【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
476 / 689
12歳の疾走。

閑話 ラーメン屋の話。

しおりを挟む
 若者は串焼き屋台の主だった。名はハル。炭に火を起こし、塩を打ち、肉を返す。その単調な手つきの裏で、耳は別の音を追っていた。湯切りのシャッ、出汁のコトコト、麺をすするズズッ。

「……あれが“ラーメン”か」

 運河開通前夜祭で初めて口にしたとき、彼の体の中で何かがひっくり返った。スープの奥に骨と野菜の影、香味油が鼻にのぼり、麺の弾力が歯に踊る。気づけば二杯目をすすり、三杯目に手が伸び屋台の釣り銭が足りなくなって青くなる始末である。

 翌日、ハルはルステイン料理ギルドに飛び込み、大枚をはたいて「基準レシピ」を買った。出汁の取り方、麺の配合、醤油だれの作り方。紙束を抱えて家に帰ると、家族は呆れ半分、笑い半分だった。

「串焼きはどうするのさ」

「夜は焼く。朝と昼は研究だ」

 その日から、炭の匂いに混じって、鶏ガラと香味野菜の湯気が家に満ちた。

 問題は“自分の味”だった。レシピ通りに作れば旨い。けれど、それは“誰かの味”でしかない。夜更け、台所の片隅で、ハルは丼の前で腕を組む。

「光が、足りない気がする」

 翌朝、彼はふと思い立ってロスハーン神殿へ足を運んだ。光の神の神殿では、保存食や香辛料、市販の味噌が並んでいる。

「この味噌、スープに入れたら怒られるかな」

「怒られはしませんよ」

 と神官が笑った。

「あなたが誰かを温めるなら、ロスハーンは喜びます」

 ハルは味噌を三種買った。白、赤、そして香りの強い“祝味噌”。鍋に溶かし、焦がしてみて、炙ってみて、香味油と合わせ、塩を引いては戻す。

「違う。ちょっと違う。けど、近い……!」

 試行錯誤は1ヶ月続いた。ある朝、祝味噌を少量だけ鉄の小鍋でさっと焼き、鶏スープに溶き入れてから、最後に海藻の香りを一滴……湯気が立った瞬間、彼は直感した。
「これだ」

 ただ一つ、問題があった。判定役がいない。そこでハルは、無謀を承知でリョウエストに試食を願い出た。

「忙しいだろうに……」

「時間は短いけれど」と執事ストークは笑って、昼の刻限にアトリエの裏庭を貸してくれた。

 緊張で手が震える。丼を温め、麺を泳がせ、湯切り、味噌だれ、スープ、香味油、刻んだ香草、炙り豚。

「お待たせしました」

 リョウエストは湯気の向こうで箸を取り、一口すすり、目を丸くした。

「……これ、味噌ラーメンじゃん」

 ハルの膝が抜けそうになる。リョウエストは続けた。

「光の味がする。ロスハーン神殿の味噌でしょ? 定期的に、主神リーリシアと六大神殿にこれを奉納してくれる? “祈りの湯気”って名目で」

「ほ、奉納……ぼ、僕が?」

「うん。こっちで手配する。あと、店をやるなら衛生基準と価格の約束ね。それから」

 リョウエストは小袋をストークに受け取らせ、ハルへ渡した。

「出資。屋台を改修して、火を安定させる。人手が足りなければ家族を頼って。捨て鉢にならないこと。やり過ぎ注意」

 袋は重かった。夢の重さに似ていた。

 こうしてハルの屋台は、ラーメン専用に改修された。二重鍋、温度計、スサン商会の小型バーナー。看板には「光味噌ラーメン」の文字。開業初日から列は途切れなかった。

「すするの初めて!」

「体が温かくなるねぇ」

「これ、神殿の味がする」

 忙しさは嵐のようで、やがて一人では回らなくなる。母は刻み担当、父は炙り担当、妹は配膳、近所の従兄は洗い場。家族総出の屋台は、夜更けまで湯気を絶やさなかった。

 売り上げが安定すると、商業ギルドの書記が声をかけてきた。

「君の屋台、そろそろ店にしないか。運河沿いは今、金の匂いがする」

 ハルは迷った。屋台には自由がある。けれど、店には責任と居場所がある。

「……やります。店を」

 ギルドは場所を見繕い、スサン商会が設備の手配をし、神殿は奉納の段取りを整えた。開店の日、のれんを揺らした風が、屋台の日々を祝ってくれた気がした。

 店は繁盛した。昼は工房の職人、夕は商人、夜は見物の旅人。水竜人は出汁を褒め、ドワーフは器の鳴りを褒め、小人は麺の腰にうなる。おばあさん達は「指で歌わせるスープだね」と笑って通ってくれた。
 奉納の日には、ハルは大鍋を担いで神殿を回る。

「主神リーリシアへ、六大神へ。今日もこの湯気で、人を温めます」

 神官たちは器を受け取り、祈りを一息、湯気に添えた。

 繁盛のうち、ハルは一つの決心を固めた。長く思いを寄せていた相手――織物店の看板娘、エナに、プロポーズをする。今まで“高嶺の花”だと諦めてきた。けれど、自分の丼の湯気は、もう逃げない温度になった。

「エナさん。ぼ、僕の味を、これからも一緒に見てくれませんか」

 エナは少し驚き、それから笑った。

「あなたの味、ずっと好きだったよ。串焼きの頃からね」

 答えは、はい、だった。店の奥でささやかな祝杯を上げ、ハルは丼の底に映る光を見つめた。

 夜更け、店じまい。寸胴を洗い、火を落とし、のれんを外す。ハルは戸口に立ち、深く頭を下げた。

「ありがとうございました。また明日」

 通りの向こう、アトリエの灯が小さく瞬く。風に乗って、誰かの笑い声が聞こえた気がした。やり過ぎ注意、と言う声も。
 ハルは胸の中で返事をした。

「はい。やり過ぎないくらいに、全力で」

 こうして、しがない串焼き屋台の若者は、光味噌ラーメンの主人となり、家族とともに店を営み、神殿に湯気を奉り、愛する人と歩き出した。湯気は今日も客の顔を優しく包み、スープの底には小さな光が揺れている。
 それは、ルステインという街の光であり、彼自身の、成功の光でもあった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜

naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。 ※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。 素材利用 ・森の奥の隠里様 ・みにくる様

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

ペットになった

ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。 言葉も常識も通用しない世界。 それでも、特に不便は感じない。 あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。 「クロ」 笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。 ※視点コロコロ ※更新ノロノロ

【完結】テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

処理中です...