霊 -Ray-

和泉茉樹

文字の大きさ
16 / 19

十六

しおりを挟む
     十六

 ふぅっと息を吐いて、俺は身体の力を抜いた。
「まー、こんな感じかな」
 隣に立っているスグミが言う。
「こんな感じも何も」俺は思わず苦笑していた。「コントロールは俺じゃないか」
 ごめんごめん、とスグミが軽い調子で謝る。
 ケイスケがうーんと唸る。
「精度と出力にばらつきが出るね」
「これでも良いんじゃないか?」
 俺は巨大な空間の奥を指差す。
 そこには、丸い的が二つ転がっている。さっきまでは五つだった。
 力の暴発を、そのまま放射する手法に気づいて、五日が過ぎた。
 最初こそコントロールできなかったそれを、器用に照準を定め、的に当てることが可能になったのは、我ながら驚きだ。驚愕、と言っても良い。
 しかし、ケイスケは納得していないようだった。
「タクミ。十五発撃って、三回しか当たっていない。まともな精度じゃないよ。それに」
 ケイスケが俺にタオルを放った。
「タクミのその疲労は、看過できないね。スグミの方も」
 タオルで汗をぬぐいつつ、俺は、やはりケイスケがタオルを投げたスグミを確認する。
 スグミも運動などしていないのに、ダラダラと汗をかいている。
 俺の方は一晩寝れば回復するのだから、良いような気もするが。
「スグミはどう?」
 そのケイスケの質問は、体調を聞いているのではなく、俺の照準に対する感想を求めているようだ。
「数を撃てるから、良いと思うけどね」
「でも、今の様子だと、二十は撃てないよね」
 まぁね、とスグミは渋い表情。
「出力を絞ればいいじゃないか」
 俺がそう言うと、ケイスケとスグミがこちらを向く。
「そんなコントロール、私には無理だし」
「逸脱霊との闘いの基本は、消耗戦じゃないよ。一撃でも当てて倒せば、良いんだ。最初から高出力で攻撃するべきじゃないかな」
「高出力って、どれくらい?」
 俺の質問にケイスケが神妙な顔で、
「二倍、かな」
 と、言う。
 二倍?
「二倍って、単純計算で、そんなことしたら、今の半分しか撃てないだろ。本気か?」
「きみたちの相手を考えればね」
 きみたちの相手。
 その言葉が意味するところは、一つ。
 今は逸脱霊になっている、俺の母を倒すには、とケイスケは言っている。
「ケイスケは」スグミが言う。「二倍の出力で、どれくらいの成功率だと考えている?」
 じっくりとケイスケは言葉を吟味する様子。
「本当は、四倍、欲しいんだ。それで一撃で仕留めるのが、理想かな。一撃でっていうのは、向こうの防御を吹っ飛ばして、そのまま消し飛ばす、ってことね。二倍の攻撃でやるなら、相手の防御も考えれば、牽制もしなくちゃいけないし、二発や三発じゃあ、有効な攻撃は難しいと思う」
 滅茶苦茶なことを言うなぁ、と俺は呆れていた。
 今の二倍も難しいのに、四倍が欲しいとは。
「学校は来週から夏休みだ。訓練する時間はたっぷりある」
 そのケイスケの言葉に、スグミが一瞬、表情を曇らせた。そのスグミにケイスケは気づいたようだ。
「あの逸脱霊が、誰かに倒されるかもしれない、という可能性はある。あの逸脱霊は現在進行形で、様々な影響を及ぼしているだろうし。うーん、六合塚先生は、どう考えているんだろう?」
 ケイスケの疑問には誰も答えられない。
 俺もスグミも黙っている。俺は、母の逸脱霊が誰かに処理されても良い、と思っている。ただ、そうなったら、無念、という言葉に近い感情が、心に生まれるだろう、とは思う。
 でも、そんなことを言ったら、様々なことが無念という感情を残すと思う。人生の全てを支配しない限り。
 そんな俺と共に沈黙していたスグミだが、しかし、すぐに回復した。
「二倍で行こう」
 スグミがそう言って、俺とケイスケを確認する。
「訓練で出力と精度を同時に底上げするけど、両方が完成するのを待つのは、得策じゃないと思う」
 ケイスケも俺も、スグミの言葉の続きを待った。
「出力は、私の性質、増幅が万全に機能しない性質を考えれば、上昇させるのが難しいと思う。でも、タクミの攻撃の精度の高さは、慣れに近いんじゃないかな。回数を重ねれば、使いものになるとと私は考えるよ。この五日で、今の精度なんだから」
 俺は視線を、部屋の奥に向けた。
 壁にも天井にも、もちろん床にも、無数の痕跡がある。バーナーで焼かれたような、黒い一直線の染み。破損して、浅い穴があいているところもある。床には無数に標的の破片が散らばっている。掃除する時間が惜しいから、この五日間の痕跡が、まだ完全な形で残っている。
 あと何日あれば、俺とスグミは、まともに戦えるだろう。
 ここで今、俺たちが試していることは、もうほとんど、霊管理者候補生とその守護霊のレベルではない。瞬間的には、プロの霊管理者に匹敵している。
 それでも、ケイスケは足りない、と分析している。
 俺にはそれを信じるしか出来ない。スグミは、どうだろう。
 スグミとケイスケの違う点はいくつかあるが、スグミは目的の逸脱霊を体験している、ということがある。
 肌で感じた相手の強さを知っているから、俺たちの実力を、ケイスケよりは現実的に把握できるはず。
 そのスグミが、二倍で行こう、と言う。
 俺を頼っている、とも言えるけど、一方的なもの、押しつけがましい気配はなかった。
 俺を信じているのか。
「的を増やそう」
 ケイスケがそう言って、足元に置いていたペットボトルを持ち上げ、器用に、俺とスグミに投げる。
「十五分、休憩だ。それからやれるところまでやって、寝よう」
 ペットボトルを受け取った俺の横を、ケイスケが通り過ぎる。
 俺が視線を巡らせると、部屋の隅に、寝袋が三つ、転がっている。ここに泊りこんでいるのだ。利用者もいないし、ここで寝起きすれば、夕方の授業の後と、早朝の授業の前の時間を、効率的に使える。ケイスケが提案し、カンナが承諾した。
 ケイスケが的を準備しているのを眺めながら、俺は水分を補給した。
もう初夏という言葉で表現するには遅い時期で、外は暑さが厳しい。この部屋は地下だし、空調が最低限は働いているので、快適といえる。
しかし、汗はかくし、その辺りは不快だ。シャワールームが無いので、そのために寮に帰らなければならない。しかも、俺とスグミは離れられないため、一緒に寮に帰り、交代でシャワーを浴び、それから揃ってこの部屋に戻る、という手順が発生する。
 まぁ、良いか。
 俺はちょっと楽しくなっている自分を感じる。
 どこに落ち着くかは、分からない。自分たちにどれだけの力があるか、まったくと言って良いほど、分からなかった。
 だけど、不安は不思議なほど、軽い感触だ。
 先がある、ということがはっきりしている。
 自分たちが、先に進める、ということも、はっきりと認識できた。
 どこまで行けるかは分からなくても、どこかへは行ける。
 あとはもう、その場所が、自分たちの望む場所であることを、願うだけだった。
 ケイスケが的の設置を終え、戻ってくる。
 さて、もうひと踏ん張り、しよう。

     ◆

「どんな感じ? スグミちゃん」
 カンナがそう言って、こちらを見る。
 正直に言わなければ。私は、つばを飲んだ。
「今までとは、段違い、です」
 私の言葉に、ふぅん、とカンナが目を細める。
「今度は失敗しない、ということ?」
「そうです」
 私の言葉の奥を探るように、カンナの視線が私に突き刺さる。瞳を見ている感じではない。口元を見られているようだった。唇の動きから心を読もうとしているような。
「測定装置のデータは」カンナが言う。「私も見た。確かに、失敗しないかもしれない」
 ほっと緩みかけた心が、続くカンナの言葉に、凍る。
「でも、実戦は違う」
 カンナはやはり、私の口元を見ている。
「実戦に、定まった形、というものは存在しない。むしろ、不確定要素しかない、とも言える。実力がどれほどあっても、失敗することがある」
「で、ですが」
 私は言葉を発した。このままでは押し切られてしまう、と思った。
「訓練を重ねることで、失敗を避けられるはずです」
「では、どのような訓練で、失敗を回避できるか、説明できる?」
 ぐ。苦しいところを突かれる。
「説明できない?」
「……はい」
 うん、とカンナが頷く。
「じゃあ、それを探しなさい」
 ダメか。
 私は今日、カンナに、特例で、私とタクミに逸脱霊を処理する実習を実施して欲しい、と直談判に来ていた。タクミは今、部屋の外、廊下で待っている。タクミにはカンナを説得できないだろう、と思って、私は彼を置いてきた。
 タクミは、冷静ではいられないだろう、と私は思っている。
 自分の母親が逸脱霊になる、というのも、自分がそれを処理する、というのも、私には想像しか出来ない。想像しか出来ないのに、その過酷さは、あまりある。
 私は、もう一度、トライすることにした。
「お願いします」私は頭を下げる。「私とタクミに、チャンスを下さい」
 ふぅっとカンナが息を吐く。
「失敗するかもしれない生徒を、送りだせるわけがないでしょ?」
「でも、今しかないんです」
 私の言葉に、カンナの気配にわずかな変化が感じ取れた。私は姿勢を変えずに、続けて言った。
「タクミのお母さんは、誰かがいつか、処理するはずです。でも、私はタクミが処理するべきだと、思います。それがタクミのためになるはずです。今しか、それはできないんです」
「そのために自分が危険にさらされても構わない、というのが、スグミちゃんの考え?」
 そうです、と私は、口にした。
 怖くないわけではない。
 でも、タクミのためなら、と思えば、怖さが和らぐ。そう、タクミのためだし、その場にタクミ自身がいるのだ。守ってもらうつもりはないけれど、もしもの時は守ってもらえる気がした。もちろん、タクミが危なければ、私が彼を守ることも、出来る。
 いつの間にか、私とタクミには、強い信頼関係が生まれている。
 心強さを、感じる。
「そうね」
 カンナが呟く。
「私の一存で決めるのは、難しい」
 反射的に、顔を上げていた。カンナが、微笑んでいた。
「教官の会議次第になるけど、それで良い?」
 え? え?
「じゃあ、その……」
「きっと一週間はかからないと思う」カンナが頷く。「今以上の力を、身につけなさい」
 私は全身から逃げようとする力を、どうにか、繋ぎ止める。それに必死な私に、カンナが言う。
「実習は、行われるでしょう。相手は、前と同じです。私の面目のために無様なことはしないように」
 私はがくがくと、何度も頷いた。カンナが苦笑いする。
 こうして、私とタクミは、もう一度、チャンスを与えられた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...