【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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13歳の沈着。

代官所研修の開始。

 その後の八日間、僕はできるかぎり実務者協議に顔を出し、細則を一つひとつ紙に落としていった。巡視線の交替刻、信号塔の見張り表、封鎖縄の点検票、浚渫の優先順位……紙は増えるのに、むしろ場の動きは軽くなる。途中で水竜人伯は席を立ち、マックスさんと固く握手をしてからルステインとの友誼をいっそう深めて帰っていった。伯の家令は最後まで机の角度を直し続け、実務者協議の締めを見届けて帰郷した。

 暫定のギルドマスターは、満場一致でルステイン側の文官代表に決まった。会議後に廊下で並んで歩くと、書類を抱えた若い文官たちが入れ替わり立ち替わり走っている。発展が目まぐるしい街の運営を仕切る彼らは、やはり有能だ……そう実感する瞬間が多かった。言い切りが短く、数字がまっすぐで、返事が早い。現場の風が体に染みているのだろう。

 詰めの役は、とマックスさんが肩を軽く叩く。

「王都との折衝は任された。面倒でも、ここは私の役目だろう」

「助かります。今は僕の名をあまり表に出したくありませんから」

「わかっているさ。名は隠しても、紙は通す。……そういう季節だ」

 胸の奥で小さく息を吐く。結構な額を初期に投じたが、毎年の発明と料理レシピの使用料は安定して入る。懐が痛む感じは不思議とない。むしろ、将来に重ねるための土台が厚くなっていくのをはっきり感じた。

 ひと段落。日程表を見ると、代官所の研修初日が近づいている。僕は執務室にこもって予習を始めた。規則の条文を読み直し、検分書の読み筋を指でなぞる。沈黙と合図……三で異論、七で支え。机の上で指を折って数えると、身体の中にも拍が入る。ローランは紙束を小分けにしながら言う。

「初日は窓口と会議が半刻ずつ。後半は現場。沈黙は窓口でも使えます。待ち人数を数え、三呼吸で疑問札、七呼吸で了承札……やってみましょう」

「やってみよう」

 僕達はエフェルト伯爵領に向かい地方代官所の近くの宿を取った。研修初日。代官所は朝から人の気配が濃い。窓口の前で番札を配る少年が走り、廊下には村の古老、商会の若手、荷車の御者が列をつくる。所長が短く挨拶をし、僕とローランに手短な段取りを渡した。

「午前は窓口同席。午後は小会議を一本、検分の読み合わせを一本。問題が出たら、席を崩さず沈黙で合図……頼む」

「承知しました」

 最初の窓口は税の遅延。小麦の不作で納めが遅れたという申告だ。担当役人が書面を差し出し、僕は三呼吸で申告の穴を探す。

「支払予定は……祭の前。証憑の添付は……ここが空白です」

 村の古老が不安げに眉を寄せる。そこでローランが半歩だけ前へ。

「証憑は後付けでも受理できます。今日受けるために、三枚の別記を先に。村印、証人二名、収穫見込みの数字……この三つで十分」

 古老の顔色が少し戻る。窓口の後ろで所長が七呼吸、静かに頷いた。

 二件目は渡し船の争い。上流の新しい桟橋が客を奪う、と下流の船頭が訴える。場が熱くなりかけたところで、僕は紙を裏返し、短く言う。

「安全の基準が先です。桟橋の検査票は……下流に一枚不足。まず補います。客の取り合いの扱いは、その後。今日は臨時で便数の帯を決め、帯外は罰金でよろしいですか」

 三呼吸……異論なし。七呼吸……賛成。場の熱が落ち着く。船頭たちが肩を落としたその隙を、ローランが逃さない。

「帯の時間割は、この場で暫定に。上流は朝多め、下流は夕多め。明日は逆にして、三日で一巡。紙は今、私が書きます」

 するりと出た言葉に、役所の若い書記が思わず感嘆の声を漏らす。所長が目だけで笑った。


 昼をはさんで小会議。議題は城門の落とし戸の修繕と見張り塔の交代刻。出席は代官二名、役人三名、商会二名、建築工一名。冒頭で僕は短く告げる。

「反対は三呼吸、賛成は七呼吸。発言は理由が必要なときだけ。……始めます」

 最初の論点は落とし戸の材。建築工が専門用語を並べかけた瞬間、ローランが軽く右手を立てた。

「用語は現場の言い回しで。厚は二枚、間に薄い板を嵌める。……これで合っていますか」

 建築工が素直に頷く。三呼吸、異論なし。七呼吸、賛成。
 次の論点は交代刻。塔番は十刻がよいが、夜明け前だけは短くしたい、と老兵が言う。

「夜明け前は人が眠い……事故が多くなる時間です」

 ローランは紙を傾けた。

「では、交代刻は基本十。夜明け前だけ六に。補助の小笛を一人追加。合図は……長短短。紙にします」

 七呼吸。賛成。会議が拍で進む。

 午後の検分は川沿いの堤。護岸石の目地が甘いところを水工が叩いて見せ、僕は記録に印を打つ。村の若者が作業を覗き込み、ローランが声をかけた。

「おいで。今日から君は記録係だ。印は三つ。良、不良、要再検。三で疑い、七で確かめる。……数えてみよう」

 少年は緊張で肩をすくめていたが、三つ、七つと指を折るうちに顔が明るくなる。終わってから所長がぽつりと言った。

「人を入れるのが、うまいな」

「紙に足をつけるには、人が要りますから」

 ローランは肩をすくめた。

 夕刻、詰所の板壁に今日の決裁が貼り出される。渡し船の帯、落とし戸の材、塔番の交代刻……短く、読みやすく、現場の言葉で。廊下を掃く婆さまが立ち止まって読み上げ、うん、と頷く。会議室に戻ると、詰所長が一枚の紙を差し出した。

「初日の記録だ。……よくやった」

「ありがとうございます。次も同じ拍で」

 部屋を出ると、石畳に夕陽が差していた。

「今日は、ローランが主役だったね」

「いえ。拍を決めたのはあなたです」

 彼はいつものように袖を整え、少しだけ笑った。

「三で異論、七で支え……次回も、この拍で行きましょう」

「うん。次回も、この拍で」

 数を数える指が自然に動く。三まで早く、七までゆっくり。僕らは詰所の灯を落とし、静かな拍のまま、帰り道に出た。
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