召喚失敗、成れの果て【完結】

米派

文字の大きさ
3 / 12
本編

3

しおりを挟む
旦那様と二人きりで過ごす日々は穏やかで、時々外のことを忘れそうになる。交わす言葉はなくても、大切に扱ってもらえているのは空気のように自然と伝わってきて。初めは逃げ出したいとそればかりだったのに、勝手なもので居心地のよさを覚えると次は自由にされることに不安を覚えた。

ここを出されて、それで? どこにも居場所がない俺は、一体どこに行けばいいのだろうか。ここが元の世界とは違うものであることは、もう分かりきっている。異径の者たちが取り囲む中、庇ってくれたのは彼だけだ。傷ついた俺を憐れんでくれたのか、それとも他に理由があるのか。分からないが、外に出ても同じような人がいると楽観的に考えられない。骨をバラバラに粉砕されるような痛みが腹部を襲った気がして、身体を丸める。あんな痛みは、もう懲り懲りだった。

ガラスに手をついて、そっと外を覗きこむ。眼下にはいくつもの光がちらついて、まるで星を真上から眺めているような綺羅びやかさだ。

「別世界って感じだな……」

旦那様の住まいは空に浮かんでいるらしく、そのお蔭もあって今のところ誰とも会わずに済んでいる。気を遣ってくれているのか一人が好きなのかは分からないが、冷めた眼差しを思い出してしまえばぶるりと身体が震えあがった。

見知らぬ世界に、一人で放り出されたくない。けれど、何もしないまま置いて欲しいとは言えなかった。せめて小間使いとして残してもらえるように、彼の動きを食い入るように見つめて少しずつできることを増やしていく。食事の支度や洗い物、近代的な世界に思えても意外と元の世界とやることはそれほど変わらない。幸い、両親があまり家にいなかったので、見知らぬ器具や食材も扱い方さえ覚えれば難しくは感じなかった。

そうして過去のことを思い返しながら、真緑の球状に包丁を下ろす。持ち手の部分にはボタンが付いていて、押すとビームが出る優れものだ。大抵なんでもスパスパと切れてしまうので、使うときにめちゃくちゃ緊張する以外は便利なものである。けれど、俺があまりにもびくつきながら使うせいか、旦那様が金属で出来た籠手を贈ってくれた。料理するだけなのにやけに両腕だけ強そうで、見るたびにちょっと笑ってしまう。気遣いが嬉しいのと同時に可笑しくも思えて、ついつい頬が緩んでしまうのだ。

せっせと準備を進めていると、少しだけ機体が揺れたような気がした。多分、彼が帰ってきたのだろう。踏み台を使って食事を運んでから、ぱたぱたと扉に駆け寄る。

「おかえりなさい」

彼は目が合うと、かすかに眦を和らげてくれた。そして身を屈ませると二本の腕を背と腰に、空いた方の手で頭を撫でてくれる。大きな彼からすれば俺は幼く見えるのか、よくこうして可愛がってくれる。幼少の頃から頭を撫でられる事など滅多になかったので少し照れ臭いが、彼ほど大きな人だと自分も子どもに返ったような気持ちで素直に受け入れることができた。

今日も一緒に食事を済ませてから、そのまま浴室に向かった。表側は硬く割れた腹筋があって人と変わりがないように見えるが、中心から遠ざかるに連れて鱗が多くなり、背中側ともなれば硬く無骨なものが覆っている。初めの頃は震えながらされるがまま洗われていたが、余裕が出てくると彼が何をしているのか眺めることも出来るようになっていた。

彼はいつも鱗を磨くためかタワシのようなもので肌を擦っていたが、そこは人と同じで背中はやり辛そうに見えた。何かしたいと思っていた頃だったので、代わりに任せてほしいと身振り手振りで頼みこみ、一番初めに勝ちとった仕事がコレだ。気合を入れて、ぎゅっとタワシを握る。

タワシといっても先が硬く、力の限り指で押そうがしなることもない。最初こそ痛いのではと不安にもなったが杞憂だったらしく、ちゃんと気持ちがいいらしい。せっせと擦りながら、少しだけ動物園のワニが過ぎったが口には出さないでおくことにした。

うなじから尾にかけて背骨が隆起し、凸凹と皮膚を押し上げながら波打っている。沿うようにしてタワシを滑らせて、両手で力いっぱい押しつけるようにして擦っていく。初めは遠慮していたのだが却って擽ったそうだったので、こそげ取る勢いで力を込めるようになった。付け根から先にかけて、丁寧に、けれど力強く尾を擦っていく。洗い流した後に輝きが増しているように見えると、ちょっと嬉しい。

タワシを定位置に置いて、今度は自分の身体を洗おうとするが、それよりも先に抱き寄せられた。分厚い手の甲は鱗が覆っていて、初めこそ恐ろしかったが、いつも優しく触れてくれるので心地よさすら感じてしまう。けれど、普段の御礼も兼ねてしていることなのに、返されてしまっては意味がない気もした。

「自分で出来るから大丈夫だよ」

軽く身を捩るが、気にするなとばかりに泡だらけの手が肌を滑る。脇腹から腰へと撫で下ろされる手や背に添えられたもの、腹をなぞるように太腿へと下りていくもの。四本の腕がそれぞれ動き回るものだから、何処に意識を向ければいいのか分からなくて混乱する。ぞくぞくと柔らかな刺激が腰を震わせ、こそばゆいような心地良いような不思議な感覚が全身に広がっていく。

「ん、ぅ……っ」

硬い指先が触れるたび、そこに熱が宿るようで息が弾む。このまま続けられると不味いことになりそうで分厚い胸を押すが、二本の腕がガッチリと腰に回された状態では距離も取れない。残った手が身体中を磨き上げる刺激に、爪先が小さく震えてしまう。とりあえず数字をぐるぐると巡らせて意識を逸しつつ、大人しくされるがままになっていると、満足のいく出来になったらしい。

ざばんっと頭から湯を掛けられて、ほっと息が漏れた。そのまま軽々と持ち上げられて湯船に運ばれたかと思えば、股の間に下ろされる。そして、腹と膝裏に腕が回されて、湯の中でぷかぷかと浮かぶことになった。変な体勢だな、と思うものの、彼はこれが落ち着くらしい。全身をすっぽりと包まれて背に硬い腹筋を感じれば、圧倒的な違いに羨ましいとさえ思わない。

「……俺さ、一人で身体くらい洗えるよ」

幼いと思っているのか。彼は結構、あれこれと面倒を見てくれる。気にかけてくれるのは嬉しいのだが、高校生にもなって身体を洗われるのは恥ずかしい。けれど、四本の腕で柔らかく抱き締められると心地良く感じられるのも確かで、複雑な気持ちにさせられた。

昔から、一人のことが多かった。家族と出掛けたことも記憶にある限り一度もなく、やりとりは基本、書き置きばかりだ。だから、こうして過ごすのは新鮮で、ぽかぽかと爪先から温かくなるような心地がした。

風呂から上がると、布をぽんぽんと押しつけられる。大きな彼からすると力加減が難しいらしく、いつも恐る恐るといった感じだ。それなら此方に渡してくれて構わないのに、わざわざ手ずから拭いてくれる。赤く鋭い瞳が、優しく触れようと手元に注視していることが伝わってきて擽ったい。

「旦那様も濡れてるよ」

頬が緩むのを自覚しながらも、彼の方に手を伸ばす。布を大きく広げるようにして肌に触れさせるが、背伸びしても届くのは胸筋辺りまでが精々だ。爪先を伸ばすと、察したのか膝を付いてくれた。そのまま布を被せて、わしゃわしゃと手を動かす。些細な触れ合いが擽ったくて、何だか胸が暖かくなった。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

異世界で勇者をやったら執着系騎士に愛された

よしゆき
BL
平凡な高校生の受けが異世界の勇者に選ばれた。女神に美少年へと顔を変えられ勇者になった受けは、一緒に旅をする騎士に告白される。返事を先伸ばしにして受けは攻めの前から姿を消し、そのまま攻めの告白をうやむやにしようとする。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...