【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

来季に旅に出ることに。

 マリエンティ伯爵家の夜会は、いつ来ても気持ちが整う。広間の灯は目に優しく、庭から入る風が薄い香と混じって、胸の奥にすっと降りていく。玄関で名を告げると、家令が穏やかに会釈し、奥の間まで案内してくれた。

「久しいな、リョウエスト君」

 真ん中の卓で伯爵が立ち上がった。笑みは柔らかいが、目の光はいつも通り鋭い。隣にはマリカ姉さんの姿もある。手を振ると、姉さんが小さく親指を立てた。

「来てたのね、リョウ」

 後ろから声がして振り返ると、ミシェ姉さんとラーモンさんがいた。二人とも礼服がよく似合う。

「子どもは?」

「今日はお義父さまの計らいで預けてきたの。たまには二人でね」

 ラーモンさんが照れくさそうに頭を掻く。

「温泉地の方は順調です。……それより、今夜は伯爵閣下があなたに話がある」

 伯爵が軽く手を叩き、周囲の会話の波を一段落とす。僕が近づくと、伯爵は酒を断って水の杯を取った。長い話になる合図だ。

「本題に入ろう。君に任じてある『サテラージャ方面親善大使』の件だ」

「はい」

「時期について、王と私で詰めた。来季の社交が終わってから、一度サテラージャに入ってほしい。成人を済ませ、王都の挨拶回りを締めたのち、最初の航で向かう。これが相手への礼になる」

「承知しました。日取りは王家と足並みを揃えます」

「加えて、ミッソリーナ王国からも再三、君の訪問を所望されている。サテラージャから戻りの足で西へ。海を挟んでの二本立てだ。無理はさせないが、季の風がそろう時期を逃したくはない」

 僕は頷き、伯爵の言葉を要点だけ拾って頭の中に並べ替えた。成人後の社交を締める……王の親書、贈り物、随員の規模、航路と寄港地……。

「随員は最小限でいこう」伯爵が続ける。「大仰な行列は相手を構えさせる。書記官一、侍医一、通訳一。護衛は君のところの兵を芯に、王軍から数を足す。混成の形にするのは礼のためでもあり、有事の指揮系統を明確にするためでもある」

「青の技の主力を基幹に据え、王軍と事前演練をします。海路の護衛は王軍の海上の経験に従い、こちらは内陸の移動護衛を担う形で」

「それが良い。装備は軽く、見栄えは質素に。『安全に、しかし威圧せず』だ」

 ミシェ姉さんが横から口を挟む。

「向こうの食べ物、あなた大丈夫?」 

「辛味と香りは強いのもあるけれど、うちの国の胃にも優しい料理は必ずあるわ」

 マリカ姉さんが笑う。

「ねえお父さま、先方の宮廷料理の資料、学寮に届けてあったでしょう」

「既に君の家宰にも回した。航の前に目を通しておけ。贈り物も考える。サテラージャには『手に取って使える技術』が喜ばれる。道具でいい。華美な宝ではなく、細工が生きる品だ。ミッソリーナには『ともに前を見る意志』が伝わるものだな。紙でもよい。短く、しかし確かな設計の紙。彼らには未来が必要だ」

 ラーモンさんが低く感嘆の息を漏らす。

「言葉がいちいち重い……さすがです」

「重いのは言葉ではなく、約束の側だよ」伯爵は笑みを深めた。「君が若いうちに外へ出るのは良い。異なる礼、速さ、匂い、音に身を晒す。自分の足の長さが、外で初めて正確に測れる」

 僕は思わず、胸に手を当てた。

「正直、少し怖さもあります。けれど、見たいです。風も、街も、人の目も」

「怖さがあるうちに行くのがいい」伯爵はあっさり言い切る。「慢心は鼻につくが、緊張は人を美しく見せる。親善大使の仕事は知らせ、繋ぎ、確かめること。交渉はしない。『持ち帰る』が主だ。君は窓であって、盾ではない。身を乗り出しすぎないように」

 マリカ姉さんがうなずく。

「最小限の一行、王の親書、礼物、事前の通信。あなたの得意分野ね、短く整えるのは」

「二行要旨で全部進められる気がしてきました」

「そういう油断が一番危ないわよ」ミシェ姉さんが笑い、すぐ真顔に戻る。「でも、リョウなら大丈夫。ちゃんと怖がるもの」

 伯爵は軽く咳払いをして、段取りを畳んでいく。

「王国の船を使う。出航と帰港はともに王都港。途中の寄港は、南航路で二、三。西航路も二つは確保する。寄港先の選定は王軍海務部と詰める。こちらは寄港先で会うべき人のリストを作る。先に書簡を打つ。『会って終わり』にしないために、先に針を打っておく」

「了解しました」

「良い。……それと、これは伯爵としてではなく、父としての頼みだ」伯爵は小さく息をついた。「マリカの弟として、無茶はしないと約束してくれ」
「はい。戻ってくる前提で、出ます」

 話が一段落したところで、ラーモンさんが近づき、杯を掲げた。

「晴れの航海になるように、今から温泉の〈舟酔い用の湯〉も考えておきますよ。飲むやつじゃなく、浸かる方ね」

「そんなのあるの?」ミシェ姉さんが目を丸くする。
「作りましょう」ラーモンさんが自信ありげに笑う。「草の配合と塩の分量で、だいぶ変わる」
「その『草』は必ず事前申請ね」伯爵がすかさず釘をさす。「船に持ち込むものは一つ残らず書く。これは礼であり、信頼そのものだ」

 遠くで楽が曲を変え、広間の輪が一つ広がった。伯爵は僕の肩を軽く叩く。

「今夜はここまでにしよう。紙は明朝、君のところへ回す。返事は短くてよい、ただし正確に」

「ありがとうございます。二行で返します」

 ミシェ姉さんが腕を絡めてきた。

「ねえ、踊っていきなさいよ。外へ出る前に、ここの風をすこし吸っていきなさい」

「それが一番の準備かもしれませんね」

「そうよ」マリカ姉さんが笑う。「礼は音楽からも学べるの」

 短い一曲を踊り、庭の回廊で涼む。ラーモンさんが後から来て、僕の隣で空を仰いだ。

「海は良い。怖いけれど、良い」

「うん」

「帰ってきたら、温泉で旅の話を聞かせてくれ。うちの客に混じって、湯気の向こうでね」
「約束する」


 夜会を辞す前、伯爵が再び近づいてきて、小さな封筒を渡した。

「王の親書の素案だ。侍従長にも回っている。君の言葉で下書きを一本作れ。『若さの礼』を入れておくといい。若者が頭を下げるというだけで、世は少し柔らかくなる」

「肝に銘じます」

 屋敷を出ると、夜気がひんやりと肺に入り、体の熱が穏やかに引いていく。馬車に乗り込んで膝の上に紙を広げ、二行を書く。

『来季社交後、南へ西へ。最小随員、混成護衛、王船にて』
『知らせ、繋ぎ、確かめる。交渉はせず、礼を運ぶ』

 灯が流れる。胸の奥に、小さな波が立っている。怖さと楽しみが同じ形をして、静かに重なっていた。戻ってくるために、出る。僕は息を整え、明朝の返書の文言を頭の中で磨き始めた。
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