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12歳の疾走。
王城の空へ飛ぶ。
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二台の箱馬車と三台の幌馬車の列が長く伸びた。御者台から小人伯が身を乗り出す。
「進路よし! 王都へ出発!」
後ろでドワーフの職長が槌を鳴らし、おばあさん達、紡ぎ手と織工の代表が幌馬車の中で風呂敷を載せて笑った。
荷は軽い。重い部材と器材は既に獣人隊商が先発で持って行ってくれている。ヤク牛を操る獣人たちが、エルフの道標を頼りに森の中を矢のように駆け抜けるのだ。僕らの隊はゆっくり、けれど確かに道を踏みしめた。
「まあまあ、丘の形が王都へ向かって流れてるみたいだねぇ」
「わたしゃ、ルステインを出るのは初めてさ」
織り工の一人が、手の上で撚りを確かめるみたいに空気を撫でた。毛糸の玉のように丸い笑顔。
一泊目の宿では、土間に藁の匂いが満ち、炉の上でスープが鳴った。
「ねえ坊や、旅ができて幸せだよ」
年長の紡ぎ手が僕の手を握る。
「王様の顔を見る機会を得られて、生きてて良かった。ありがとう」
「こちらこそ。僕らの“空の船”は、みんなの手がないと空へ行けないから」
小人伯が横から割り込む。
「そう! 主役はおばあ様方の手!」
その言い方に、炉端の笑いが弾けた。
二泊目の午後、林の影から魔獣が二体、土を蹴って飛び出した。
「散開!」
青の技のドライが腰の剣を闇のように抜き、フィアとフュンフが左右に滑る。アインスは「でやす」と呟くより早く、綱を投げて一体の脚を絡め、ツヴァイが無音で喉を突いた。小人騎士たちはポニーに跨って一斉に前進。
「右は任せろ!」
甲冑は小さいのに気迫が大きい。
「坊や、下がって!」
織工の代表が僕を庇う仕草をするが、もう必要ない。ゼクスが剣を払って血を振り、ミザーリが最後尾の守りを崩さずに周囲を見渡した。
「被害なし。進行再開」
ストークが短く言い、列は乱れず再び動き出す。おばあさん達の肩の力が抜け、安堵が笑いに変わる。
三泊目の宿では、もっとたくさんのありがとうが飛んできた。
「若い衆の背中を見るだけで、まだまだ撚れる気がするよ」
「王様に、手を見せられるかいね」
「見せるのは手より“仕事”です」
僕が言うと、小人伯が両手を広げる。
「どっちも見せよう!」
四日目の午後、王都の城壁が陽炎の向こうに現れた。門前で待っていた王都騎士が、まっすぐに馬首を返す。
「ルステインよりの一行と承る。城まで先導する」
青の技が列の両側に回り、僕らは石畳を渡って城下を抜けた。おばあさん達の口が丸くなる。店の看板、行き交う人々、鐘の音。
「夢みたいだよ……」
王城の前庭では、さらに驚きが待っていた。
「本日は城泊の手配がなされております」
「……え?」
「城に? 泊まる?」
おばあさん達の目が同時に丸くなった。
「上げ膳据え膳でございます」
「上げ膳……据え膳……」
言葉を転がすように復唱して、みんなで笑った。夜、部屋に通され、湯に浸かり、柔らかな寝間着を渡されると
「緊張して寝られないよ」
「寝付けぬ時は、白湯を」
城メイドが温い椀を手渡す。静かな夜が、やがて瞼を閉じさせた。
翌朝、王城の会議室。扉の向こうには、王様であるドナハルト・ラ・コリント、王妃様、ウルリッヒ王太子、ルマーニ王子、各大臣、上位貴族、官僚の列。
「入室を」
とたんに、おばあさん達と織り工の代表は一歩前に出て、床に平伏した。
「顔をお上げなさい」
王妃様の柔らかな声が二度、三度。ようやく彼女たちは震える膝を立て、深呼吸をして椅子へ。僕は席に立ち、まず頭を下げた。
「陛下。今回わたしたちが作った『空の船』は、ジルケルスパイダーの糸をおばあさん達紡ぎ手が極薄に仕立て、織工が目を詰め、おばあさん達と孤児達の手で縫い上げられ、初めて空に浮く形になりました。功は先ず、彼女たちにあります」
王様は目を細め、王妃様が微笑む。
「見事な謙譲、そして見事な賛辞だ。そなたら……尊い手である」
ウルリッヒ王太子が手を叩き、ルマーニ王子が身を乗り出す。
「あとでその縫い目を見たい」
おばあさん達の肩が震え、涙が光った。
次に、小人伯、ヂョウギ、そして僕の三人で技術説明をした。
「袋はジルケルスパイダーの布。軽さと耐熱が命」
「籠は半剛体の舟形、安定化床で重心を滑らせるのです」
「尾翼と舵を備え、踏車(トレッドル)式の推進機で“前へ”。可変ピッチで回転と推力のバランスを取る」
「緊急排気弁と、手離し停止もつけたよ!」
小人伯が胸を張る。
大臣の一人が手を挙げる。「気象と運用の――」
「質問は後!」
小人伯がぴょんと跳ねて遮った。
「まず、みんなで見ようよ! 空の船は“説明”より姿だ!」
王様が笑う。
「よかろう。訓練場へ移そう」
王城の騎士訓練場は朝の光で白く、風見旗がゆっくり回っていた。そこには、既に準備状態の『空の船』が待っている。袋は畳まれて口を上に、遮熱襟は磨かれ、籠には新しい真鍮のハブが光る。係留綱の周りに青の技が散り、ツヴァイとゼクスが先乗りで籠に立っていた。二人とも寡黙に、計器と綱を睨んでいる。
「ご案内は我々が」
とストークが一礼し、王家と廷臣たちを安全距離の印へ誘導する。おばあさん達は胸の前で手を組み、織工たちは縫い目の線を目で辿った。ドワーフは金具の音を聴き分け、小人伯はもうトレッドルの上で踵を弾ませている。
「離陸準備――」
ドライの声が訓練場に伸びた。
「出力、三割から」
バーナーが花の芯のように開く。ジルケルスパイダーの袋が息を吸い、空気が温かい塊になって持ち上がる。
「係留よし。バラスト前寄せ――半歩」
ゼクスが無言の指で示す。ツヴァイは王家の視線を一瞬だけ確かめると、顎をわずかに引いた。
「上がるぞ」
『空の船』は、城壁の影からそっと離床した。風がやわらかく襟を撫で、尾翼が陽を受ける。歓声がまだ喉に溜まったまま、誰も声を出せない。王妃様が手を口元に当て、王様が目を細め、ウルリッヒ王太子が一歩前へ。
「……美しい」
誰の声だったか、風が運んで消した。
「ここからが“新しい歌”だよ!」
小人伯が振り向き、僕に親指を立てた。
僕は頷き、王に向き直る。
「陛下――ご覧ください。手が、街が、種族が、一緒に飛ぶ形です」
質問はこのあといくらでも受けよう。だけどいまは、最初の一歩を目で刻む時だ。ツヴァイとゼクスが籠の中で互いに視線を交わし、短く頷く。
『空の船』は、王城の空へ、静かに息を吸った。
「進路よし! 王都へ出発!」
後ろでドワーフの職長が槌を鳴らし、おばあさん達、紡ぎ手と織工の代表が幌馬車の中で風呂敷を載せて笑った。
荷は軽い。重い部材と器材は既に獣人隊商が先発で持って行ってくれている。ヤク牛を操る獣人たちが、エルフの道標を頼りに森の中を矢のように駆け抜けるのだ。僕らの隊はゆっくり、けれど確かに道を踏みしめた。
「まあまあ、丘の形が王都へ向かって流れてるみたいだねぇ」
「わたしゃ、ルステインを出るのは初めてさ」
織り工の一人が、手の上で撚りを確かめるみたいに空気を撫でた。毛糸の玉のように丸い笑顔。
一泊目の宿では、土間に藁の匂いが満ち、炉の上でスープが鳴った。
「ねえ坊や、旅ができて幸せだよ」
年長の紡ぎ手が僕の手を握る。
「王様の顔を見る機会を得られて、生きてて良かった。ありがとう」
「こちらこそ。僕らの“空の船”は、みんなの手がないと空へ行けないから」
小人伯が横から割り込む。
「そう! 主役はおばあ様方の手!」
その言い方に、炉端の笑いが弾けた。
二泊目の午後、林の影から魔獣が二体、土を蹴って飛び出した。
「散開!」
青の技のドライが腰の剣を闇のように抜き、フィアとフュンフが左右に滑る。アインスは「でやす」と呟くより早く、綱を投げて一体の脚を絡め、ツヴァイが無音で喉を突いた。小人騎士たちはポニーに跨って一斉に前進。
「右は任せろ!」
甲冑は小さいのに気迫が大きい。
「坊や、下がって!」
織工の代表が僕を庇う仕草をするが、もう必要ない。ゼクスが剣を払って血を振り、ミザーリが最後尾の守りを崩さずに周囲を見渡した。
「被害なし。進行再開」
ストークが短く言い、列は乱れず再び動き出す。おばあさん達の肩の力が抜け、安堵が笑いに変わる。
三泊目の宿では、もっとたくさんのありがとうが飛んできた。
「若い衆の背中を見るだけで、まだまだ撚れる気がするよ」
「王様に、手を見せられるかいね」
「見せるのは手より“仕事”です」
僕が言うと、小人伯が両手を広げる。
「どっちも見せよう!」
四日目の午後、王都の城壁が陽炎の向こうに現れた。門前で待っていた王都騎士が、まっすぐに馬首を返す。
「ルステインよりの一行と承る。城まで先導する」
青の技が列の両側に回り、僕らは石畳を渡って城下を抜けた。おばあさん達の口が丸くなる。店の看板、行き交う人々、鐘の音。
「夢みたいだよ……」
王城の前庭では、さらに驚きが待っていた。
「本日は城泊の手配がなされております」
「……え?」
「城に? 泊まる?」
おばあさん達の目が同時に丸くなった。
「上げ膳据え膳でございます」
「上げ膳……据え膳……」
言葉を転がすように復唱して、みんなで笑った。夜、部屋に通され、湯に浸かり、柔らかな寝間着を渡されると
「緊張して寝られないよ」
「寝付けぬ時は、白湯を」
城メイドが温い椀を手渡す。静かな夜が、やがて瞼を閉じさせた。
翌朝、王城の会議室。扉の向こうには、王様であるドナハルト・ラ・コリント、王妃様、ウルリッヒ王太子、ルマーニ王子、各大臣、上位貴族、官僚の列。
「入室を」
とたんに、おばあさん達と織り工の代表は一歩前に出て、床に平伏した。
「顔をお上げなさい」
王妃様の柔らかな声が二度、三度。ようやく彼女たちは震える膝を立て、深呼吸をして椅子へ。僕は席に立ち、まず頭を下げた。
「陛下。今回わたしたちが作った『空の船』は、ジルケルスパイダーの糸をおばあさん達紡ぎ手が極薄に仕立て、織工が目を詰め、おばあさん達と孤児達の手で縫い上げられ、初めて空に浮く形になりました。功は先ず、彼女たちにあります」
王様は目を細め、王妃様が微笑む。
「見事な謙譲、そして見事な賛辞だ。そなたら……尊い手である」
ウルリッヒ王太子が手を叩き、ルマーニ王子が身を乗り出す。
「あとでその縫い目を見たい」
おばあさん達の肩が震え、涙が光った。
次に、小人伯、ヂョウギ、そして僕の三人で技術説明をした。
「袋はジルケルスパイダーの布。軽さと耐熱が命」
「籠は半剛体の舟形、安定化床で重心を滑らせるのです」
「尾翼と舵を備え、踏車(トレッドル)式の推進機で“前へ”。可変ピッチで回転と推力のバランスを取る」
「緊急排気弁と、手離し停止もつけたよ!」
小人伯が胸を張る。
大臣の一人が手を挙げる。「気象と運用の――」
「質問は後!」
小人伯がぴょんと跳ねて遮った。
「まず、みんなで見ようよ! 空の船は“説明”より姿だ!」
王様が笑う。
「よかろう。訓練場へ移そう」
王城の騎士訓練場は朝の光で白く、風見旗がゆっくり回っていた。そこには、既に準備状態の『空の船』が待っている。袋は畳まれて口を上に、遮熱襟は磨かれ、籠には新しい真鍮のハブが光る。係留綱の周りに青の技が散り、ツヴァイとゼクスが先乗りで籠に立っていた。二人とも寡黙に、計器と綱を睨んでいる。
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「係留よし。バラスト前寄せ――半歩」
ゼクスが無言の指で示す。ツヴァイは王家の視線を一瞬だけ確かめると、顎をわずかに引いた。
「上がるぞ」
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「ここからが“新しい歌”だよ!」
小人伯が振り向き、僕に親指を立てた。
僕は頷き、王に向き直る。
「陛下――ご覧ください。手が、街が、種族が、一緒に飛ぶ形です」
質問はこのあといくらでも受けよう。だけどいまは、最初の一歩を目で刻む時だ。ツヴァイとゼクスが籠の中で互いに視線を交わし、短く頷く。
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