【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

挨拶を受ける立場に。

 王城の大ホールの扉が開くと、光が水面のように床を滑り、八時間の長丁場を告げる楽がふっと高く立ち上がった。今季の締めくくりの大舞踏会。僕はエメイラの手を取り、一歩だけ深く礼をする。エメイラは目で笑ってうなずき、軽く手を預けてくれた。背後にはローランとアール。ローランはいつもの控えめな立ち姿、アールは新調した礼装に身を包み、視線の高さを静かに整えている。

 序曲が終わり、最初の輪へ。エメイラと二曲踊ってから、互いに小さく合図を交わす。次は挨拶回りだ。僕たちは歩調を合わせ、最寄りの家から順に卓を訪ねた。どこへ行っても最初の一言は同じだ。

「アール・ヤーヴィが、あなたの家来に?」

 驚きは大げさではない。ただ熱を帯びている。アールは一歩下がって深く礼をし、声は出さない。ローランが半歩前に出て、短く添える。

「見習いとして礼を学んでおります。今夜は随行のみ」

 それで十分だ。輪は次へ転がり、僕らは笑顔のまま礼を返す。驚きが否定ではなく、期待に寄っているのを肌で感じる。アールの背中の筋肉が、最初のこわばりから滑らかさに変わっていくのがわかる。

 中ほどで王族席へ。近衛の間を抜けて進むと、王様が椅子から身を起こし、手を軽く上げられた。僕とエメイラは膝を折って礼を取る。

「今季もよく働いたな」

「身に余るお言葉です」

 王様の視線がすっと僕の背後へ滑る。

「ローランというものは、お前か?」

「はい」

 ローランが静かに一歩出る。

「リョウエストの書簡にいつも名がある。そちは、よく助けておるようだな。これからも頼むぞ」

 短い言葉だった。けれど、ローランの頬にわずかな紅が差し、喉仏が一度上下する。

「ありがたき幸せ。身命に代えてもお支えいたします」

 王様は満足そうにうなずき、僕へ目を戻す。

「名は出さずとも、やったことは消えぬ。好きにしろ。ただし、王の耳には届くように」

「はい」

 王妃様とも目礼を交わし、席を辞す。戻る道すがら、ローランはいつになく口数が少なかった。僕が目だけで問うと、彼は唇の端をほんの少し持ち上げる。

「言葉は短いほど重い……今夜、身に染みました」

「おめでとう」

 エメイラが横から囁く。

「褒められた喜びを隠す必要はないわ」

「隠しているつもりはないのですが、どうやら顔が勝手に」

「勝手に笑うのは良い兆候よ」

 自席に戻ると、今度は逆にこちらへ人の流れが生まれた。立て続けに三家、息を置かずに二家。皆、まず僕に礼をし、それからエメイラに挨拶をし、ローランに一言、最後にアールを一瞥して微笑む。いつの間にか、挨拶をしにいく側から、挨拶を受ける側に立ち位置が変わったのだと気づく。僕はその実感を胸の内で転がし、増えすぎない約束の匙加減を探った。

 合間に一曲、名のある伯爵家の令嬢と踊り、もう一曲は年配の男爵夫人に腕を貸す。エメイラは別の輪で優雅に回り、会釈だけで周囲の空気を柔らかくする。戻ってくるたび、さっと僕の袖口を直してくれる仕草が心地いい。

「呼ばれすぎね」

「今夜はそういう夜みたいだ」

「体力はあるでしょうけど、喉は一つよ。水を」

 エメイラが侍女から杯を受け取り、僕に手渡す。冷えた水が喉を通り、頭の熱が一枚はがれる。

 遠目にアールを見ると、彼の周りにも小さな輪ができていた。若者たち、年配の紳士、憧れを隠せない婦人。押し寄せる言葉に、アールは丁寧な会釈と短い返答だけで応じる。困り顔になりかける瞬間には、ローランが指先で小さく合図を送り、向きと距離を微調整させる。よく学んでいる……そう思った時、視線が合った。アールはわずかに頷き、自分の胸に右手を当てる。礼の合図。僕は同じ仕草を返した。

 夜が半ばを過ぎる頃、主催の司会が祝辞の刻を告げ、輪がいったん緩む。僕はその隙に数家の相談を短く片付ける。空の船の監修状況、静養の家の進捗、度量衡の標準具の追加配布、そしてスクワンジャー公爵から届いた兄の披露宴の話題。どれもここで結論を出さず、二行を紙にして次の場へ送る約束だけを置く。

「増やしすぎない」

 自分に小さく言い聞かせる。ローランがすかさず紙を揃え、控えに同じ二行を写す。

「今夜の分は夜明け前に速文で手配します。あなたは寝るだけ」

「助かる」

 後半の楽が始まる。エメイラともう一度輪に入り、軽やかな曲を二つ続け、最後にゆるやかな曲で息を整える。足の裏から上がってくる疲れに、心地よい重さが混じった。歩幅を少しだけ小さくして、王城の空気に身体を合わせる。周囲の視線は刺さらない。むしろ、布のように僕の動きに沿って流れていく。

 終盤、グロッサム侯爵やエフェルト公爵、ゼローキア侯爵の顔も見えた。先に短い挨拶を済ませてあるので、今は目礼だけで十分だ。グラドの姿もあり、こちらを見つけると親指を一つ上げて笑った。僕も同じ合図を返す。彼は高いところが苦手だが、こういう場ではいつもどっしりしている。他の六伯とも仕草で挨拶を交わす。

 最後の総舞踏が近づくと、広間の空気が少し引き締まった。王様が立ち、短い言葉で今季の結びを告げる。

「今年もよく踊った。よく働いた。次の季も、各々の務めを果たせ」

 拍手が重なり、音が高みへ昇る。僕は手を打ちながら、胸の奥で静かに数える。子どもの席から始まった社交が、いつの間にか別の地面に足を置かせてくれている。挨拶に歩き回った足と、挨拶を受けるために立ち止まった足。どちらも同じ自分の足だ。

 終演の合図。灯が少しだけ落とされ、出口へ向かう流れが緩やかに動き出す。エメイラが僕の腕を取る。

「よく頑張りました」

「うん。八時間……今年も長かった」

「でも、あなたの長さは人を疲れさせない。そこがいいところよ」

 背後でローランが咳払いを一つ。

「おめでとう、ローラン」

「ありがとうございます。……褒賞は仕事で結構です」

「じゃあ明朝、倍ね」

「半分でお願いします」

 アールが控えで笑いを堪え、すぐ真顔に戻る。

「今夜は、言葉を飲み込む練習が一番難しかったです」

「よくやった。飲み込んだ言葉は、紙にして出せばいい」

 外に出ると、夜気がひんやりと肺を洗った。馬車の列は静かに進み、石畳に車輪の音が絶え間なく続く。僕は一度だけ城を振り返る。明かりがいくつも灯り、今季の終わりを穏やかに照らしていた。いつのまにか、挨拶される立場にいた。けれど、挨拶を返す手の高さは昔と同じでいい。短く、確かに。来季へ持っていくのは、その感覚だ。
 エメイラが肩に羽織を掛けてくれる。ローランは紙束を胸に抱え、アールは馬車の段差を一つ確かめてから僕に道を開けた。
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