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五
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五
逸脱霊管理者学校は、山奥にある。
俺は最初、やけに閑静なところで、緑が多いな、と思っていた。
山奥を切り開いて土地を作り、巨大な階段のようになっている土地に、学校はある。事務などを取り扱う本館の他に、校舎が六棟ほどある。その他に体育館もいくつかあるし、野外で運動するためのグラウンドも、何枚かあった。学食は三か所。
毎朝、スグミがランニングに行くので、それにくっついて行って、その地理的関係が分かった。
俺はスグミの守護霊になったので、スグミの半径五十メートルほどが、俺が存在できる範囲になる。存在できる、というか、五十メートル以上は、離れられない。
守護霊になって三日で、俺は浮遊することを覚えた。それまでの三日は、スグミと一緒に走らなければいけなかった。浮遊できるようになれば、あとは集中するだけで良かった。これは大きい。
スグミのランニングは、かなり念入りだった。
学校の敷地の最外周をぐるりと回るのだが、距離もさることながら、アップダウンが激しい。俺だったら走り終わったらすぐには動けないだろう。
それをスグミは、やや息が切れる程度でやり切る。
すごいな、と俺が言うと、スグミはムッとした顔で「別に」と応じた。
スグミは俺と契約してから、ずっと不機嫌だ。理由は簡単で、俺が完全な素人で、質問攻めにしたのがまずかったのだ。が、俺にはスグミに聞くしかないし、それくらい許してくれてもいいのになぁ。
授業が始まり、俺はいきなり、高校二年の授業を受ける必要が生じた。勉強についていけるわけもない。
その点は、俺と同じ立場の生徒が何人もいて、放課後に行われる補講を受けて、どうにかすることになった。そう、これもスグミが不機嫌な理由だろう。彼女も俺に付き合わなければいけない。
そんな感じで、座学については、どうにかなるだろう、と思い始めた。
しかし、実技はそうもいかない。
実技は学年別ではなく、生徒のレベルでクラス別けがされる。全部で、六段階のようだが、俺とスグミは、下から二番目のクラスになった。
スグミはジャージに着替え、俺も動きやすい服装になる。守護霊の服装は、守護霊の意識で変えられる。それは一日で習得した。
俺はスグミと並んで立ち、別の霊管理者候補生とその守護霊と向き合った。
格技場の床は柔らかい素材で、俺もそこに足をつけている。まだ浮遊よりは、実際に地面に立った方が、動きやすいと判断した。
緊張している、と自分でも分かった。
このクラスを担当する教官のカンナが、ホイッスルを吹く。
相手の守護霊の手に、光の棒のようなものが生まれる。そしてこちらへ突っ込んでくる。
「行って、タクミくん!」
スグミが怒鳴って、後退する。守護霊を直接、相手にする霊管理者はほとんどいない。守護霊の相手は守護霊だ。
俺は拳を作って、拳闘の構えを取る。
スグミのいる方から、ささやかな風のようなものがやってきて、それが背中に触れると、俺の両手が熱くなる。ぼんやりと光さえする。
しかし、それだけだ。
相手の守護霊が振るった光の棒を、拳で迎え撃つ。
俺の拳が激しく弾かれ、激痛に思わず呻いてしまう。
あの光の棒は、「霊剣」と呼ばれるものだ、と俺も教わっている。あの剣は、霊と呼ばれるものを破壊する。
もちろん、今は訓練の模擬戦なので、実際に斬られても激痛だけで済む。
でも、痛いのは嫌だなぁ。
俺は体勢を取り戻し、再び構えを取る。
スグミを攻撃されたら負けだ。それを防ぐように位置取りして、その上で、相手の攻撃を回避する必要がある。さっきのやりとりで、まともに打ちあっても、出力で負けている。
出力差を補うには、隙をつくしかない。
この出力差がどこから来るのかは、追々、はっきりさせるとして、今は考えない。
俺は息を詰めて、相手の出方をうかがう。
相手の守護霊が、すぅっと動く。地面を蹴っている動きではない、浮遊、というよりは飛行、と呼べる動き。
相手の守護霊はスグミに向かう気配、それを遮ろうとするが、しかしスグミに向かうというのは見せかけだった。
霊剣が翻り、俺に迫る。
回避する姿勢ではない。防御する余裕もない。
結果、霊剣は強烈に俺の胸に衝突し、意識が途切れるほどの激痛がやってきた。
実技の授業は続くので、模擬戦を終えた管理者候補生と守護霊のペアは、格技室の隅で、反省会をすることになる。
「あの力の差がどうにかならないときついな」
俺が言うと、スグミが顔をしかめる。
「それよりも、タクミくんの動きは、どうにかならないわけ? 相手を殴って倒す守護霊なんて、見たことも聞いたこともない。それも、訓練された拳闘術じゃなくて、まるっきり素人の、チンピラみたいな動きだし」
「あのなぁ」思わず俺は言いかえす。「世の中で剣術だの拳闘術だのを、まともに修めている奴がどれだけいると思っているんだ? お遊び程度には使える奴はいても、実戦的な格闘技なんて、もうほとんど、存在しないだろ。そんな技術を俺に求めないでくれよ」
スグミの顔がますます険しくなる。
「そんなの分かっているけど。でも、そんな気持ちでいるんじゃ、いつまで経っても、習得できないと思う」
何を言うかと思えば。こいつ……。
「気持ちで格闘技の達人になれるなら、世の中、達人だらけで大変だろうよ」
「皮肉を言っている場合じゃないでしょ」
「そうだな。じゃあ聞くが、どうして俺と相手に、あれだけの差がある? あの差は、俺の責任か?」
この質問の答えは、俺はもう知っている。
確かに、格闘技の技術、戦闘の技術には、俺と先ほどの相手では、大きな差がある。それは俺も理解できている。
その一方で、俺と相手の力の差は、俺一人の責任ではない。
守護霊は、自分と契約した霊管理者との間で「力」をやりとりする、と俺はすでに教わっている。守護霊と霊管理者の間で力はやりとりされ、その中で自然と増幅されていく。
俺とスグミの間にある力が、相手のペアより弱いのは、スグミの力不足なのではないか、と俺は直感的に理解していた。
俺の質問に、スグミはなかなか答えなかった。
「なんだよ。答えられないのか?」
スグミがややうつむき、強く息を吐いた。
「タクミくんとは、うまくやりたいけど、そういうことを言うの?」
「言うね」
俺には譲るつもりはなかった。
「あんたはもう一年、この学校で勉強しているんだろ? だったら、素人の俺をフォローするくらい、出来るんじゃないか? もしできないのなら、それはあんたに責任がある。あんたの力不足が、俺の足を引っ張っているんだ」
スグミがぽかんとした顔になり、しかしすぐに怒りの表情に変わった。
「信じられない……!」
小さな声でそう言ってから、もうスグミは何も言わず、俺の方を見ずに、今、行われている模擬戦を眺めていた。
俺もそちらを見る。
スグミの実力が、俺にはよく分からない。
この学校に来て、すでに一週間が過ぎた。俺に声をかけてくる人間の八割は、よくスグミと契約したな、というような趣旨のことを言う。その理由を聞こうとすると、みんな苦笑いをして、その話はちょっとね、などと誤魔化す。
俺はスグミに、今までの守護霊はどうしたのか、と聞いたが、彼女は答えなかった。そう、この質問もスグミの機嫌を悪くしていたかもしれない。
今度、機会があればカンナに聞いてみようか、と思いつつ、俺はじっと模擬戦を見ていた。
◆
「あのさ、ケイスケ」
昼休みの学食で、私はケイスケに言う。隣の席にタクミが座っているが、知ったことではない。
「何?」
「どこかの守護霊が、自分の契約した霊管理者候補生の実力を疑っているんだけど、どう思う?」
「ふぅん」
私の向かいに座っていたケイスケが、ちらっとタクミを見る。私は見ない。意地でも見るもんか。
格技室でやりとりから、一コマ、座学を挟んだけれど、私の中にある怒りは消えていない。
まさか、素人同然の守護霊が、堂々と、自分の契約した霊管理者候補生の力を疑うとは、信じられなかった。
そこは自分を疑えよ、というのが私の本音だ。
「スグミは」ケイスケがこちらを見て言う。「最初は誰が相手でも、苦戦するじゃない。まだ始まったばかりだし、どうにでもなるよ。お互いに歩調を合わせればね」
「向こうにその気がないんじゃ、どうしようもないし」
「そうなの?」
ケイスケがタクミに問いかける。タクミが首をかしげるのが、気配で分かる。
「よく分からないな。まだ、俺も日が浅いし。でも、こいつから流れてくる風って言うか、そういうのが、弱いのは確かだよ」
「風?」
ケイスケが聞き返す。それは私も聞きたい。風、ってなんだろう?
「え? 感じないの?」タクミが言う。「模擬戦の時、他の誰かが戦っている時も、感じるよ。守護霊と、霊管理者候補生の、二人の間で、風が流れるじゃないか。風じゃないのかな。でも、見えないし、本当に風みたいで……」
そんなことを言う奴は、私は会ったことがない。
でも、思い出したことがあった。
すでに学校を卒業した先輩の一人が、何かの時に、「俺は霊管理者と守護霊の間に、光が見える」と言ったのだ。そのことだけは、よく覚えている。みんなで、そんな冗談は笑えない、とひとしきり笑ったのだ。
タクミが言っているのも、それに近いのか。
あるいは、ジョークか? うーん、ジョークの口調ではないけれど……。
「タクミ」ケイスケが言う。「俺の周囲に風を感じる?」
「いや、感じない。あんたは、守護霊がいない、って聞いているけど、そのせいじゃないか?」
「手を貸してくれ」
ケイスケの言葉に、おずおずとタクミが手を出す。その手をケイスケが掴んだ。
「痛!」
タクミが手を振りほどく。驚いて視線を向けた私の前で、タクミが手を振っている。
「何したんだよ、今!」
「ちょっと、実験。どんな感じだった?」
「おろし金でも擦りつけられたかと思った」
私はタクミの手を確認する。もちろん、怪我なんてしていない。彼は守護霊だから、霊的な力しか作用しないし、そもそも、怪我という概念がないのだった。
「ふぅむ」
ケイスケが顎に手を当て、微かに顔を伏せた。
私はそんなケイスケを見ていたが、唐突に、タクミが言葉を発したのには、驚いた。
「こいつを中心に回っている風もあるけどな」
こいつ、というのは、私のことのようだ。
私を中心に回っている、風?
ケイスケが顔を上げ、タクミをじっと見た。タクミも視線を返す。しばらく二人は見つめ合い、ケイスケが私へと視線を移動させた。
「諦めるのは、早い、かもしれない」
いや、まだ完全には諦めてはいないけど、と私は心の中で返事をした。でも、半分は諦めていたかも。
ケイスケは「訓練を怠らないようにね」と私とタクミに言うと、先に席を立った。
二人きりになってしばらくしてから、タクミが言った。
「あいつ、不思議だよな。なんて言うか、独特の空気がある」
「……そうだね」
私はケイスケのことをタクミにはまだ話していない。
ケイスケが本当はどれだけすごくて、そして強いかは、いずれ、分かると思う。そしてその優しさもまた、いずれ分かるはずだ。
それにしても、風、か。
今まで、九人の守護霊と契約したけれど、みんな言うことは同じだった。
お前からは力が流れてこない。
どうも手応えがない。
力が弱過ぎる。
もっと強くなれ。
そんなことばかりだった。
私は十分に努力しているつもりだったし、批判を受ければ、さらに訓練を積んだ。でも結局、それは実を結ばなかったし、結果が出ないために、彼らは私から離れていった。
だから、タクミが私を疑った時、やっぱりタクミも同じだ、と思った。
それが私には一番、ショックだった。
そのショックが完全に消えたわけではない。
でも、タクミが発した、風、という言葉、その感覚は、救いのように感じられた。
タクミは今までの九人とは違う、何かを持っているのではないか。
そして、それが私を先へ進ませてくれるのではないかと、期待している自分に気付くと、私はちょっと、心が浮くような感覚を覚えた。
まだ、始まったばかりなんだ。
焦っていたのは、私だったかもしれない。タクミの方が、冷静だったかも。
私はそっとタクミの方をうかがう。彼はぼんやりと斜め上を見ている。視線の先にはなにもなさそうで、寝ぼけたような表情も相まって、さっきまで私の中にあった期待が、やや、しぼんだ。
何にしても。
まだまだ、これからだ。
私はそう、自分に言い聞かせた。
逸脱霊管理者学校は、山奥にある。
俺は最初、やけに閑静なところで、緑が多いな、と思っていた。
山奥を切り開いて土地を作り、巨大な階段のようになっている土地に、学校はある。事務などを取り扱う本館の他に、校舎が六棟ほどある。その他に体育館もいくつかあるし、野外で運動するためのグラウンドも、何枚かあった。学食は三か所。
毎朝、スグミがランニングに行くので、それにくっついて行って、その地理的関係が分かった。
俺はスグミの守護霊になったので、スグミの半径五十メートルほどが、俺が存在できる範囲になる。存在できる、というか、五十メートル以上は、離れられない。
守護霊になって三日で、俺は浮遊することを覚えた。それまでの三日は、スグミと一緒に走らなければいけなかった。浮遊できるようになれば、あとは集中するだけで良かった。これは大きい。
スグミのランニングは、かなり念入りだった。
学校の敷地の最外周をぐるりと回るのだが、距離もさることながら、アップダウンが激しい。俺だったら走り終わったらすぐには動けないだろう。
それをスグミは、やや息が切れる程度でやり切る。
すごいな、と俺が言うと、スグミはムッとした顔で「別に」と応じた。
スグミは俺と契約してから、ずっと不機嫌だ。理由は簡単で、俺が完全な素人で、質問攻めにしたのがまずかったのだ。が、俺にはスグミに聞くしかないし、それくらい許してくれてもいいのになぁ。
授業が始まり、俺はいきなり、高校二年の授業を受ける必要が生じた。勉強についていけるわけもない。
その点は、俺と同じ立場の生徒が何人もいて、放課後に行われる補講を受けて、どうにかすることになった。そう、これもスグミが不機嫌な理由だろう。彼女も俺に付き合わなければいけない。
そんな感じで、座学については、どうにかなるだろう、と思い始めた。
しかし、実技はそうもいかない。
実技は学年別ではなく、生徒のレベルでクラス別けがされる。全部で、六段階のようだが、俺とスグミは、下から二番目のクラスになった。
スグミはジャージに着替え、俺も動きやすい服装になる。守護霊の服装は、守護霊の意識で変えられる。それは一日で習得した。
俺はスグミと並んで立ち、別の霊管理者候補生とその守護霊と向き合った。
格技場の床は柔らかい素材で、俺もそこに足をつけている。まだ浮遊よりは、実際に地面に立った方が、動きやすいと判断した。
緊張している、と自分でも分かった。
このクラスを担当する教官のカンナが、ホイッスルを吹く。
相手の守護霊の手に、光の棒のようなものが生まれる。そしてこちらへ突っ込んでくる。
「行って、タクミくん!」
スグミが怒鳴って、後退する。守護霊を直接、相手にする霊管理者はほとんどいない。守護霊の相手は守護霊だ。
俺は拳を作って、拳闘の構えを取る。
スグミのいる方から、ささやかな風のようなものがやってきて、それが背中に触れると、俺の両手が熱くなる。ぼんやりと光さえする。
しかし、それだけだ。
相手の守護霊が振るった光の棒を、拳で迎え撃つ。
俺の拳が激しく弾かれ、激痛に思わず呻いてしまう。
あの光の棒は、「霊剣」と呼ばれるものだ、と俺も教わっている。あの剣は、霊と呼ばれるものを破壊する。
もちろん、今は訓練の模擬戦なので、実際に斬られても激痛だけで済む。
でも、痛いのは嫌だなぁ。
俺は体勢を取り戻し、再び構えを取る。
スグミを攻撃されたら負けだ。それを防ぐように位置取りして、その上で、相手の攻撃を回避する必要がある。さっきのやりとりで、まともに打ちあっても、出力で負けている。
出力差を補うには、隙をつくしかない。
この出力差がどこから来るのかは、追々、はっきりさせるとして、今は考えない。
俺は息を詰めて、相手の出方をうかがう。
相手の守護霊が、すぅっと動く。地面を蹴っている動きではない、浮遊、というよりは飛行、と呼べる動き。
相手の守護霊はスグミに向かう気配、それを遮ろうとするが、しかしスグミに向かうというのは見せかけだった。
霊剣が翻り、俺に迫る。
回避する姿勢ではない。防御する余裕もない。
結果、霊剣は強烈に俺の胸に衝突し、意識が途切れるほどの激痛がやってきた。
実技の授業は続くので、模擬戦を終えた管理者候補生と守護霊のペアは、格技室の隅で、反省会をすることになる。
「あの力の差がどうにかならないときついな」
俺が言うと、スグミが顔をしかめる。
「それよりも、タクミくんの動きは、どうにかならないわけ? 相手を殴って倒す守護霊なんて、見たことも聞いたこともない。それも、訓練された拳闘術じゃなくて、まるっきり素人の、チンピラみたいな動きだし」
「あのなぁ」思わず俺は言いかえす。「世の中で剣術だの拳闘術だのを、まともに修めている奴がどれだけいると思っているんだ? お遊び程度には使える奴はいても、実戦的な格闘技なんて、もうほとんど、存在しないだろ。そんな技術を俺に求めないでくれよ」
スグミの顔がますます険しくなる。
「そんなの分かっているけど。でも、そんな気持ちでいるんじゃ、いつまで経っても、習得できないと思う」
何を言うかと思えば。こいつ……。
「気持ちで格闘技の達人になれるなら、世の中、達人だらけで大変だろうよ」
「皮肉を言っている場合じゃないでしょ」
「そうだな。じゃあ聞くが、どうして俺と相手に、あれだけの差がある? あの差は、俺の責任か?」
この質問の答えは、俺はもう知っている。
確かに、格闘技の技術、戦闘の技術には、俺と先ほどの相手では、大きな差がある。それは俺も理解できている。
その一方で、俺と相手の力の差は、俺一人の責任ではない。
守護霊は、自分と契約した霊管理者との間で「力」をやりとりする、と俺はすでに教わっている。守護霊と霊管理者の間で力はやりとりされ、その中で自然と増幅されていく。
俺とスグミの間にある力が、相手のペアより弱いのは、スグミの力不足なのではないか、と俺は直感的に理解していた。
俺の質問に、スグミはなかなか答えなかった。
「なんだよ。答えられないのか?」
スグミがややうつむき、強く息を吐いた。
「タクミくんとは、うまくやりたいけど、そういうことを言うの?」
「言うね」
俺には譲るつもりはなかった。
「あんたはもう一年、この学校で勉強しているんだろ? だったら、素人の俺をフォローするくらい、出来るんじゃないか? もしできないのなら、それはあんたに責任がある。あんたの力不足が、俺の足を引っ張っているんだ」
スグミがぽかんとした顔になり、しかしすぐに怒りの表情に変わった。
「信じられない……!」
小さな声でそう言ってから、もうスグミは何も言わず、俺の方を見ずに、今、行われている模擬戦を眺めていた。
俺もそちらを見る。
スグミの実力が、俺にはよく分からない。
この学校に来て、すでに一週間が過ぎた。俺に声をかけてくる人間の八割は、よくスグミと契約したな、というような趣旨のことを言う。その理由を聞こうとすると、みんな苦笑いをして、その話はちょっとね、などと誤魔化す。
俺はスグミに、今までの守護霊はどうしたのか、と聞いたが、彼女は答えなかった。そう、この質問もスグミの機嫌を悪くしていたかもしれない。
今度、機会があればカンナに聞いてみようか、と思いつつ、俺はじっと模擬戦を見ていた。
◆
「あのさ、ケイスケ」
昼休みの学食で、私はケイスケに言う。隣の席にタクミが座っているが、知ったことではない。
「何?」
「どこかの守護霊が、自分の契約した霊管理者候補生の実力を疑っているんだけど、どう思う?」
「ふぅん」
私の向かいに座っていたケイスケが、ちらっとタクミを見る。私は見ない。意地でも見るもんか。
格技室でやりとりから、一コマ、座学を挟んだけれど、私の中にある怒りは消えていない。
まさか、素人同然の守護霊が、堂々と、自分の契約した霊管理者候補生の力を疑うとは、信じられなかった。
そこは自分を疑えよ、というのが私の本音だ。
「スグミは」ケイスケがこちらを見て言う。「最初は誰が相手でも、苦戦するじゃない。まだ始まったばかりだし、どうにでもなるよ。お互いに歩調を合わせればね」
「向こうにその気がないんじゃ、どうしようもないし」
「そうなの?」
ケイスケがタクミに問いかける。タクミが首をかしげるのが、気配で分かる。
「よく分からないな。まだ、俺も日が浅いし。でも、こいつから流れてくる風って言うか、そういうのが、弱いのは確かだよ」
「風?」
ケイスケが聞き返す。それは私も聞きたい。風、ってなんだろう?
「え? 感じないの?」タクミが言う。「模擬戦の時、他の誰かが戦っている時も、感じるよ。守護霊と、霊管理者候補生の、二人の間で、風が流れるじゃないか。風じゃないのかな。でも、見えないし、本当に風みたいで……」
そんなことを言う奴は、私は会ったことがない。
でも、思い出したことがあった。
すでに学校を卒業した先輩の一人が、何かの時に、「俺は霊管理者と守護霊の間に、光が見える」と言ったのだ。そのことだけは、よく覚えている。みんなで、そんな冗談は笑えない、とひとしきり笑ったのだ。
タクミが言っているのも、それに近いのか。
あるいは、ジョークか? うーん、ジョークの口調ではないけれど……。
「タクミ」ケイスケが言う。「俺の周囲に風を感じる?」
「いや、感じない。あんたは、守護霊がいない、って聞いているけど、そのせいじゃないか?」
「手を貸してくれ」
ケイスケの言葉に、おずおずとタクミが手を出す。その手をケイスケが掴んだ。
「痛!」
タクミが手を振りほどく。驚いて視線を向けた私の前で、タクミが手を振っている。
「何したんだよ、今!」
「ちょっと、実験。どんな感じだった?」
「おろし金でも擦りつけられたかと思った」
私はタクミの手を確認する。もちろん、怪我なんてしていない。彼は守護霊だから、霊的な力しか作用しないし、そもそも、怪我という概念がないのだった。
「ふぅむ」
ケイスケが顎に手を当て、微かに顔を伏せた。
私はそんなケイスケを見ていたが、唐突に、タクミが言葉を発したのには、驚いた。
「こいつを中心に回っている風もあるけどな」
こいつ、というのは、私のことのようだ。
私を中心に回っている、風?
ケイスケが顔を上げ、タクミをじっと見た。タクミも視線を返す。しばらく二人は見つめ合い、ケイスケが私へと視線を移動させた。
「諦めるのは、早い、かもしれない」
いや、まだ完全には諦めてはいないけど、と私は心の中で返事をした。でも、半分は諦めていたかも。
ケイスケは「訓練を怠らないようにね」と私とタクミに言うと、先に席を立った。
二人きりになってしばらくしてから、タクミが言った。
「あいつ、不思議だよな。なんて言うか、独特の空気がある」
「……そうだね」
私はケイスケのことをタクミにはまだ話していない。
ケイスケが本当はどれだけすごくて、そして強いかは、いずれ、分かると思う。そしてその優しさもまた、いずれ分かるはずだ。
それにしても、風、か。
今まで、九人の守護霊と契約したけれど、みんな言うことは同じだった。
お前からは力が流れてこない。
どうも手応えがない。
力が弱過ぎる。
もっと強くなれ。
そんなことばかりだった。
私は十分に努力しているつもりだったし、批判を受ければ、さらに訓練を積んだ。でも結局、それは実を結ばなかったし、結果が出ないために、彼らは私から離れていった。
だから、タクミが私を疑った時、やっぱりタクミも同じだ、と思った。
それが私には一番、ショックだった。
そのショックが完全に消えたわけではない。
でも、タクミが発した、風、という言葉、その感覚は、救いのように感じられた。
タクミは今までの九人とは違う、何かを持っているのではないか。
そして、それが私を先へ進ませてくれるのではないかと、期待している自分に気付くと、私はちょっと、心が浮くような感覚を覚えた。
まだ、始まったばかりなんだ。
焦っていたのは、私だったかもしれない。タクミの方が、冷静だったかも。
私はそっとタクミの方をうかがう。彼はぼんやりと斜め上を見ている。視線の先にはなにもなさそうで、寝ぼけたような表情も相まって、さっきまで私の中にあった期待が、やや、しぼんだ。
何にしても。
まだまだ、これからだ。
私はそう、自分に言い聞かせた。
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