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12歳の疾走。
僕らしくという言葉。
その夜は、風が柔らかく窓を叩く静かな夜だった。
僕はいつも通り早めに眠りにつき、すうすうと寝息を立てていた。
……その時だった。
「……リョウ様。失礼いたします。お休み中のところを……」
耳元にそっと届いた声。
夢の中に、黒曜石のような美しさをたたえた女性が現れた。黒いメイド服を着た、黒の髪。微笑むその人は、誰あろう、闇の神・イサリナさんだった。
「イサリナさん……こんばんは……?」
「はい。夢枕を拝借しております。少々……ご機嫌伺いをと思いまして」
「フェキア王国の件、ご立派でございました。相応の罰を与えましょうか? ひとつ、天災の類でも?」
「いや、いいよ……今回は見逃してあげたい。もう充分こっちは成果あったし、フェキアにも反省はあるみたいだし」
「……慈悲深くていらっしゃる。まこと、リョウエスト様は『闇』の僕の主ながら、『光』の気配もお持ちですね」
僕は少し照れた。
「それとですね……各神から、伝言を預かっております」
イサリナさんは指をひとつひとつ折っていきながら、神々の要望を列挙し始めた。
「地の神グンヴォル様は、『ステンレスという奇跡の金属、見事だー!』とたいへんお喜びで。近々、鍛冶神の神殿に奉納をお願いしたいと」
「……ああ、ヂョウギたちも喜びそうだ」
「光の神ロスハーン様は、『供物はチョコレートがいい』と申されております」
「……甘党なんだね」
「水の神マデリエネ様は、『ご飯を。炊きたてでお願いします』とのことです」
「……しょ、食べるの?」
イサリナさんの目元が少しだけ和らぐ。
「そして火の神ナーディル様と風の神アネーシャ様は……『そろそろラーメンに取りかかって欲しい』と」
「せ、せめてお願いの順番考えて欲しい……」
「最後に、主神リーリシア様より……『あなたらしくね』とのことです。……ふふっ、少し照れておられましたよ」
その言葉を聞いた瞬間、心がふっと軽くなる。僕の恋人でもある、あの人らしいや。
「……うん。僕らしく、がんばるよ」
「それでこそ、私の主です」
イサリナさんが僕の額に指を置いた瞬間、夢の中に満ちるような深い闇と安らぎが流れた。
「では、目覚めの時です。今日も良い日でありますように」
次の瞬間、僕は目を覚ました。
すっきりとした目覚め。陽が差し込む朝の空気が、なんだか特別なものに感じられる。
「……うん、今日もがんばろう。僕らしく」
目を覚ました僕は、すぐにストークを呼んだ。
「ストーク、今日はちょっと神殿に行きたいんだけど」
「……また、何かありましたか?」
「いや、夢でね。神々から……えっと、いろいろお願いされたんだ。だから今日は『供物まわり』」
「また『夢』ですか。……了解しました。ではルートを組みましょう」
最初に訪れたのは地の神グンヴォル様の神殿だった。
ヂョウギが作った試作ステンレスの鍋とフライパンを包んで神殿の供物台へ。
神官が目を丸くする。
「こ、これは……っ!? ステンレス!? 本当に供物にするおつもりですか、リョウエスト様!」
「うん。グンヴォル様が『すばらしい!』って言ってたから。直接……いや、夢で言ってた」
神官は何かを察したように深く頷いた。
「ありがたく、奉納させていただきます……!」
次に向かったのは光の神ロスハーン様の神殿。
大理石造りの明るくて美しい神殿に、僕はチョコレートケーキとチョコロールケーキを並べた。
「……これでいいかな。ちょっと濃厚だけど」
神官が神妙な面持ちでやってきて、少し緊張しながら訊いた。
「これは……光の神に、甘味の供物とは……?」
「ロスハーン様が『チョコレートがいい』って。かなり力強く」
神官は目を細めた。
「……あの方、甘いものには目がないお方ですから」
水の神マデリエネ様の神殿には、朝炊きたての白米を、ふんわりと蒸気を立てて運んだ。
ほかほかと湯気の立つ供物を置いた瞬間、神殿内にひんやりとした水の香りが漂う。
「……すごい、ご飯に反応してる」
神官が驚きながらも、温かい眼差しを向けた。
「おそらく、『穀物の恵み』として、たいそうお喜びなのでしょうな。珍しいことです」
そして、最後に向かったのは――火の神ナーディル様と風の神アネーシャ様の神殿。
僕は胸の前で手を合わせた。
「ラーメン……作るよ。だから、ちょっと待ってて」
神殿にかすかに流れる風が、僕の髪を撫でた。
温かいような、背中を押されるような、そんな感覚がした。
ストークがぼそりと呟く。
「……神々との距離が近すぎますよ、リョウ様」
「え? 普通じゃないの?」
「……いえ、もう何も申しません」
全ての神殿をまわり終えた頃には、陽が高く昇っていた。
「ふう……けっこう歩いたなあ。でも、供えられてよかった」
神々の気配が、少しだけ近くなったような気がする……そんな満ち足りた気持ちで、僕はアトリエへと帰った。
夜。
神殿めぐりの疲れが心地よい眠気に変わり、僕は早めにベッドに入った。
「……今日は、ちゃんと供えたからね。みんな、喜んでくれてたらいいな」
そんな独り言を呟いて、目を閉じる。
そしてまた、夢の中。
そこは白くやわらかな光が差す静かな場所。空も大地もぼやけていて、まるで絹の中にいるようだった。
「……やはり、来てくれましたね」
声の方を向くと、そこにいたのは……リーリシアだった。
このユーリシアの管理神であり、僕の恋人でもある存在。
長い金の髪をたなびかせ、優しく微笑んでいた。
「やあ、リーリシア」
「こんばんは、リョウ……供物、ありがとう。みんな、ほんとうに喜んでいたわ」
「なら、よかった。……でもちょっとだけ、疲れたよ」
リーリシアはくすりと笑った。
「それでも、あなたはやるのね。誰にも命じられたわけでもないのに」
「……うん。僕らしく、って言葉が、頭から離れなかったから」
僕は素直にそう言った。
「正解かはわからないけど、神様たちと話せる僕だからこそ、やれることがあると思ったんだ」
「ええ。あなたは、誰よりも人の心を大切にする。その『らしさ』を失わない限り、私たちはあなたに力を貸します」
リーリシアは静かに歩み寄ると、僕の額にそっと触れた。
「あなたが迷った時は、こうしてまた夢に来てね。……わたしは、いつでもここにいるから」
僕はその手のぬくもりに、自然と目を閉じた。
「ありがとう、リーリシア」
「こちらこそ、ありがとう、リョウ」
次の瞬間、僕はふわりと目を覚ました。
朝の光が差し込む部屋の中。ベッドの横には、いつものようにナビが丸まって寝ていた。
「おはよう……今日も、ちゃんと『僕らしく』やろう」
神と語り合えることは、誰にも言えない秘密。
けれど、胸の奥にあるこの小さな光だけは、きっとこれからの僕を照らし続けてくれる。
僕は起き上がり、白米を炊く準備をはじめた。
今日も、誰かにとって美味しい一日になりますように。
(それと、そろそろラーメン……本気で考えないとなぁ)
僕はいつも通り早めに眠りにつき、すうすうと寝息を立てていた。
……その時だった。
「……リョウ様。失礼いたします。お休み中のところを……」
耳元にそっと届いた声。
夢の中に、黒曜石のような美しさをたたえた女性が現れた。黒いメイド服を着た、黒の髪。微笑むその人は、誰あろう、闇の神・イサリナさんだった。
「イサリナさん……こんばんは……?」
「はい。夢枕を拝借しております。少々……ご機嫌伺いをと思いまして」
「フェキア王国の件、ご立派でございました。相応の罰を与えましょうか? ひとつ、天災の類でも?」
「いや、いいよ……今回は見逃してあげたい。もう充分こっちは成果あったし、フェキアにも反省はあるみたいだし」
「……慈悲深くていらっしゃる。まこと、リョウエスト様は『闇』の僕の主ながら、『光』の気配もお持ちですね」
僕は少し照れた。
「それとですね……各神から、伝言を預かっております」
イサリナさんは指をひとつひとつ折っていきながら、神々の要望を列挙し始めた。
「地の神グンヴォル様は、『ステンレスという奇跡の金属、見事だー!』とたいへんお喜びで。近々、鍛冶神の神殿に奉納をお願いしたいと」
「……ああ、ヂョウギたちも喜びそうだ」
「光の神ロスハーン様は、『供物はチョコレートがいい』と申されております」
「……甘党なんだね」
「水の神マデリエネ様は、『ご飯を。炊きたてでお願いします』とのことです」
「……しょ、食べるの?」
イサリナさんの目元が少しだけ和らぐ。
「そして火の神ナーディル様と風の神アネーシャ様は……『そろそろラーメンに取りかかって欲しい』と」
「せ、せめてお願いの順番考えて欲しい……」
「最後に、主神リーリシア様より……『あなたらしくね』とのことです。……ふふっ、少し照れておられましたよ」
その言葉を聞いた瞬間、心がふっと軽くなる。僕の恋人でもある、あの人らしいや。
「……うん。僕らしく、がんばるよ」
「それでこそ、私の主です」
イサリナさんが僕の額に指を置いた瞬間、夢の中に満ちるような深い闇と安らぎが流れた。
「では、目覚めの時です。今日も良い日でありますように」
次の瞬間、僕は目を覚ました。
すっきりとした目覚め。陽が差し込む朝の空気が、なんだか特別なものに感じられる。
「……うん、今日もがんばろう。僕らしく」
目を覚ました僕は、すぐにストークを呼んだ。
「ストーク、今日はちょっと神殿に行きたいんだけど」
「……また、何かありましたか?」
「いや、夢でね。神々から……えっと、いろいろお願いされたんだ。だから今日は『供物まわり』」
「また『夢』ですか。……了解しました。ではルートを組みましょう」
最初に訪れたのは地の神グンヴォル様の神殿だった。
ヂョウギが作った試作ステンレスの鍋とフライパンを包んで神殿の供物台へ。
神官が目を丸くする。
「こ、これは……っ!? ステンレス!? 本当に供物にするおつもりですか、リョウエスト様!」
「うん。グンヴォル様が『すばらしい!』って言ってたから。直接……いや、夢で言ってた」
神官は何かを察したように深く頷いた。
「ありがたく、奉納させていただきます……!」
次に向かったのは光の神ロスハーン様の神殿。
大理石造りの明るくて美しい神殿に、僕はチョコレートケーキとチョコロールケーキを並べた。
「……これでいいかな。ちょっと濃厚だけど」
神官が神妙な面持ちでやってきて、少し緊張しながら訊いた。
「これは……光の神に、甘味の供物とは……?」
「ロスハーン様が『チョコレートがいい』って。かなり力強く」
神官は目を細めた。
「……あの方、甘いものには目がないお方ですから」
水の神マデリエネ様の神殿には、朝炊きたての白米を、ふんわりと蒸気を立てて運んだ。
ほかほかと湯気の立つ供物を置いた瞬間、神殿内にひんやりとした水の香りが漂う。
「……すごい、ご飯に反応してる」
神官が驚きながらも、温かい眼差しを向けた。
「おそらく、『穀物の恵み』として、たいそうお喜びなのでしょうな。珍しいことです」
そして、最後に向かったのは――火の神ナーディル様と風の神アネーシャ様の神殿。
僕は胸の前で手を合わせた。
「ラーメン……作るよ。だから、ちょっと待ってて」
神殿にかすかに流れる風が、僕の髪を撫でた。
温かいような、背中を押されるような、そんな感覚がした。
ストークがぼそりと呟く。
「……神々との距離が近すぎますよ、リョウ様」
「え? 普通じゃないの?」
「……いえ、もう何も申しません」
全ての神殿をまわり終えた頃には、陽が高く昇っていた。
「ふう……けっこう歩いたなあ。でも、供えられてよかった」
神々の気配が、少しだけ近くなったような気がする……そんな満ち足りた気持ちで、僕はアトリエへと帰った。
夜。
神殿めぐりの疲れが心地よい眠気に変わり、僕は早めにベッドに入った。
「……今日は、ちゃんと供えたからね。みんな、喜んでくれてたらいいな」
そんな独り言を呟いて、目を閉じる。
そしてまた、夢の中。
そこは白くやわらかな光が差す静かな場所。空も大地もぼやけていて、まるで絹の中にいるようだった。
「……やはり、来てくれましたね」
声の方を向くと、そこにいたのは……リーリシアだった。
このユーリシアの管理神であり、僕の恋人でもある存在。
長い金の髪をたなびかせ、優しく微笑んでいた。
「やあ、リーリシア」
「こんばんは、リョウ……供物、ありがとう。みんな、ほんとうに喜んでいたわ」
「なら、よかった。……でもちょっとだけ、疲れたよ」
リーリシアはくすりと笑った。
「それでも、あなたはやるのね。誰にも命じられたわけでもないのに」
「……うん。僕らしく、って言葉が、頭から離れなかったから」
僕は素直にそう言った。
「正解かはわからないけど、神様たちと話せる僕だからこそ、やれることがあると思ったんだ」
「ええ。あなたは、誰よりも人の心を大切にする。その『らしさ』を失わない限り、私たちはあなたに力を貸します」
リーリシアは静かに歩み寄ると、僕の額にそっと触れた。
「あなたが迷った時は、こうしてまた夢に来てね。……わたしは、いつでもここにいるから」
僕はその手のぬくもりに、自然と目を閉じた。
「ありがとう、リーリシア」
「こちらこそ、ありがとう、リョウ」
次の瞬間、僕はふわりと目を覚ました。
朝の光が差し込む部屋の中。ベッドの横には、いつものようにナビが丸まって寝ていた。
「おはよう……今日も、ちゃんと『僕らしく』やろう」
神と語り合えることは、誰にも言えない秘密。
けれど、胸の奥にあるこの小さな光だけは、きっとこれからの僕を照らし続けてくれる。
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