僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

今年はしゃぶしゃぶ。

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 王都の夜気は澄んでいて、庭の灯が水盤に静かに揺れていた。毎年恒例のエフェルト公爵の夜会。玄関の階段を上がると、家令がにこやかに一礼し、奥の広間へと導いてくれる。すでに楽の音は始まり、笑い声が波のように寄せては返す。壁際には領内の工房で仕上げた器や織物が並び、今年は控えめな銀の飾りが目に涼しい。

「よく来たな、リョウエスト」

 エフェルト公爵が人垣の向こうから手を上げる。隣に立つ青年は、今季から表に出ることになった嫡子セリオ様だ。背が伸び、目に迷いがない。

「殿下……ではなく、公爵閣下のご子息。セリオ様、改めてご挨拶を。おめでとうございます」

「ありがとう。父の背中はまだ遠いけれど、領の紙と土を見て歩く役、始めさせてもらったよ」

 挨拶もそこそこに、僕は今年の「一品」を合図するため料理人たちと合流する。中央の卓に銅鍋を据え、湯を張った汁に薄い塩と海草の旨みをとる。皿には、紙のように薄く引いた牛の赤身。脇に青菜と葱、茸。器は軽い椀。添えるのは、柑の搾り酢を軸にしたさっぱりしたつけ汁と、胡麻を当てた香味だれ。周りの視線が集まるのを感じて、僕は声を整えた。

「今宵は、牛肉の新しい食べ方をお持ちしました。しゃぶしゃぶと言います。鍋の湯は沸き切らせず、静かに踊るくらいに保ちます。フォークで一枚、湯のなかで二度ほど泳がせ……色が変わったら、すぐに引き上げます。野菜は先に。肉は後から。薄いから、刃を入れるより体に優しい。出汁が濁らないので、最後に麺や粥も楽しめます」

 先に公爵へ一口を。湯気の向こうで、閣下の眉がふわりと上がる。

「私はもう驚かぬと決めておったのだが……また驚かされた」

 広間がどっと和んだ。中立派の顔ぶれが近寄ってきて口々に言う。

「これは真似しやすい」「薄く引ければ、どこの領でもできる」「つけ汁の配合は」

「用意があります」

 僕はあらかじめメニューをレシピ登録しておいたのでストークに合図し、活版で刷っておいた二枚組の小冊子を配る。一枚目は手順と道具の絵、二枚目は出汁とつけ汁の割合、片付けの注意。名は出さない。必要な情報だけ、短く。紙を受け取った家令たちが頷いて、早速控えの帳場に走っていくのが見えた。

「ところで、領の進捗は」

 ひと息ついたところで、僕はセリオ様に問う。

「順調だよ。協働課が動き始めて、学校の共同授業は『言』『数』『手』の三つを先行。工房の規格は手すりと匙の見本を各村に配った。堰と道には仲介の目を置いて、小さな行き違いを早めにほぐしている。父上は『誰のため』の札を課の壁に掲げさせた……目が鈍らない」

「良い風ですね。僕も次に領へ伺うとき、仲介の現場を見ます」

 公爵が杯を掲げる。

「今年の肉は軽やかで、なお腹が満ちる。……セリオ、こういう提案を受け止められる机を、領に増やせ」

「承知しました」

 広間の一角に、鮮やかな衣裳の客が見える。サテラージャ王国の大使だ。彼はこちらに気づくなり、目尻を下げて歩み寄ってくる。

「おお、若き友よ。ハミル様との約束、忘れておらぬな?」

「……もちろん。成人になったら、必ずサテラージャへ伺います」

「よろしい。君の空の船の話も聞いた。だが、まずは我が国の風を肺に入れるがいい。香の街路、香辛の市場、雨季の庭園……君に見せたいものが多すぎる」

「楽しみにしております」

 胸の奥で少しだけ冷や汗が落ちる。成人までに片づける紙束、静養の家の残工、空の船の標準化……頭の中で予定が高速に並び替わる。それでも表の顔は崩さない。約束は約束だ。実現する順序を整えればいい。

 しゃぶしゃぶの卓は、途中から各卓に小鍋を配る方式に切り替わった。薄い湯気の輪が幾つも生まれ、若い者も年配も同じ速さでフォークを動かせる。エフェルト家の家令がそっと囁く。

「器の高さと匙の長さ、今年の規格が気持ちよく合います」

「それは領の皆さんの仕事です。僕は紙を書いただけ」

 中立派の長老が近づいてきた。

「君の紙は短いが、現場で長持ちする。……それは褒め言葉だ」

「身に余るお言葉です」

 ひとしきり談笑が続いたあと、楽が控えめな曲に変わる。セリオ様が父君と短く言葉を交わし、来客へ丁寧に挨拶を回り始めた。表舞台の最初の夜だというのに、肩に余計な力が入っていない。紙と土を往復した時間が、きちんと身体に溜まっているのだろう。

 帰り際、公爵がもう一度呼び止めた。

「リョウエスト。静養の家の次の段、騒がせるでないぞ」

「心得ております。寮と宿舎と厩と浴場、順に静かに起こします」

「よい。……それと、セリオを時々叱ってやってくれ。父の言葉より、君の短い一言が効く時がある」

「承知しました。叱るより、紙を一枚渡します」

 外へ出ると、夜気に湯の香りが薄く混じっていた。馬車が寄せられ、御者のボルクがひそやかに帽子を指で押さえる。手に持った残部の小冊子が、思ったより軽い。受け取った誰かが、今夜のうちに台所の卓へ置くだろう。領は変わり続ける。王都もまた、人の手で静かに変わる。来年の成人まで、あとわずか。足りないものはまだあるが、今夜拾えたものも少なくない。

 馬車の中で、僕は膝の上に小さく束ねた二行要旨を置いた。公爵家との今季の教育の確認、協働課との連絡窓の整理、サテラージャ大使への礼状。灯が一つ、また一つ遠ざかる。目を閉じて、息を整える。驚きを一つ、紙に変える。約束を一つ、順番に載せ替える。静かに、確かに。そういう夜会だった。
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