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14歳の助走。
常勝剣士と決勝相手。
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手紙は短かった。整った筆跡で礼と「お願いがある」。差出人はアール・ヤーヴィ。剣術大会の常勝の彼だ。興味が勝ち、会おうと返事を出すと、当日タウンハウスの門に現れたのはアールと、決勝の相手トーマス・デントの二人だった。
客間に通すと、アールは姿勢よく一礼してからまっすぐ僕を見る。
「命を救っていただき、ありがとうございました」
続けてトーマスが深く頭を垂れる。
「肩を、腕を、彼の剣を……戻していただいた」
それから二人は視線を交わし、同時に片膝をついた。
「家臣にしてください」
部屋の空気が一度だけ揺れた。ストークが一歩、ローランが半歩だけ前へ出る。僕は手を上げて二人を立たせ、話を促した。
アールは子爵家の次男として育ち、本当に仕えたい主を探すために家を出て剣士をしていたという。トーマスはミッソリーナ王国の騎士団にいたが、腐敗を目の当たりにして辞し、各地を放浪して理想の主を探していたという。似た道行きが今回の出来事で一つに重なり、僕の家に仕えたいと決めた、と。
「雇うのはやぶさかではないけど、来季からかな」
僕がそう言うと、ローランが即座に首を振った。
「いいえ、今です。話題の二人が当家に入るとなれば、社交の輪で『君は何を選ぶか』の答えになります。動くなら八日以内」
彼はアールに目を向ける。
「礼儀作法を一からやり直す覚悟はあるか。夜会での立ち居振る舞い、言葉の刃の鞘の入れ方、文の結びに至るまで」
「家来になれるなら、何でもします」
アールの声は迷いがない。
「トーマス・デント」ローランは今度は重い調子で名を呼ぶ。「騎士団を率いる気はあるか。今はまだ『名誉貴族の私兵』という形は取れない。だが成人後、伯爵家を興す時に基幹を任せる器を作っておく必要がある。教える、統べる、守る。その三つをやる気は」
「やらせてください」
短く、深く。揺れることのない応えだった。
僕は一度席を立ち、窓辺で呼吸を整えた。欲しいのは腕だけではない。物語に引かれた勢いだけでも困る。僕は二人の前に戻り、条件を先に置いた。
「まず、身元の確認。アールは洗礼紙と家の紹介状。トーマスは除隊の証と、旧同僚二名以上の証言。これは細かく確認する。次に誓い。僕個人にではなく、僕の『務め』に仕えると誓ってほしい。私怨で剣を抜かない、密命を紙にしない、家の法に従う……この三つは絶対だ」
二人は同時に頷いた。
「待遇は今季は『家臣見習い』。アールは外交随員見習い、トーマスは教導役見習い。禄は当家の兵の上位帯。住まいは当面タウンハウスの別棟。武器は当家の鍛冶を通す。勝手な買い足しは禁止。稽古は八日ごとに一度、ストークとローランの点検を受けること」
「承知しました」
「了解」
ローランが紙束を繰り、淡々と続ける。
「試用は八日を単位に三度。合計二十四日。各巡の終わりに短い実務テストを入れます。アールは夜会での同席、文の下書き、訪問先での挨拶。トーマスは護衛隊の歩度合わせ、教範の整備、実地での護衛指揮。合格なら継続、不可なら契約終了。明確にしておきましょう」
「はい」
「わかった」
「それと、約束がもう一つ」
僕は声を落とした。
「アール。今の君は刃が美しい。けれど、美しい刃ほど礼の鞘が要る。ローランの側で、言葉の鞘を作ること。トーマス。君は強いが、隊を率いれば自分の体より他人の体のほうが重くなる。『勝つ』より『失わない』を先に置くこと」
二人はそれぞれに目を伏せ、短く返事をした。言葉が体に落ちたのを、肩の動きで感じた。
ストークが所作一式の包みを持ってきた。
「礼式の手引き、学寮版。言葉の入門はこれを。アール様、まずはこの巻の半分を八日で」
「トーマス殿には隊の教範と行軍表、護衛の導線図を。陽炎隊の訓練を二度見学、その後に一本、実地を」
トーマスは包みを両手で受け取り、慎重に重さを確かめる。アールは手引きを開き、文字の高さに目を慣らした。
「身元は私の側でも当たる」ローランが付け加える。「アールは生家の子爵家に知らせを出し、縁切りではなく『移仕』の形を整えましょう。トーマスはミッソリーナの線は慎重に。王都に居る彼らの連絡役に、身を害さない形式で確認を取ります。……それから、二人に二行の誓いを書いてもらう」
ローランが白い小紙を二枚、卓に置いた。
「『私心で剣を抜かず、主の務めに仕える』
『礼を守り、約束を紙に残す』」
アールは迷いなく書き、名前を添えた。トーマスも筆をとり、少しだけ筆圧の強い字で同じ二行を記した。
僕は二人の紙に印を押し、手前に戻す。
「これが君たちの最初の鎧だ。落とさないように」
「はい」
「了解」
このまま勢いで稽古場に連れて行ってしまうのは簡単だが、今日は刃を見ない。まずは頭と背筋だ。僕は応接から庭へ出て、二人を回廊に導いた。
「今夜は顔を出す夜会がある。アールは同行して、ローランの後ろで立つ。口は開かない。目だけで礼を読め。トーマスは陽炎隊の詰所で装備の整理を。刃ではなく、紐と釦から。隊はそういうところで整う」
「承知しました」
「了解」
別れ際、アールが少しだけためらい、口を開いた。
「……助けていただいた時、胸の奥で何かが変わりました。剣で勝つことより、守りたいと思う人の側に立ちたいと、初めて思いました。未熟ですが、必ず礼を覚えます」
「礼は人を弱くしない。君の剣を、遠くまで届くものにする」
トーマスは黙って頭を下げた。その沈黙が、彼の言葉より雄弁だった。
二人を見送ると、ローランが肩を回して息を吐く。
「良い拾い物です。……さて、紙を二通。侍従長殿へ『常勝剣士と決勝相手を家臣見習いとして採用。身元確認の上で礼式と護衛教導を施す。派手な動きはせず』。王妃様へは『怪我人、その後健勝。決勝相手と現在更生ならびに礼式教育中』。これで十分でしょう」
「うん。王都の水面を静かに保つ文で」
「任せてください」
「ナフェル騎士爵様にも一本」ストークが提案する。「教導の枠に、トーマス殿を一巡だけ混ぜていただけるよう願い出ましょう。若い者の歩度合わせに、外の風は効く」
「お願いして」
「はっ」
夕刻、僕は自室で短い紙を二枚書いた。アールとトーマスに渡す個別の指示、そして自分への覚え書き。
「勢いで人を集めない。けれど、良い勢いは掴む」
窓の外では、王都の灯が点り始める。明るさは増えたが、騒ぎはない。最初の八日が始まる。二人がその間にどれだけ身の丈を整えられるか。僕は袖口を直し、夜会の時刻を確かめた。アールは立てるだろうか。言葉の鞘を手に入れる最初の夜だ。
客間に通すと、アールは姿勢よく一礼してからまっすぐ僕を見る。
「命を救っていただき、ありがとうございました」
続けてトーマスが深く頭を垂れる。
「肩を、腕を、彼の剣を……戻していただいた」
それから二人は視線を交わし、同時に片膝をついた。
「家臣にしてください」
部屋の空気が一度だけ揺れた。ストークが一歩、ローランが半歩だけ前へ出る。僕は手を上げて二人を立たせ、話を促した。
アールは子爵家の次男として育ち、本当に仕えたい主を探すために家を出て剣士をしていたという。トーマスはミッソリーナ王国の騎士団にいたが、腐敗を目の当たりにして辞し、各地を放浪して理想の主を探していたという。似た道行きが今回の出来事で一つに重なり、僕の家に仕えたいと決めた、と。
「雇うのはやぶさかではないけど、来季からかな」
僕がそう言うと、ローランが即座に首を振った。
「いいえ、今です。話題の二人が当家に入るとなれば、社交の輪で『君は何を選ぶか』の答えになります。動くなら八日以内」
彼はアールに目を向ける。
「礼儀作法を一からやり直す覚悟はあるか。夜会での立ち居振る舞い、言葉の刃の鞘の入れ方、文の結びに至るまで」
「家来になれるなら、何でもします」
アールの声は迷いがない。
「トーマス・デント」ローランは今度は重い調子で名を呼ぶ。「騎士団を率いる気はあるか。今はまだ『名誉貴族の私兵』という形は取れない。だが成人後、伯爵家を興す時に基幹を任せる器を作っておく必要がある。教える、統べる、守る。その三つをやる気は」
「やらせてください」
短く、深く。揺れることのない応えだった。
僕は一度席を立ち、窓辺で呼吸を整えた。欲しいのは腕だけではない。物語に引かれた勢いだけでも困る。僕は二人の前に戻り、条件を先に置いた。
「まず、身元の確認。アールは洗礼紙と家の紹介状。トーマスは除隊の証と、旧同僚二名以上の証言。これは細かく確認する。次に誓い。僕個人にではなく、僕の『務め』に仕えると誓ってほしい。私怨で剣を抜かない、密命を紙にしない、家の法に従う……この三つは絶対だ」
二人は同時に頷いた。
「待遇は今季は『家臣見習い』。アールは外交随員見習い、トーマスは教導役見習い。禄は当家の兵の上位帯。住まいは当面タウンハウスの別棟。武器は当家の鍛冶を通す。勝手な買い足しは禁止。稽古は八日ごとに一度、ストークとローランの点検を受けること」
「承知しました」
「了解」
ローランが紙束を繰り、淡々と続ける。
「試用は八日を単位に三度。合計二十四日。各巡の終わりに短い実務テストを入れます。アールは夜会での同席、文の下書き、訪問先での挨拶。トーマスは護衛隊の歩度合わせ、教範の整備、実地での護衛指揮。合格なら継続、不可なら契約終了。明確にしておきましょう」
「はい」
「わかった」
「それと、約束がもう一つ」
僕は声を落とした。
「アール。今の君は刃が美しい。けれど、美しい刃ほど礼の鞘が要る。ローランの側で、言葉の鞘を作ること。トーマス。君は強いが、隊を率いれば自分の体より他人の体のほうが重くなる。『勝つ』より『失わない』を先に置くこと」
二人はそれぞれに目を伏せ、短く返事をした。言葉が体に落ちたのを、肩の動きで感じた。
ストークが所作一式の包みを持ってきた。
「礼式の手引き、学寮版。言葉の入門はこれを。アール様、まずはこの巻の半分を八日で」
「トーマス殿には隊の教範と行軍表、護衛の導線図を。陽炎隊の訓練を二度見学、その後に一本、実地を」
トーマスは包みを両手で受け取り、慎重に重さを確かめる。アールは手引きを開き、文字の高さに目を慣らした。
「身元は私の側でも当たる」ローランが付け加える。「アールは生家の子爵家に知らせを出し、縁切りではなく『移仕』の形を整えましょう。トーマスはミッソリーナの線は慎重に。王都に居る彼らの連絡役に、身を害さない形式で確認を取ります。……それから、二人に二行の誓いを書いてもらう」
ローランが白い小紙を二枚、卓に置いた。
「『私心で剣を抜かず、主の務めに仕える』
『礼を守り、約束を紙に残す』」
アールは迷いなく書き、名前を添えた。トーマスも筆をとり、少しだけ筆圧の強い字で同じ二行を記した。
僕は二人の紙に印を押し、手前に戻す。
「これが君たちの最初の鎧だ。落とさないように」
「はい」
「了解」
このまま勢いで稽古場に連れて行ってしまうのは簡単だが、今日は刃を見ない。まずは頭と背筋だ。僕は応接から庭へ出て、二人を回廊に導いた。
「今夜は顔を出す夜会がある。アールは同行して、ローランの後ろで立つ。口は開かない。目だけで礼を読め。トーマスは陽炎隊の詰所で装備の整理を。刃ではなく、紐と釦から。隊はそういうところで整う」
「承知しました」
「了解」
別れ際、アールが少しだけためらい、口を開いた。
「……助けていただいた時、胸の奥で何かが変わりました。剣で勝つことより、守りたいと思う人の側に立ちたいと、初めて思いました。未熟ですが、必ず礼を覚えます」
「礼は人を弱くしない。君の剣を、遠くまで届くものにする」
トーマスは黙って頭を下げた。その沈黙が、彼の言葉より雄弁だった。
二人を見送ると、ローランが肩を回して息を吐く。
「良い拾い物です。……さて、紙を二通。侍従長殿へ『常勝剣士と決勝相手を家臣見習いとして採用。身元確認の上で礼式と護衛教導を施す。派手な動きはせず』。王妃様へは『怪我人、その後健勝。決勝相手と現在更生ならびに礼式教育中』。これで十分でしょう」
「うん。王都の水面を静かに保つ文で」
「任せてください」
「ナフェル騎士爵様にも一本」ストークが提案する。「教導の枠に、トーマス殿を一巡だけ混ぜていただけるよう願い出ましょう。若い者の歩度合わせに、外の風は効く」
「お願いして」
「はっ」
夕刻、僕は自室で短い紙を二枚書いた。アールとトーマスに渡す個別の指示、そして自分への覚え書き。
「勢いで人を集めない。けれど、良い勢いは掴む」
窓の外では、王都の灯が点り始める。明るさは増えたが、騒ぎはない。最初の八日が始まる。二人がその間にどれだけ身の丈を整えられるか。僕は袖口を直し、夜会の時刻を確かめた。アールは立てるだろうか。言葉の鞘を手に入れる最初の夜だ。
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