【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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12歳の疾走。

二杯目は、次の約束の時に。

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 雨上がりの午後、アトリエの銅釜はまだかすかに温かく、蒸留酒の香りが木壁にしみこんでいた。窓辺で本を閉じたエメイラ……本名エメイラヒルデ、僕の守護者であり魔術の師……は、視線だけで「背筋を伸ばしなさい」と告げてくる。扉が三度、礼儀正しく叩かれた。

「コリント王国名誉伯、リョウエスト殿にご挨拶を。ミッソリーナ王国、外交部副長官ボガードと申します」

 柔らかな恰幅の男が、雨粒の残る外套を従者に預け、深く一礼した。目が笑っている。料理人のように手の指がよく動く。

「遠路をありがとう。狭いけど、座ってください。……立ったままだと蒸気でのぼせます」
「お心づかい、痛み入ります。まず、謝意と謝罪を――」

 彼は胸に手を当て、ことばを選ぶように息を整えた。

「かつて我が国は、あなたに危害を加えました。その不義のゆえ、六大神より五つの課題を受け――農と職の尊び、権威の殻を捨てて民と語り、異種族を対等に迎え、公正な裁きを徹底し、罪なき者を二度と傷つけぬ――我らはそれを国是として進めております。今日は、その現状をご説明し、そして……あなたと、新しい時代を共にしたいと伝えに来ました」

 エメイラがほんの一瞬だけまぶたを伏せる。僕はうなずき、作業台の上の薄い封筒を指で揃えた。ヤワラン摂政宛ての手紙、そして返事。五年分、紙の匂いが重なっている。

「手紙は読んでくれていましたか」
「拝読しました。摂政は、殿からの一文一文を、夜灯のそばに置いて……味わうように。『道具は人を救うために作るべきだ』――あの言葉は、法曹にも農官にも回覧されました」

 ボガードの声は、遠い厨房で煮込みが静かに合う温度に落ちつく時のようだった。

「なら、そろそろ実地で味見をしましょう」

 僕は棚の奥から透明な瓶を取り出した。新しい蒸留器で抜いたばかりの酒だ。光がガラスの肩で跳ね、甘い穀の匂いと、火と水の記憶が立ちのぼる。小さな杯を三つ……僕と、客と、そしてエメイラの前に。

「これはね、歴史を飲むお酒だよ」

 ボガードが目を瞬かせた。エメイラは口元に指を当て、黙って僕を見る。

「火にかけ、分けて、澄ませる。過ちと功績、歓声と嘆息。時間の中で混ざったものを、ゆっくり蒸気にして、もう一度ひとつに戻す。舌に乗せれば、昔の出来事も、これからの約束も、ちゃんと熱を持つ。僕とミッソリーナ王国が、このお酒で新しく幸せにやっていけますように」

「……なんと美しい比喩か」

 ボガードは椅子から半ば立ち上がり、杯を受けた。指の腹がわずかに震えている。

「乾杯を」
「乾杯」

 三つの杯が小さく鳴った。酒は鋭くなく、細い糸のように長く続いて、のどの奥でやわらかくほどけた。エメイラは一口で止め、視線を外にやる。雲間の光が机の上を一歩だけ進む。

「ご報告を続けてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」

 ボガードは懐から小冊子を出した。手書きの表で、市場の税制が見直され、職人の査定基準に“修繕”が加わったこと、農地の水利が共同管理に変わったこと、裁判の記録が公開され意見箱が設けられたことなど箇条が瑞々しく並ぶ。

「正直、全部がうまくいくわけじゃないでしょう」
「はい。人はすぐには変われません。ですが、鍋の火と同じで、吹きこぼれさせず、冷まし過ぎず、見張り続ければ味は出ます。……私は料理が好きでしてね、改革を考える時、いつも台所の譬えになります」

「僕も台所は好きです。蒸留器は鍋の親戚だし」

 二人で笑った。笑いの隣で、エメイラの肩がかすかに揺れた。視線が合うと、彼女はそっと目を細める。そこに、言葉は要らない。

「もう一つ。殿が五年のあいだに示された諸発明、あれらは我が国に希望をもたらします。ですが、それ以上に――」

 ボガードは言い淀み、杯を手に持ち直した。

「あなたが“赦し”を先に口にされたこと。六大神の課題を盾に、我らを蔑むこともできたはずなのに、殿は手紙で、対話の席を残してくださった。それが国を動かしました。私はその礼を、まず伝えに来たのです」

「赦しって、僕の都合でもあります。怒ってると、味がわからなくなるから」

「なんと……」

 ボガードは目尻を拭き、笑ってごまかした。

「では、約束をもうひとつ。この酒に合う料理を、私が考えましょう。脂の乗りすぎない白身に、香草と柑橘を少し――あるいは穀の甘みを引き立てる豆のペースト。殿の舌で確かめていただきたい」

「楽しみにしてます。僕も、冷たい保存の仕組みをもっと整える予定です。遠くの台所と、うちの食卓が仲良くできるように」

「ええ。……いずれ、殿の言う“歴史の味”を、我が国の民にも」

 彼は言葉を切り、静かに頭を下げた。僕はうなずいた。それは、急がない「いずれ」だ。急いで混ぜれば、味は濁る。今日のところは、同じ鍋の前に並んで、火加減を学び合うだけでいい。

 気がつくと、窓の外は澄み、銅釜の影が床にくっきり伸びていた。エメイラが小さく咳払いをし、僕の空の杯を指先で示す。それは「飲み過ぎない」という合図でもあり、「よくやったわね」という褒美でもある。

「ボガードさん」
「はい」

「二杯目は、次の約束の時に」

 彼は笑った。僕も笑った。歴史の余韻が、木壁の向こうまであたたかく広がっていく。
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