出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第十章 三者相克前進編

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 連合軍が聖都を包囲したのは、僕たちが聖都に入ってから三日後だった。
 聖都は城壁に囲まれていて、今、その城壁の上には無数に聖都の紋章の旗が揺れている。
 聖都の守備隊は主力の剣聖騎士団を含めて四千ほど。対して連合軍は一万二千である。つまり連合軍の総戦力の大半が、悪魔と同盟軍と対峙するか、この聖都で城壁を囲んでいるという計算だ。
「伏兵ですか?」
 作戦会議の場で、スターリアがこちらを見てくる。今は仮面をつけていない。本当に身近なものだけの、少数の会議なのだ。
 そのスターリアの顔には、何かイタズラを仕掛けたような色がある。
 僕は真剣な口調を意識した。
「悪魔軍の二千のうち、五百を城壁の外に埋伏してあります」
「考えることは同じですね」
 イタズラを告白する口調で、スターリアが言う。
「剣聖騎士団の精鋭の中から、やはり五百ほどを城壁の外に潜ませています」
「思い切ったことをしますね。つまり、城壁の内部には、聖都の兵力は三千五百ほどですか?」
「市民の中から義勇兵が集まってますし、聖都の支配地域からも部隊が編成されるでしょう。数だけを考えれば、そうですね、四千から四千五百ほどでしょうか」
 そうか、と僕は短く思案した。
 数字の上では、絶対に不利ではない。野戦ではない、籠城なのだ。
「食料の備蓄は? 市民にも配給する必要があります」
「一ヶ月は持ちます。すでに配給制を敷いています」
 なるほど、聖都は本気のようだ。
 それから僕たちはいかにして連合軍を窮地に立たせるか、打ち合わせた。
 できることは二つ。連合軍の後方撹乱、そして城壁を可能な限り防衛線とすることだ。
 連合軍の行動は素早かった。
 到着ののち、二日で陣地を構築し、攻撃を開始する。
 無理に押し寄せてはこない。弓矢、鉄砲を駆使して、じわじわと陣地を前進させてくる。一部では最新式の大筒、大砲が用意され、城壁に打ち込まれた。
 この大きな砲弾の威力は大きく、所々で城壁が崩壊し始めた。
 さらに、魔力爆弾による攻撃も行われた。これは城壁の近くまで歩兵が運んでくるのだが、あまりに連合軍の攻撃が激しく防御が間に合わなかった。
 攻撃から四日が過ぎて、砲弾によって城壁の損傷が集中した地点は、もはや防御が機能しなかった。ひっきりなしに瓦礫を乗り越え、歩兵が向かってくる。守備隊はそこに兵力を集中し、攻撃を押し返した。
 魔力爆弾での城壁の破壊は、それでも二カ所だけ許したのみだった。
 ただ、その二カ所も破られるのは必定だ。
 軍議が開かれ、その場に僕も参加した。この時はスターリアは仮面を被っている。聖都守備隊の指揮官が揃い、二人の天位騎士も参加していた。
 議論は紛糾したが、結論としては、同盟軍がやってくるまで耐える、しかなかった。
 降伏を主張したのは数人で、大勢は徹底抗戦である。
 城壁の外で活動している剣聖騎士団、悪魔軍の別部隊の攻撃も、戦果をあげているが、芳しくない。連合軍の輸送部隊、輸送拠点を攻めているが、連合軍は揺るがなかった。
 連合軍の兵站は強靭で、ちょっとやそっとでは微動だにしない。
 僕の考えとしてもやはり、同盟軍の来着まで耐える、しかなかった。
 大聖堂を出て、街を確認した。
 様子はすでに様変わりしている。通りには無数の柵が並び、所々に燃えやすい藁や木材の山もある。人の姿は少ない。すでに民間人の大半は大聖堂の中か、すぐ近くで生活している。
 全てが連合軍が城壁の内部に突入した時のための対策だった。
 いざとなったら、この街は連合軍とともに火の海になる。
 心が痛まないわけではない。
 目の前の光景を見れば、後悔のような気持ちも湧いてくる。
 聖都を巻き込んだのは、僕だし、そして、その全てを賭けるような戦いを推し進めているのも僕だった。
 大聖堂に戻ろうとすると、入り口でスターリアが待ち構えていた。
「すごい声ですね」
 彼女は仮面の向こうで言った。
 それは僕にも聞こえていた。城壁の向こうから聞こえてくる連合軍の鬨の声である。兵士はともかく、民間人は動揺するだろう。
「戦いを選んだことを、後悔しています」
 壁に寄りかかって、スターリアが言った。
「私には、市民を守る義務がある。正義か悪か、罪を問う、罰する、そんなことよりも、市民を守る方が重要でしょう?」
「もう手遅れですよ」
 僕は彼女の横をすり抜けようとした。
 瞬間、腕を引かれ、振り向く途中で頬に衝撃を受けた。
「手遅れでも、諦めるわけにはいきません」
 頬を張った手を振りぬいたまま、スターリアが僕を睨みつけた。仮面の向こうの、強い視線。
「勝たなければ、全てが無駄です」僕は彼女を睨み返した。「そして僕は、勝つためにここにいます。聖都が勝つためにです」
「……私も、自分を犠牲にしましょう」
 そう言って、彼女は大聖堂の中に戻っていった。
 僕は何も言わずにそれを見送り、しばらく、そこに立っていた。
 その二日後、聖都守備隊は城壁を放棄した。城壁の崩壊地点は十に迫り、手が回らなくなっていた。かくなる上は、兵力を集中し、大聖堂を中心に防御を展開するしかない。
 小手先の技ではあったけれど、連合軍を誘い込み、火攻めにする作戦が実行された。
 どれほどの連合軍の犠牲者が出たかはわからないけど、彼らは火が収まるまで、城壁の外で戦いの準備を整えていた。
 守備隊、剣聖騎士団は大聖堂を守る布陣で、連合軍を待ち構えた。
 聖都の七人委員会は脱出を拒否し、市民とともにあることを表明した。一方で、民間人は可能な限り逃がし、あるいは連合軍に投降させた。
 そして再度、状況が整い、連合軍は城壁の内側へ進出、そこへ拠点を構築し始めた。
 守備隊もそれに奇襲をかけ、一進一退の駆け引きが始まった。
 戦いは三日を過ぎ、五日を過ぎた。
 聖都は見る影もなく、ただ大聖堂だけが残っているような有様だった。その大聖堂も各所が破壊され、ボロボロだ。
 僕は何をしていたかといえば、悪魔たちを指揮して、連合軍と戦っていた。僕自身も人間と戦い、彼らを切り、焼いた。
 同盟軍が到着したのは、ギリギリのタイミングだった。
 すでに聖都は陥落したようなもので、残っているのは大聖堂だけ。戦力も大幅に低下していた。わずかな猶予もないのは明らかだ。
 同盟軍とタイミングを合わせて、連合軍に攻めかかることが決められた。同盟軍が連合軍を包囲するのが理想的だけど、それを待つ余裕さえない。
 夜明けと同時に、攻撃が始まった。連合軍は同盟軍に押されながらも、大聖堂へ大攻勢をかけてきた。
 明らかに、聖都を消滅させるのを優先させている。その上で同盟軍と戦うつもりか。
 聖都の余力がなさすぎた。挟撃できそうなのに、聖都の力では連合軍を押せなかった。
 それでも戦い続ける兵士たちの間で、僕も戦った。
 連合軍の兵士が大聖堂に突入し、屋内での戦いになる。乱戦そのもの。
 阿鼻叫喚の事態が到来し、大聖堂は血に染まり、絶叫に包まれた。
 僕も大聖堂の中を駆け回った。
 瞬間、轟音とともに床が揺れ、視界が陰った、と思った時には、何かが上から落ちてきた。
 天井、いや、屋根か。
 意識する間もなく、僕はその巨大な何かに押しつぶされ、頭部に強い衝撃を感じた
 意識は、失われた。
 ……
 気づいた時、跳ね起きていた。
 全身に激痛が走る。
 周囲を見ると、そこは僕にも見覚えのある、大聖堂の大広間だった。普段は晩餐会などが開かれるが、今はそんな雰囲気ではない。
 床に大勢のけが人が並んでいた。僕の左右にも兵士がいる。重傷で身動きも出来ないような兵士だと一目でわかる。
 僕も跳ね起きたはいいが、激痛で、それ以上は動けず、再び横になった。
 少しして看護師がやってきて、僕の意識の回復に気づいた。僕の怪我の様子を確認し、驚いた顔になった後、医者を呼んでくると言って離れていった。
 しばらく待って、医者がやってくると僕を診察し、
「超人的な回復力ですね」
 と、声をかけてくる。僕自身には何のことかわからなかった。
 いや、契約者だからこその回復力かもしれなかった。
「聖都は」
 僕はどうにか、声を出した。声を出すだけで胸が痛い。
「どうなったのですか?」
「今は、同盟軍が安全を確保しています」
 そうか……。
 僕は少しだけホッとした。
 戦いは、終わったのだ。
「連合軍は?」
「同盟軍と睨み合っています。しかしいずれは兵を引くでしょう。あまり余計なことを考えず、休んでくださいね。えーっと……」
 名前を聞きたいのだとわかって、僕は名乗った。
「アルス?」医者が少し不思議そうな顔をした。「聖都守護騎士の従者がそんな名前でしたね」
 ……従者ではないけど。
 僕が黙っていると医者は、少し休んでください、と離れていった。
 僕は目を覚まして三日後、杖を借りて、大聖堂の中を歩いた。
 損傷が激しく無残な姿だった。血の匂いがどこに行っても漂っている。
「ちょっといいか」
 僕は近くを通りかかった兵士を呼び止めた。兵士は大聖堂の補修を指揮しているようだった。
「剣聖はどこにいるのかな?」
 兵士はちょっと驚いたような顔になった。
「知らないのですか?」
「残念ながら、何も知らない。怪我でもしたのか?」
 少しだけためらってから、兵士が口を開いた。
「剣聖さまは、戦闘の中で行方不明になりました」
 行方不明?
 まさか、捕虜になったのだろうか。
「いえ、捕虜ではなく」兵士が重い口調で言う。「大聖堂の中での戦いの最中に、天井が崩落し、そのまま姿を誰も見ていないのです。おそらく今も……」
 彼が近くにあった瓦礫の山を見るので、僕もそちらを見た。
 天井にできた大きい穴から、日差しが差し込んでいる。
 僕はその場を離れて、天位騎士に会いに行った。マーストもデモスも参戦していたのだ。
 二人には病室で会うことになった。ベッドにはデモスが横になり、その脇にマーストがいた。デモスは少し顔色が悪いが、マーストは以前と変わりない。
「この足では」デモスが開口一番に言う。「もう戦えません」
 彼の片足は膝から下が失われていた。
「瓦礫に挟まれまして」
「行方不明になるよりかはマシさ」
 明るい調子でマーストが言う。デモスもぎこちなく笑みを見せた。
 僕は彼らに剣聖スターリアについて質問した。彼らも情報を集めたようで、今、スターリアを捜索しているという。生きているとは思えないが、行方不明のままにもできない。
「同盟軍と連合軍の状況は?」
 話を変えると、二人もどこかで安心したようだった。
「聖都には同盟軍が入場し、連合軍はその外側にいるんだ」
「なんだって? 同盟軍は連合軍を包囲したんじゃないのか?」
「その段階もあった。連合軍は包囲を突破し、両者は向かい合う形になった。同盟軍の失敗だ」
 全てが想定通りに進むわけもないか。
「剣聖騎士団の戦力は?」
 マーストが首を振る。
「生き残りは千五百。今、訓練中の新兵が二百、これは数には入らない」
「連合軍と同盟軍は?」
「連合軍は一万をまだ超えています。同盟軍もほぼ同数」
 つまり決戦になれば結果はわからない。
 わからないが、兵力が均衡している状態で決戦に舵を取るのは、度胸がいる。
「どうするつもりだ? アルス」
 そういうマーストの瞳には、すでに決断の色がある。
「僕は、同盟軍と協力して連合軍を追うべき、と思っている」
「だろうね、そう言うと思ったよ」
 歩み寄ってきたマーストが、ポンポンと僕の腕を叩く。
「お前は指揮官でもなんでもないが、判断力はある。同盟軍にどれくらい顔が利く?」
「自信はないな」
「なら、聖都の代表の一人になれ。剣聖が行方不明、太天位騎士が重傷、となれば、剛天位騎士の俺が剣聖騎士団の指揮官になる。お前は俺の副官だ」
 突然の申し出に、僕はどう反応すればいいか、迷った。
「まず」僕は慎重に言葉を選んだ。「僕も無傷ではない。次に、悪魔軍の指揮を取る必要もあるから、少し混乱するだろう」
 聖都に派遣された悪魔部隊は、大聖堂の一角で隔離されつつ、まだ滞陣していた。
「こうなれば」
 マーストがニヤニヤと笑う。
「悪魔も剣聖騎士団も、まとめて同盟軍と一緒になるしかないわな」
 今まで、大胆なことを躊躇いなくやってきた、いや、可能な限り思い切って実行するように心がけた僕が、今は、マーストの勢いに、負けていた。
「嫌か? 無理だと思っているか?」
「どうかな……」
 一層強く、マーストが僕の肩を叩く。
「怯えるな、強くなれ」
 僕は頷くしかなかった。
 その翌日にはすでにマーストが動き出していた。同盟軍との交渉を始めた。僕は悪魔部隊と協議し、彼らにさらなる戦いを求めた。
 同盟軍が聖都を完全に勢力下に置いたのは、同盟軍の来着から二週間後だった。
 その時には悪魔部隊も剣聖騎士団も、同盟軍に加わっていた。
 マーストと僕が二つの混成部隊を運用し、同盟軍にも力を認めさせた。
 だが、事態は変わらない。
 場所が移っただけで、同盟軍と連合軍は向かい合っている。
 状況は泥沼になろうとしていた。





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