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14歳の助走。
謁見の場での宣言。
王都に戻ってすぐ、宮内からの返文は簡潔だった。謁見服で指定の刻に来い……了解、と二つ折りにした紙を懐に収め、礼装を整える。靴底の革を磨き、肩章の糸を整え、剣帯を締め直す。いつもより少しだけ深く息を吸って、王城の白い回廊を進んだ。
扉の前で控えていると、呼び声が響く。
「リョウエスト・バァン・スサン名誉伯爵様、ご入来ー!」
僕の番だ。扉が左右に開き、磨かれた床の上を歩く。三歩目で一礼、所定の位置で跪き、頭を垂れる。視線の端に並ぶ諸侯の衣が白と緋に揺れ、鎧金具の鈍い光がひと筋走った。
「ただいまより本日三回目の謁見が行われる。一同、頭正面。国王陛下、王妃様、王太子様、第二王子様ご入来ー!」
陛下だけかと思っていたが、一家勢揃いだ。重い裳裾の気配が近づき、玉座の上に気配が収まる。
「国王陛下に敬礼!」
左右で衣擦れが一斉に鳴り、僕も深く頭を垂れた。
「一同、面を上げ!」
顎を引いて顔を上げる。王様の視線が真っ直ぐに落ちてくる。王妃様は柔らかな光を宿した目でこちらを見、ウルリッヒ殿下は穏やかな頷き、ルマーニ殿下は口元を引き結んでいる。
「リョウエストよ、報告を聞こう」
「はい、王様。先王陛下御遺言により建設しておりました静養の家……寮、宿舎、公衆浴場、厩、門番詰所、外構まで、ようやく完成いたしました」
「うむ、ご苦労だった」
玉座の上で短く頷かれる。
「それから、志金並びに志券の件、よくぞ思いつき、よくぞ実行した。名を出さず、使い道だけを示し、八日ごとに二行で報せるとな。簡にして要。民が倣いやすい」
「もったいなきお言葉」
「リョウエスト、そちを激賞し、褒賞を授ける。褒状と綬章、ならびに護持会の監査線を王家名で保証する王意、後ほど受け取るように」
「はい、王様。ありがたき幸せ」
周囲で小さく息を呑む気配が走る。褒賞は僕一人にとどまらず、仕組みそのものに王家の保証線を引くという意味だ……ここでそれを宣するのは、内にも外にも強い合図になる。
「ところでリョウエスト。成人後の身の振り方を考えたか」
場の空気が一段、静かに張る。
「はい、王様。伯爵家を興したく存じます。旅で見て回り、戻ってから、領を得て、異種族が働ける場を刻んでいきたい」
「よくぞ申した」
王様の声にわずかな笑みが乗る。
「その言葉を待っていた。今後とも臣として励めよ。王国は、働く者を愛し、働く場を増やす者を愛する。そちの道は、王家の道とも交わる」
「はい、王様」
玉座の脇で王妃様が静かに頷く。視線の端で、スクワンジャー公爵が目を細め、ゼローキア侯爵が口の端をわずかに上げ、エフェルト公爵の席には満足げな影が落ちた。これは僕個人への言葉であると同時に……伯爵家を興す意思を、王家の面前で明らかにし、三派の目の前で承認する、公の宣言だ。僕は背筋をただし、胸の内で一度、礼を重ねた。
「本日の謁見は以上。褒賞は詰所にて伝達。リョウエストはこの後、控えの間へ」
儀礼の合図が続き、場が一度解かれる。退出の列が動き出すのを待って、侍従に導かれ、脇の扉から小広間へ入る。厚い扉が静かに閉じられ、空気がやわらぐ。姿勢を改めたところで、王様と王妃様が入ってこられた。ウルリッヒ殿下も一緒だ。
「お前には……褒める言葉が見つからない」
王様はいつもの簡潔さで言って、それから少しだけ笑った。
「いや、見つからないからといって少なく言うのは良くないな。よくやった。よく、皆を巻き込み、よく、名を出さずに仕組みを残した」
「身に余るお言葉」
「今後とも頼む。王は人の手でしか届かぬところが多い。お前はその手をよく繋ぐ。……それから」
王様は視線を落とし、僕の両目を見た。
「お前の異世界の知恵も、また貸してほしい。すべてを真似る必要はない。けれど、形ではなく約束を持ち帰る、その目が欲しい」
「はい。約束を持ち帰ります。形は、こちらの土に合うように置きます」
王妃様が微笑む。
「あなたは民の歩幅を忘れない。それが良いのです。急がないこともまた、才のうち」
ウルリッヒ殿下は短く言った。
「静養の家、早く見に行きたいな。父上に暇をもらって」
「いつでも。護持会の掲示を八日ごとに変えますので、その刻に合わせると賑やかです」
「面白い。二行の報せ……好きだよ、あれ」
侍従が盆を差し出し、褒状と綬章、それに王意が載った封筒が渡された。封蝋は赤。文言は短いだろう。けれど効き目は長い。
「受け取りました。皆にも王様の言葉をそのまま伝えます。ご苦労、と」
「頼む」
王様は頷き、王妃様は「あの場所に、良い風が吹きますように」と小さく祈る仕草をしてくださった。
控えの間を辞し、回廊に出る。石床がひんやりと足裏に伝わる。外の光が廊下の端で四角に切り取られている。廊の向こうから、スクワンジャー公爵が歩いてきて、短く会釈を送ってくる。
「見事な報告だったな」
「ありがとうございます」
次いでゼローキア侯爵が、肩で笑った。
「伯爵家を興すと言ったな。……面白くなる」
「精進します」
エフェルト公爵は言葉少なに親指を立て、視線で「よくやった」と告げてくれた。僕は頭を下げ、余計な言葉を足さない。今日の言葉は、王様の口で十分に出されたのだから。
王城を辞し、馬車に戻る前に、小さな机を借りて二行を記す。
「静養の家の完成、褒賞拝受。成人後伯爵家興す旨、公に」
「王意に護持会監査線の保証。異世界の知恵、形ではなく約束を」
墨を乾かし、封をしてストークに手渡す。
「写しをローランとサイスさんへ。それから現場の掲示に一行、工事完了の報を添えて」
「承知いたしました」
馬車に乗り込む前、石畳の上で一度だけ空を見上げた。雲は薄く、風は西から。先王様の言葉から始まった仕事がひと区切りを迎え、次の約束の場所へ目印を移す時だ。成人まで、あと少し。旅に出て、戻って、伯爵家を興す……今日の謁見は、その道筋を皆と共有するための場だった。王家の前で言葉にした約束は、もはや僕一人のものではない。だからこそ、急がない。
扉の前で控えていると、呼び声が響く。
「リョウエスト・バァン・スサン名誉伯爵様、ご入来ー!」
僕の番だ。扉が左右に開き、磨かれた床の上を歩く。三歩目で一礼、所定の位置で跪き、頭を垂れる。視線の端に並ぶ諸侯の衣が白と緋に揺れ、鎧金具の鈍い光がひと筋走った。
「ただいまより本日三回目の謁見が行われる。一同、頭正面。国王陛下、王妃様、王太子様、第二王子様ご入来ー!」
陛下だけかと思っていたが、一家勢揃いだ。重い裳裾の気配が近づき、玉座の上に気配が収まる。
「国王陛下に敬礼!」
左右で衣擦れが一斉に鳴り、僕も深く頭を垂れた。
「一同、面を上げ!」
顎を引いて顔を上げる。王様の視線が真っ直ぐに落ちてくる。王妃様は柔らかな光を宿した目でこちらを見、ウルリッヒ殿下は穏やかな頷き、ルマーニ殿下は口元を引き結んでいる。
「リョウエストよ、報告を聞こう」
「はい、王様。先王陛下御遺言により建設しておりました静養の家……寮、宿舎、公衆浴場、厩、門番詰所、外構まで、ようやく完成いたしました」
「うむ、ご苦労だった」
玉座の上で短く頷かれる。
「それから、志金並びに志券の件、よくぞ思いつき、よくぞ実行した。名を出さず、使い道だけを示し、八日ごとに二行で報せるとな。簡にして要。民が倣いやすい」
「もったいなきお言葉」
「リョウエスト、そちを激賞し、褒賞を授ける。褒状と綬章、ならびに護持会の監査線を王家名で保証する王意、後ほど受け取るように」
「はい、王様。ありがたき幸せ」
周囲で小さく息を呑む気配が走る。褒賞は僕一人にとどまらず、仕組みそのものに王家の保証線を引くという意味だ……ここでそれを宣するのは、内にも外にも強い合図になる。
「ところでリョウエスト。成人後の身の振り方を考えたか」
場の空気が一段、静かに張る。
「はい、王様。伯爵家を興したく存じます。旅で見て回り、戻ってから、領を得て、異種族が働ける場を刻んでいきたい」
「よくぞ申した」
王様の声にわずかな笑みが乗る。
「その言葉を待っていた。今後とも臣として励めよ。王国は、働く者を愛し、働く場を増やす者を愛する。そちの道は、王家の道とも交わる」
「はい、王様」
玉座の脇で王妃様が静かに頷く。視線の端で、スクワンジャー公爵が目を細め、ゼローキア侯爵が口の端をわずかに上げ、エフェルト公爵の席には満足げな影が落ちた。これは僕個人への言葉であると同時に……伯爵家を興す意思を、王家の面前で明らかにし、三派の目の前で承認する、公の宣言だ。僕は背筋をただし、胸の内で一度、礼を重ねた。
「本日の謁見は以上。褒賞は詰所にて伝達。リョウエストはこの後、控えの間へ」
儀礼の合図が続き、場が一度解かれる。退出の列が動き出すのを待って、侍従に導かれ、脇の扉から小広間へ入る。厚い扉が静かに閉じられ、空気がやわらぐ。姿勢を改めたところで、王様と王妃様が入ってこられた。ウルリッヒ殿下も一緒だ。
「お前には……褒める言葉が見つからない」
王様はいつもの簡潔さで言って、それから少しだけ笑った。
「いや、見つからないからといって少なく言うのは良くないな。よくやった。よく、皆を巻き込み、よく、名を出さずに仕組みを残した」
「身に余るお言葉」
「今後とも頼む。王は人の手でしか届かぬところが多い。お前はその手をよく繋ぐ。……それから」
王様は視線を落とし、僕の両目を見た。
「お前の異世界の知恵も、また貸してほしい。すべてを真似る必要はない。けれど、形ではなく約束を持ち帰る、その目が欲しい」
「はい。約束を持ち帰ります。形は、こちらの土に合うように置きます」
王妃様が微笑む。
「あなたは民の歩幅を忘れない。それが良いのです。急がないこともまた、才のうち」
ウルリッヒ殿下は短く言った。
「静養の家、早く見に行きたいな。父上に暇をもらって」
「いつでも。護持会の掲示を八日ごとに変えますので、その刻に合わせると賑やかです」
「面白い。二行の報せ……好きだよ、あれ」
侍従が盆を差し出し、褒状と綬章、それに王意が載った封筒が渡された。封蝋は赤。文言は短いだろう。けれど効き目は長い。
「受け取りました。皆にも王様の言葉をそのまま伝えます。ご苦労、と」
「頼む」
王様は頷き、王妃様は「あの場所に、良い風が吹きますように」と小さく祈る仕草をしてくださった。
控えの間を辞し、回廊に出る。石床がひんやりと足裏に伝わる。外の光が廊下の端で四角に切り取られている。廊の向こうから、スクワンジャー公爵が歩いてきて、短く会釈を送ってくる。
「見事な報告だったな」
「ありがとうございます」
次いでゼローキア侯爵が、肩で笑った。
「伯爵家を興すと言ったな。……面白くなる」
「精進します」
エフェルト公爵は言葉少なに親指を立て、視線で「よくやった」と告げてくれた。僕は頭を下げ、余計な言葉を足さない。今日の言葉は、王様の口で十分に出されたのだから。
王城を辞し、馬車に戻る前に、小さな机を借りて二行を記す。
「静養の家の完成、褒賞拝受。成人後伯爵家興す旨、公に」
「王意に護持会監査線の保証。異世界の知恵、形ではなく約束を」
墨を乾かし、封をしてストークに手渡す。
「写しをローランとサイスさんへ。それから現場の掲示に一行、工事完了の報を添えて」
「承知いたしました」
馬車に乗り込む前、石畳の上で一度だけ空を見上げた。雲は薄く、風は西から。先王様の言葉から始まった仕事がひと区切りを迎え、次の約束の場所へ目印を移す時だ。成人まで、あと少し。旅に出て、戻って、伯爵家を興す……今日の謁見は、その道筋を皆と共有するための場だった。王家の前で言葉にした約束は、もはや僕一人のものではない。だからこそ、急がない。
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