【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
468 / 806
12歳の疾走。

小人伯と飛行船改良。

 訓練は朝焼けといっしょに始まった。

「風向き良し、係留綱よし、バラストは――水袋八、砂袋四!」

 ドライの号令に、青の技が一斉に動く。籠の床には目盛りと小さな溝が刻まれ、袋を滑らせるだけで重心が移るようにしてある。ヂョウギとドワーフ達が再設計した“安定化床”だ。

「重心は“半歩前”で固定、横風は舵で殺す!」

 ミザーリが籠縁から外の旗を見て声を飛ばす。彼女の後ろで、エメイラが軽く指を払うと、わずかな突風の棘が丸まった。

「出力、三割から」

 僕が合図すると、三重螺旋の炎孔が静かに咲き、ジルケルスパイダーの袋が息を吸う。極薄の面は、いまや縫い代の段差すら最小化され、口金の遮熱襟には反射板が増設された。籠は舟形の半剛体フレーム。ヂョウギが胸を張る。

「リョウ様にだけ申し上げますが、今回の籠は“軋みで知らせる”仕掛けにござる。限界一点手前で必ず鳴く」

「やり過ぎなくて助かるよ」

 一号機の手順書を起点に、訓練メニューは三倍になった。離陸前の指差し確認、緊急排気弁の点検、バラスト投棄の角度とタイミング、係留綱の受け渡し、青の技は無言のまま頷き、綱のテンションを指の腹で読む。ストークは帳面をめくり、ギピアは温い蜂蜜湯を合図の合間に差し出した。

試作二号機は、まず“揺れを止めるための形”に徹した。袋の縦骨(ゴア)を増やして、内側に帆桁のような布リブを浮かせる。これが効いて、横風に叩かれても弾むように戻る。

「二号、係留高度三丈で安定……降ろす」

 エメイラが風を寝かし、ドライが綱を送る。地面にキスをした瞬間、ヂョウギが工具を抱えて駆け寄った。

「次は“舵”でしょう!」

「ええ、“空の舵”だ」

 僕とヂョウギは顔を見合わせ、三号機の図面に大きな尾翼を描き足した。

――――

 三号機の骨組みが半分できた頃、アトリエの門から小さな行列が飛び込んできた。先頭の小柄な少年が、息を弾ませて叫ぶ。

「リョウエスト! 来たよ!」

「小人伯(こびとはく)、ようこそ」

 僕が笑うより早く、彼は手紙をひらひらさせる。

「君の報告書、ボク読んだ! おじいの夢が半分かなったね!」

 ――“老小人”が生涯をかけた飛行研究のことだ。彼の目は夏空みたいに澄んでいた。

「半分、ね。じゃあ、残り半分を……」

「いま乗って埋める!」

 少年口調で胸を張る小人伯。後ろの随員の小人族が、工具箱と図面の束を抱えてうんうん頷いている。機械オタクの匂いがする。

「安全装置、説明を」

 ストークが即座に前へ出る。小人伯は頷いてから、身長が足りず籠縁が見えないことに気づき、むっとした。

「クッションを! ……うう、ありがとう」

 ギピアが座布団を二枚重ねて渡すと、彼は大人しく腰かけた。ミザーリとドライが両脇に立ち、アインスが綱の張りを見張る。

「じゃ、係留三丈。出力、二割から」

 僕が合図し、風見が踊る。小人伯は目をきらきらさせて空を掴む仕草をした。

「浮いた! うわ、地面が遠い! ボク、笑ってる? 笑ってるよね!」

「はい、殿下、見事に」

 ツヴァイが無表情で言うと、周りが吹き出した。小人伯はくるりとこちらを向き、籠の床を指で叩く。

「これ、水袋の位置だけでバランス変えられるの? 賢い! でも、もっと“進む力”がほしい」

「進む力……」

 僕はふと、工房の棚に立てかけてある短いシャフトを思い出す。

「小型船舶用の推進機を、空用に?」

「やろう!」

 小人伯が跳ねた。

「ボク、あれ好き! 水で回してたやつだよね? 空なら、もっと軽い羽根で、角度変えられるようにしてさ!」

「可変ピッチか」

 ヂョウギの眉がぴくりと動く。

「軽い材料はノームの板材がある。軸受けを木と革で……いや、真鍮の方が熱で歪まぬ」

「減速は?」

 ドライが問うと、小人族のひとりがぴょんと手を挙げた。

「ボク、踏車(トレッドル)でやりたい! 二人乗りで交互に踏んで、ベルトで回すの! 水上では静かでよかったから、空でも静かがいい!」

「静かな推進、賛成」

 エメイラがうなずく。

「風を乱さないのは、魔法の補助にもやさしいから」

「安全第一。手離しで止まる機構をつけてください」

 顔を出していたお母さんが慌てて言う。小人族のオタク達が一斉に「はい!」と返事した。やり過ぎな目が光る。

――――

 数日後、アトリエ裏は小人族とドワーフの“戦場”になった。

「ピッチ角、もう二度寝かせて!」

「いや、三度立てるべし!」

「軽さ優先!」

「強度優先!」

「じゃあ軽強優先!」

 誰かが新語を作るたび、図面に矢印が増えていく。ヂョウギが腕を組んで唸る。

「半剛体の竜骨に、尾翼三枚……これは、もはや飛行船ですね」

「いいじゃない! ボク、こういう混ぜ方大好き!」

 小人伯が満面の笑みで親指を立てる。

「気球の優しさと、船の意思を足して、空の船にするの!」

 僕は笑って頷いた。

「“空の船”。いい名だ」

 推進機の羽根は、ジルケルスパイダー布と薄板のサンドイッチ。骨はノーム材、ハブは真鍮、小さな可変機構に小人族が群がる。踏車は籠の中央に据えて、二人で交互に踏むと滑らかに回る。

「回転数、上がりすぎたらこの止め金を離す。すぐ空転して止まる」

 ゼクスが淡々と説明し、フィアが安全針を縫い留める。フュンフは尾翼の端を撫でて「きれい」と微笑んだ。ツヴァイは全金具に目印を付け、アインスは全体を見渡して小さく頷く。気球に関していえば彼らはスペシャリストになりつつある。任務の時と違って笑い顔が多い。

「じゃ、混成三号、試す?」

 夕暮れ、係留を強めにしてテストを開始。炎が咲き、袋が息を吸う。尾翼が空気を掴み、舵が手に返す。

「踏むよ!」

 小人伯がトレッドルに足をかけ、もう一人の小人族が反対側に乗る。踏む、踏む、踏む。推進機が回り、風が前から後ろへ流れる感覚。籠がかすかに鳴り、縄が歌う。

「横ずれ、消えた!」

 ミザーリの声。

「前に出るわ」

 エメイラの魔力視が淡く光る。

「係留綱、保持、保持。いまの角度を覚えろ!」

 ドライが叫び、青の技が綱を微調整。僕は風見と速度板を見比べる。

「推力、出てる。角度、よし。……“空の船”が、進んでる」

「ボク、泣いてる?」

「ええ、殿下、見事に」

 ツヴァイの無表情な返しで、みんながまた笑う。小人伯は袖で目をこすり、さらに踏んだ。

「おじい! 見てる? 半分どころか、七割かなったよ!」

「七割は言い過ぎ」

 と僕は笑う。

「でも、道は見えた」

「見えたら、走る!」

「飛ぶ、だよ」

「飛ぶ!」

 推進を止め、ゆっくり降ろす。地面に触れた瞬間、アトリエ裏に歓声が爆ぜた。お婆さん達が目を細め、子ども達が跳ね、丁稚衆が肩を叩き合う。ヂョウギは天を仰ぎ、ストークは深く一礼した。キッカが掌に蜂蜜湯をのせて、小人伯に差し出す。

「お疲れさま、殿下。喉に甘い勝利を」

「おいしい! ……ねえ、リョウエスト」

 小人伯が湯飲みを抱えたまま、ぐっと顔を近づける。

「これ、王様に見せよう?」

「もちろん」

 僕は即答した。

「王都で公開の前に、まずは陛下の目の前で安全に」

「うん、ボク、陛下のびっくり顔が好き!」

 少年みたいに笑う。

「じゃ、一緒に城へ。約束!」

「約束」

 小人伯は両手を広げて、そのまま勢いよく小人族たちの輪に飛び込んだ。

「みんな、準備だ! 推進機の予備、尾翼の替え、綱の新しいの、ぜんぶ詰める! やり過ぎ注意!」

「殿下が言うのか、それを」

 ヂョウギが苦笑し、僕も肩をすくめた。やり過ぎな情熱は、今日も空を撫でる。

 夕闇が降りる。袋は畳まれ、籠はカバーを被り、図面は紐で束ねられる。青の技が静かに警備に就き、エメイラは風の匂いを確かめ、ミザーリは夜の見張りを組む。ストークは出立の段取りを作り、ギピアは軽い夜食を並べた。

 帰り際、小人伯がくるりと振り向いた。

「リョウエスト、今日、最高だった! また明日!」

「また明日。空の船は逃げないから」

「うん、ボクらが追いつく!」

手を振り合い、小人伯と機械オタク達は足取り軽く去っていく。彼らの背中に、薄い風が追いかけて、どこかで小さな鈴を鳴らした。

夜空を見上げる。星は多く、遠い。けれど、もう“遠いだけ”じゃない。
僕は掌を広げて、今日の風をそっと畳んだ。

 ……王様に見せよう。空の船と、やり過ぎな情熱と、みんなの笑顔を。
約束は交わした。次は、飛ぶだけだ。
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する! 農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。 逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。 これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。

最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~

gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。 なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。 一人称視点、独り言多め、能天気となっております。 なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。 ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A ご指摘あればどんどん仰ってください。 ※2017/8/29 連載再開しました!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ひだまりのFランク冒険者

みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。 そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。 そんな中 冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。 その名は、リルド。 彼は、特に何もない感じに毎日 「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。 この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~

九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます! 七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。 しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。 食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。 孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。 これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。