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12歳の疾走。
家族の形ってなんだろ。
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屋敷の中庭で、リディアと並んで歩く僕は、少しだけ緊張していた。今日はリディアとお姉さん達のお見舞いに来たのだ。
「リョウエスト、そなた…顔が固いぞ? ふふん、まさか兄嫁たちに叱られる心配でもしておるのか?」
肩を寄せてきたリディアが、からかうように笑う。人間の姿になっているけれど、その金の瞳と背筋の通った立ち姿には、やっぱりどこか『龍』の誇りが滲んでいる。
「叱られないよ。今日はお見舞いだも ん。みんな、元気だといいな」
「わらわも会うのは楽しみじゃ。マリカの声は凛としておるし、ケリィは穏やかで、ジェンは…む、なんと申せばよいか…あれじゃな、『静かな湖』のような…」
「リディア、それ、本人の前で言わないでね?」
「言わぬとも。けれど、そなたが心を寄せておること、みな気づいておるじゃろ?」
僕は少しむっとして、扉をノックした。
「リョウ!遅かったわね!」
開けた途端、ぱあっと明るい声が響いた。兄嫁マリカが、まっすぐに立ち上がる。
「歩いちゃだめって、ラクラ薬師が…!」
「なぁに、歩くくらい平気よ。ほら、ケリィもいるし」
奥ではケリィ兄嫁が、両手をお腹の上に重ねて微笑んでいた。
「リョウエスト様、お元気そうで安心いたしました。リディア様も、お越しくださりありがとうございます」
「うむ、わらわも元気じゃ。そなたたちの顔を見れば、なおさら元気になるわ」
「…リョウ、こっち…」
控えめな声に振り向くと、カーテンの影からジェン兄嫁がひょいと顔を出す。ほんの少し、僕にだけ笑いかけてくれた。
その横に、ティルシェードがいた。水竜人の代表。だけど、今はただ、姉のそばにいる『弟』の顔をしていた。
「久しぶりだね、ティル」
「ああ。元気だったか、リョウ。姉上は……今日はよく眠れたみたいで、よかった」
「…ティルは、朝から…歌を歌ってくれたの。昔の歌…」
「え? 歌うの?」
思わず聞き返すと、ティルは少し照れたように目を伏せた。
「……小さい頃、姉上がよく歌ってくれてた歌だ。今度は、俺が……返してやりたいと思って」
「…ふふ…へたっぴだったけど…ね」
ジェンがくすっと笑った。
「そうか、よい弟じゃのう。わらわには弟も姉も、おらぬゆえ、少々…うらやましくもある」
そう言ったリディアの横顔は、ちょっとだけ寂しそうだった。
「…赤ちゃんは、三人とも順調」
ジェン兄嫁が言った。そっと自分のお腹をなでながら。
「わたくしの子は……けっこう動きが活発でして、昨夜も蹴られて目が覚めました」
ケリィ兄嫁が苦笑すると、
「うちの子もよ。もう中で剣の稽古でもしてるんじゃないかってくらいよ!」
マリカ兄嫁が豪快に笑った。こうして笑っている三人を見ると、なんだか少し安心する。
「ティル、赤ちゃんの話って……苦手だったりする?」
僕が尋ねると、ティルシェードは少し首をかしげた。
「いや、嫌いじゃない。俺も、卵から孵ったときのことは……先生に教えてもらったんだ」
「…卵……」
リディアが反応した。小さな声で、繰り返すように。
「…ドラゴンも卵生じゃ。けれど、わらわは……ひとりで殻を割って、ひとりで火山の麓を歩いておった。あのとき、誰もおらなんだ」
皆が少し黙った。リディアは静かに遠くを見ていた。普段、明るく「わらわは~」と笑っている彼女の声が、少しだけ震えていた。
「……でも、リディア様」
ジェン兄嫁が、ふっと口を開いた。
「…いま、ここには……誰かがいる。わたしも……かつては、ひとりだったけど……でも、今は違う」
その言葉に、リディアは目を見開いた。
「…ジェン様……」
「…わたしの弟は……小さなころ、病気だった。苦しかったと思う。助けられなかったけど……それでも、また会えた。話せる。触れられる。……それって、すごいこと」
ティルが、姉の横で小さくうなずいた。
「リディア様、あなたがひとりで殻を割っても……今は、俺たちがいる。竜とか人とか関係なく……姉上も、俺も、リョウも」
「ケリィもおりますよ。マリカ様も、もちろん」
「当然よ!貴女のこと、ちゃんと『家族』だって思ってるんだから!」
リディアは目を伏せたまま、少しだけ唇を噛んだ。
「……わらわ、そういったことには……疎くてな。どう返せばよいか、わからぬのじゃ」
「返さなくていいよ」
僕は立ち上がって、リディアの手を取った。
「僕たちは、勝手にリディアのこと、好きなんだ。大事なんだ。それだけ」
リディアは一瞬、驚いたように目を瞬かせて――次の瞬間、ふっと笑った。
「……なんと、ずるい言い回しじゃな。それでは、わらわも……勝手にそなたたちを、大事にしてしまうぞ?」
そう言って、リディアは僕の手を握り返した。あたたかくて、少し震えていた。
「…ねえ、リョウ。生まれてくる赤ちゃんたちって、どんな顔すると思う?」
「どんなって……まだわからないけど。笑ってくれたら、うれしいな」
「…ふふ、うん。笑ってくれたら…それだけで、救われるよね」
「ジェン様、きっと立派なお母様になられますよ」
ケリィ兄嫁が優しく言うと、
「そりゃ当然よ!私たち三人とも、でしょ?」
マリカ兄嫁が胸を張った。その姿にティルシェードが微笑む。
「……俺、思うんだ。姉上が奴隷にされて、生き別れて……そのことを全部背負って、それでも笑ってくれている。だから……俺も、この国を、弱い者が傷つかない場所にしたいって」
「ティル……」
ジェン兄嫁が、ふっと目を細めた。
「…そっか。立派になったね。……あのとき、がんばってよかった…」
その目には、かすかに涙が浮かんでいた。
「ティルは、すごく優しいよ。僕も、そう思う」
僕がそう言うと、リディアがくすりと笑った。
「……水竜人も、ドラゴンも、人も……『子』は、親の意思を継いで育つのかもしれぬな。ティル殿の背には、ジェン殿の意思が、確かに宿っておる」
「…わたし、そんなに……偉くないよ」
「それでも、わらわには見えるぞ。『ひとりだった者』が、新たに縁をつなごうとしておる姿が、のう」
リディアの声は、穏やかで、けれど芯があった。
「……なら、わらわも……家族を知ってゆきたい。そなたたちと共に。これからも、そばにいてくれるか?」
「もちろんだよ、リディア」
僕は迷いなく答えた。
「リディアは、もう僕たちの家族だよ」
「……うむ。ならば、わらわも“家族”らしく……なにか、お主らにできることを、してみるとするかの」
「たとえば?」
「ふふふ、それは秘密じゃ。……そなたが『おじ』になる日、わらわが祝ってやるのじゃ。盛大にな」
「やめて、それ絶対騒がしくなる!」
みんなが笑った。マリカ兄嫁も、ケリィ兄嫁も、ジェン兄嫁も、ティルも、そしてリディアも……誰もが、柔らかく、嬉しそうに。
家族って、血のつながりだけじゃない。時間をかけて、気持ちを通わせて、少しずつ育っていくものなんだ。そう思った。
「リョウエスト、そなた…顔が固いぞ? ふふん、まさか兄嫁たちに叱られる心配でもしておるのか?」
肩を寄せてきたリディアが、からかうように笑う。人間の姿になっているけれど、その金の瞳と背筋の通った立ち姿には、やっぱりどこか『龍』の誇りが滲んでいる。
「叱られないよ。今日はお見舞いだも ん。みんな、元気だといいな」
「わらわも会うのは楽しみじゃ。マリカの声は凛としておるし、ケリィは穏やかで、ジェンは…む、なんと申せばよいか…あれじゃな、『静かな湖』のような…」
「リディア、それ、本人の前で言わないでね?」
「言わぬとも。けれど、そなたが心を寄せておること、みな気づいておるじゃろ?」
僕は少しむっとして、扉をノックした。
「リョウ!遅かったわね!」
開けた途端、ぱあっと明るい声が響いた。兄嫁マリカが、まっすぐに立ち上がる。
「歩いちゃだめって、ラクラ薬師が…!」
「なぁに、歩くくらい平気よ。ほら、ケリィもいるし」
奥ではケリィ兄嫁が、両手をお腹の上に重ねて微笑んでいた。
「リョウエスト様、お元気そうで安心いたしました。リディア様も、お越しくださりありがとうございます」
「うむ、わらわも元気じゃ。そなたたちの顔を見れば、なおさら元気になるわ」
「…リョウ、こっち…」
控えめな声に振り向くと、カーテンの影からジェン兄嫁がひょいと顔を出す。ほんの少し、僕にだけ笑いかけてくれた。
その横に、ティルシェードがいた。水竜人の代表。だけど、今はただ、姉のそばにいる『弟』の顔をしていた。
「久しぶりだね、ティル」
「ああ。元気だったか、リョウ。姉上は……今日はよく眠れたみたいで、よかった」
「…ティルは、朝から…歌を歌ってくれたの。昔の歌…」
「え? 歌うの?」
思わず聞き返すと、ティルは少し照れたように目を伏せた。
「……小さい頃、姉上がよく歌ってくれてた歌だ。今度は、俺が……返してやりたいと思って」
「…ふふ…へたっぴだったけど…ね」
ジェンがくすっと笑った。
「そうか、よい弟じゃのう。わらわには弟も姉も、おらぬゆえ、少々…うらやましくもある」
そう言ったリディアの横顔は、ちょっとだけ寂しそうだった。
「…赤ちゃんは、三人とも順調」
ジェン兄嫁が言った。そっと自分のお腹をなでながら。
「わたくしの子は……けっこう動きが活発でして、昨夜も蹴られて目が覚めました」
ケリィ兄嫁が苦笑すると、
「うちの子もよ。もう中で剣の稽古でもしてるんじゃないかってくらいよ!」
マリカ兄嫁が豪快に笑った。こうして笑っている三人を見ると、なんだか少し安心する。
「ティル、赤ちゃんの話って……苦手だったりする?」
僕が尋ねると、ティルシェードは少し首をかしげた。
「いや、嫌いじゃない。俺も、卵から孵ったときのことは……先生に教えてもらったんだ」
「…卵……」
リディアが反応した。小さな声で、繰り返すように。
「…ドラゴンも卵生じゃ。けれど、わらわは……ひとりで殻を割って、ひとりで火山の麓を歩いておった。あのとき、誰もおらなんだ」
皆が少し黙った。リディアは静かに遠くを見ていた。普段、明るく「わらわは~」と笑っている彼女の声が、少しだけ震えていた。
「……でも、リディア様」
ジェン兄嫁が、ふっと口を開いた。
「…いま、ここには……誰かがいる。わたしも……かつては、ひとりだったけど……でも、今は違う」
その言葉に、リディアは目を見開いた。
「…ジェン様……」
「…わたしの弟は……小さなころ、病気だった。苦しかったと思う。助けられなかったけど……それでも、また会えた。話せる。触れられる。……それって、すごいこと」
ティルが、姉の横で小さくうなずいた。
「リディア様、あなたがひとりで殻を割っても……今は、俺たちがいる。竜とか人とか関係なく……姉上も、俺も、リョウも」
「ケリィもおりますよ。マリカ様も、もちろん」
「当然よ!貴女のこと、ちゃんと『家族』だって思ってるんだから!」
リディアは目を伏せたまま、少しだけ唇を噛んだ。
「……わらわ、そういったことには……疎くてな。どう返せばよいか、わからぬのじゃ」
「返さなくていいよ」
僕は立ち上がって、リディアの手を取った。
「僕たちは、勝手にリディアのこと、好きなんだ。大事なんだ。それだけ」
リディアは一瞬、驚いたように目を瞬かせて――次の瞬間、ふっと笑った。
「……なんと、ずるい言い回しじゃな。それでは、わらわも……勝手にそなたたちを、大事にしてしまうぞ?」
そう言って、リディアは僕の手を握り返した。あたたかくて、少し震えていた。
「…ねえ、リョウ。生まれてくる赤ちゃんたちって、どんな顔すると思う?」
「どんなって……まだわからないけど。笑ってくれたら、うれしいな」
「…ふふ、うん。笑ってくれたら…それだけで、救われるよね」
「ジェン様、きっと立派なお母様になられますよ」
ケリィ兄嫁が優しく言うと、
「そりゃ当然よ!私たち三人とも、でしょ?」
マリカ兄嫁が胸を張った。その姿にティルシェードが微笑む。
「……俺、思うんだ。姉上が奴隷にされて、生き別れて……そのことを全部背負って、それでも笑ってくれている。だから……俺も、この国を、弱い者が傷つかない場所にしたいって」
「ティル……」
ジェン兄嫁が、ふっと目を細めた。
「…そっか。立派になったね。……あのとき、がんばってよかった…」
その目には、かすかに涙が浮かんでいた。
「ティルは、すごく優しいよ。僕も、そう思う」
僕がそう言うと、リディアがくすりと笑った。
「……水竜人も、ドラゴンも、人も……『子』は、親の意思を継いで育つのかもしれぬな。ティル殿の背には、ジェン殿の意思が、確かに宿っておる」
「…わたし、そんなに……偉くないよ」
「それでも、わらわには見えるぞ。『ひとりだった者』が、新たに縁をつなごうとしておる姿が、のう」
リディアの声は、穏やかで、けれど芯があった。
「……なら、わらわも……家族を知ってゆきたい。そなたたちと共に。これからも、そばにいてくれるか?」
「もちろんだよ、リディア」
僕は迷いなく答えた。
「リディアは、もう僕たちの家族だよ」
「……うむ。ならば、わらわも“家族”らしく……なにか、お主らにできることを、してみるとするかの」
「たとえば?」
「ふふふ、それは秘密じゃ。……そなたが『おじ』になる日、わらわが祝ってやるのじゃ。盛大にな」
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