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12歳の疾走。
空に軽さを。
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城壁の白がまぶしい。訓練場から立ちのぼった『空の船』は、ツヴァイとドライ、それから小人伯に随行した小人技師二人の手で、ふわりと王城の周りを一周してみせた。
「風、右から一分。尾翼、半目戻し」
ツヴァイの短い指示に、ドライが舵を切り、小人達がトレッドルを軽やかに踏む。推進機は低い唸りで応え、籠は角を曲がるみたいに城楼をかわす。
「……ねえ、笑っていい?」
隣で小人伯が耳打ちする。視線の先、王族席……王様も王妃様もウルリッヒ王太子もルマーニ王子も、口がぽかんと開いたまま固まっている。
「駄目。僕が吹き出す」
二人で肩を震わせながらも、操作はきっちり。『空の船』は城の四隅を撫でるように巡り、訓練場へ戻ってきた。
「係留、保持。バラスト前寄せ、半歩」
ドライが号令。縄が小さく歌い、籠が柔らかく地面にキスをした。
最初の拍手は、誰の手から始まったのか分からない。けれど次の瞬間には、王も妃も貴族も官僚も、鍛錬を見守る騎士も、おばあさん達も、小人もドワーフも、一斉に手を打っていた。音が高く重なって、城壁が一度だけ鳴った気がする。
「では、ご希望の方から係留体験を」
ストークが進行を引き継ぎ、希望者の列ができる。まず上位貴族、次に大臣。係留綱は四方で固く、昇降は二十メートルまで。
「軽い……本当に浮いているのだな」
「城が小さく見える!」
「息を揃えて踏むと、前に出ようとするのか!」
乗った誰もが目を輝かせ、降りる時には子どもの顔になっていた。おばあさん達は手を合わせて涙をこぼす。
「わたしたちの針目が、空で息してるよ……」
「生きてて良かったさね」
「さて、王族の番だ」
と、王様が笑って立ち上がる。ウルリッヒ王太子もすばやく続く。
「待った」
三人の大臣が同時に進み出た。
「陛下と王太子殿下のお身体に万一あってはなりませぬ。国政の要であらせられる。どうか――」
王様は肩をすくめてみせる。王太子は真顔で言う。
「万一のために国策にするのだ。まずは自分の目で」
「……せめて高度を」
議場の空気が張り詰めたところで、ルマーニ王子が手を挙げた。
「十メートルでいかがでしょう。係留四方、綱は追加で」
王様が笑った。
「よかろう。賢い落とし所だ」
綱が増し締めされ、青の技とその場にいた兵士達が倍の人数で持ち場につく。王様と王太子が籠に乗ると、訓練場の空気が一段静かになった。
「出力、二割。……上がります」
ツヴァイの声。ゆっくりと、籠が浮く。十メートル。城壁の高さがちょうど目の高さになる。
王様はしばらく黙って四方を見渡し、やがて小さく息を吐いた。
「美しい」
ウルリッヒ王太子は、尾翼の陰影と袋の曲面を仔細に目でなぞってから、真っ直ぐにこちらを見た。
「これは国の目になる。戦だけでなく、移動、救済、学びの目だ」
降り立つなり、二人は顔を見合わせ、声をそろえた。
「国策として奨励する。」
その瞬間、小人伯がこちらを向いてニカッと笑い、サムアップ。僕も同じ仕草で返す。おばあさんたちは袖で目を拭いて、また拍手に手を重ねた。
――興奮冷めやらぬまま、場所は会議室へ。
「では、質疑を」
ストークの合図で手が上がる。
「大型化の見通しは?」
「現状の素材と安全率だと、急な大型化は厳しいです。袋の応力分散と熱保持のバランスが壊れる」
「気象条件は?」
「風に左右されます。特に突風と下降気流は禁物。運用は気象読みと係留技術が鍵」
「向かい風時の推進は?」
「可変ピッチで工夫していますが、向かい風には推力が落ちる。無理に突っ込まず、風路を選ぶのが前提」
「軍事転用の可否は?」
ミザーリが一歩だけ前に出る。
「護送や救援、偵察が適。正面戦での主力には向かないが、夜陰や高地の越境で価値あり」
「産業面の応用は?」
ヂョウギが胸を張る。
「高所工事、測量、災害時の物資投下など、地上の道が断たれた時にこそ力を発揮いたしまする」
質問が矢継ぎ早に飛ぶ。エメイラは気流と魔術補助の相性を簡潔に述べ、縫製管理と品質保証の仕組みを語り、織工代表は検反の目の配り方を実演して見せた。おばあさん達が針を空で動かすと、官僚の何人かが素直に「ほぉ」と感嘆した。
やがて王様が手を上げる。
「諸卿の総意は?」
議場を見回すと、異論はなかった。
「全会一致で、『空の船』の技術を国家政策として育てる」
王妃様が微笑む。
「育てる、という言葉が良いわ」
王様が続けた。
「代表は――」
そこで、ルマーニ王子が一歩進み、右手を軽く挙げた。
「拙者にお任せ願いたい。 現場と机を往復する役目なら、性に合う」
王太子が頷く。
「弟は手堅い」
王様は即断した。
「ルマーニを総責任者とする。名を『空の船計画(アエロ・プラン)』とし、王国予算と各自治領からの出資枠を設ける。工学、気象、織工、警備など各分野から人材を選べ。ルステインの拠点を第一実験場とし、王都に統括局を置く」
「小人族は推進機を、ドワーフは籠と骨格を、紡ぎ手・織工は袋と縫製を承りたい」
小人伯が身を乗り出す。
「承認する」
王様が即答し、書記がさらさらと書き留める。
「獣人隊商は輸送と風路偵察、エルフは道標と森の気象読みで協働できる」
僕が申し出ると、列席の各種族代表者たちがうなずいた。
「計器と手順書の標準化は、拙者ら青の技に」
ドライが短く言い、ツヴァイが頷いた。すっかり飛行のプロだものね。
「わたしは」
おばあさんの一人が立ち上がり、胸に手を当てた。
「これから先も、手を見ます。目ではなく、手を」
会議室の空気が、ひとつ深く息をした。
「では、決まりだ」
王様が立ち上がる。
「空を、国の道にする。戦のためだけではない。子らが、学ぶためにも。老いた者が、最後の景色を見るためにも」
ウルリッヒ王太子が笑う。
「まずは我らから学ぼう」
ルマーニ王子が書類を手に僕の方へ来る。
「君が“現場の目”だ。頼むぞ、リョウエスト」
「はい。みんなで、飛びます」
小人伯が拳を突き上げる。
「やり過ぎ注意で!」
「殿下が言うのが一番怖い」
ヂョウギがぼやき、会議室に笑いが広がった。
窓の外では、城の旗がゆっくり回っている。『空の船』は今は畳まれ、静かに眠っている。けれど、もう眠っているだけじゃない。
おばあさん達は互いの手を握り合い、涙で濡れた指先を誇らしげに見せ合った……針目が、空の目になった。
そう思ったら、胸の奥が温かくなった。次は計画だ、手順だ、標準だ。けれど何より先に、今日の景色を、皆で覚えておこう。
王都の空に、僕たちの“軽さ”があったことを。
「風、右から一分。尾翼、半目戻し」
ツヴァイの短い指示に、ドライが舵を切り、小人達がトレッドルを軽やかに踏む。推進機は低い唸りで応え、籠は角を曲がるみたいに城楼をかわす。
「……ねえ、笑っていい?」
隣で小人伯が耳打ちする。視線の先、王族席……王様も王妃様もウルリッヒ王太子もルマーニ王子も、口がぽかんと開いたまま固まっている。
「駄目。僕が吹き出す」
二人で肩を震わせながらも、操作はきっちり。『空の船』は城の四隅を撫でるように巡り、訓練場へ戻ってきた。
「係留、保持。バラスト前寄せ、半歩」
ドライが号令。縄が小さく歌い、籠が柔らかく地面にキスをした。
最初の拍手は、誰の手から始まったのか分からない。けれど次の瞬間には、王も妃も貴族も官僚も、鍛錬を見守る騎士も、おばあさん達も、小人もドワーフも、一斉に手を打っていた。音が高く重なって、城壁が一度だけ鳴った気がする。
「では、ご希望の方から係留体験を」
ストークが進行を引き継ぎ、希望者の列ができる。まず上位貴族、次に大臣。係留綱は四方で固く、昇降は二十メートルまで。
「軽い……本当に浮いているのだな」
「城が小さく見える!」
「息を揃えて踏むと、前に出ようとするのか!」
乗った誰もが目を輝かせ、降りる時には子どもの顔になっていた。おばあさん達は手を合わせて涙をこぼす。
「わたしたちの針目が、空で息してるよ……」
「生きてて良かったさね」
「さて、王族の番だ」
と、王様が笑って立ち上がる。ウルリッヒ王太子もすばやく続く。
「待った」
三人の大臣が同時に進み出た。
「陛下と王太子殿下のお身体に万一あってはなりませぬ。国政の要であらせられる。どうか――」
王様は肩をすくめてみせる。王太子は真顔で言う。
「万一のために国策にするのだ。まずは自分の目で」
「……せめて高度を」
議場の空気が張り詰めたところで、ルマーニ王子が手を挙げた。
「十メートルでいかがでしょう。係留四方、綱は追加で」
王様が笑った。
「よかろう。賢い落とし所だ」
綱が増し締めされ、青の技とその場にいた兵士達が倍の人数で持ち場につく。王様と王太子が籠に乗ると、訓練場の空気が一段静かになった。
「出力、二割。……上がります」
ツヴァイの声。ゆっくりと、籠が浮く。十メートル。城壁の高さがちょうど目の高さになる。
王様はしばらく黙って四方を見渡し、やがて小さく息を吐いた。
「美しい」
ウルリッヒ王太子は、尾翼の陰影と袋の曲面を仔細に目でなぞってから、真っ直ぐにこちらを見た。
「これは国の目になる。戦だけでなく、移動、救済、学びの目だ」
降り立つなり、二人は顔を見合わせ、声をそろえた。
「国策として奨励する。」
その瞬間、小人伯がこちらを向いてニカッと笑い、サムアップ。僕も同じ仕草で返す。おばあさんたちは袖で目を拭いて、また拍手に手を重ねた。
――興奮冷めやらぬまま、場所は会議室へ。
「では、質疑を」
ストークの合図で手が上がる。
「大型化の見通しは?」
「現状の素材と安全率だと、急な大型化は厳しいです。袋の応力分散と熱保持のバランスが壊れる」
「気象条件は?」
「風に左右されます。特に突風と下降気流は禁物。運用は気象読みと係留技術が鍵」
「向かい風時の推進は?」
「可変ピッチで工夫していますが、向かい風には推力が落ちる。無理に突っ込まず、風路を選ぶのが前提」
「軍事転用の可否は?」
ミザーリが一歩だけ前に出る。
「護送や救援、偵察が適。正面戦での主力には向かないが、夜陰や高地の越境で価値あり」
「産業面の応用は?」
ヂョウギが胸を張る。
「高所工事、測量、災害時の物資投下など、地上の道が断たれた時にこそ力を発揮いたしまする」
質問が矢継ぎ早に飛ぶ。エメイラは気流と魔術補助の相性を簡潔に述べ、縫製管理と品質保証の仕組みを語り、織工代表は検反の目の配り方を実演して見せた。おばあさん達が針を空で動かすと、官僚の何人かが素直に「ほぉ」と感嘆した。
やがて王様が手を上げる。
「諸卿の総意は?」
議場を見回すと、異論はなかった。
「全会一致で、『空の船』の技術を国家政策として育てる」
王妃様が微笑む。
「育てる、という言葉が良いわ」
王様が続けた。
「代表は――」
そこで、ルマーニ王子が一歩進み、右手を軽く挙げた。
「拙者にお任せ願いたい。 現場と机を往復する役目なら、性に合う」
王太子が頷く。
「弟は手堅い」
王様は即断した。
「ルマーニを総責任者とする。名を『空の船計画(アエロ・プラン)』とし、王国予算と各自治領からの出資枠を設ける。工学、気象、織工、警備など各分野から人材を選べ。ルステインの拠点を第一実験場とし、王都に統括局を置く」
「小人族は推進機を、ドワーフは籠と骨格を、紡ぎ手・織工は袋と縫製を承りたい」
小人伯が身を乗り出す。
「承認する」
王様が即答し、書記がさらさらと書き留める。
「獣人隊商は輸送と風路偵察、エルフは道標と森の気象読みで協働できる」
僕が申し出ると、列席の各種族代表者たちがうなずいた。
「計器と手順書の標準化は、拙者ら青の技に」
ドライが短く言い、ツヴァイが頷いた。すっかり飛行のプロだものね。
「わたしは」
おばあさんの一人が立ち上がり、胸に手を当てた。
「これから先も、手を見ます。目ではなく、手を」
会議室の空気が、ひとつ深く息をした。
「では、決まりだ」
王様が立ち上がる。
「空を、国の道にする。戦のためだけではない。子らが、学ぶためにも。老いた者が、最後の景色を見るためにも」
ウルリッヒ王太子が笑う。
「まずは我らから学ぼう」
ルマーニ王子が書類を手に僕の方へ来る。
「君が“現場の目”だ。頼むぞ、リョウエスト」
「はい。みんなで、飛びます」
小人伯が拳を突き上げる。
「やり過ぎ注意で!」
「殿下が言うのが一番怖い」
ヂョウギがぼやき、会議室に笑いが広がった。
窓の外では、城の旗がゆっくり回っている。『空の船』は今は畳まれ、静かに眠っている。けれど、もう眠っているだけじゃない。
おばあさん達は互いの手を握り合い、涙で濡れた指先を誇らしげに見せ合った……針目が、空の目になった。
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