここを離れたくないな」
 本気とも冗談ともつかない口調だった。
 負けず嫌いなのは知っているけど、もはや偏執的だ。
 そんなことを思っていると、レムとメムが入ってきた。部屋の一番奥に立ち周囲を見回すと、何かを話した。悪魔の言語なので、理解できない。
 しかしすぐに人間の言語に切り替えてくれた。どうやら僕とシリュウのためらしい。
「連合軍の研究施設には打撃を与えましたが、完全に破壊するには至りませんでした。これをどうするべきかが、議論の中心でした。このまま状況を観察するか、それとも再度の襲撃を行うべきか。結論を言いましょう。私たちは再び、研究施設への破壊工作を行います」
 悪魔たちが少しざわめいたが、すぐに落ち着き、静かになる。
「より強力な部隊を編成し、施設の機能を完全に破壊します」
 悪魔の一人が手を挙げたので、レムが身ぶりで発言を許した。
「あの施設を完全に破壊する方法は?」
「複数の魔力爆弾を用意します」
 魔力爆弾? 僕はシリュウを見るが、彼も首を捻っている。
「現時点では、十二の魔力爆弾を用意し、それで施設の各所を爆破、崩壊させます。我々自身に取っても危険であり、かつ、研究施設の民間人も巻き込むことになるでしょう」
「相手はこちらの襲撃を予測して防備を固めるのでは?」
「こちらも前回以上の戦力を投入します」
 他にも数人の悪魔が手を挙げ、細部を質問した。
 どうやらこの場での決定を覆す機会はなく、それがために彼らは細部を確認しているようだ。
 シリュウがすっと手を挙げた。レムが手で促す。
「報復の可能性をどう考えている?」
 悪魔たちが失笑した。そのうちの一人が冗談口調で即座に応じた。
「連中はこことは遥かに離れているんだぜ、どうやって報復する? まさか大部隊で森を席巻するのか?」
「遥かに離れている?」シリュウがニヤリと相手に笑みを向ける。「こっちがその遥かに離れている相手を襲撃できて、なんで、あっちがこちらを襲撃できないんだ?」
 さすがに悪魔たちも真剣な空気になった。
「連中が人間の軍隊だから、空間転移を使えない? それは違う。連中に協力する悪魔がいて、契約者もいる。こちらと同じことができない道理はない」
「シリュウ」レムが発言した。「こちらの位置は可能な限り欺瞞してあります。そう簡単には露見しません」
 その言葉をシリュウは即座に否定した。
「一度、行き来しているんだ。俺だったらその痕跡を必死に探して、逆襲を考えるね。何せ、相手は奇襲がおおよそ成功して、大喜び、気持ちも緩んでいる。奇襲し返すには最高の状況だ。そして俺たちは連中に、一週間という膨大な時間を提供している」
 ここに至り、悪魔たちの緊張が部屋に充満し始めた。
 レムとメムが何かを小声でやりとりした。
 何か言おうとした、まさにその時、ズシンと何かが爆発し、床が揺れた。
「最悪の可能性が現実になったな」
 シリュウが部屋を飛び出したので僕もそれを追った。移動中も武装するようにしていたので、僕とシリュウは剣だけは持っている。
 どこか遠くの騒がしさが聞こえてくるけど、詳細がわからない。複数の悪魔たちが通路を駆け、何かを喚いている。
「こっちだ、シリュウ!」
 僕はおそらく近道になるだろう通路へシリュウを引っ張る。
「連合軍かな?」
「他にいないさ。くそ、レムたちに撤退の準備をするように伝えておくべきだった」
 通路の先で悪魔が壁になっているのが見えた。進みも引きもしていない。その向こうで悲鳴が上がり、何かが炸裂する。
 とても戦える状況ではない。
 シリュウが一番近くの悪魔を捕まえると、何か話しかけた。人語ではなく、悪魔の言葉だ。流暢に、しゃべっている。
 悪魔が何度か頷き、その場から駆け去る。
 シリュウが大声で悪魔言語で叫び始めた。悪魔の動きが緩慢になり、少しずつ後退し始める。
「なんて言ったの?」
「防壁を発動する、って言ったんだ」
 悪魔たちが僕とシリュウの脇を後退していく。
 見えてきた前方に鎧で完全武装した二人がいる。どちらも胸に連合軍の紋章がある。
 片方は面頬で表情は見えない、その周囲で何かがゆらめているが、なんだろう。
 もう一方は鎧も軽装だけど、全身の筋肉の隆起が大きすぎて、巨人と言ってもいい。
 床には悪魔たちが無数に倒れていた。
「連中に任せておけばいいのに」
 僕が思わずそう言うと、シリュウが小さく笑った。
「一宿一飯の恩義を返してやろう」
 もう、僕としては何も言えない。
 シリュウが剣を抜くと、巨人の方へ突っ込んでいく。僕はもう一方を目指す。
 僕の右手から炎が溢れる。それを一気に伸ばすけれど、謎の靄が炎を押し戻す。
 なんだ? あれは……。
 シリュウと巨人が激突。巨人の持っている巨大な剣がシリュウの一撃を受け止める。シリュウのもう一方の剣が走り、巨人の腹部を切り裂いた。
 呆気ない、と思ったのも一瞬、シリュウは強引に弾き返され、間合いを取っている。
 僕もシリュウばかり気にしてはいられない、悪魔の靄と炎で拮抗。何かの粒子を操っているようだけど、よくわからない。
 僕も自身で間合いを詰め、剣の間合いへ。
 いや、靄が僕を取り囲みつつある!
 前進を一転、後退へ。炎を全力で打ち付け、靄を脱出。
 シリュウと並んで、相手を見る。
「あれは難敵だな」シリュウが唸る。「傷が治っちまう」
 実際、シリュウが相手をしている方の契約者は、腹部を切り裂かれたはずが、今は血は流れていないし、傷跡もない。
「連携を取るしかないね」
「俺に合わせろよ、アルス」
「了解」
 僕たちは同時に前進を開始。相手も連携を取り始める。
 シリュウの陰から炎を放出、靄を牽制する。
 シリュウが全力疾走で壁へ移動、そのまま壁を走る。
 巨人がそのシリュウへ襲いかかるのを、僕が炎で遮断。足を止めた巨人にシリュウが襲いかかる。
 僕も構わずに前進、周囲を靄が取り囲み、僕の炎を駆逐、巨人の進路が開ける。
 ただ、それはわずかに遅い。
 地面に着地と同時に跳ねたシリュウが、靄を扱う契約者に突撃。
 不意を突かれて、靄を防御に回すしかない。靄が密集し、盾を形成、シリュウの怒涛の攻撃を凌ぐが、姿勢は乱れ、後退する。
 一方の僕は、巨人の方へ炎を吹き荒れさせる。
 巨人も後退し、シリュウの背後を狙うが、僕の炎が再び進路を遮断。
 が、その炎の壁が割れる。
 巨人にシリュウが襲いかかる。
 炎の壁は目眩しだったのだ。
 巨人がシリュウの連続攻撃を裁く余裕もなく、切り刻まれる。解体されなくとも、重傷を負い、倒れこむ。
 シリュウがその胸に剣を突き刺し、そこで靄がやっと追いついてきたのを、地面を転がり、跳ね、逃れる。
 僕の隣まで戻ってきて、シリュウが剣を構える
「まず一人」
 靄を扱う契約者はじりじりと、間合いを作っていく。
 と、周囲で壁が波打ち、通路が狭くなったと思うと、契約者と僕たちを遮るように、壁と床、天井が収縮していくのがわかった。
 これが防壁らしい。
 契約者が手を振って靄をこちらへ飛ばしてくる。僕の炎がそれを押し返しているうちに通路は完全に閉じ、契約者は見えなくなった。靄もない。
「これで終わり……」
 僕が言葉を止めたのは、閉じたばかりの防壁が揺れ始めたからだ。かすかに塵が落ちたかと思うと、みるみるひび割れていく。
 何かが向こう側から殴りつけているらしい。
「相手をしてられないな」シリュウが身を翻す。「防壁を重ねて時間を稼ごう。この拠点は放棄だろうからな」
 僕とシリュウは通路を走る。悪魔の姿は驚くほど減っていた。
「シリュウ!」
 ワバが向かいから走ってくる。彼の手にある剣は赤い血で染まっている。
「こっちは撃退に成功したが、そっちは?」
「こちとら普通の人間だぜ、無茶言うなよ」
 そうかい、とワバが肩をすくめる。
「悪い話があるが、聞きたいか?」
「悪い話を聞いても気分が悪くなる状況じゃないから話してくれ、今はちょうど最悪な気分だ」
「連合軍の部隊が進行している」
 僕が一番、動転していた。
「部隊って、どれくらい?」
「一万はいるらしい」
「部隊って、正規軍かよ」
 シリュウが唸るが、しかしどうしようもない。
「ここで相手をできる戦力じゃない。なら、撤退だな。この拠点も放棄か」
「そうなる。シリュウたちには悪いが、いよいよ連合軍は本気らしい」
「気にすなよ、ワバ。さっさとずらかろう」
 三人で通路を走っている間に、シリュウはワバを通じて状況を把握しようと、質問を繰り出す。僕はそれを聞くしかない。
 どうやら連合軍は契約者部隊をこの拠点に転移させ、その上で地上を正規軍で制圧するつもりらしい。悪魔側は、明らかに対応が遅れていた。
 先ほどの会議の席上の通り、一週間は連合軍に十分すぎる準備期間になったんだろう。
「過ぎたことは仕方ないな」シリュウが呟く。「逃げるが勝ちかな」
 拠点の隅の物資貯蔵庫に飛び込むと、十人ほどの悪魔が待っていた。彼らがワバに悪魔の言語で何かを話し、ワバも応じている。そのワバが素早く指示を出し、僕とシリュウは悪魔たちと密集した。
「注意しろ、シリュウ、アルス」
 そんなワバの言葉が聞こえた直後、視界が一気に歪み、瞬間、何も見えなくなり、即座に回復した。
 周囲を見ると、やはり貯蔵庫のようなところだった。
「この拠点は、襲撃された地点からは距離で徒歩で五日かかるほどの間合いがある。しばらくは安全だろう」
 ワバがそう言う間にも一緒に転移した悪魔たちが駆け出して、散っていく。彼らには彼らの役目があるのだ。
「今後は転移先を探知されないか?」
「今度は大丈夫だろう。密に欺瞞してある。絶対じゃないが、八割は大丈夫だと思う」
 こうなってはその二割に当たらないことを願うしかない。
 その後、ワバの案内で僕たちはレムとメムの二人と再開した。
「シリュウには会議に参加して欲しいけど、どうかしらね」
「性に合わんよ、そういうのは。ただ、不利に自ら飛び込むのは嫌だな。つまり、会議に加わるべきなんだろう」
 にっこりとレムが笑い、
「頼むわね」
 とシリュウと握手する。メムも微笑み、シリュウの手を握った。
 とりあえずの脅威は去った、いや、一時的に先送りにできた。
 しかし何も解決はしていない。
 シリュウも、悪魔たちもそれを知っているし、理解している。
 彼らの緊張した表情、口調が何よりもそれを如実に示していた。
 僕も何か、力になりたい。なるべきだ。
 僕はその場で、シリュウたちの会話を集中して、聞いていた。





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