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13歳の沈着。
運河を汚させない。
青の技に捜査を託したその足で、僕は身辺の段取りを変えた。ふだんはドワーヴンベースやリョウエスト商会、獣人隊商を守っている陽炎隊に、当面は僕のそばの護衛をお願いする。頭領であるエルグナから短い返事。了解、交代は走らせる、と。運河の実質運営者である水竜人伯にも速文を出し、今回の河賊発生を報せて他線の警備増員を願い出た。伯からはすぐ速文が来る。増員は可能、合図の取り決めを改訂しよう……そう書かれていた。
ストークには傭兵ギルドへ行ってもらい、運河を使う商会に一斉に知らせを回す。河賊が出た。一定期間、各隊商で傭兵を帯同してほしい。経費は当面、商会と僕の方で折半にする……そんな文面だ。ストークは頷き、発信簿を小脇に抱えて走った。
その日の夕刻、僕はマックスさんの執務室にいた。事件の経緯を報告したのち、紙束を一つ差し出す。
「提案があります。運河の警備と保全を担う『運河ギルド』を設立できないでしょうか。巡視と補修、通行記録の管理、非常時の封鎖。資金は初期分の一部を僕が負担します」
「なるほど……運河はもう道だ。道には道の役人が要る、というわけだな」
「はい。王都の御意も必要ですが、ルステイン側から形を固めておきたい」
マックスさんは一度だけ天井を見て、それから頷いた。
「王都と掛け合ってみよう。その間、図面と規約の草案を進めてくれ」
それから八日を一つの刻にして、王都とルステインを往復した。王都では講義と面談と書面と外交、ルステインでは巡視線の仮配置と、傭兵帯同手順の整備。手も頭も休まらないけれど、止まらないことが何よりの安全だと知っている。
四往復目の王都の夜、アインス率いる青の技から報告が入った。面会の第一声は軽いが、目は笑っていない。
「見えてきやした。首は、あの土地を昔治めてた元男爵の一族でさ。河沿いに隠し舟、蔵に乾き物、刃物は油もんでピカピカ……後ろに金を入れてるやつがいやす」
僕は深く息を吸って、短く頷いた。
「ご苦労。次は金の線を追って。身の危険を感じたらすぐ離脱。証拠を優先して」
「合点。引き際は心得てやす」
その夜のうちに、僕は王様へ速文を送った。速文は魔法で紙を運ぶ早便だ。王都の塔を経由して、宛先に届く。文は短く、事実だけを書く。運河に河賊が出たこと。首は元男爵の一族であること。僕の名は出さぬことを願うこと。捜査の支援を求めること。封蝋を落とす手が少し震えていた。
返書は早かった。調べる、必要な線を王都から下ろす……二行。僕は礼と、後はお任せしますの一行を添えて送り返した。机の向かいでローランが小さく言う。
「良い投げ方です。名を出さず、役を動かす」
「名を出すと、色がつくからね」
「色より筋を先に。政治はそれで十分です」
数巡が過ぎ、アトリエに昼前に鐘が一度鳴った。王都からの正式文書だ。封を切ると、青の技の報告を裏づける内容が並んでいた。首謀は元男爵の子弟とその縁者。背後にいた現役の貴族も検挙。動機は……自分たちの土地を通る際に通行料を払わせるため、とある。僕は文を持つ手に力が入り、紙が鳴った。
「通行料……誰の許可も得ず、勝手に」
ストークが沈んだ声で言う。
「運河は王の道です。土地の私権を超えています」
「わかっていて、やったのだろうね」
胸の奥から熱が上がってきた。水路は、皆で作って、皆で守ると決めた道だ。誰かの懐のために狭められていいはずがない。
夕刻、マックスさんのもとへ結果を持っていく。
「王都が動いてくれました。首は押さえられ、背後も出ています」
「よく通したな、リョウ。運河ギルドの話も、これで言いやすい」
「警備だけでなく、保全と教育を入れましょう。合図、信号、封鎖の訓練。子どもたちにも『道の礼』を」
「うむ。資金は初期をお前が、継続は会費で回す。王都からの補助も引き出す。……やろう」
その場で日取りを決め、僕らは水竜人伯の家臣、商会の代表達、傭兵ギルドの頭、ルステインと運河を通る他の領、途中の王領代官所の文官を呼ぶ段取りを固めた。
夕方、アトリエの机に向かいながら、僕は合図表の改訂案を書いた。巡視船の笛は長短三つ、連絡旗は昼夜で別。封鎖縄の位置と、緊急に川面を塞ぐ落とし板の支点。新設予定の信号塔の見張りの交代刻。紙に落とす作業は静かだが、どれも手足になる。陽炎隊からも一報が入った。青の技と連携しながらしばらくは僕のそばに張り付く、と。返事は一言、頼む。
その晩、運河沿いに向かうと、水音が一定の拍で続いていた。バトエルエン、レーン、ザーラの寝息も、きっと同じ拍で続いている。家族の灯と街の灯は、どちらも消してはいけない。怒りは紙に変え、紙は動きに変える。そうやって守るのが、僕の番だ。
「汚させない……絶対に」
声に出してから、僕は踵を返した。明日は運河ギルドの第一回準備会合。最初に配る紙の順番、席の並び、沈黙と合図の稽古。やることは山ほどある。けれど、山は刻に分ければ道になる。僕は筆先を整え、次の一行を書き始めた。
ストークには傭兵ギルドへ行ってもらい、運河を使う商会に一斉に知らせを回す。河賊が出た。一定期間、各隊商で傭兵を帯同してほしい。経費は当面、商会と僕の方で折半にする……そんな文面だ。ストークは頷き、発信簿を小脇に抱えて走った。
その日の夕刻、僕はマックスさんの執務室にいた。事件の経緯を報告したのち、紙束を一つ差し出す。
「提案があります。運河の警備と保全を担う『運河ギルド』を設立できないでしょうか。巡視と補修、通行記録の管理、非常時の封鎖。資金は初期分の一部を僕が負担します」
「なるほど……運河はもう道だ。道には道の役人が要る、というわけだな」
「はい。王都の御意も必要ですが、ルステイン側から形を固めておきたい」
マックスさんは一度だけ天井を見て、それから頷いた。
「王都と掛け合ってみよう。その間、図面と規約の草案を進めてくれ」
それから八日を一つの刻にして、王都とルステインを往復した。王都では講義と面談と書面と外交、ルステインでは巡視線の仮配置と、傭兵帯同手順の整備。手も頭も休まらないけれど、止まらないことが何よりの安全だと知っている。
四往復目の王都の夜、アインス率いる青の技から報告が入った。面会の第一声は軽いが、目は笑っていない。
「見えてきやした。首は、あの土地を昔治めてた元男爵の一族でさ。河沿いに隠し舟、蔵に乾き物、刃物は油もんでピカピカ……後ろに金を入れてるやつがいやす」
僕は深く息を吸って、短く頷いた。
「ご苦労。次は金の線を追って。身の危険を感じたらすぐ離脱。証拠を優先して」
「合点。引き際は心得てやす」
その夜のうちに、僕は王様へ速文を送った。速文は魔法で紙を運ぶ早便だ。王都の塔を経由して、宛先に届く。文は短く、事実だけを書く。運河に河賊が出たこと。首は元男爵の一族であること。僕の名は出さぬことを願うこと。捜査の支援を求めること。封蝋を落とす手が少し震えていた。
返書は早かった。調べる、必要な線を王都から下ろす……二行。僕は礼と、後はお任せしますの一行を添えて送り返した。机の向かいでローランが小さく言う。
「良い投げ方です。名を出さず、役を動かす」
「名を出すと、色がつくからね」
「色より筋を先に。政治はそれで十分です」
数巡が過ぎ、アトリエに昼前に鐘が一度鳴った。王都からの正式文書だ。封を切ると、青の技の報告を裏づける内容が並んでいた。首謀は元男爵の子弟とその縁者。背後にいた現役の貴族も検挙。動機は……自分たちの土地を通る際に通行料を払わせるため、とある。僕は文を持つ手に力が入り、紙が鳴った。
「通行料……誰の許可も得ず、勝手に」
ストークが沈んだ声で言う。
「運河は王の道です。土地の私権を超えています」
「わかっていて、やったのだろうね」
胸の奥から熱が上がってきた。水路は、皆で作って、皆で守ると決めた道だ。誰かの懐のために狭められていいはずがない。
夕刻、マックスさんのもとへ結果を持っていく。
「王都が動いてくれました。首は押さえられ、背後も出ています」
「よく通したな、リョウ。運河ギルドの話も、これで言いやすい」
「警備だけでなく、保全と教育を入れましょう。合図、信号、封鎖の訓練。子どもたちにも『道の礼』を」
「うむ。資金は初期をお前が、継続は会費で回す。王都からの補助も引き出す。……やろう」
その場で日取りを決め、僕らは水竜人伯の家臣、商会の代表達、傭兵ギルドの頭、ルステインと運河を通る他の領、途中の王領代官所の文官を呼ぶ段取りを固めた。
夕方、アトリエの机に向かいながら、僕は合図表の改訂案を書いた。巡視船の笛は長短三つ、連絡旗は昼夜で別。封鎖縄の位置と、緊急に川面を塞ぐ落とし板の支点。新設予定の信号塔の見張りの交代刻。紙に落とす作業は静かだが、どれも手足になる。陽炎隊からも一報が入った。青の技と連携しながらしばらくは僕のそばに張り付く、と。返事は一言、頼む。
その晩、運河沿いに向かうと、水音が一定の拍で続いていた。バトエルエン、レーン、ザーラの寝息も、きっと同じ拍で続いている。家族の灯と街の灯は、どちらも消してはいけない。怒りは紙に変え、紙は動きに変える。そうやって守るのが、僕の番だ。
「汚させない……絶対に」
声に出してから、僕は踵を返した。明日は運河ギルドの第一回準備会合。最初に配る紙の順番、席の並び、沈黙と合図の稽古。やることは山ほどある。けれど、山は刻に分ければ道になる。僕は筆先を整え、次の一行を書き始めた。
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