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12歳の疾走。
小人伯と飛行船改良。
訓練は朝焼けといっしょに始まった。
「風向き良し、係留綱よし、バラストは――水袋八、砂袋四!」
ドライの号令に、青の技が一斉に動く。籠の床には目盛りと小さな溝が刻まれ、袋を滑らせるだけで重心が移るようにしてある。ヂョウギとドワーフ達が再設計した“安定化床”だ。
「重心は“半歩前”で固定、横風は舵で殺す!」
ミザーリが籠縁から外の旗を見て声を飛ばす。彼女の後ろで、エメイラが軽く指を払うと、わずかな突風の棘が丸まった。
「出力、三割から」
僕が合図すると、三重螺旋の炎孔が静かに咲き、ジルケルスパイダーの袋が息を吸う。極薄の面は、いまや縫い代の段差すら最小化され、口金の遮熱襟には反射板が増設された。籠は舟形の半剛体フレーム。ヂョウギが胸を張る。
「リョウ様にだけ申し上げますが、今回の籠は“軋みで知らせる”仕掛けにござる。限界一点手前で必ず鳴く」
「やり過ぎなくて助かるよ」
一号機の手順書を起点に、訓練メニューは三倍になった。離陸前の指差し確認、緊急排気弁の点検、バラスト投棄の角度とタイミング、係留綱の受け渡し、青の技は無言のまま頷き、綱のテンションを指の腹で読む。ストークは帳面をめくり、ギピアは温い蜂蜜湯を合図の合間に差し出した。
試作二号機は、まず“揺れを止めるための形”に徹した。袋の縦骨(ゴア)を増やして、内側に帆桁のような布リブを浮かせる。これが効いて、横風に叩かれても弾むように戻る。
「二号、係留高度三丈で安定……降ろす」
エメイラが風を寝かし、ドライが綱を送る。地面にキスをした瞬間、ヂョウギが工具を抱えて駆け寄った。
「次は“舵”でしょう!」
「ええ、“空の舵”だ」
僕とヂョウギは顔を見合わせ、三号機の図面に大きな尾翼を描き足した。
――――
三号機の骨組みが半分できた頃、アトリエの門から小さな行列が飛び込んできた。先頭の小柄な少年が、息を弾ませて叫ぶ。
「リョウエスト! 来たよ!」
「小人伯(こびとはく)、ようこそ」
僕が笑うより早く、彼は手紙をひらひらさせる。
「君の報告書、ボク読んだ! おじいの夢が半分かなったね!」
――“老小人”が生涯をかけた飛行研究のことだ。彼の目は夏空みたいに澄んでいた。
「半分、ね。じゃあ、残り半分を……」
「いま乗って埋める!」
少年口調で胸を張る小人伯。後ろの随員の小人族が、工具箱と図面の束を抱えてうんうん頷いている。機械オタクの匂いがする。
「安全装置、説明を」
ストークが即座に前へ出る。小人伯は頷いてから、身長が足りず籠縁が見えないことに気づき、むっとした。
「クッションを! ……うう、ありがとう」
ギピアが座布団を二枚重ねて渡すと、彼は大人しく腰かけた。ミザーリとドライが両脇に立ち、アインスが綱の張りを見張る。
「じゃ、係留三丈。出力、二割から」
僕が合図し、風見が踊る。小人伯は目をきらきらさせて空を掴む仕草をした。
「浮いた! うわ、地面が遠い! ボク、笑ってる? 笑ってるよね!」
「はい、殿下、見事に」
ツヴァイが無表情で言うと、周りが吹き出した。小人伯はくるりとこちらを向き、籠の床を指で叩く。
「これ、水袋の位置だけでバランス変えられるの? 賢い! でも、もっと“進む力”がほしい」
「進む力……」
僕はふと、工房の棚に立てかけてある短いシャフトを思い出す。
「小型船舶用の推進機を、空用に?」
「やろう!」
小人伯が跳ねた。
「ボク、あれ好き! 水で回してたやつだよね? 空なら、もっと軽い羽根で、角度変えられるようにしてさ!」
「可変ピッチか」
ヂョウギの眉がぴくりと動く。
「軽い材料はノームの板材がある。軸受けを木と革で……いや、真鍮の方が熱で歪まぬ」
「減速は?」
ドライが問うと、小人族のひとりがぴょんと手を挙げた。
「ボク、踏車(トレッドル)でやりたい! 二人乗りで交互に踏んで、ベルトで回すの! 水上では静かでよかったから、空でも静かがいい!」
「静かな推進、賛成」
エメイラがうなずく。
「風を乱さないのは、魔法の補助にもやさしいから」
「安全第一。手離しで止まる機構をつけてください」
顔を出していたお母さんが慌てて言う。小人族のオタク達が一斉に「はい!」と返事した。やり過ぎな目が光る。
――――
数日後、アトリエ裏は小人族とドワーフの“戦場”になった。
「ピッチ角、もう二度寝かせて!」
「いや、三度立てるべし!」
「軽さ優先!」
「強度優先!」
「じゃあ軽強優先!」
誰かが新語を作るたび、図面に矢印が増えていく。ヂョウギが腕を組んで唸る。
「半剛体の竜骨に、尾翼三枚……これは、もはや飛行船ですね」
「いいじゃない! ボク、こういう混ぜ方大好き!」
小人伯が満面の笑みで親指を立てる。
「気球の優しさと、船の意思を足して、空の船にするの!」
僕は笑って頷いた。
「“空の船”。いい名だ」
推進機の羽根は、ジルケルスパイダー布と薄板のサンドイッチ。骨はノーム材、ハブは真鍮、小さな可変機構に小人族が群がる。踏車は籠の中央に据えて、二人で交互に踏むと滑らかに回る。
「回転数、上がりすぎたらこの止め金を離す。すぐ空転して止まる」
ゼクスが淡々と説明し、フィアが安全針を縫い留める。フュンフは尾翼の端を撫でて「きれい」と微笑んだ。ツヴァイは全金具に目印を付け、アインスは全体を見渡して小さく頷く。気球に関していえば彼らはスペシャリストになりつつある。任務の時と違って笑い顔が多い。
「じゃ、混成三号、試す?」
夕暮れ、係留を強めにしてテストを開始。炎が咲き、袋が息を吸う。尾翼が空気を掴み、舵が手に返す。
「踏むよ!」
小人伯がトレッドルに足をかけ、もう一人の小人族が反対側に乗る。踏む、踏む、踏む。推進機が回り、風が前から後ろへ流れる感覚。籠がかすかに鳴り、縄が歌う。
「横ずれ、消えた!」
ミザーリの声。
「前に出るわ」
エメイラの魔力視が淡く光る。
「係留綱、保持、保持。いまの角度を覚えろ!」
ドライが叫び、青の技が綱を微調整。僕は風見と速度板を見比べる。
「推力、出てる。角度、よし。……“空の船”が、進んでる」
「ボク、泣いてる?」
「ええ、殿下、見事に」
ツヴァイの無表情な返しで、みんながまた笑う。小人伯は袖で目をこすり、さらに踏んだ。
「おじい! 見てる? 半分どころか、七割かなったよ!」
「七割は言い過ぎ」
と僕は笑う。
「でも、道は見えた」
「見えたら、走る!」
「飛ぶ、だよ」
「飛ぶ!」
推進を止め、ゆっくり降ろす。地面に触れた瞬間、アトリエ裏に歓声が爆ぜた。お婆さん達が目を細め、子ども達が跳ね、丁稚衆が肩を叩き合う。ヂョウギは天を仰ぎ、ストークは深く一礼した。キッカが掌に蜂蜜湯をのせて、小人伯に差し出す。
「お疲れさま、殿下。喉に甘い勝利を」
「おいしい! ……ねえ、リョウエスト」
小人伯が湯飲みを抱えたまま、ぐっと顔を近づける。
「これ、王様に見せよう?」
「もちろん」
僕は即答した。
「王都で公開の前に、まずは陛下の目の前で安全に」
「うん、ボク、陛下のびっくり顔が好き!」
少年みたいに笑う。
「じゃ、一緒に城へ。約束!」
「約束」
小人伯は両手を広げて、そのまま勢いよく小人族たちの輪に飛び込んだ。
「みんな、準備だ! 推進機の予備、尾翼の替え、綱の新しいの、ぜんぶ詰める! やり過ぎ注意!」
「殿下が言うのか、それを」
ヂョウギが苦笑し、僕も肩をすくめた。やり過ぎな情熱は、今日も空を撫でる。
夕闇が降りる。袋は畳まれ、籠はカバーを被り、図面は紐で束ねられる。青の技が静かに警備に就き、エメイラは風の匂いを確かめ、ミザーリは夜の見張りを組む。ストークは出立の段取りを作り、ギピアは軽い夜食を並べた。
帰り際、小人伯がくるりと振り向いた。
「リョウエスト、今日、最高だった! また明日!」
「また明日。空の船は逃げないから」
「うん、ボクらが追いつく!」
手を振り合い、小人伯と機械オタク達は足取り軽く去っていく。彼らの背中に、薄い風が追いかけて、どこかで小さな鈴を鳴らした。
夜空を見上げる。星は多く、遠い。けれど、もう“遠いだけ”じゃない。
僕は掌を広げて、今日の風をそっと畳んだ。
……王様に見せよう。空の船と、やり過ぎな情熱と、みんなの笑顔を。
約束は交わした。次は、飛ぶだけだ。
「風向き良し、係留綱よし、バラストは――水袋八、砂袋四!」
ドライの号令に、青の技が一斉に動く。籠の床には目盛りと小さな溝が刻まれ、袋を滑らせるだけで重心が移るようにしてある。ヂョウギとドワーフ達が再設計した“安定化床”だ。
「重心は“半歩前”で固定、横風は舵で殺す!」
ミザーリが籠縁から外の旗を見て声を飛ばす。彼女の後ろで、エメイラが軽く指を払うと、わずかな突風の棘が丸まった。
「出力、三割から」
僕が合図すると、三重螺旋の炎孔が静かに咲き、ジルケルスパイダーの袋が息を吸う。極薄の面は、いまや縫い代の段差すら最小化され、口金の遮熱襟には反射板が増設された。籠は舟形の半剛体フレーム。ヂョウギが胸を張る。
「リョウ様にだけ申し上げますが、今回の籠は“軋みで知らせる”仕掛けにござる。限界一点手前で必ず鳴く」
「やり過ぎなくて助かるよ」
一号機の手順書を起点に、訓練メニューは三倍になった。離陸前の指差し確認、緊急排気弁の点検、バラスト投棄の角度とタイミング、係留綱の受け渡し、青の技は無言のまま頷き、綱のテンションを指の腹で読む。ストークは帳面をめくり、ギピアは温い蜂蜜湯を合図の合間に差し出した。
試作二号機は、まず“揺れを止めるための形”に徹した。袋の縦骨(ゴア)を増やして、内側に帆桁のような布リブを浮かせる。これが効いて、横風に叩かれても弾むように戻る。
「二号、係留高度三丈で安定……降ろす」
エメイラが風を寝かし、ドライが綱を送る。地面にキスをした瞬間、ヂョウギが工具を抱えて駆け寄った。
「次は“舵”でしょう!」
「ええ、“空の舵”だ」
僕とヂョウギは顔を見合わせ、三号機の図面に大きな尾翼を描き足した。
――――
三号機の骨組みが半分できた頃、アトリエの門から小さな行列が飛び込んできた。先頭の小柄な少年が、息を弾ませて叫ぶ。
「リョウエスト! 来たよ!」
「小人伯(こびとはく)、ようこそ」
僕が笑うより早く、彼は手紙をひらひらさせる。
「君の報告書、ボク読んだ! おじいの夢が半分かなったね!」
――“老小人”が生涯をかけた飛行研究のことだ。彼の目は夏空みたいに澄んでいた。
「半分、ね。じゃあ、残り半分を……」
「いま乗って埋める!」
少年口調で胸を張る小人伯。後ろの随員の小人族が、工具箱と図面の束を抱えてうんうん頷いている。機械オタクの匂いがする。
「安全装置、説明を」
ストークが即座に前へ出る。小人伯は頷いてから、身長が足りず籠縁が見えないことに気づき、むっとした。
「クッションを! ……うう、ありがとう」
ギピアが座布団を二枚重ねて渡すと、彼は大人しく腰かけた。ミザーリとドライが両脇に立ち、アインスが綱の張りを見張る。
「じゃ、係留三丈。出力、二割から」
僕が合図し、風見が踊る。小人伯は目をきらきらさせて空を掴む仕草をした。
「浮いた! うわ、地面が遠い! ボク、笑ってる? 笑ってるよね!」
「はい、殿下、見事に」
ツヴァイが無表情で言うと、周りが吹き出した。小人伯はくるりとこちらを向き、籠の床を指で叩く。
「これ、水袋の位置だけでバランス変えられるの? 賢い! でも、もっと“進む力”がほしい」
「進む力……」
僕はふと、工房の棚に立てかけてある短いシャフトを思い出す。
「小型船舶用の推進機を、空用に?」
「やろう!」
小人伯が跳ねた。
「ボク、あれ好き! 水で回してたやつだよね? 空なら、もっと軽い羽根で、角度変えられるようにしてさ!」
「可変ピッチか」
ヂョウギの眉がぴくりと動く。
「軽い材料はノームの板材がある。軸受けを木と革で……いや、真鍮の方が熱で歪まぬ」
「減速は?」
ドライが問うと、小人族のひとりがぴょんと手を挙げた。
「ボク、踏車(トレッドル)でやりたい! 二人乗りで交互に踏んで、ベルトで回すの! 水上では静かでよかったから、空でも静かがいい!」
「静かな推進、賛成」
エメイラがうなずく。
「風を乱さないのは、魔法の補助にもやさしいから」
「安全第一。手離しで止まる機構をつけてください」
顔を出していたお母さんが慌てて言う。小人族のオタク達が一斉に「はい!」と返事した。やり過ぎな目が光る。
――――
数日後、アトリエ裏は小人族とドワーフの“戦場”になった。
「ピッチ角、もう二度寝かせて!」
「いや、三度立てるべし!」
「軽さ優先!」
「強度優先!」
「じゃあ軽強優先!」
誰かが新語を作るたび、図面に矢印が増えていく。ヂョウギが腕を組んで唸る。
「半剛体の竜骨に、尾翼三枚……これは、もはや飛行船ですね」
「いいじゃない! ボク、こういう混ぜ方大好き!」
小人伯が満面の笑みで親指を立てる。
「気球の優しさと、船の意思を足して、空の船にするの!」
僕は笑って頷いた。
「“空の船”。いい名だ」
推進機の羽根は、ジルケルスパイダー布と薄板のサンドイッチ。骨はノーム材、ハブは真鍮、小さな可変機構に小人族が群がる。踏車は籠の中央に据えて、二人で交互に踏むと滑らかに回る。
「回転数、上がりすぎたらこの止め金を離す。すぐ空転して止まる」
ゼクスが淡々と説明し、フィアが安全針を縫い留める。フュンフは尾翼の端を撫でて「きれい」と微笑んだ。ツヴァイは全金具に目印を付け、アインスは全体を見渡して小さく頷く。気球に関していえば彼らはスペシャリストになりつつある。任務の時と違って笑い顔が多い。
「じゃ、混成三号、試す?」
夕暮れ、係留を強めにしてテストを開始。炎が咲き、袋が息を吸う。尾翼が空気を掴み、舵が手に返す。
「踏むよ!」
小人伯がトレッドルに足をかけ、もう一人の小人族が反対側に乗る。踏む、踏む、踏む。推進機が回り、風が前から後ろへ流れる感覚。籠がかすかに鳴り、縄が歌う。
「横ずれ、消えた!」
ミザーリの声。
「前に出るわ」
エメイラの魔力視が淡く光る。
「係留綱、保持、保持。いまの角度を覚えろ!」
ドライが叫び、青の技が綱を微調整。僕は風見と速度板を見比べる。
「推力、出てる。角度、よし。……“空の船”が、進んでる」
「ボク、泣いてる?」
「ええ、殿下、見事に」
ツヴァイの無表情な返しで、みんながまた笑う。小人伯は袖で目をこすり、さらに踏んだ。
「おじい! 見てる? 半分どころか、七割かなったよ!」
「七割は言い過ぎ」
と僕は笑う。
「でも、道は見えた」
「見えたら、走る!」
「飛ぶ、だよ」
「飛ぶ!」
推進を止め、ゆっくり降ろす。地面に触れた瞬間、アトリエ裏に歓声が爆ぜた。お婆さん達が目を細め、子ども達が跳ね、丁稚衆が肩を叩き合う。ヂョウギは天を仰ぎ、ストークは深く一礼した。キッカが掌に蜂蜜湯をのせて、小人伯に差し出す。
「お疲れさま、殿下。喉に甘い勝利を」
「おいしい! ……ねえ、リョウエスト」
小人伯が湯飲みを抱えたまま、ぐっと顔を近づける。
「これ、王様に見せよう?」
「もちろん」
僕は即答した。
「王都で公開の前に、まずは陛下の目の前で安全に」
「うん、ボク、陛下のびっくり顔が好き!」
少年みたいに笑う。
「じゃ、一緒に城へ。約束!」
「約束」
小人伯は両手を広げて、そのまま勢いよく小人族たちの輪に飛び込んだ。
「みんな、準備だ! 推進機の予備、尾翼の替え、綱の新しいの、ぜんぶ詰める! やり過ぎ注意!」
「殿下が言うのか、それを」
ヂョウギが苦笑し、僕も肩をすくめた。やり過ぎな情熱は、今日も空を撫でる。
夕闇が降りる。袋は畳まれ、籠はカバーを被り、図面は紐で束ねられる。青の技が静かに警備に就き、エメイラは風の匂いを確かめ、ミザーリは夜の見張りを組む。ストークは出立の段取りを作り、ギピアは軽い夜食を並べた。
帰り際、小人伯がくるりと振り向いた。
「リョウエスト、今日、最高だった! また明日!」
「また明日。空の船は逃げないから」
「うん、ボクらが追いつく!」
手を振り合い、小人伯と機械オタク達は足取り軽く去っていく。彼らの背中に、薄い風が追いかけて、どこかで小さな鈴を鳴らした。
夜空を見上げる。星は多く、遠い。けれど、もう“遠いだけ”じゃない。
僕は掌を広げて、今日の風をそっと畳んだ。
……王様に見せよう。空の船と、やり過ぎな情熱と、みんなの笑顔を。
約束は交わした。次は、飛ぶだけだ。
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