土地神になった少年の話【完結】

米派

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大和様の手を借りて、厄神を降していく。一筋縄ではいかないような者ばかりだったが、彼は剣術に長けているらしい。錫杖から刀を抜き放ち、厄神の気を弱らせてくれる。土地神ではない彼は完全に消滅させる事はできないらしく、彼が弱らせてくれた厄神の懐に飛び込んで直接触れることで神気を取り出した。そうして、山の至るところにいる厄神から神気を取り出して、それを自らの身体に馴染ませていく。拒絶反応に苛まれながらも何とか飲み込み、少しずつ時間をかけて身体を作り変えていった。

川の淀みを取り除き、木々の枯れを防ぎ。時々、悪戯してくる妖怪達の相手をしながらも、山の中を駆け摺りまわる。本当に多忙な三年だった。初めは何度も失敗して立ち止まりそうになったけれど、その度に大和様が手を貸してくれた。挫けそうになっても、彼が手を握ってくれたから頑張ろうと思えた。本当に、あの日に会ったのが彼で良かったと心から思う。

「柊」

昔のことを思い出してぼんやりとしていたら、不意に名を呼ばれた。顔を僅かにずらすと、傍らに大和様が立っている。彼は物静かだということに加えて、普段から気配を消しているので突然現れたように見えることがある。俺も厄神との戦いで役に立つかもしれないと彼に教えてもらったが、未だに足音の消し方が分からない。

「大和様、どうされたのですか?」

黙したまま隣に立つ彼を見上げて、首を傾げる。すると、彼は着物の裾をごそごそと探り出した。そうして、何か小さなものを取り出すと、俺の前に拳を出す。手を上向けると、彼は微かに眦を和らげた。

「これを」

小さな鈴だ。紐に繋がれた鈴は、掌の上に落とされるとチリンと優しい音を立てた。

「力が高まってきているから、これまで以上に多くの者に狙われるだろう。厄神だけではなく、力を欲する妖怪にも注意していかなければならない」
「それで、これを俺に?」
「ああ、鳴らしてくれれば必ずお前のところに駆けつけよう。最近は協力してくれる者も増えたが、その分、危険も増えたからな」

眉を下げると、大和様は苦笑いを零した。

「疑うのは気分が良くないか」
「……貴方が俺を心配してくれているのはわかっているんです。ただ少し罪悪感があって……すみません。甘いことを言ってしまって」
「お前はそのままでいい。周りを信じてやれ、疑うことは俺がやる。お前が信じた分、応えたいと思う者もいる筈だ」

大和様はそう言うと、俺の頭に手を置いた。そっと往復する掌が優しくて、頬が弛んでしまう。

「ありがとうございます」
「気にするな。俺はお前のように厄を祓えないからな。これくらいはさせてくれ」

そうは言うが、俺もまた彼が居なければ厄神を祓うことができない。集めた神気で、他所の土地神に半分は神にしてもらったが、やはり元が人である為か。本来なら一人で出来るはずの事も出来ない半人前だ。神気を持ってして浄化する事はできるが、気を弱らせなければ跳ね除けられてしまう。大和様がいてくれなければ、そう強くない厄神ですら俺の手には余った。大和様が弱らせてくれて、ようやく祓うことを出来るのが今の俺の実力だ。土地神の名は俺だけのものではなく、彼あってのものだろう。

「大和様が居てくれなければ俺の村は飢饉に襲われていたでしょう。本当に、何度感謝を口にしても足りないくらいです。
 俺はまだまだ未熟者で、だからこそ精進して参ります。これからも支えていただけると嬉しいです」
「……もちろんだ。これからも、俺がお前を支えよう」
「はい、頼りにしています」

両拳を握って気合を入れ直すと、大和様は眦を和らげた。その優しげな笑みに、ドキリとする。最近、大和様を見ると妙に心臓が煩くなるのは何故だろう。分からないけれど不快ではない。ただ、何となく居心地が悪くなるのだ。じわりと頬が熱を持ち、彼の顔を見ていられなくて少しだけ顔を俯けた。

「相変わらず仲が良いことで。惚気を聞かされる方の身にもなってくれない?」
「のろ……っ!?」
「……からかうな」

三本の尾をゆらゆらと揺らして現れたのは、妖狐の焔様だ。糸目のせいで笑っているように見えて、そのせいか常に柔和な雰囲気を纏っている。実際に気のいい狐で、大和様と知り合ってから暫くして彼とも仲良くなった。山の清浄化に、快く協力してくれた一人だ。

「ふふ、君が可愛い反応してくれるからつい。ごめんね?」

身を屈ませるようにして顔を覗き込まれる。ぴくぴくと震える耳が可愛くて、駄目と突っぱねる選択肢が出ても来ない。計算でしているのなら策士だが、そんなことすらどうでも良くなるくらい柔らかな耳と膨らんだ尾が可愛く見えてしまう。物欲しそうな目をしていたのか、焔様は口元に笑みを描くと、ことりと小首を傾げてみせた。あざとい仕草だが、効果は覿面だ。耳と尻尾のせいで、可愛さが止まらない。

「謝罪の代わりといっては何だけど、自慢の毛並みを撫でさせてあげようか?」

もこもことした尾が、そうっと寄せられる。思わず手を伸ばして、ふわふわとした柔らかな尾に手を沈めた。見た目通りの柔らかさに、自然と頬が緩んでしまう。よく手入れしているのだろう、本当に艶やかな毛並みだ。彼は人に毛を梳かれるのが好きなようで、大和様がいない時に櫛を片手に社に来ることもある。そのときは存分に触れさせてもらうのだが、今は隣から向けられる視線が痛い。名残惜しく思いつつも手を離そうとすると、隣からボソリと呟くような声が落とされる。

「……俺の羽根も、撫で心地はそう悪くない筈だ」
「え?」

聞き間違いかと顔を向けたときには、大和様は既にそっぽを向いていた。耳の裏が、少し赤くなっているのが見える。

「何でもない。馬鹿なことを言った」
「あっ、やきもち妬いてる~」
「……頼むから、黙ってくれ」
「赤い顔で睨まれても怖くないなあ」

焔様の楽しげな様子を前に、大和様は困り顔だ。放っておくわけにもいかず、話の矛先をずらすために口を開いた。

「ところで、何か用事でもあったのですか?」
「あっ、そうそう。君の社に、人が来ていたよ。今年は豊作だったみたいだね」
「そうですか……。様子、見に行こうかな」

大まかに村の様子を見に行くことはあっても、個々を見ることは避けてきた。けれど、この三年で気持ちの整理もついてきたところだ。いつまでも避けているわけにもいかない。人である以上、両親達には終わりがある。最期に魂になった彼らに会う事は出来るが、どうせならば生きている彼等を一目見たかった。

「一緒に来てくれますか、大和様」

一人では、やはり心細い。それが顔に出ていたのか、大和様は胸の前で重ねた手に触れてくれた。そうして、いつものように手を引いてくれる。

「ああ、お前が望んでくれるなら何処へでも」
「ありがとうございます」

視線を合わせて、柔らかく表情を緩めてくれる。安堵が胸のうちに広がって、強張っていた肩からすっと力が抜けた。

「うん、俺のこと忘れないでね」

おどけたように言われて、焔様が居たことを思い出す。教えてくれた彼に礼を告げていると、突然大和様が抱き上げてくれた。飛んで行ったほうが早いとのことだが、流石に人前で子どものように抱き上げられるのは少し恥ずかしい。焔様が肩を竦めるのが見えて、余計に居た堪れなくなった。




社の前では、白い装束に身を包んだ女性達が舞を披露している。笛と太鼓の音が鳴り、それを両親が見ていた。何も言わずに済むのは有り難かった。俺もただ見ていた、何を言えばいいのかわからなかった。多少、憎く思う気持ちはある。けれど、こうして前にすると、不思議と温かな気持ちが滲んできた。

目元の皺が増えただろうか、髪も少し白いものが混じり始めている。しばらく見ないうちに随分と老け込んだように見えた。小さかった弟は、いつの間にか俺の背を追い越している。
あの日から変わらない俺と違い、少しずつ変わっていく家族の姿に小さく胸が痛んだ。決して悪いことではないけれど、いつか彼らの魂を自分の手で輪廻に還す日が来るのだと思うと、複雑な気持ちになる。


舞が終わり、捧げものが社に置かれていく。みんなが立ち去り、最後に残ったのは父だ。彼は懐から包を取り出すと、それを社に置いて今度こそ立ち去った。近づいて包を捲ると、俺の好物である餅が現れる。思わず苦笑いが漏れた。

「そういうところですよ、父様。相変わらず、酷い人だなあ……」

嫌いにならせてくれない。そんなところが憎らしくて、少し愛おしい。

包の中には、大福が五つも入っていた。昔から他所の土地で育つ苺という果物を、砂糖漬けにしたものが入っているのが好きだった。初めて食べたときは衝撃で、父が呆れてしまうほど次々と口に放り込んだことを覚えている。

夢中で食べたせいで白い粉が唇だけでなく鼻の頭や頬にまでついていたらしい。それを、父が少しだけ笑って拭ってくれた。父が笑うのは珍しくて、妙に嬉しかった記憶がある。その顔が見たくて、態と大福を顔に押し付けて汚してみせたこともあった。父は仕方なさそうに眉を下げて、困ったように笑いながら布で拭ってくれたのだ。今となっては恥ずかしいが、あの時の俺は父が笑ってくれることが嬉しくて仕方がなかった。

『餅が好きか』
『はいっ、大好きです!』
『……そうか』

それ以降、苺を行商から仕入れては、つきたての餅に包んでくれた。無表情な父と明るく笑う母に挟まれながら縁側で食べた記憶は、未だに温かな熱を持ってして存在している。

懐かしさが込み上げてきて、笑いながら大和様へと顔を向けた。

「宜しければ一緒に食べませんか?」
「良いのか?」
「はい。一人で食べるには多いので、手伝っていただけると助かります」
「それなら、ありがたく一つ頂こう」

はい、と大和様の方に手を寄せる。意識せずに声が弾んでしまった。

「多分、苺が入ってます。俺の好物なんですよ」
「……そうか」
「ほら、やっぱり」

小さく齧れば、赤い実が覗いた。大和様の方を見て笑うと、彼も僅かに口元を緩めてくれる。

「美味しいです」
「良かったな」
「……はい。良かった、です」

顔を見たら、ひどい言葉が浮かんでくるのかと不安だった。けれど、良かったと思えた。それが何よりも嬉しく思える。

「ありがとうございます。貴方が居てくれて本当に良かった」

そう思えたことが嬉しくて、そう言ってくれたのが彼で良かったと心の底から思える。

来年も、彼と餅が食べられたらいい。

そう考えると、気が早いと思うものの来年が楽しみだった。




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