【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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12歳の疾走。

閑話 出納係、空を買う。

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 青年はしがない出納係だった。王都の書記局で小箱のような机に座り、朝から晩まで銅貨の列を揃えては数字の端を撫でる……そんな日々。名前を尋ねる者は少なく、声をかけられても「君、領収の紐、ゆるんでるよ」で終わる。
 ある日、呼び出し状が届く。宛名は「アエロ・プラン統括局」。震える指で封を切ると、簡潔にこうあった。
『空の船計画(アエロ・プラン)会計責任者に任ず。責任者 ルマーニ・ラ・コリント』

「……え?」

 通された執務室で、ルマーニ王子は地図と工程表に囲まれていた。

「君だね。会計をお願いしたい」

「わ、わたしが、殿下の……?」

「空は待ってくれない。数字で手綱を締めてくれ」

 初日に青年が見たのは、丼勘定だった。現場の白板には、太い文字で「尾翼 三枚→五枚!」「推進機 二段→三段!」と勢いのよい矢印。端に小さく「予算?」と自分の字で書き足した瞬間、工房からどなられた。

「予算はあとでだ! 先に飛ばす!」

 青年は怯みながらも紙束を抱え、ルマーニ王子に報告した。

「殿下、現場は“熱”に満ちていますが、このままでは金が――」

「分かっている。君から伝えてくれ」

「わたしが、ですか」

「現場は君の顔を知らない。知らないからこそ、言える。数字で、前に出すんだ」

 翌日から、青年は工房を回った。ドワーフの工房では、工房長ヂョウギが竜骨を叩いていた。

「これ以上、骨を太らせれば重くなります」

「安全は金より重いでござる」

「では、重さの分だけ出資を増やしてください。根拠はこちら――」

 青年は震える指で原価表を広げた。ノーム材の単価、真鍮のハブ、リベットの数。

「……ふむ。二段鳴きの仕掛けは残す。他を削る」

 勝ち負けではなく、釣り合い。彼は初めて現場が頷く音を聞いた。

 小人族の踏車室では、殿(小人伯)が足でリズムを刻んでいた。

「三段可変! でも膝が笑う! 訓練で解決!」

「殿、訓練と医療は別の予算です。膝が笑うなら、笑わない仕組みを。こちら、手離し停止の安全金具に費用を回す提案です」

「う……正しい! くやしい!」

 小人伯は笑って、印を押した。

 紡ぎ手の小さな教室では、おばあさん達が指を見ていた。

「糸の撚りをもう半日寝かせたいんだよ」

「半日は金です。昼に寝かせるなら、夜の灯りを消して節約しましょう」

「なるほど。糸の眠りに合わせて、灯りも寝かすかい」

 しかし、いつも話が通るわけではない。

「いま、新しい形の船に賭けるんだ!」

 と若い技師。

「賭けに必要なのは手持ちです」

「手持ちを持ってる奴だけが賭けるのか!」

 言い争いは、たびたび。押し問答、沈黙、深呼吸。青年は負けそうになるたび、帳面の端に小さく書いた言葉を見た。「やり過ぎ注意」。リョウエストの口癖だと、誰かから聞いた。

 やがて青年は、帳場だけでは追いつかないと悟る。このままではいけない。数字は流れで、流れには源がいる。
 彼は出立願いを出し、行脚を始めた。貴族の屋敷を回り、商会の会頭に頭を下げ、神殿の階段を登る。

「空の船は、国の目になります。道が断たれた時の命綱です。災害時に薬を運び、気候を読み、学びを運ぶ。戦の道具ではなく、暮らしの道です」

 ゼローキア侯爵は扇をたたんで言った。

「数字は分からぬが、君の目は諦めていない。少し出そう」

 エフェルト公爵は慎重に。

「条件は標準化だ。手順と記録を」

 スクワンジャー公爵は豪快に笑い、
「空の開通式で私の名旗を上げよ。資金は出す」
 青年は印を重ね、誓約を束ね、出資を集めた。小切手ではなく、約束の数々。重くて、温かい。

 戻ると、工房は息を呑んだ。

「……中型の空の船、本当にいけるのか」

「いけます。何人か客が乗れる。ただし、この範囲で」

 青年は厚い紙に赤の線で枠を描いた。枠の外へ飛び出しがちな現場の矢印は、一度止まり、枠の中で再配置される。

「できることが見えたな」

 ヂョウギが頷き、おばあさん達が針を進め、小人伯が踏車の板を磨いた。

 完成は、ある日の夕方だった。ジルケルスパイダーの袋が陽を受けて薄金色に光り、半剛体の舟形籠に真鍮のハブが輝く。尾翼は三枚、可変ピッチの推進機、係留綱は六。

「名前は?」と誰かが聞く。

「巡風(めぐりかぜ)」と青年が答えていた。口の中で何度も予算を回した結果、出てきた言葉だった。

 試験飛行の乗員が告げられる。操縦はドライとツヴァイ、小人技師二名、そして。

「会計責任者。君が乗れ」

「わ、わたし、が?」

 ルマーニ王子は静かに頷いた。

「君の数字が、この高度を用意した。目で見て、胸に入れて、また数字にしてくれ」

 籠に足をかける手が、震えた。地上の安全は彼の現場だった。空は、紙の上の想像だった。
「大丈夫だ」工房長が背を押す。ヂョウギが、いつになく柔らかい声で。

「リョウエスト様にだけ申し上げるはずの言葉だが、今日は君にも。怖ければ、数字を数えろ。綱の数、結び目、尾翼の角度、風見の目盛り。数字は怖さを分ける」

 点火。炎が花の芯のように開き、袋が息を吸う。係留綱が歌い、地面が一歩ずつ離れていく。

「上がる」

 ドライの声が低く、ツヴァイの指が確かだ。青年は地平線が丸くなるのを見た。屋根の列、工房の煙、運河の光。小さな人の粒が手を振っている。胸の奥で何かがほどけ、広がった。

「……空って、こんなに」

 言葉が見つからなかった。風が頬に触れ、数字が風になる。枠で囲っていた線が、柔らかい曲線に変わる。

「巡風、右に二度」

 尾翼が答え、船体が素直に回る。青年は無意識に、係留綱の張りまで計算していた。計算しながら、泣いていた。

 降り立つと、工房長が歩み寄ってきた。竜骨に染みた鉄と油の匂い。

「お前のおかげで、こうして飛ぶことができた」

 簡単な言葉だった。けれど、青年には重すぎた。膝が笑い、視界が滲む。

「わ、わたしは、ただ、数字を……」

「数字で船を買ったんだ。お前の数字で。誇れ」

 滂沱の涙があふれた。彼は袖で拭い、拭っても拭っても間に合わなかった。周りから笑いが起き、誰かが肩を叩く。小人伯が「やり過ぎ注意」とからかい、紡ぎ手のおばあさんがハンカチを押しつける。
 ルマーニ王子は少し離れて見守り、短く言った。

「数字は、息だ。息の仕方を忘れるな」

 その夜、青年は帳場に戻り、新しい帳簿を開いた。表紙に書いた。
『巡風 会計日誌 第一巻』
 最初の行に、こう綴る。
「今日、空を買った。数字で、手で、みんなで」
 インクが乾くまで、しばらく待った。息を整え、次の行で、また数字を書く。空のために、地上でできることは、まだ山ほどあるのだから。
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