【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
517 / 806
13歳の沈着。

家は内側から整っていく。

 外装がぐんぐん立ち上がり、白い壁が朝夕の光を柔らかく受けるようになると、現場の中心は内装へ移った。床材の選別、手すりの仕上げ、灯具の位置決め、医の間のしつらえ……昼の打ち合わせで工程を整えていたとき、ヂョウギが控えめに手を挙げた。

「リョウ様。ひとつご提案がございます。ふらりと労志で来た者の中に、ドワーフの間では名の知れた彫刻師が混じっておりましてな。もしよろしければ、内装の一部に腕を振るわせていただけぬかと」

「名は?」

「ハルディンと申します。頑固者でして、普段は山に籠もって石と木ばかり相手にしておりますが……目は確かにございます」

 僕と建設監督の若い二人は顔を見合わせた。過ぎた装飾は静養の家に合わない。けれど、抑えた彫りであれば、手や目を導く助けになることも知っている。

「派手ではなく、落ち着くもの。触れて安心できるもの。それが条件です」

「承りました」

 すぐさまヂョウギが小柄なドワーフを連れてきた。ハルディンは無言で腰袋から小刀を抜き、端材を一枚だけ貰い受けると、ほんの短いあいだ木口を撫でた。刻まれたのは葉脈を写した薄い波紋。光を乱反射させず、指先にだけささやくような凹凸が残る。

「……これなら、目も手も疲れない」

 建設監督がうなずく。ハルディンは頭を下げ、次の端材にごく小さな渦を彫った。湯殿へ向かう廊下の欄間には波の筋、王族の間の柱頭には鳥の羽の重なり、手すりの端には老樹の年輪。どれも一歩離れれば溶けて見え、近づけば静かに現れる。王様や王族の部屋には少しだけ密度を上げ、目を楽しませつつ、座れば視線が自然に休まる配置にした。若い棟梁が傍らで感心していた。

「彫りが軽いのに、影が沈む。……こんな手があったか」

 内装が順調と聞き、王都からサイスさんと騎士団長がやって来た。まずは外装を一巡してもらい、続いて回廊から王族の間、医の間、湯の胎、詰所へと案内する。サイスさんは柱頭の羽根を撫で、手すりの端を親指で確かめてから、にこりと笑った。

「よくぞここまで。紙で見ていたものが、期待どおりのかたちになっている。香りも薄く、音もよく抑えられている」

 騎士団長は図面を片手に、床板の継ぎから壁の裏まで丹念に覗き込み、落とし戸や防備の設備を確認していく。合図塔へ上がる梯子の角度、詰所から非常口までの距離、夜に灯す位置。落とし戸は音が立たぬよう上下に布を忍ばせてあり、床下の支点には余計な影が出ないよう細工がしてある。

「図のとおりだ。いや、それ以上に細いところまで気が行き届いている。夜番の足が躓かん」

「王様から、現地の労志がいかほど集まっているか、直に確かめてくるよう言付かっている。見せてくれるかな」

 サイスさんに言われ、僕は詰所の机から帳面を取り出した。労志、物志、志券……三つの束に分け、日ごとの集計と二行要旨を添えてある。名はない。あるのは、仕事の種類と分量だけ。

「たとえば昨日。労志は石運び五十四、道の整備三十八、手すり磨き四十二、炊き場の手伝い二十七。物志は布と麻ひもが計十二束、灯油が小樽で五つ、柔らかい木の匙が七十本。志券の受け取りは『手すり半間』が六、『文庫の本』が十三、『医の間の布』が八。今日は朝の時点で、労志がもう八十を超えています」

 二人は頁を繰り、欄外の細かな付箋まで目を通した。ふと、騎士団長が詰所の窓から外を見やり、小声で漏らす。

「……これほどの人が、毎日か」

「日によって波はありますが、変わらず続いています。彫刻のハルディンも労志の一人。彼の欄には『手すり端部の彫り、今日十本』とだけ記してあります」

「名がないのが、よいのだな」サイスさんが帳面をそっと閉じた。「志は静かに強くなる」

 案内の続きで、王族の寝所へ入る。窓の高さは座・立・寝の三つの目線で決めてあり、昼の光は柔らかく、夕は差し込まない。床際には薄い段差の目印として、ハルディンの細い彫りが一指ぶんだけ続いている。座っていると、自然と視線が欄間の鳥の羽に落ちる。視線の置き場があると、人は楽だ。サイスさんは椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。

「ここなら、眠れる」

 湯の胎にも寄る。水工が湯口の息を確かめ、湯守見習いが記録札を掛け替えている。壁の一部に浅い彫りが入っていて、湯の響きが柔らかく散る仕掛けだ。騎士団長はそこにも目を留めた。

「音の刃が丸くなっている。彫りに意味がある」

 外へ出ると、道の整備組が橋の手前で石を置き換えていた。荷車の車輪が以前より軽い音で渡る。遠くから獣人隊商の荷が新たに到着するのが見え、御者が帽子を振った。炊き場では昼の仕込みが佳境で、ミシェ姉さんが女性たちと手際よく鍋を回している。サイスさんが思わず笑った。

「この匂いは、腹が鳴るな」

「昼は麦と根菜の煮込みに、魚のほぐしの握りです。柔らかくしてあります」

 詰所へ戻ると、騎士団長が一筆認めて置いた。「防備上の所見」として、落とし戸の操作札の位置、夜の見張りの巡回順、詰所の合図の板の高さ。最後に短く添えられていた。

「現状、訓練は実地に追いついている。続けよ」

「王様には、労志のこと、この目で見たこと、帳面の形も含めて報告します」サイスさんが立ち上がる。「この家は、人と紙でできているな」
「石と木と湯に、人の手の跡がのっていけば、きっと良い家になります」

 二人を見送り、僕は帳面に今日の項目を足した。彫刻、王族の間柱頭四、欄間三、手すり端十。左官、北面一室。灯具、回廊三箇所取り付け。労志、道・荷運びほか延べ百五十余。物志、布・油・匙。志券、書・手すり・医の布。

 窓の外では、ハルディンが新しい端材を手に、柱頭の前に立っていた。彼は一度だけ空を見上げ、刻み始めた。控えめで、確かな線。名は残らないけれど、触れた手が覚える彫りだ。家はゆっくりと、内側から整っていく。今日はそれが、はっきり見えた。
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する! 農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。 逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。 これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。

最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~

gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。 なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。 一人称視点、独り言多め、能天気となっております。 なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。 ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A ご指摘あればどんどん仰ってください。 ※2017/8/29 連載再開しました!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ひだまりのFランク冒険者

みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。 そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。 そんな中 冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。 その名は、リルド。 彼は、特に何もない感じに毎日 「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。 この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~

九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます! 七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。 しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。 食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。 孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。 これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。