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第十章 三者相克前進編
三
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連合軍が聖都を包囲したのは、僕たちが聖都に入ってから三日後だった。
聖都は城壁に囲まれていて、今、その城壁の上には無数に聖都の紋章の旗が揺れている。
聖都の守備隊は主力の剣聖騎士団を含めて四千ほど。対して連合軍は一万二千である。つまり連合軍の総戦力の大半が、悪魔と同盟軍と対峙するか、この聖都で城壁を囲んでいるという計算だ。
「伏兵ですか?」
作戦会議の場で、スターリアがこちらを見てくる。今は仮面をつけていない。本当に身近なものだけの、少数の会議なのだ。
そのスターリアの顔には、何かイタズラを仕掛けたような色がある。
僕は真剣な口調を意識した。
「悪魔軍の二千のうち、五百を城壁の外に埋伏してあります」
「考えることは同じですね」
イタズラを告白する口調で、スターリアが言う。
「剣聖騎士団の精鋭の中から、やはり五百ほどを城壁の外に潜ませています」
「思い切ったことをしますね。つまり、城壁の内部には、聖都の兵力は三千五百ほどですか?」
「市民の中から義勇兵が集まってますし、聖都の支配地域からも部隊が編成されるでしょう。数だけを考えれば、そうですね、四千から四千五百ほどでしょうか」
そうか、と僕は短く思案した。
数字の上では、絶対に不利ではない。野戦ではない、籠城なのだ。
「食料の備蓄は? 市民にも配給する必要があります」
「一ヶ月は持ちます。すでに配給制を敷いています」
なるほど、聖都は本気のようだ。
それから僕たちはいかにして連合軍を窮地に立たせるか、打ち合わせた。
できることは二つ。連合軍の後方撹乱、そして城壁を可能な限り防衛線とすることだ。
連合軍の行動は素早かった。
到着ののち、二日で陣地を構築し、攻撃を開始する。
無理に押し寄せてはこない。弓矢、鉄砲を駆使して、じわじわと陣地を前進させてくる。一部では最新式の大筒、大砲が用意され、城壁に打ち込まれた。
この大きな砲弾の威力は大きく、所々で城壁が崩壊し始めた。
さらに、魔力爆弾による攻撃も行われた。これは城壁の近くまで歩兵が運んでくるのだが、あまりに連合軍の攻撃が激しく防御が間に合わなかった。
攻撃から四日が過ぎて、砲弾によって城壁の損傷が集中した地点は、もはや防御が機能しなかった。ひっきりなしに瓦礫を乗り越え、歩兵が向かってくる。守備隊はそこに兵力を集中し、攻撃を押し返した。
魔力爆弾での城壁の破壊は、それでも二カ所だけ許したのみだった。
ただ、その二カ所も破られるのは必定だ。
軍議が開かれ、その場に僕も参加した。この時はスターリアは仮面を被っている。聖都守備隊の指揮官が揃い、二人の天位騎士も参加していた。
議論は紛糾したが、結論としては、同盟軍がやってくるまで耐える、しかなかった。
降伏を主張したのは数人で、大勢は徹底抗戦である。
城壁の外で活動している剣聖騎士団、悪魔軍の別部隊の攻撃も、戦果をあげているが、芳しくない。連合軍の輸送部隊、輸送拠点を攻めているが、連合軍は揺るがなかった。
連合軍の兵站は強靭で、ちょっとやそっとでは微動だにしない。
僕の考えとしてもやはり、同盟軍の来着まで耐える、しかなかった。
大聖堂を出て、街を確認した。
様子はすでに様変わりしている。通りには無数の柵が並び、所々に燃えやすい藁や木材の山もある。人の姿は少ない。すでに民間人の大半は大聖堂の中か、すぐ近くで生活している。
全てが連合軍が城壁の内部に突入した時のための対策だった。
いざとなったら、この街は連合軍とともに火の海になる。
心が痛まないわけではない。
目の前の光景を見れば、後悔のような気持ちも湧いてくる。
聖都を巻き込んだのは、僕だし、そして、その全てを賭けるような戦いを推し進めているのも僕だった。
大聖堂に戻ろうとすると、入り口でスターリアが待ち構えていた。
「すごい声ですね」
彼女は仮面の向こうで言った。
それは僕にも聞こえていた。城壁の向こうから聞こえてくる連合軍の鬨の声である。兵士はともかく、民間人は動揺するだろう。
「戦いを選んだことを、後悔しています」
壁に寄りかかって、スターリアが言った。
「私には、市民を守る義務がある。正義か悪か、罪を問う、罰する、そんなことよりも、市民を守る方が重要でしょう?」
「もう手遅れですよ」
僕は彼女の横をすり抜けようとした。
瞬間、腕を引かれ、振り向く途中で頬に衝撃を受けた。
「手遅れでも、諦めるわけにはいきません」
頬を張った手を振りぬいたまま、スターリアが僕を睨みつけた。仮面の向こうの、強い視線。
「勝たなければ、全てが無駄です」僕は彼女を睨み返した。「そして僕は、勝つためにここにいます。聖都が勝つためにです」
「……私も、自分を犠牲にしましょう」
そう言って、彼女は大聖堂の中に戻っていった。
僕は何も言わずにそれを見送り、しばらく、そこに立っていた。
その二日後、聖都守備隊は城壁を放棄した。城壁の崩壊地点は十に迫り、手が回らなくなっていた。かくなる上は、兵力を集中し、大聖堂を中心に防御を展開するしかない。
小手先の技ではあったけれど、連合軍を誘い込み、火攻めにする作戦が実行された。
どれほどの連合軍の犠牲者が出たかはわからないけど、彼らは火が収まるまで、城壁の外で戦いの準備を整えていた。
守備隊、剣聖騎士団は大聖堂を守る布陣で、連合軍を待ち構えた。
聖都の七人委員会は脱出を拒否し、市民とともにあることを表明した。一方で、民間人は可能な限り逃がし、あるいは連合軍に投降させた。
そして再度、状況が整い、連合軍は城壁の内側へ進出、そこへ拠点を構築し始めた。
守備隊もそれに奇襲をかけ、一進一退の駆け引きが始まった。
戦いは三日を過ぎ、五日を過ぎた。
聖都は見る影もなく、ただ大聖堂だけが残っているような有様だった。その大聖堂も各所が破壊され、ボロボロだ。
僕は何をしていたかといえば、悪魔たちを指揮して、連合軍と戦っていた。僕自身も人間と戦い、彼らを切り、焼いた。
同盟軍が到着したのは、ギリギリのタイミングだった。
すでに聖都は陥落したようなもので、残っているのは大聖堂だけ。戦力も大幅に低下していた。わずかな猶予もないのは明らかだ。
同盟軍とタイミングを合わせて、連合軍に攻めかかることが決められた。同盟軍が連合軍を包囲するのが理想的だけど、それを待つ余裕さえない。
夜明けと同時に、攻撃が始まった。連合軍は同盟軍に押されながらも、大聖堂へ大攻勢をかけてきた。
明らかに、聖都を消滅させるのを優先させている。その上で同盟軍と戦うつもりか。
聖都の余力がなさすぎた。挟撃できそうなのに、聖都の力では連合軍を押せなかった。
それでも戦い続ける兵士たちの間で、僕も戦った。
連合軍の兵士が大聖堂に突入し、屋内での戦いになる。乱戦そのもの。
阿鼻叫喚の事態が到来し、大聖堂は血に染まり、絶叫に包まれた。
僕も大聖堂の中を駆け回った。
瞬間、轟音とともに床が揺れ、視界が陰った、と思った時には、何かが上から落ちてきた。
天井、いや、屋根か。
意識する間もなく、僕はその巨大な何かに押しつぶされ、頭部に強い衝撃を感じた
意識は、失われた。
……
気づいた時、跳ね起きていた。
全身に激痛が走る。
周囲を見ると、そこは僕にも見覚えのある、大聖堂の大広間だった。普段は晩餐会などが開かれるが、今はそんな雰囲気ではない。
床に大勢のけが人が並んでいた。僕の左右にも兵士がいる。重傷で身動きも出来ないような兵士だと一目でわかる。
僕も跳ね起きたはいいが、激痛で、それ以上は動けず、再び横になった。
少しして看護師がやってきて、僕の意識の回復に気づいた。僕の怪我の様子を確認し、驚いた顔になった後、医者を呼んでくると言って離れていった。
しばらく待って、医者がやってくると僕を診察し、
「超人的な回復力ですね」
と、声をかけてくる。僕自身には何のことかわからなかった。
いや、契約者だからこその回復力かもしれなかった。
「聖都は」
僕はどうにか、声を出した。声を出すだけで胸が痛い。
「どうなったのですか?」
「今は、同盟軍が安全を確保しています」
そうか……。
僕は少しだけホッとした。
戦いは、終わったのだ。
「連合軍は?」
「同盟軍と睨み合っています。しかしいずれは兵を引くでしょう。あまり余計なことを考えず、休んでくださいね。えーっと……」
名前を聞きたいのだとわかって、僕は名乗った。
「アルス?」医者が少し不思議そうな顔をした。「聖都守護騎士の従者がそんな名前でしたね」
……従者ではないけど。
僕が黙っていると医者は、少し休んでください、と離れていった。
僕は目を覚まして三日後、杖を借りて、大聖堂の中を歩いた。
損傷が激しく無残な姿だった。血の匂いがどこに行っても漂っている。
「ちょっといいか」
僕は近くを通りかかった兵士を呼び止めた。兵士は大聖堂の補修を指揮しているようだった。
「剣聖はどこにいるのかな?」
兵士はちょっと驚いたような顔になった。
「知らないのですか?」
「残念ながら、何も知らない。怪我でもしたのか?」
少しだけためらってから、兵士が口を開いた。
「剣聖さまは、戦闘の中で行方不明になりました」
行方不明?
まさか、捕虜になったのだろうか。
「いえ、捕虜ではなく」兵士が重い口調で言う。「大聖堂の中での戦いの最中に、天井が崩落し、そのまま姿を誰も見ていないのです。おそらく今も……」
彼が近くにあった瓦礫の山を見るので、僕もそちらを見た。
天井にできた大きい穴から、日差しが差し込んでいる。
僕はその場を離れて、天位騎士に会いに行った。マーストもデモスも参戦していたのだ。
二人には病室で会うことになった。ベッドにはデモスが横になり、その脇にマーストがいた。デモスは少し顔色が悪いが、マーストは以前と変わりない。
「この足では」デモスが開口一番に言う。「もう戦えません」
彼の片足は膝から下が失われていた。
「瓦礫に挟まれまして」
「行方不明になるよりかはマシさ」
明るい調子でマーストが言う。デモスもぎこちなく笑みを見せた。
僕は彼らに剣聖スターリアについて質問した。彼らも情報を集めたようで、今、スターリアを捜索しているという。生きているとは思えないが、行方不明のままにもできない。
「同盟軍と連合軍の状況は?」
話を変えると、二人もどこかで安心したようだった。
「聖都には同盟軍が入場し、連合軍はその外側にいるんだ」
「なんだって? 同盟軍は連合軍を包囲したんじゃないのか?」
「その段階もあった。連合軍は包囲を突破し、両者は向かい合う形になった。同盟軍の失敗だ」
全てが想定通りに進むわけもないか。
「剣聖騎士団の戦力は?」
マーストが首を振る。
「生き残りは千五百。今、訓練中の新兵が二百、これは数には入らない」
「連合軍と同盟軍は?」
「連合軍は一万をまだ超えています。同盟軍もほぼ同数」
つまり決戦になれば結果はわからない。
わからないが、兵力が均衡している状態で決戦に舵を取るのは、度胸がいる。
「どうするつもりだ? アルス」
そういうマーストの瞳には、すでに決断の色がある。
「僕は、同盟軍と協力して連合軍を追うべき、と思っている」
「だろうね、そう言うと思ったよ」
歩み寄ってきたマーストが、ポンポンと僕の腕を叩く。
「お前は指揮官でもなんでもないが、判断力はある。同盟軍にどれくらい顔が利く?」
「自信はないな」
「なら、聖都の代表の一人になれ。剣聖が行方不明、太天位騎士が重傷、となれば、剛天位騎士の俺が剣聖騎士団の指揮官になる。お前は俺の副官だ」
突然の申し出に、僕はどう反応すればいいか、迷った。
「まず」僕は慎重に言葉を選んだ。「僕も無傷ではない。次に、悪魔軍の指揮を取る必要もあるから、少し混乱するだろう」
聖都に派遣された悪魔部隊は、大聖堂の一角で隔離されつつ、まだ滞陣していた。
「こうなれば」
マーストがニヤニヤと笑う。
「悪魔も剣聖騎士団も、まとめて同盟軍と一緒になるしかないわな」
今まで、大胆なことを躊躇いなくやってきた、いや、可能な限り思い切って実行するように心がけた僕が、今は、マーストの勢いに、負けていた。
「嫌か? 無理だと思っているか?」
「どうかな……」
一層強く、マーストが僕の肩を叩く。
「怯えるな、強くなれ」
僕は頷くしかなかった。
その翌日にはすでにマーストが動き出していた。同盟軍との交渉を始めた。僕は悪魔部隊と協議し、彼らにさらなる戦いを求めた。
同盟軍が聖都を完全に勢力下に置いたのは、同盟軍の来着から二週間後だった。
その時には悪魔部隊も剣聖騎士団も、同盟軍に加わっていた。
マーストと僕が二つの混成部隊を運用し、同盟軍にも力を認めさせた。
だが、事態は変わらない。
場所が移っただけで、同盟軍と連合軍は向かい合っている。
状況は泥沼になろうとしていた。
聖都は城壁に囲まれていて、今、その城壁の上には無数に聖都の紋章の旗が揺れている。
聖都の守備隊は主力の剣聖騎士団を含めて四千ほど。対して連合軍は一万二千である。つまり連合軍の総戦力の大半が、悪魔と同盟軍と対峙するか、この聖都で城壁を囲んでいるという計算だ。
「伏兵ですか?」
作戦会議の場で、スターリアがこちらを見てくる。今は仮面をつけていない。本当に身近なものだけの、少数の会議なのだ。
そのスターリアの顔には、何かイタズラを仕掛けたような色がある。
僕は真剣な口調を意識した。
「悪魔軍の二千のうち、五百を城壁の外に埋伏してあります」
「考えることは同じですね」
イタズラを告白する口調で、スターリアが言う。
「剣聖騎士団の精鋭の中から、やはり五百ほどを城壁の外に潜ませています」
「思い切ったことをしますね。つまり、城壁の内部には、聖都の兵力は三千五百ほどですか?」
「市民の中から義勇兵が集まってますし、聖都の支配地域からも部隊が編成されるでしょう。数だけを考えれば、そうですね、四千から四千五百ほどでしょうか」
そうか、と僕は短く思案した。
数字の上では、絶対に不利ではない。野戦ではない、籠城なのだ。
「食料の備蓄は? 市民にも配給する必要があります」
「一ヶ月は持ちます。すでに配給制を敷いています」
なるほど、聖都は本気のようだ。
それから僕たちはいかにして連合軍を窮地に立たせるか、打ち合わせた。
できることは二つ。連合軍の後方撹乱、そして城壁を可能な限り防衛線とすることだ。
連合軍の行動は素早かった。
到着ののち、二日で陣地を構築し、攻撃を開始する。
無理に押し寄せてはこない。弓矢、鉄砲を駆使して、じわじわと陣地を前進させてくる。一部では最新式の大筒、大砲が用意され、城壁に打ち込まれた。
この大きな砲弾の威力は大きく、所々で城壁が崩壊し始めた。
さらに、魔力爆弾による攻撃も行われた。これは城壁の近くまで歩兵が運んでくるのだが、あまりに連合軍の攻撃が激しく防御が間に合わなかった。
攻撃から四日が過ぎて、砲弾によって城壁の損傷が集中した地点は、もはや防御が機能しなかった。ひっきりなしに瓦礫を乗り越え、歩兵が向かってくる。守備隊はそこに兵力を集中し、攻撃を押し返した。
魔力爆弾での城壁の破壊は、それでも二カ所だけ許したのみだった。
ただ、その二カ所も破られるのは必定だ。
軍議が開かれ、その場に僕も参加した。この時はスターリアは仮面を被っている。聖都守備隊の指揮官が揃い、二人の天位騎士も参加していた。
議論は紛糾したが、結論としては、同盟軍がやってくるまで耐える、しかなかった。
降伏を主張したのは数人で、大勢は徹底抗戦である。
城壁の外で活動している剣聖騎士団、悪魔軍の別部隊の攻撃も、戦果をあげているが、芳しくない。連合軍の輸送部隊、輸送拠点を攻めているが、連合軍は揺るがなかった。
連合軍の兵站は強靭で、ちょっとやそっとでは微動だにしない。
僕の考えとしてもやはり、同盟軍の来着まで耐える、しかなかった。
大聖堂を出て、街を確認した。
様子はすでに様変わりしている。通りには無数の柵が並び、所々に燃えやすい藁や木材の山もある。人の姿は少ない。すでに民間人の大半は大聖堂の中か、すぐ近くで生活している。
全てが連合軍が城壁の内部に突入した時のための対策だった。
いざとなったら、この街は連合軍とともに火の海になる。
心が痛まないわけではない。
目の前の光景を見れば、後悔のような気持ちも湧いてくる。
聖都を巻き込んだのは、僕だし、そして、その全てを賭けるような戦いを推し進めているのも僕だった。
大聖堂に戻ろうとすると、入り口でスターリアが待ち構えていた。
「すごい声ですね」
彼女は仮面の向こうで言った。
それは僕にも聞こえていた。城壁の向こうから聞こえてくる連合軍の鬨の声である。兵士はともかく、民間人は動揺するだろう。
「戦いを選んだことを、後悔しています」
壁に寄りかかって、スターリアが言った。
「私には、市民を守る義務がある。正義か悪か、罪を問う、罰する、そんなことよりも、市民を守る方が重要でしょう?」
「もう手遅れですよ」
僕は彼女の横をすり抜けようとした。
瞬間、腕を引かれ、振り向く途中で頬に衝撃を受けた。
「手遅れでも、諦めるわけにはいきません」
頬を張った手を振りぬいたまま、スターリアが僕を睨みつけた。仮面の向こうの、強い視線。
「勝たなければ、全てが無駄です」僕は彼女を睨み返した。「そして僕は、勝つためにここにいます。聖都が勝つためにです」
「……私も、自分を犠牲にしましょう」
そう言って、彼女は大聖堂の中に戻っていった。
僕は何も言わずにそれを見送り、しばらく、そこに立っていた。
その二日後、聖都守備隊は城壁を放棄した。城壁の崩壊地点は十に迫り、手が回らなくなっていた。かくなる上は、兵力を集中し、大聖堂を中心に防御を展開するしかない。
小手先の技ではあったけれど、連合軍を誘い込み、火攻めにする作戦が実行された。
どれほどの連合軍の犠牲者が出たかはわからないけど、彼らは火が収まるまで、城壁の外で戦いの準備を整えていた。
守備隊、剣聖騎士団は大聖堂を守る布陣で、連合軍を待ち構えた。
聖都の七人委員会は脱出を拒否し、市民とともにあることを表明した。一方で、民間人は可能な限り逃がし、あるいは連合軍に投降させた。
そして再度、状況が整い、連合軍は城壁の内側へ進出、そこへ拠点を構築し始めた。
守備隊もそれに奇襲をかけ、一進一退の駆け引きが始まった。
戦いは三日を過ぎ、五日を過ぎた。
聖都は見る影もなく、ただ大聖堂だけが残っているような有様だった。その大聖堂も各所が破壊され、ボロボロだ。
僕は何をしていたかといえば、悪魔たちを指揮して、連合軍と戦っていた。僕自身も人間と戦い、彼らを切り、焼いた。
同盟軍が到着したのは、ギリギリのタイミングだった。
すでに聖都は陥落したようなもので、残っているのは大聖堂だけ。戦力も大幅に低下していた。わずかな猶予もないのは明らかだ。
同盟軍とタイミングを合わせて、連合軍に攻めかかることが決められた。同盟軍が連合軍を包囲するのが理想的だけど、それを待つ余裕さえない。
夜明けと同時に、攻撃が始まった。連合軍は同盟軍に押されながらも、大聖堂へ大攻勢をかけてきた。
明らかに、聖都を消滅させるのを優先させている。その上で同盟軍と戦うつもりか。
聖都の余力がなさすぎた。挟撃できそうなのに、聖都の力では連合軍を押せなかった。
それでも戦い続ける兵士たちの間で、僕も戦った。
連合軍の兵士が大聖堂に突入し、屋内での戦いになる。乱戦そのもの。
阿鼻叫喚の事態が到来し、大聖堂は血に染まり、絶叫に包まれた。
僕も大聖堂の中を駆け回った。
瞬間、轟音とともに床が揺れ、視界が陰った、と思った時には、何かが上から落ちてきた。
天井、いや、屋根か。
意識する間もなく、僕はその巨大な何かに押しつぶされ、頭部に強い衝撃を感じた
意識は、失われた。
……
気づいた時、跳ね起きていた。
全身に激痛が走る。
周囲を見ると、そこは僕にも見覚えのある、大聖堂の大広間だった。普段は晩餐会などが開かれるが、今はそんな雰囲気ではない。
床に大勢のけが人が並んでいた。僕の左右にも兵士がいる。重傷で身動きも出来ないような兵士だと一目でわかる。
僕も跳ね起きたはいいが、激痛で、それ以上は動けず、再び横になった。
少しして看護師がやってきて、僕の意識の回復に気づいた。僕の怪我の様子を確認し、驚いた顔になった後、医者を呼んでくると言って離れていった。
しばらく待って、医者がやってくると僕を診察し、
「超人的な回復力ですね」
と、声をかけてくる。僕自身には何のことかわからなかった。
いや、契約者だからこその回復力かもしれなかった。
「聖都は」
僕はどうにか、声を出した。声を出すだけで胸が痛い。
「どうなったのですか?」
「今は、同盟軍が安全を確保しています」
そうか……。
僕は少しだけホッとした。
戦いは、終わったのだ。
「連合軍は?」
「同盟軍と睨み合っています。しかしいずれは兵を引くでしょう。あまり余計なことを考えず、休んでくださいね。えーっと……」
名前を聞きたいのだとわかって、僕は名乗った。
「アルス?」医者が少し不思議そうな顔をした。「聖都守護騎士の従者がそんな名前でしたね」
……従者ではないけど。
僕が黙っていると医者は、少し休んでください、と離れていった。
僕は目を覚まして三日後、杖を借りて、大聖堂の中を歩いた。
損傷が激しく無残な姿だった。血の匂いがどこに行っても漂っている。
「ちょっといいか」
僕は近くを通りかかった兵士を呼び止めた。兵士は大聖堂の補修を指揮しているようだった。
「剣聖はどこにいるのかな?」
兵士はちょっと驚いたような顔になった。
「知らないのですか?」
「残念ながら、何も知らない。怪我でもしたのか?」
少しだけためらってから、兵士が口を開いた。
「剣聖さまは、戦闘の中で行方不明になりました」
行方不明?
まさか、捕虜になったのだろうか。
「いえ、捕虜ではなく」兵士が重い口調で言う。「大聖堂の中での戦いの最中に、天井が崩落し、そのまま姿を誰も見ていないのです。おそらく今も……」
彼が近くにあった瓦礫の山を見るので、僕もそちらを見た。
天井にできた大きい穴から、日差しが差し込んでいる。
僕はその場を離れて、天位騎士に会いに行った。マーストもデモスも参戦していたのだ。
二人には病室で会うことになった。ベッドにはデモスが横になり、その脇にマーストがいた。デモスは少し顔色が悪いが、マーストは以前と変わりない。
「この足では」デモスが開口一番に言う。「もう戦えません」
彼の片足は膝から下が失われていた。
「瓦礫に挟まれまして」
「行方不明になるよりかはマシさ」
明るい調子でマーストが言う。デモスもぎこちなく笑みを見せた。
僕は彼らに剣聖スターリアについて質問した。彼らも情報を集めたようで、今、スターリアを捜索しているという。生きているとは思えないが、行方不明のままにもできない。
「同盟軍と連合軍の状況は?」
話を変えると、二人もどこかで安心したようだった。
「聖都には同盟軍が入場し、連合軍はその外側にいるんだ」
「なんだって? 同盟軍は連合軍を包囲したんじゃないのか?」
「その段階もあった。連合軍は包囲を突破し、両者は向かい合う形になった。同盟軍の失敗だ」
全てが想定通りに進むわけもないか。
「剣聖騎士団の戦力は?」
マーストが首を振る。
「生き残りは千五百。今、訓練中の新兵が二百、これは数には入らない」
「連合軍と同盟軍は?」
「連合軍は一万をまだ超えています。同盟軍もほぼ同数」
つまり決戦になれば結果はわからない。
わからないが、兵力が均衡している状態で決戦に舵を取るのは、度胸がいる。
「どうするつもりだ? アルス」
そういうマーストの瞳には、すでに決断の色がある。
「僕は、同盟軍と協力して連合軍を追うべき、と思っている」
「だろうね、そう言うと思ったよ」
歩み寄ってきたマーストが、ポンポンと僕の腕を叩く。
「お前は指揮官でもなんでもないが、判断力はある。同盟軍にどれくらい顔が利く?」
「自信はないな」
「なら、聖都の代表の一人になれ。剣聖が行方不明、太天位騎士が重傷、となれば、剛天位騎士の俺が剣聖騎士団の指揮官になる。お前は俺の副官だ」
突然の申し出に、僕はどう反応すればいいか、迷った。
「まず」僕は慎重に言葉を選んだ。「僕も無傷ではない。次に、悪魔軍の指揮を取る必要もあるから、少し混乱するだろう」
聖都に派遣された悪魔部隊は、大聖堂の一角で隔離されつつ、まだ滞陣していた。
「こうなれば」
マーストがニヤニヤと笑う。
「悪魔も剣聖騎士団も、まとめて同盟軍と一緒になるしかないわな」
今まで、大胆なことを躊躇いなくやってきた、いや、可能な限り思い切って実行するように心がけた僕が、今は、マーストの勢いに、負けていた。
「嫌か? 無理だと思っているか?」
「どうかな……」
一層強く、マーストが僕の肩を叩く。
「怯えるな、強くなれ」
僕は頷くしかなかった。
その翌日にはすでにマーストが動き出していた。同盟軍との交渉を始めた。僕は悪魔部隊と協議し、彼らにさらなる戦いを求めた。
同盟軍が聖都を完全に勢力下に置いたのは、同盟軍の来着から二週間後だった。
その時には悪魔部隊も剣聖騎士団も、同盟軍に加わっていた。
マーストと僕が二つの混成部隊を運用し、同盟軍にも力を認めさせた。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
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