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「ねぇねぇ、君たちどこまで行ったの?」
どこまで行った? 見回りの進歩状況を聞かれているのだろうか。
「この前は、山腹まで見ましたよ」
「……ああ、なるほど。何も進んでないんだね」
「いえ、昨日は半分ほど」
「違う違う、口吸い以上のことしてないんだって言ったのさ」
「くちっ……!?」
焔様に大和様との関係の変化を伝えた記憶はない。驚きに立ち上がるが、彼は肩を竦めただけだ。
「大和の奴、締りのない顔してるからさ。ああ、遂に想いが通じ合ったんだなって。あれ、違うの?」
「い、いえ……違いませんが……」
耳の先まで熱くて、声が小さくなる。羞恥を堪えて座り直し、床の木目を見つめる。というか、いつかは結ばれるのだと思われていたことに驚きだ。俺はそんなに分かり易かったのだろうか。恥ずかしくて顔が上げられない。
「ま、あいつ手繋いでるだけで幸せそうだもんね。その先とか考えてもなさそうだ」
「……は、はあ」
この話題は、いつまで続くのだろうか。このままでは羞恥のあまり溶けて消えてしまいそうだ。早く帰ってきてほしい。そんなことを考えていたら、床が軋むような音が近づいてきた。大和様だろうか。そう思って、体をずらすようにして焔様の向こう側に視線を向ける。すると、音を立てて戸が開き、大和様が現れた。
「今、戻った」
「おかえりなさいませ」
安堵に頬が緩む。すると、大和様も柔らかく口元を緩めてくれた。
俺の表情で大和様が帰ってきた事に気づいたのか、焔様は座ったまま軽く手を上げる。
「あっ、おかえり」
「……来ていたのか」
「髪を梳かしてもらってたんだよ」
大和様は少し間を開けて、「そうか」と短く返す。それに、何故か焔様は溜息をついた。
「そんなにむっとしなくても、恋仲なのは君だけだろ」
「知っていたのか」
「前より露骨になっただろ。これだけ君の気を纏ってたら察するね」
「気? なんのことですか?」
不思議に思って声を上げると、焔様は失敗したと言わんばかりに目を逸らした。
「あー……ごめん、言ってなかったんだ。知っているんだとばかり思ってたよ」
「……いや、伝えようとは思っていた。構わない」
大和様が言うには、妖怪には其々、個々とした気の性質があるらしい。唇を触れ合わせたり、肌を合わせたり。手を繋ぐなどの僅かな接触で相手に自分の気を流すことで、自分のものであると印をつけるのだという。つまり、俺は歩きながら大和様のものだと名乗っていたわけだ。恥ずかし過ぎて、もう表をどんな顔をして歩けばいいのかわからない。思わず手で顔を覆うと、向かいから衣擦れの音がした。そろそろと手を下ろして見上げた先で、眉を垂らして此方を見る彼と目が合う。
「お前は山の者から慕われている。だから、俺の恋人だと知らせたかった。だが、何も言わずにしたことについては反省している。……すまない」
「も、もういいですよ」
しょぼくれた顔で謝罪されてしまえば、責められない。顔を上げてほしいと手を握ると、大和様は微かに頬を染めてはにかんだ。
「許されるなら、お前からの気がほしい。俺がお前のものだと、皆に示してくれ」
そうか。俺が大和様のものであるように、大和様もまた俺のものなのだ。何だか、そう思うと幸せな心地になる。見つめあっていると、「あのさぁ」と呆れを多分に含んだ声が割って入ってきた。思わず大和様の胸を突き飛ばしそうになるが、手首を掴まれて逆に抱きこまれる。
「君たち、ちょくちょく俺の存在を忘れるよね」
「す、すみません」
「……まだ居たのか、焔」
「うん、君は知っていてやってたよね。俺ってば涙が出ちゃいそうだよ」
「泣くなら外で頼む」
頭上でぽんぽんと交わされる軽口に、小さく笑みが漏れる。肩が震えてしまって、それに気づいた大和様が俺を見た。
「仲が宜しいのですね」
まさか、そう返された言葉も綺麗に揃っていて、余計に止まらなくなった。
社の中。差し込む月明かりの他、何もない空間。あの日、父に置いていかれた場所だ。飢えに苛まれ、怨嗟の声を上げて俺は此処で死んだ。記憶は曖昧だが、聞くに耐えない暴言を吐き散らかしたはずだ。けれど、傍らにある大和様の体温が、あの日の醜さを洗い流してくれる気がする。彼といると、自分は優しくあれるような。そんな気がするのだ。
自分と違う、鍛えられた厚い胸板に頭を寄せる。そのまま彼の体温を享受していると、大和様が俺の方に顔を寄せて、額に頬を擦り寄せた。
大和様、そう呼ぶ声が上擦って、妙な音になる。恥ずかしさに全身が熱くなり、僅かに顔を俯かせる。けれど、頬に手を添えられて上向きにされた。そっと重なる唇に、頭がくらくらとする。
「……気の流し方を、教えてくれませんか」
もっと触れてほしいと言うのは少し照れ臭くて、代わりにそう口にする。彼は柔らかく笑うと、俺の頬を撫でた。
「今から流すから、意識して受け取ってみてくれ」
そう言って、また口付けられる。いつもは緊張して訳のわからないまま与えられる刺激に酔っていたが、何とか冷静さを手繰り寄せて気の流れを探る。暖かく柔らかなものが、じわりと全身に染み渡るのを感じ取ることができた。
「俺にも印を付けてくれ」
「ぁ……」
「柊」
甘さを含んだ声が、俺の名前を読んでくれる。それだけのことに、ぶるりと身体が震えた。唇を合わせて、自分から舌を絡める。言ってしまえば唇を重ねているだけの行為なのに、爪先からゾクゾクとした痺れと熱が上がってくる。粘膜を通じて気を流すたびに、自分の腰が小さく跳ねるのが分かった。
気持ちいい、のだろうか。神子となるべく育てられてきたので、自慰すら許されなかった。土地神様のものになるのだからと、それまでは性を抑えるように言われていた。その喜びは全て、土地神様から与えられるべきものらしい。でも今、土地神様ではなく大和様に触れてもらって、この身体は喜んでいる。今となっては、大和様だけに触れてほしいと思ってしまう。咎められる事だとしても、こればかりはどうにもできない。
「や、まと、さま」
息が上がって、上手く呼べない。それでも大和様は優しく目を細めてくれる。
下肢が熱くなり、太ももを擦り合わせる。もっと触れてほしいと思うが、どんな言葉で伝えればいいのか分からない。世の恋仲の者たちは、一体どうやって先に進んでいるのか。聞いて回りたいくらいだ。
いつものように口吸いだけして離れていこうとする彼の、着物の裾を掴む。
「……やまとさま、俺に、もっと……触れては、くれませんか……?」
言ってしまってから、後悔が押し寄せてくる。俺は男だ。女人のように胸もなければ、粗末なものとはいえ股の間にあるものは隠せるようなものではない。もしかしたら、大和様は俺にそういった触れ合いを求めてなどいないのかもしれない。どうして、早くその考えが浮かばなかったのだろう。口にしてからでは遅いというのに。
「すみません……忘れて、ください……」
恥ずかしくて、自分の浅ましさに消えてしまいたくなる。眦が熱くなり、思わず俯いた。けれど、頭上から頼りない声で名前を呼ばれて顔を上げる。聞いたこともない声に目を丸くすると、眉を垂らして困り顔の大和様と目があった。
「……お前に触れたいと思う。ただ……こういった気持ちは初めてで、どう触れていいのか分からない」
もしかして、大和様も経験がないのだろうか。数えていないので詳しい年齢は分からないと言っていたが、落ち着きのある様子から、前にも恋人が居たのだと思いこんでいた。口吸いだけで赤くなる俺と違って、大和様は余裕があるように見えたのだ。けれど、目の前の彼は本当に困っているように見える。
「……それは俺も同じです。その、だから、好きなように触れれば良いのではないですか……?」
「好きなように?」
「はい。手本なんてありませんし、何より……俺は、その……貴方に触れてもらえたら嬉しい、です……」
大和様の手首に両手指を添えて、そっと持ち上げる。そうして、震える唇を、彼の手の甲に押し付けた。
「……本当に触れてもいいのか?」
抱き寄せられて、びくりと肩が跳ねる。期待か恐怖かも分からないものが心音を早めていく。
「は、はい……どうぞ……」
どうぞってなんだ。おかしくないだろうか。そう思うが、他になんと言えばいいのか。混乱した頭では出てこない。
大和様の大きな手が腿に添えられて、撫でるようにして上がっていく。着物の裾が持ち上げられて、浅ましくも熱を持つものが晒されそうになる。咄嗟に足を動かして払いそうになるが、口を塞がれてしまう。そうして、下履きは取り払われてしまった。しとどに濡れたものが晒されて、羞恥にカッと身体が熱くなる。
あやすように優しく擦り上げられて、みっともなく腰が跳ねた。自分ですら触れたことがない性器への愛撫は、想像以上に強烈で。未知の刺激が身体を貫いて、耐えるために足指をきゅっと小さく丸める。
「あ、ぁ……ん、んんっ」
「柊」
「ぁ、や、まと、さま……っ」
俺を呼ぶ声が熱く濡れて、弾んでいる。くらくらと揺らぐような視界の中で、大和様のものが立ちあがっていることに気づいた。布を押し上げて苦しそうなそれは、俺に触れているからだろうか。そう思うと嬉しくて、余計に思考が溶けていく。
そろそろと手を伸ばして、布越しに立ち上がったものを撫でる。短く息を詰める音がして、じわりと頬の熱が増すのが分かった。
「やまとさま……おれ、いっしょに、きもちよくなりたい、です」
大和様は目を丸くした後、ぐっと眉を寄せた。気に触る事を言ってしまったかと不安になるが、彼は目元を薄っすらと染めると袴を緩めてくれる。そうして取り出されたものに、少し怖じ気づきそうになった。大和様以外のものを見たことがないので大きいのかは分からないが、少なくとも俺のとは違うように見える。
戸惑っている間にも、ぬちぬちと濡れた音を響かせて上下に抜かれてしまう。駄目だ、これでは俺ばかり気持ちよくなってしまう。唇を合わせながら、俺もまた大和様のものに触れた。ドクドクと掌で脈動するのを感じて、胸が熱くなる。
「やまとさま、ぁ」
口吸いの合間に、縋るように名を呼ぶ。それだけで金の瞳が蕩けていくのがわかって、腰の疼きが強く重たくなる。感覚も鋭敏になり、大和様の手が亀頭を撫でたら不意にぱんっと弾けた。視界が明滅し、自分のものとは思えないあられもない声が飛び出る。白くぼやけたような視界が明瞭になると、意識も返ってきた。
大和様の手が、着物の衿を乱す。そうして、身体をまさぐってきた。俺も慣れないなりに手を伸ばして、大和様の着物を脱がしていく。けれど、うまく行かない。お互いに中途半端に乱れて、それがなんだか可笑しくて笑ってしまった。それに、つられたように大和様も口元を緩めてくれる。
「笑い過ぎだ」
だって、そう言おうとしたけれど口を塞がれて遮られる。押し倒されて、足を広げるように促された。恥ずかしくて堪らないが、慣らさないことには繋がれない。そろそろと足を広げると、濡れた指がつっと穴を撫でた。びくりと肩を震わせると、唇が重ねられて僅かに恐怖が解ける。
徐々に力が加えられて、ゆっくりと指が押し入ってくる。唇が離れて僅かに顔を俯けると、自分の中に大和様の指が入っているのが見えた。なかなかに凄い光景で、意識せず腰が逃げそうになる。
「柊」
けれど、名前を呼ばれただけで抵抗は簡単に封じられた。つぷっ、と押し入ってきた指は次第に増やされて、時間を掛けて中を解していく。互いの呼吸は荒くなっていて、もうどちらのものかさえ分からない。初めは違和感しか感じ取れなかったが、執拗に指で愛撫されたせいか痺れるような快感が身体を包み込んでいる。
「……そろそろ良いか」
「あっ」
指を引き抜かれる刺激に、思わず大和様の肩に縋りつく。彼は俺の頭を撫でて、唇で優しく額に触れてくれた。それだけで強張りが解けていく。
「挿れるぞ」
小さく頷いて、少しでも挿れやすいように足を広げた。足の間に身体を割り込ませるようにして、大和様がゆっくりと腰を進めてくる。亀頭部分を押し込まれて息が詰まる。苦しい。圧迫感に呼吸がままならない。けれど、それ以上に合わせた肌の感触が気持ち良かった。汗ばんだ彼の背に腕を回して、胸板に頬を擦り寄せる。
熱い。大和様の熱だ。苦しいけれど、それ以上に満たされた気持ちになるのは、大和様が触れてくれているからだろう。
「柊……っ」
「ンんっ、ぁ」
根本まで押し込まれて、これ以上ないほどに深く繋がった。繋がったまま何度か唇を触れ合わせて、そっと労るように髪を撫ぜられる。腹の奥で膨れ上がったそれはドクドクと脈打ち、大和様も時おり苦しそうに眉を寄せた。それでも、優しく触れることを止めないでくれる。
唇が触れるたびに、告白されているような気がした。労りに満ちた手に肌を撫でられるたび、嬉しさが込み上げてくる。
何も後ろ暗いことなどない。疑心なんて抱くのも失礼なほど真摯に向けられる愛情に、頭がくらくらとする。
やまとさま、おれのこと置いていかないでくれますか。
愛していると言いながら手を離した父と母のように置き去りにさえしないでくれるのなら、何をしたって構わないから傍に。
そんな言葉も、彼の熱に溶けていく。大丈夫だと思えた。彼ならと信じられた。今まで過ごした日々のすべてが、そう確信させてくれる。
「やまとさま」
少し掠れた声は、小さくて頼りなかった。それでも彼は唇を触れさせて、「どうした」と問いかけてくれる。意味のない俺の言葉に、耳を傾けてくれる。
温かな掌に撫でられ、俺は溢れるような多幸感に頬を緩めた。
どこまで行った? 見回りの進歩状況を聞かれているのだろうか。
「この前は、山腹まで見ましたよ」
「……ああ、なるほど。何も進んでないんだね」
「いえ、昨日は半分ほど」
「違う違う、口吸い以上のことしてないんだって言ったのさ」
「くちっ……!?」
焔様に大和様との関係の変化を伝えた記憶はない。驚きに立ち上がるが、彼は肩を竦めただけだ。
「大和の奴、締りのない顔してるからさ。ああ、遂に想いが通じ合ったんだなって。あれ、違うの?」
「い、いえ……違いませんが……」
耳の先まで熱くて、声が小さくなる。羞恥を堪えて座り直し、床の木目を見つめる。というか、いつかは結ばれるのだと思われていたことに驚きだ。俺はそんなに分かり易かったのだろうか。恥ずかしくて顔が上げられない。
「ま、あいつ手繋いでるだけで幸せそうだもんね。その先とか考えてもなさそうだ」
「……は、はあ」
この話題は、いつまで続くのだろうか。このままでは羞恥のあまり溶けて消えてしまいそうだ。早く帰ってきてほしい。そんなことを考えていたら、床が軋むような音が近づいてきた。大和様だろうか。そう思って、体をずらすようにして焔様の向こう側に視線を向ける。すると、音を立てて戸が開き、大和様が現れた。
「今、戻った」
「おかえりなさいませ」
安堵に頬が緩む。すると、大和様も柔らかく口元を緩めてくれた。
俺の表情で大和様が帰ってきた事に気づいたのか、焔様は座ったまま軽く手を上げる。
「あっ、おかえり」
「……来ていたのか」
「髪を梳かしてもらってたんだよ」
大和様は少し間を開けて、「そうか」と短く返す。それに、何故か焔様は溜息をついた。
「そんなにむっとしなくても、恋仲なのは君だけだろ」
「知っていたのか」
「前より露骨になっただろ。これだけ君の気を纏ってたら察するね」
「気? なんのことですか?」
不思議に思って声を上げると、焔様は失敗したと言わんばかりに目を逸らした。
「あー……ごめん、言ってなかったんだ。知っているんだとばかり思ってたよ」
「……いや、伝えようとは思っていた。構わない」
大和様が言うには、妖怪には其々、個々とした気の性質があるらしい。唇を触れ合わせたり、肌を合わせたり。手を繋ぐなどの僅かな接触で相手に自分の気を流すことで、自分のものであると印をつけるのだという。つまり、俺は歩きながら大和様のものだと名乗っていたわけだ。恥ずかし過ぎて、もう表をどんな顔をして歩けばいいのかわからない。思わず手で顔を覆うと、向かいから衣擦れの音がした。そろそろと手を下ろして見上げた先で、眉を垂らして此方を見る彼と目が合う。
「お前は山の者から慕われている。だから、俺の恋人だと知らせたかった。だが、何も言わずにしたことについては反省している。……すまない」
「も、もういいですよ」
しょぼくれた顔で謝罪されてしまえば、責められない。顔を上げてほしいと手を握ると、大和様は微かに頬を染めてはにかんだ。
「許されるなら、お前からの気がほしい。俺がお前のものだと、皆に示してくれ」
そうか。俺が大和様のものであるように、大和様もまた俺のものなのだ。何だか、そう思うと幸せな心地になる。見つめあっていると、「あのさぁ」と呆れを多分に含んだ声が割って入ってきた。思わず大和様の胸を突き飛ばしそうになるが、手首を掴まれて逆に抱きこまれる。
「君たち、ちょくちょく俺の存在を忘れるよね」
「す、すみません」
「……まだ居たのか、焔」
「うん、君は知っていてやってたよね。俺ってば涙が出ちゃいそうだよ」
「泣くなら外で頼む」
頭上でぽんぽんと交わされる軽口に、小さく笑みが漏れる。肩が震えてしまって、それに気づいた大和様が俺を見た。
「仲が宜しいのですね」
まさか、そう返された言葉も綺麗に揃っていて、余計に止まらなくなった。
社の中。差し込む月明かりの他、何もない空間。あの日、父に置いていかれた場所だ。飢えに苛まれ、怨嗟の声を上げて俺は此処で死んだ。記憶は曖昧だが、聞くに耐えない暴言を吐き散らかしたはずだ。けれど、傍らにある大和様の体温が、あの日の醜さを洗い流してくれる気がする。彼といると、自分は優しくあれるような。そんな気がするのだ。
自分と違う、鍛えられた厚い胸板に頭を寄せる。そのまま彼の体温を享受していると、大和様が俺の方に顔を寄せて、額に頬を擦り寄せた。
大和様、そう呼ぶ声が上擦って、妙な音になる。恥ずかしさに全身が熱くなり、僅かに顔を俯かせる。けれど、頬に手を添えられて上向きにされた。そっと重なる唇に、頭がくらくらとする。
「……気の流し方を、教えてくれませんか」
もっと触れてほしいと言うのは少し照れ臭くて、代わりにそう口にする。彼は柔らかく笑うと、俺の頬を撫でた。
「今から流すから、意識して受け取ってみてくれ」
そう言って、また口付けられる。いつもは緊張して訳のわからないまま与えられる刺激に酔っていたが、何とか冷静さを手繰り寄せて気の流れを探る。暖かく柔らかなものが、じわりと全身に染み渡るのを感じ取ることができた。
「俺にも印を付けてくれ」
「ぁ……」
「柊」
甘さを含んだ声が、俺の名前を読んでくれる。それだけのことに、ぶるりと身体が震えた。唇を合わせて、自分から舌を絡める。言ってしまえば唇を重ねているだけの行為なのに、爪先からゾクゾクとした痺れと熱が上がってくる。粘膜を通じて気を流すたびに、自分の腰が小さく跳ねるのが分かった。
気持ちいい、のだろうか。神子となるべく育てられてきたので、自慰すら許されなかった。土地神様のものになるのだからと、それまでは性を抑えるように言われていた。その喜びは全て、土地神様から与えられるべきものらしい。でも今、土地神様ではなく大和様に触れてもらって、この身体は喜んでいる。今となっては、大和様だけに触れてほしいと思ってしまう。咎められる事だとしても、こればかりはどうにもできない。
「や、まと、さま」
息が上がって、上手く呼べない。それでも大和様は優しく目を細めてくれる。
下肢が熱くなり、太ももを擦り合わせる。もっと触れてほしいと思うが、どんな言葉で伝えればいいのか分からない。世の恋仲の者たちは、一体どうやって先に進んでいるのか。聞いて回りたいくらいだ。
いつものように口吸いだけして離れていこうとする彼の、着物の裾を掴む。
「……やまとさま、俺に、もっと……触れては、くれませんか……?」
言ってしまってから、後悔が押し寄せてくる。俺は男だ。女人のように胸もなければ、粗末なものとはいえ股の間にあるものは隠せるようなものではない。もしかしたら、大和様は俺にそういった触れ合いを求めてなどいないのかもしれない。どうして、早くその考えが浮かばなかったのだろう。口にしてからでは遅いというのに。
「すみません……忘れて、ください……」
恥ずかしくて、自分の浅ましさに消えてしまいたくなる。眦が熱くなり、思わず俯いた。けれど、頭上から頼りない声で名前を呼ばれて顔を上げる。聞いたこともない声に目を丸くすると、眉を垂らして困り顔の大和様と目があった。
「……お前に触れたいと思う。ただ……こういった気持ちは初めてで、どう触れていいのか分からない」
もしかして、大和様も経験がないのだろうか。数えていないので詳しい年齢は分からないと言っていたが、落ち着きのある様子から、前にも恋人が居たのだと思いこんでいた。口吸いだけで赤くなる俺と違って、大和様は余裕があるように見えたのだ。けれど、目の前の彼は本当に困っているように見える。
「……それは俺も同じです。その、だから、好きなように触れれば良いのではないですか……?」
「好きなように?」
「はい。手本なんてありませんし、何より……俺は、その……貴方に触れてもらえたら嬉しい、です……」
大和様の手首に両手指を添えて、そっと持ち上げる。そうして、震える唇を、彼の手の甲に押し付けた。
「……本当に触れてもいいのか?」
抱き寄せられて、びくりと肩が跳ねる。期待か恐怖かも分からないものが心音を早めていく。
「は、はい……どうぞ……」
どうぞってなんだ。おかしくないだろうか。そう思うが、他になんと言えばいいのか。混乱した頭では出てこない。
大和様の大きな手が腿に添えられて、撫でるようにして上がっていく。着物の裾が持ち上げられて、浅ましくも熱を持つものが晒されそうになる。咄嗟に足を動かして払いそうになるが、口を塞がれてしまう。そうして、下履きは取り払われてしまった。しとどに濡れたものが晒されて、羞恥にカッと身体が熱くなる。
あやすように優しく擦り上げられて、みっともなく腰が跳ねた。自分ですら触れたことがない性器への愛撫は、想像以上に強烈で。未知の刺激が身体を貫いて、耐えるために足指をきゅっと小さく丸める。
「あ、ぁ……ん、んんっ」
「柊」
「ぁ、や、まと、さま……っ」
俺を呼ぶ声が熱く濡れて、弾んでいる。くらくらと揺らぐような視界の中で、大和様のものが立ちあがっていることに気づいた。布を押し上げて苦しそうなそれは、俺に触れているからだろうか。そう思うと嬉しくて、余計に思考が溶けていく。
そろそろと手を伸ばして、布越しに立ち上がったものを撫でる。短く息を詰める音がして、じわりと頬の熱が増すのが分かった。
「やまとさま……おれ、いっしょに、きもちよくなりたい、です」
大和様は目を丸くした後、ぐっと眉を寄せた。気に触る事を言ってしまったかと不安になるが、彼は目元を薄っすらと染めると袴を緩めてくれる。そうして取り出されたものに、少し怖じ気づきそうになった。大和様以外のものを見たことがないので大きいのかは分からないが、少なくとも俺のとは違うように見える。
戸惑っている間にも、ぬちぬちと濡れた音を響かせて上下に抜かれてしまう。駄目だ、これでは俺ばかり気持ちよくなってしまう。唇を合わせながら、俺もまた大和様のものに触れた。ドクドクと掌で脈動するのを感じて、胸が熱くなる。
「やまとさま、ぁ」
口吸いの合間に、縋るように名を呼ぶ。それだけで金の瞳が蕩けていくのがわかって、腰の疼きが強く重たくなる。感覚も鋭敏になり、大和様の手が亀頭を撫でたら不意にぱんっと弾けた。視界が明滅し、自分のものとは思えないあられもない声が飛び出る。白くぼやけたような視界が明瞭になると、意識も返ってきた。
大和様の手が、着物の衿を乱す。そうして、身体をまさぐってきた。俺も慣れないなりに手を伸ばして、大和様の着物を脱がしていく。けれど、うまく行かない。お互いに中途半端に乱れて、それがなんだか可笑しくて笑ってしまった。それに、つられたように大和様も口元を緩めてくれる。
「笑い過ぎだ」
だって、そう言おうとしたけれど口を塞がれて遮られる。押し倒されて、足を広げるように促された。恥ずかしくて堪らないが、慣らさないことには繋がれない。そろそろと足を広げると、濡れた指がつっと穴を撫でた。びくりと肩を震わせると、唇が重ねられて僅かに恐怖が解ける。
徐々に力が加えられて、ゆっくりと指が押し入ってくる。唇が離れて僅かに顔を俯けると、自分の中に大和様の指が入っているのが見えた。なかなかに凄い光景で、意識せず腰が逃げそうになる。
「柊」
けれど、名前を呼ばれただけで抵抗は簡単に封じられた。つぷっ、と押し入ってきた指は次第に増やされて、時間を掛けて中を解していく。互いの呼吸は荒くなっていて、もうどちらのものかさえ分からない。初めは違和感しか感じ取れなかったが、執拗に指で愛撫されたせいか痺れるような快感が身体を包み込んでいる。
「……そろそろ良いか」
「あっ」
指を引き抜かれる刺激に、思わず大和様の肩に縋りつく。彼は俺の頭を撫でて、唇で優しく額に触れてくれた。それだけで強張りが解けていく。
「挿れるぞ」
小さく頷いて、少しでも挿れやすいように足を広げた。足の間に身体を割り込ませるようにして、大和様がゆっくりと腰を進めてくる。亀頭部分を押し込まれて息が詰まる。苦しい。圧迫感に呼吸がままならない。けれど、それ以上に合わせた肌の感触が気持ち良かった。汗ばんだ彼の背に腕を回して、胸板に頬を擦り寄せる。
熱い。大和様の熱だ。苦しいけれど、それ以上に満たされた気持ちになるのは、大和様が触れてくれているからだろう。
「柊……っ」
「ンんっ、ぁ」
根本まで押し込まれて、これ以上ないほどに深く繋がった。繋がったまま何度か唇を触れ合わせて、そっと労るように髪を撫ぜられる。腹の奥で膨れ上がったそれはドクドクと脈打ち、大和様も時おり苦しそうに眉を寄せた。それでも、優しく触れることを止めないでくれる。
唇が触れるたびに、告白されているような気がした。労りに満ちた手に肌を撫でられるたび、嬉しさが込み上げてくる。
何も後ろ暗いことなどない。疑心なんて抱くのも失礼なほど真摯に向けられる愛情に、頭がくらくらとする。
やまとさま、おれのこと置いていかないでくれますか。
愛していると言いながら手を離した父と母のように置き去りにさえしないでくれるのなら、何をしたって構わないから傍に。
そんな言葉も、彼の熱に溶けていく。大丈夫だと思えた。彼ならと信じられた。今まで過ごした日々のすべてが、そう確信させてくれる。
「やまとさま」
少し掠れた声は、小さくて頼りなかった。それでも彼は唇を触れさせて、「どうした」と問いかけてくれる。意味のない俺の言葉に、耳を傾けてくれる。
温かな掌に撫でられ、俺は溢れるような多幸感に頬を緩めた。
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かわいい末っ子が兄たちに可愛がられ、溺愛されていくほのぼの物語。やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで、新たな人生を謳歌するマイペースで、コミカル&シリアスなクリスの物語です。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
敵国の宰相を腹上死させたくないから俺はネコになってやらない
子犬一 はぁて
BL
敵国の宰相“悪戯好きなタチ専"×囚われの身の豪族の養子"2人を腹上死させた名器“ ─二度とネコはしないと己に誓ったのに─
◇◇◇
今年で21になる。俺が受け容れた相手は皆腹上死した。中が良すぎて天国を飛び越えて冥界へ旅立ったらしい。2人連続で相手を腹上死させてからは俺はタチしかしない。ネコは二度としないと禁止したはずなのに。
俺は敵国の宰相に囚われ幽閉されていた。俺は祖国では名の知れた豪族の家の養子だった。俺と引き換えに身代金を用意させてもらってしまおうという魂胆だったようだが、養父の豪族は俺のことを「知らない男」と両断して俺を敵国へ残した。それからは幽閉を聞きつけた敵国の宰相がたびたびちょっかいをかけにやってくるようになった。
敵国の宰相は
「わたしはタチ専門だからヤりたいならお前ネコになれ」
と云う。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!
或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」
***
日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。
疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。
彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界!
リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。
しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?!
さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……?
執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人
ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー
※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇♀️
※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです
※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます
朝or夜(時間未定)1話更新予定です。
1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。
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