【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

気持ちいい夜。

 準備八日目の昼前、カレルの勘定表に目を通していると、机の端の速文板が震えた。エメイラからだ。

『リディアが見当たらない。あなたのところ?』

 すぐに返す。

『こちらに来た。事情は王城にも伝達済み。旅に同行させる』

 ほどなく返文。

『了解。彼女は頼もしいけれど、王都は刺激が多い。あなたも周りも、気をつけて』

『心得た。動線はストークが引いている。何かあればすぐ知らせる』

 と書いて送ると、窓辺で尻尾を揺らしていたナビが、じっと僕を見上げて「にゃ」と細く鳴いた。完全に「置いていかないで」の目だ。

「一緒に行くよ」

 そう言って抱き上げると、ナビは満足げに喉を鳴らし、ソファの背で丸くなった。そこへ今度は各伯からの速文が一斉に届く。封を切るたび、似た文句が踊る。

『龍ってマジか?』
『本当に龍? 本当に?』

 僕は笑って同じ言葉で返す。『マジだ』
 しばしの沈黙の後、『準備する』『歓迎の段取りを変える』『飛行の合図を教えてほしい』『子ども達に言っていい?』そんな返事が次々に戻ってきた。何を準備してくれるのだろう。ちょっとだけ胸が高鳴る。

 ヤルス君は朝から走り回っている。ストークの指導で来客の導線と扉のノック、レラサンスの下で茶器と食器の扱い、アールの下で挨拶と立ち位置、トーマスの下で荷駄の括りと見張りの交代……息が上がっても、目は死なない。

「次は何をすれば!」

「深呼吸。息を整えるのも仕事のうち」

 それでも昼下がりには、従者見習いとしての形が見え始めていた。やる気が歩いているような少年だ。ここまで来れば、連れていくしかない。

 夕刻、リディアがふらりと部屋に顔を出した。

「うまい酒が飲みたい。王の酒も良いが、街の匂いのするやつがよい」

 アインスに声をかけると、彼は二つ返事で笑った。

「いい店がありやす。青の技でお供いたしやすよ」

 フィア、ツヴァイも連れて、王都でも評判という酒場へ向かう。表の提灯はまだ明るく、扉を開けると温かい湯気と焼き物の香りが胸に入った。

「いらっしゃい……って、まあ綺麗なお客さんだこと」

 女将が目を丸くして笑い、広めの卓をあてがってくれる。リディアは人のざわめきと器の触れ合う音に耳を澄ませ、口角を上げた。

「王都も、悪くないの」

 まずは地のエールを頼む。泡が立つ。リディアは一口含んで、目を細めた。

「穀の甘みが残る……よい出来じゃ」

 焼き串、煮込み、香草の効いた焼き餃子。リディアの盃は止まらない。アインスは隣で静かに合わせ、時折、辺りの気配を目でさらう。

「リョウ様、左手奥、酔いすぎが一人。店の者がうまく出してくれやす」

「ありがと。目線は低く」

 フィアは気配を消すのが上手い。ツヴァイは必要な時だけ一歩前に出る。僕らの卓は楽しげで、でも静かだ。やがて店の常連が楽師を呼び、小さな笛と弦が鳴り始めた。リディアは指先で卓をとん、と軽く叩く。

「音が良い。人が集まる音は、腹に響く音じゃな」

 途中、女将が瓶を一本抱えてきた。

「お客さん、この店でいちばん強いのをね。たまにしか開けないけど」

 琥珀色の液体。栓を抜いた瞬間、果実と木の香りが立ち上がる。リディくアは嬉しそうに笑い、盃に一杯注いで女将と乾杯した。

「良い店は、人が良い」

「そう言ってもらえるとねえ」

 女将は目尻の皺をさらに下げ、代金のことを気にしないで楽しんでおくれ、と言って去った。カレルの顔が浮かんだので、心の中で「明細はちゃんと残します」と謝っておく。

 外へ出ると、夜風が熱をさらっていく。リディアは大きく伸びをした。

「王都の夜は、星の隙間が少ないが、灯が海のようで悪くない」

 ナビはリディアの肩に飛び乗り、翼を小さくたたんだ。二人はすっかり仲良しだ。

「明日も走る!」

 ヤルス君が拳を握る。アインスが笑って肩を叩いた。

「まずは明日の朝一番に起きるところからでやす。寝坊は減点で」

「起きます!」

 ローランは店先の灯の下で、手紙の束を整えた。

「各伯への到着予告は、朝に発つ便で。リディア同行の件は末尾に一行だけ添える。驚かせすぎないように」

「頼む」

 僕は大通りを見渡した。明日もまた、やることが積み上がっている。それでも、こういう夜の呼吸があると、前に進む力が少しだけ増える。リディアは横目で僕を見て、酒臭い息で笑った。

「良い顔になったの。リョウ」

「君のおかげもある」

「ならば、明日も良いものにすればよい。わらわは隣で飲んでおる」

 ナビが「にゃ」と相槌を打つ。王都の夜は賑やかで、でも僕らの歩調は落ち着いていた。旅立ちまであと少し。各伯の「準備する」が、どんな顔をして出迎えてくれるのか……その想像で、心が少し軽くなる。レラサンスが先に立ち、タウンハウスの明かりが近づいた。扉を開けると、ミレイユが静かに立っていた。

「お帰りなさい。明日の文、清書できています」

「ありがとう。いい夜だ」

「はい。いい夜です」

 僕は頷き、明日の束を受け取った。灯を落とす前、窓から見える星は少なかったが、灯の海は確かに輝いていた。旅のはじまりにふさわしい夜だと思った。
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