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14歳の助走。
ストラ兄さんの結婚式。
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夜明け前、スサンの天使の白衣を連れて王城の裏門から入った。合図の鐘とともに納入口の扉が開き、一流の目利き……ジャッジ達が次々と木箱を運び込む。魚は目が澄んで腹は張り、仔牛は色が美しい。香草は露の香りが残り、卵は均一、乳は甘い。各箱の封を切るたび、ムーヤさんが短く頷き、ロマさんが手元の帳に印を付けていく。
「本日の分、受領。変化なし」
「王城印の温度記録、こちらも良好」
僕は手袋を外し、魚の腹を指でなぞって身の返りを確かめる。問題ない。仕込みに入ろう。
蒸しの釜に水を張り、出汁をとり、野菜は刻み分け。前菜のアラカルトは台を三つに分けて一気に仕上げる段取り。スープは澄ましと野菜の二路を湯飲み型で。魚は香草で包んで蒸し、肉は薄切りの火入れ。口直しの氷菓は甘さを控え、メインは穀の炊き合わせ、サラダは柔らかな葉。デザートは果実と練り焼き……全部、予定通り。
侍従を呼んで段取りの最終確認をする。
「祝辞は三本。乾杯は前菜二巡の終わり。王族席は配膳を一拍遅らせます」
「承知しました。アレルギー卓は甲殻、木の実、乳の三系統を完全分離。器の高さは一段低く、匙は柄長」
「氷菓は溶けやすい。動線を空けてください」
「合図は目だけで。音は使いません」
大舞踏会も食事会も一緒にやってきた面子だ。話は早い。
「じゃあ、式が済んだらまた見に来る。頼んだよ」
「お任せください」
厨房を離れて大聖堂へ向かうと、すでに列席者で埋まっていた。高い窓の光は柔らかく、白い花が静かに香る。案内の侍従に導かれて所定の席に着く。途中、お爺さんとミシェ姉さんと顔を合わせて目で笑う。
「リョウエスト、今日の料理はどうかしら?」
声の方を見ると、スクワンジャー公爵夫人とゼローキア侯爵夫人が並んでいた。
「バッチリです。前菜から最後の一匙まで、誰も取り残しません」
二人は同時に微笑んで、扇を軽く打ち合わせた。
「楽しみにしておりますわ」
「ええ、皆がね」
静かに楽が止み、式が始まる。先にストラ兄さんが一人で聖壇の前に立つ。背筋はいつも通りまっすぐで、けれど今日はどこか柔らかい。その時、扉が開き、スクワンジャー公爵とゼローキア侯爵が、それぞれ娘の手を取って入ってきた。マリーダさんは淡い色の衣をふわりと揺らし、メリンさんは凛とした目で前を見据える。父の腕を離れる指先が、少しだけ震えた。
作法通り、三人は聖壇の前に並ぶ。司教の声が穏やかに響く。
「この場において、互いを生涯の伴侶とするか」
「誓います」
兄の声はよく通り、二人の返事は澄んでいた。指輪が光り、小さな音を立てて薬指に収まる。息をのむ気配が広がり、司教が静かに頷く。
「それでは……どうぞ」
ストラ兄さんが一歩進み、二人と向かい合って、そっと目を閉じる。軽やかに重なる影。唇が触れた、その瞬間だった。
聖壇の奥、神像の輪がふっと明るくなった。最初は灯りが揺れたのかと思った。次に、石でできたはずの衣の襞が、光の粒で縁取られて見えた。温かい、やわらかな光。眩しくはない。けれど胸の奥にすとんと落ちる。
「みなさま……神の奇跡です」
司教の声が震え、次の瞬間、祈りの言葉が広がった。誰かがすすり泣き、誰かが深く頭を垂れる。
僕も両手を組み、目を閉じた。リーリシアに、ありがとう。二人のこの日を、見ていてくれてありがとう。どうか、この先も。
祈りが静かに収まると、光もまた、何事もなかったかのように石の衣に吸い込まれていった。誰もがしばらく言葉を失い、やがて自然に拍手が広がる。スクワンジャー公爵夫人は目元を押さえ、ゼローキア侯爵夫人は娘の背を誇らしげに見つめている。お父さんとお母さんは手を握り合い、ロイック兄さんはこっそりとハンカチで目元を拭き、ストラ兄さんは二人の手をしっかり握って笑った。マリーダさんは頬を赤くし、メリンさんは軽く顎を引いて微笑む。
司教が最後の祝福を告げる。
「この日の光が、あなた方の道を照らしますように」
鐘が鳴り、扉が開く。祝福の言葉が左右から降りそそぎ、花片がふわりと舞う。僕は二人の後ろ姿を見送り、胸の奥の熱を静かに整える。すぐに仕事が待っている。
「行ってくるね」
エメイラが微笑んでうなずく。
「いってらっしゃい。今日はあなたの料理が、二人の記憶になるわ」
僕は軽く返事をして踵を返す。王城のキッチンへ。段取りは整っている。
「本日の分、受領。変化なし」
「王城印の温度記録、こちらも良好」
僕は手袋を外し、魚の腹を指でなぞって身の返りを確かめる。問題ない。仕込みに入ろう。
蒸しの釜に水を張り、出汁をとり、野菜は刻み分け。前菜のアラカルトは台を三つに分けて一気に仕上げる段取り。スープは澄ましと野菜の二路を湯飲み型で。魚は香草で包んで蒸し、肉は薄切りの火入れ。口直しの氷菓は甘さを控え、メインは穀の炊き合わせ、サラダは柔らかな葉。デザートは果実と練り焼き……全部、予定通り。
侍従を呼んで段取りの最終確認をする。
「祝辞は三本。乾杯は前菜二巡の終わり。王族席は配膳を一拍遅らせます」
「承知しました。アレルギー卓は甲殻、木の実、乳の三系統を完全分離。器の高さは一段低く、匙は柄長」
「氷菓は溶けやすい。動線を空けてください」
「合図は目だけで。音は使いません」
大舞踏会も食事会も一緒にやってきた面子だ。話は早い。
「じゃあ、式が済んだらまた見に来る。頼んだよ」
「お任せください」
厨房を離れて大聖堂へ向かうと、すでに列席者で埋まっていた。高い窓の光は柔らかく、白い花が静かに香る。案内の侍従に導かれて所定の席に着く。途中、お爺さんとミシェ姉さんと顔を合わせて目で笑う。
「リョウエスト、今日の料理はどうかしら?」
声の方を見ると、スクワンジャー公爵夫人とゼローキア侯爵夫人が並んでいた。
「バッチリです。前菜から最後の一匙まで、誰も取り残しません」
二人は同時に微笑んで、扇を軽く打ち合わせた。
「楽しみにしておりますわ」
「ええ、皆がね」
静かに楽が止み、式が始まる。先にストラ兄さんが一人で聖壇の前に立つ。背筋はいつも通りまっすぐで、けれど今日はどこか柔らかい。その時、扉が開き、スクワンジャー公爵とゼローキア侯爵が、それぞれ娘の手を取って入ってきた。マリーダさんは淡い色の衣をふわりと揺らし、メリンさんは凛とした目で前を見据える。父の腕を離れる指先が、少しだけ震えた。
作法通り、三人は聖壇の前に並ぶ。司教の声が穏やかに響く。
「この場において、互いを生涯の伴侶とするか」
「誓います」
兄の声はよく通り、二人の返事は澄んでいた。指輪が光り、小さな音を立てて薬指に収まる。息をのむ気配が広がり、司教が静かに頷く。
「それでは……どうぞ」
ストラ兄さんが一歩進み、二人と向かい合って、そっと目を閉じる。軽やかに重なる影。唇が触れた、その瞬間だった。
聖壇の奥、神像の輪がふっと明るくなった。最初は灯りが揺れたのかと思った。次に、石でできたはずの衣の襞が、光の粒で縁取られて見えた。温かい、やわらかな光。眩しくはない。けれど胸の奥にすとんと落ちる。
「みなさま……神の奇跡です」
司教の声が震え、次の瞬間、祈りの言葉が広がった。誰かがすすり泣き、誰かが深く頭を垂れる。
僕も両手を組み、目を閉じた。リーリシアに、ありがとう。二人のこの日を、見ていてくれてありがとう。どうか、この先も。
祈りが静かに収まると、光もまた、何事もなかったかのように石の衣に吸い込まれていった。誰もがしばらく言葉を失い、やがて自然に拍手が広がる。スクワンジャー公爵夫人は目元を押さえ、ゼローキア侯爵夫人は娘の背を誇らしげに見つめている。お父さんとお母さんは手を握り合い、ロイック兄さんはこっそりとハンカチで目元を拭き、ストラ兄さんは二人の手をしっかり握って笑った。マリーダさんは頬を赤くし、メリンさんは軽く顎を引いて微笑む。
司教が最後の祝福を告げる。
「この日の光が、あなた方の道を照らしますように」
鐘が鳴り、扉が開く。祝福の言葉が左右から降りそそぎ、花片がふわりと舞う。僕は二人の後ろ姿を見送り、胸の奥の熱を静かに整える。すぐに仕事が待っている。
「行ってくるね」
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「いってらっしゃい。今日はあなたの料理が、二人の記憶になるわ」
僕は軽く返事をして踵を返す。王城のキッチンへ。段取りは整っている。
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