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14歳の助走。
ドワーフ達の変化。
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朝一番、まだ炉の息が白い時間にグラドが僕らを迎えに来た。広間の扉を出て坂を下ると、鉄と炭の匂いが濃くなる。鍛冶場の大棟をくぐると、最初の一撃が胸に響いた。炉口が開き、赤い光があふれ、ふいごの音が重層的に重なる。火床の前にはドワーフの親方が四人、背後には火の民が二人で風の加減を見ている。横の冷却槽には水竜人の若者が張りつき、温度の具合を目と肌で確かめていた。さらに奥、金床脇の台では小人が寸法刻みの定規を配っている。ここはドワーフの仕事の心臓部……なのに、ちゃんと異種族が入っているのが一目でわかる。
リディアが炉の前まで歩き、熱で頬を赤くしながら笑った。
「良い火じゃ。まだ若いが、息が続く」
「朝だからの」と親方が鼻で笑う。「昼にはもっと吠える」
火箸で引き出された鋼が金色に光り、ハンマーが雨のように降った。四人の槌が一音もずれない。それを見ていたトーマスが、珍しく小さく感嘆の息を吐く。ローランは炉の配置と材料の流れを目で追い、ふいごの回数と交代の間合いを数えている。カレルは冷却槽の水替えの頻度を親方に尋ね、メモにさらりと落とした。アールは目をまん丸にして、ハンマーの軌道を体でなぞっている。僕はただ、胸の奥が熱くなるのを感じていた。生きた鉄の音は、いつ聞いても心をまっすぐにする。
ふと視線を横へやると、やりすぎなものが目に入った。ふいごが三段構えで並列稼働、風量は片側の火の民が杖で微調整、もう片側は予備ふいごに常時足をかけて待機。金床はなぜか二基が背中合わせ、どちらにも同じ工具が完璧に揃っている。冷却槽は小舟が浮かぶほど巨大で、水竜人が泳いで撹拌していた。リディアがくくっと笑う。
「うむ、やりすぎ。だが嫌いではない」
「安全のやりすぎは褒め言葉だ」とグラドは胸を張る。「止まりたくないのだ、火は」
炉の息を十分に味わったところで、次は工房へ。僕が発明した旋盤を導入した棟は、長い軸からベルトが何本も走り、各台に魔導軸と水車の併用で動力が届いている。木の車輪が静かに回り、鋼の心棒が滑らかに回転していた。高精度の軸受けを削る台、瓶の口金を削る台、印鑑のように刻印を彫る台。作業台の上には六種族標準度量衡の刻印板が置かれ、削り出し寸法の合否を即座に判定している。検査台で小人が針のような目をしてゲージを差し込み、にこりともせず合格の板に置く。ローランが低く感心の声を漏らした。
「このレイアウトは流れる。無駄がない」
「バァンの最初の図面があったからな」とグラド。「それを少しだけ、やりすぎた」
やりすぎ部分は明らかだった。フライホイールがどう見ても不要なほど巨大で、床がわずかに揺れる。切粉の回収箱が三重構造で、最後の箱には小人が座って切粉を選別している。アールが口をあけ、ミレイユが苦笑しながら記録をとる。僕は止めずに親指を立てた。
「……嫌いじゃないよ」
次は玉鋼の工房。小ぶりの炉が並び、炉の口がやや狭い。精錬した鋼の塊を打ち延べ、畳み、また打つ。親方の手元には僕が教えた配合と火加減の記録板があり、炉の上の壁には「今日の火」の色見本が貼られている。刀身の肌は波のように細かく現れ、研師の台には水が落ちる音が静かに流れていた。エルフの若者が研磨工程に入っていて、金属の肌に光を一枚一枚貼っていく。ドワーフの親方が腕を組んでいる。
「やりすぎだと思うか」
「思う」と僕は笑う。「だって名工の仕事だ」
「うむ、褒め言葉と受け取る」
親方は柄巻の台を示した。獣人の器用な女の子が、糸の張りで表情を変えながら柄を巻いている。水竜人は焼き入れの見極め役で、水面に刃を入れる角度を厳しく見ている。火の民は火の番に徹し、エルフは仕上げの研ぎに集中。異種族の配置が自然だ。グラドが横でにやにやしている。
「結局、良い仕事をしたい者は、良い場所へ寄ってくるのだ」
「そのための入口と記録を、僕が用意する。君は火を絶やさないで」
ステンレスの工場はさらに明るかった。大窓から光が入り、床は水で流しやすい緩やかな傾斜。板を圧延するローラーは魔導駆動で、表面の保護膜を傷めないよう水と酒石の混合液を霧状に噴く。火花は少なく、音も低い。瓶や食器、医療器具の部品がラインを流れ、最後に検印台で底に刻印を入れる。グロッサム侯爵家と取り決めたロット番号が控えに記され、搬出用の木箱の側面には僕とグラドの取り決めによる規格票が括られていた。カレルが梱包の仕組みをじっと見て、仕入れの帳面の空欄を頭で埋めていく。ローランは輸送の順路図にしたがって、街道と運河の積み替え回数を指で確認した。
「この量なら、運河ギルドの新規格でも詰められる」
「頼む」とグラド。「鉄の街は流れてこそ栄える」
やりすぎはここにもあった。ローラーの脇に検査台が二重にあって、同じ検査をそれぞれ別の種族がやっている。小人の精密検査とエルフの色味検査、どちらも合わないと先に進めない。さらに仕上げの端切れを使った刃当たり試験台があり、なぜかリディアが興味津々で試していた。
「ふむ……匂いが移らぬ。良い」
「お墨付きだ」とグラドが胸を叩く。例のスキットル職人が、このラインの端で小さく拳を握っているのが見えた。
移動の合間、僕はグラドに尋ねた。
「異種族の配属は、どうやって決めたの?」
「試しと欲じゃ」とグラドはあっさり言う。「やる気がある者を炉の前に立たせる。手と目のどちらが先に動くかを見る。向いている方へ回す。嫌なら戻せば良い。記録は……あの小人共がねちねちと取っておる。助かる」
「ねちねちが世界を回すからね」
「うむ。火とねちねち、どちらも大事だ」
ローランが横から口を挟んだ。
「配属票は見せていただけますか。短い訓練で戦力化できる型が見えるはずです。ルステイン側でも活かしたい」
「構わん。酒を一本、賄賂に置け」
「置きます」とローランは即答した。グラドが嬉しそうに笑う。
ひと通りの見学を終えると、鍛冶場の脇の小さな広場で、若い職人達が昼の握り飯を頬張っていた。アールが混ざって腰を下ろし、見習いの子らに声をかける。
「君らの仕事、外の世界にどう伝えたらいい?」
「見に来てもらえば早い」と見習いの一人が言う。「うちの母ちゃんでもわかるように」
「じゃあ、見学の日を作ろう。説明役は君だ」
「え、俺が?」
「君の言葉が一番届く」
見習いが照れくさそうに笑い、グラドが遠くから親指を立てた。ミレイユはそのやり取りを短く書きつけ、カレルは見学日のための小さな寄付箱の試算を書き足す。トーマスは人の流れを見て、将来の安全動線を頭に引く。リディアは握り飯を一つもらって、うまい、と言いながら太陽を見上げた。
「バァン」とグラドが少し真面目な声になる。「今日見せたのは、わしらの今だ。明日も火を燃やす。だが、人は入れ替わる。異種族も増える。紙と約束で、明日の火を守れ。わしらは鉄で守る」
「わかった。約束は僕が書く。火のために邪魔を減らす」
「うむ。それで良い」
最後に、玉鋼の工房で一本の小刀を見せてもらった。鞘から抜くと、刃文が細かく揺れ、光が呼吸する。親方が目を細める。
「お前が言った通りに、最後の石を変えた。少しだけ粘って、少しだけ粘らぬ」
「それだよ」と僕は嬉しくなった。「使い手が安心して攻められる刃だ」
「攻めるのはお前の仕事だろう」とグラドが笑う。「鉄は守り、紙は整え、酒は励ます。やりすぎくらいがちょうどいい」
リディアが小刀に鼻を近づけ、ふむ、と頷いた。
「良い匂いがせぬ。鉄の匂いしかしない。それが良い」
親方が、ほんの少しだけ顔をほころばせる。胸の奥の熱は、まだ残っていた。僕は小刀を鞘に戻し、親方へ深く頭を下げた。
鉄の街の空は、昼でもわずかに赤い。炉の息が規則正しく続き、槌の音が途切れない。やりすぎな工夫と、やりすぎな情熱と、やりすぎな安全の積み木。その上で異種族の手と目が動いている。僕はその光景を胸にしまい、グラドと肩を叩き合った。
「さて、次は会談だね」
「うむ。腹を決める話をしよう。火の前でな」
リディアが炉の前まで歩き、熱で頬を赤くしながら笑った。
「良い火じゃ。まだ若いが、息が続く」
「朝だからの」と親方が鼻で笑う。「昼にはもっと吠える」
火箸で引き出された鋼が金色に光り、ハンマーが雨のように降った。四人の槌が一音もずれない。それを見ていたトーマスが、珍しく小さく感嘆の息を吐く。ローランは炉の配置と材料の流れを目で追い、ふいごの回数と交代の間合いを数えている。カレルは冷却槽の水替えの頻度を親方に尋ね、メモにさらりと落とした。アールは目をまん丸にして、ハンマーの軌道を体でなぞっている。僕はただ、胸の奥が熱くなるのを感じていた。生きた鉄の音は、いつ聞いても心をまっすぐにする。
ふと視線を横へやると、やりすぎなものが目に入った。ふいごが三段構えで並列稼働、風量は片側の火の民が杖で微調整、もう片側は予備ふいごに常時足をかけて待機。金床はなぜか二基が背中合わせ、どちらにも同じ工具が完璧に揃っている。冷却槽は小舟が浮かぶほど巨大で、水竜人が泳いで撹拌していた。リディアがくくっと笑う。
「うむ、やりすぎ。だが嫌いではない」
「安全のやりすぎは褒め言葉だ」とグラドは胸を張る。「止まりたくないのだ、火は」
炉の息を十分に味わったところで、次は工房へ。僕が発明した旋盤を導入した棟は、長い軸からベルトが何本も走り、各台に魔導軸と水車の併用で動力が届いている。木の車輪が静かに回り、鋼の心棒が滑らかに回転していた。高精度の軸受けを削る台、瓶の口金を削る台、印鑑のように刻印を彫る台。作業台の上には六種族標準度量衡の刻印板が置かれ、削り出し寸法の合否を即座に判定している。検査台で小人が針のような目をしてゲージを差し込み、にこりともせず合格の板に置く。ローランが低く感心の声を漏らした。
「このレイアウトは流れる。無駄がない」
「バァンの最初の図面があったからな」とグラド。「それを少しだけ、やりすぎた」
やりすぎ部分は明らかだった。フライホイールがどう見ても不要なほど巨大で、床がわずかに揺れる。切粉の回収箱が三重構造で、最後の箱には小人が座って切粉を選別している。アールが口をあけ、ミレイユが苦笑しながら記録をとる。僕は止めずに親指を立てた。
「……嫌いじゃないよ」
次は玉鋼の工房。小ぶりの炉が並び、炉の口がやや狭い。精錬した鋼の塊を打ち延べ、畳み、また打つ。親方の手元には僕が教えた配合と火加減の記録板があり、炉の上の壁には「今日の火」の色見本が貼られている。刀身の肌は波のように細かく現れ、研師の台には水が落ちる音が静かに流れていた。エルフの若者が研磨工程に入っていて、金属の肌に光を一枚一枚貼っていく。ドワーフの親方が腕を組んでいる。
「やりすぎだと思うか」
「思う」と僕は笑う。「だって名工の仕事だ」
「うむ、褒め言葉と受け取る」
親方は柄巻の台を示した。獣人の器用な女の子が、糸の張りで表情を変えながら柄を巻いている。水竜人は焼き入れの見極め役で、水面に刃を入れる角度を厳しく見ている。火の民は火の番に徹し、エルフは仕上げの研ぎに集中。異種族の配置が自然だ。グラドが横でにやにやしている。
「結局、良い仕事をしたい者は、良い場所へ寄ってくるのだ」
「そのための入口と記録を、僕が用意する。君は火を絶やさないで」
ステンレスの工場はさらに明るかった。大窓から光が入り、床は水で流しやすい緩やかな傾斜。板を圧延するローラーは魔導駆動で、表面の保護膜を傷めないよう水と酒石の混合液を霧状に噴く。火花は少なく、音も低い。瓶や食器、医療器具の部品がラインを流れ、最後に検印台で底に刻印を入れる。グロッサム侯爵家と取り決めたロット番号が控えに記され、搬出用の木箱の側面には僕とグラドの取り決めによる規格票が括られていた。カレルが梱包の仕組みをじっと見て、仕入れの帳面の空欄を頭で埋めていく。ローランは輸送の順路図にしたがって、街道と運河の積み替え回数を指で確認した。
「この量なら、運河ギルドの新規格でも詰められる」
「頼む」とグラド。「鉄の街は流れてこそ栄える」
やりすぎはここにもあった。ローラーの脇に検査台が二重にあって、同じ検査をそれぞれ別の種族がやっている。小人の精密検査とエルフの色味検査、どちらも合わないと先に進めない。さらに仕上げの端切れを使った刃当たり試験台があり、なぜかリディアが興味津々で試していた。
「ふむ……匂いが移らぬ。良い」
「お墨付きだ」とグラドが胸を叩く。例のスキットル職人が、このラインの端で小さく拳を握っているのが見えた。
移動の合間、僕はグラドに尋ねた。
「異種族の配属は、どうやって決めたの?」
「試しと欲じゃ」とグラドはあっさり言う。「やる気がある者を炉の前に立たせる。手と目のどちらが先に動くかを見る。向いている方へ回す。嫌なら戻せば良い。記録は……あの小人共がねちねちと取っておる。助かる」
「ねちねちが世界を回すからね」
「うむ。火とねちねち、どちらも大事だ」
ローランが横から口を挟んだ。
「配属票は見せていただけますか。短い訓練で戦力化できる型が見えるはずです。ルステイン側でも活かしたい」
「構わん。酒を一本、賄賂に置け」
「置きます」とローランは即答した。グラドが嬉しそうに笑う。
ひと通りの見学を終えると、鍛冶場の脇の小さな広場で、若い職人達が昼の握り飯を頬張っていた。アールが混ざって腰を下ろし、見習いの子らに声をかける。
「君らの仕事、外の世界にどう伝えたらいい?」
「見に来てもらえば早い」と見習いの一人が言う。「うちの母ちゃんでもわかるように」
「じゃあ、見学の日を作ろう。説明役は君だ」
「え、俺が?」
「君の言葉が一番届く」
見習いが照れくさそうに笑い、グラドが遠くから親指を立てた。ミレイユはそのやり取りを短く書きつけ、カレルは見学日のための小さな寄付箱の試算を書き足す。トーマスは人の流れを見て、将来の安全動線を頭に引く。リディアは握り飯を一つもらって、うまい、と言いながら太陽を見上げた。
「バァン」とグラドが少し真面目な声になる。「今日見せたのは、わしらの今だ。明日も火を燃やす。だが、人は入れ替わる。異種族も増える。紙と約束で、明日の火を守れ。わしらは鉄で守る」
「わかった。約束は僕が書く。火のために邪魔を減らす」
「うむ。それで良い」
最後に、玉鋼の工房で一本の小刀を見せてもらった。鞘から抜くと、刃文が細かく揺れ、光が呼吸する。親方が目を細める。
「お前が言った通りに、最後の石を変えた。少しだけ粘って、少しだけ粘らぬ」
「それだよ」と僕は嬉しくなった。「使い手が安心して攻められる刃だ」
「攻めるのはお前の仕事だろう」とグラドが笑う。「鉄は守り、紙は整え、酒は励ます。やりすぎくらいがちょうどいい」
リディアが小刀に鼻を近づけ、ふむ、と頷いた。
「良い匂いがせぬ。鉄の匂いしかしない。それが良い」
親方が、ほんの少しだけ顔をほころばせる。胸の奥の熱は、まだ残っていた。僕は小刀を鞘に戻し、親方へ深く頭を下げた。
鉄の街の空は、昼でもわずかに赤い。炉の息が規則正しく続き、槌の音が途切れない。やりすぎな工夫と、やりすぎな情熱と、やりすぎな安全の積み木。その上で異種族の手と目が動いている。僕はその光景を胸にしまい、グラドと肩を叩き合った。
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