霊 -Ray-

和泉茉樹

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     四

 二日前のお披露目は、結局、私には失敗で終わった。
 逸脱霊管理者学校に入学、あるいは編入した、『守護霊』の素質を持つ生徒の数は、決して少なくはなかったが、しかし誰も私を選ばなかった。
 在校生で、相棒を失った守護霊もいたが、彼らも私には白羽の矢は立てなかった。
 まぁ、それは自分で予想していたから、それほど問題ではない。
 問題ではないけど、傷つくなぁ。
「大丈夫? スグミ」
 学食で一人で食事をしていた私の隣に、少年が座る。声だけで相手は分かっている。
「うん。ケイスケこそ、今回も相棒を見つけなかったの? 会場で見なかったけど」
 天坂ケイスケは、にこりと笑う。
「そういうポリシーでね」
「私もそんなポリシーを持ちたいよ」
 私はソバをすする。ケイスケはカツ丼をゆっくりと食べる。
 春休みにあったことについて、私とケイスケは簡単に情報を交換した。と言っても、私は最後の一週間を、相棒の守護霊との破談が成立するまでの交渉というか、折衝というか、そういうもので完全に無駄にしていた。
 ケイスケは東南アジアへ実習に行ったと教えてくれた。しかし、四泊三日の強行スケジュールで、ただ疲れただけだった、と漏らしていた。その話を聞いて、彼が少し日焼けしていることに気づいた。
「スグミは実家に帰らなかったんだ?」
 ケイスケの言葉に、私は軽く頷く。
「別に顔見たくもないでしょ、お互いに」
「サバサバしているね」
「摩擦は少ないほどいい、っていうのが、私のポリシー」
 なにそれ、とケイスケが笑うので、私も笑うことが出来た。
 私は両親とは可能な限り、接しないようにしている。色々と考えてしまうと、動けなくなってしまう自分を知っているからだ。
 他人の期待や要求をどうすればいいのか、私にはまだ分からない。
 だから、そういうものを可能な限り、遠ざけたかった。
 その中には、守護霊との関係も含まれている。
 そうなのだ。九番目の彼が言ったように、私自身に、どうしょうもない問題があるから、こういうことに――腕に九つのあざが出来るようなことになる。
 でも、自分の問題をどうしたら解消できるのか、私には分からない。分からないし、解消しなくてもいいのではないか、などと考えもする。
 こういう矛盾を平気で放置できる辺りは、あまりに凡人過ぎる気がする。でも、私はやっぱり、凡人だから、それで良いのではないか。
「あーあ」私はソバを飲み込んでから、天を仰いだ。「特待生になるんじゃなかった」
「今さら、遅いよ」
 ケイスケが苦笑している。
「これで私は、逸脱霊管理者学校が始まって以来、初めての、十人の守護霊との破談で力を失った特待生、という看板を背負うのね」
「そうなるかもね。しかも、入学から一年と少し、という、誰も破れないような速さでね」
 反射的にケイスケに肘を見舞いつつ、「まだ決まっていないよ」とすねたような声が漏れてしまった。
「その息だよ」
 ケイスケが穏やかな口調で言う。
「今の感じだと、スグミはまだ諦めていないんだろ? 最後まで、頑張りなよ」
「うーん」
 私は唸るだけで、ソバの続きに戻る。
 最後、か。
 本当に、最後なのか、疑ってしまう。
 時折、感じることがある。ずっとずっと、夢を見ているのではないか、と思う。いつか全部が夢だった、と誰かが教えてくれるのではないか。
毎日、良い夢を見たり、悪い夢を見たり、普通の夢を見たりして、夜に眠ると、そこで本を閉じるように、全てが終わって。
 それでまた、朝になると、別の本が開かれる。
 モバイルが振動したので、ポケットから引っ張り出して、確認する。
「ん?」
 本館の会議室へ十三時に来い、という内容だった。送り主は、教官の六合塚カンナになっている。
 どういう用件だろう。
 時計を確認すると、今、十二時を回ったところ。授業は明日からスタートなので、今日は特に予定もない。
 とりあえず、ゆっくりとソバを食べよう。
 ケイスケは何も言わずに、カツ丼を食べている。
 静かな時間が、流れている。

     ◆

「少し、説明しよう」
 俺は会議室で、カンナを前に座っていた。
 俺がいたビジネスホテルは、逸脱霊管理者学校の敷地にある、来客が宿泊するための建物の一室だった。その建物から、今いる建物、本館までは、徒歩で五分ほどだ。
「ここ、逸脱霊管理者学校は、世界中に発生する逸脱霊に関する諸事に対応する、霊管理者を育成する施設です。秘密裏に募集し、最年少は中卒で入学してきます。他には、随時、適性のある人間が、編入するね。タクミくん、きみは試験を受けていないけど、特例として、中卒の新入生と同時に授業を受けてもらうよ」
「えっと……」
「カリキュラムは、普通の高校と同じ座学の他に、実戦を想定した実技の訓練があります。その関係で、卒業には最短で四年かかるけど、でも四年で卒業する人は稀です。在籍可能な期間は八年で、それまでは留年し続けても構わない」
 カンナが持っていたカバンからいくつかの冊子を取り出す。
「これをよく読んで、勉強してね」
 受け取った冊子を見ると、「ようこそ、逸脱霊管理者学校へ」と表紙に大きく書かれたパンフレットと、「楽しい守護霊ライフ」と書かれた冊子、「世界の本当の姿を見よう」と書かれた冊子の三冊だった。ちょっとすぐには理解できない。
「あなたには」カンナが言う。「守護霊の素質があります。これから、あなたのパートナーが来るので、契約して、守護霊になりなさい」
「え? ちょっと待ってください。守護霊、って何ですか?」
「名前の通り、逸脱霊管理者を守る、霊的存在のことです」
「霊的存在? 俺、こうやって生きているんですけど」
「心配ない。契約したら、肉体なんて消滅するから。それに、この学校では呪術を駆使して、守護霊も普通の人間のように行動できるから、安心して」
 いやいや、待ってくださいよ、安心できるわけがないでしょう。
 俺が反論しようとした時、ドアがノックされた。「入って」とカンナが即座に返事をした。
 ドアを開けて入ってきた少女が、頭を下げる。
「失礼します」
「来たね、スグミちゃん。座って」
 カンナが俺の隣の席を示したので、少女がそこに座る。彼女が座るのを待って、カンナが言う。
「この子は海原スグミちゃん。スグミちゃん、彼があなたの守護霊になる、水瀬タクミくんです」
「「ちょ……!」」
 俺と少女、スグミが同時に言う。同時になったので、お互いに顔を見合わせて、少し身体をこわばらせる。
「せ、先生」スグミが先に気を取り直した。「この人、どこから探してきたんですか? まだ生身じゃないですか」
「まあまあ、そういうことは言わないで。いいコンビだと思うから、こうして引き合わせたの」
 いいコンビって……。
 あんたと会ったのは昨日だったじゃないか、と思わず俺は言いそうになった。
 それをやめたのは、カンナが鋭い視線をこちらに向けたからで、反射的にスグミを見ると、彼女は切実な目で、こちらを見ていたから、とても言葉を発せられる雰囲気ではなくなっていた。
 スグミが俺をじっと見るので、俺も彼女を見返した。
「なんだよ?」
「別に……」
 小さな声で答えたスグミが、カンナの方を見る。
「この人、新入生ですよね?」
「そう。何も知らない、素人だよ」
 うーん、とスグミが唸る。そこにカンナが「都合が良いでしょ?」と追い打ちをかけるように言った。
 都合が良い? 何の都合だろう。
 スグミが顔を上げ、カンナに頷く。
「この人が良いなら、契約します」
 良いも何も、状況が把握できていない、それも致命的という言葉が連想できるほど、絶対的に情報がない。
 契約ってなんだろう。
 そもそも、俺はどうなってしまうんだ?
 にやりと笑ったカンナが、「じゃ、仲良くね」と言う。
 不吉だ……。

     ◆

 私とタクミは、二人で通路を歩いて、契約室に向かった。
 お互いに自己紹介をしたが、名前と年齢以外、特に話すこともなかった。
 私は中卒で管理者学校に入学して、二年生になったところ。彼は一年生だ。しかし、守護霊は契約した霊管理者から、遠く離れることはできないため、一緒に授業を受けることになるはず。そういう体制のペアは何組もいる。
 沈黙のうちに、私たちは契約室に到着し、中に入った。
 薄暗い部屋の真ん中に、一抱えもある巨大な水晶の球体が安置されている。
 私の指示で、タクミは水晶を挟んで反対側に立った。そして二人で、水晶に手を置く。
 特に何かを言うでもなく、儀式が始まる。
「う……ぁ……」
 タクミがうめくが、次の瞬間、何かが爆発するような音が響く。
その瞬間、彼の体だったものは、消滅していた。
私の前の前に残っているのは、霊体に変化したタクミだった。
服装はこの学校に広く作用している呪術により、管理者学校の制服に変わっていた。
目をつむっていたタクミが、恐る恐る、と言う感じで瞼を持ち上げ、そして自分の体を見た。そして服も確認し、そして周囲を見た。
そして呟く。
「なんか、死んだような気持ちだ」
 まぁ、確かに肉体を失ったのだから、それで正しい。
 私は可能な限り、優しい口調で言う。
「ちゃんと、成仏させてあげるからね」
 タクミの顔が引きつる。
 実は、私も自分の顔が引きつっているのを感じている。
 タクミを成仏させられなかったら、私は霊管理者の能力を失う。
 私の最後になるかもしれない、新しい関係が、今、始まった。

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