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14歳の助走。
動き出す鉄の街。
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会談が終わるやいなや、火の街は一斉に動き出した。紙にした覚書にそれぞれの名を記し、炉の火で印を温めて押す。赤い印影が乾く前に、仕事が散っていく。
「里親工房の初回はわしが二組引き受ける」
グラドが親方衆を呼び集める。候補の若い衆に「飯を一緒に食えるか」が最初の問いだ。返事が早い二人が選ばれ、住まいと風呂の段取りをストークが走って決める。「鍵は二本ずつ、道具は貸し出し札を首から下げる。紛失は責めず、まず報告」と淡々と伝えると、若い衆は緊張した顔で頷いた。
僕は調停役の任命状を二通したため、各集落の代表と握手する。
「揉め事の一次はここで受けます。返事は貼り出します」
耳箱は目につきやすい腰掛け場の柱に据え、横に返事板の空白を用意した。トーマスが椅子の高さを三種並べ、子どもでも届く手洗いと水入れを真ん中に置く。「通り抜けは右回りに」と矢印を描く手つきが速い。カレルは共済箱の木札を持ち、初手の資金を帳面に記しながら「掛け金は薄く、払いは早く」を合言葉に据えた。
工房の帯では札の付け替えが始まる。匠の間、規格工房、試作室……新しい板が壁に揺れ、職人達が自分の持ち場を確かめる。試作室の棚には「失敗帳」と書かれた分厚い帳面が置かれ、最初の一行をグラドが笑いながら書いた。「刃の角度、やりすぎ」。どっと笑いが起き、緊張が抜ける。
その隙間を縫って、アールが風のように駆ける。
「明後日、鉄に感謝する日……やります。顔、貸してください!」
まずは市場の女将連。獣人のパン屋には肉汁を受け止める固めのパンを。小人の菓子屋には蜂蜜と香草の焼き菓子を。水竜人の亭主には冷やした魚のゼリー寄せを。火の民の屋台には辛い豆の煮込みを。エルフの娘には森のツルで編んだ皿と、香る葉のサラダを。どの店でも最初は目を丸くされ、次の瞬間に笑顔になる。
「皿の名はお前が決めろ。作り方は紙に残すぞ」
「はい、三行で。誰が、いつ、何を工夫したか……ですね」
ギルドの許可はローランと二人で腰掛け場の端に臨時の机を出し、通行と露店の調整をその場でさばく。ローランが引き取り時間と搬入路を紙に落とし、アールが走って押印をもらって戻る。「戻りました!」「早い」。二人のやり取りが小気味よく、周囲の親方達の眉がだんだん緩んでいく。
リディアは酒蔵の奥で樽を叩き、香りを確かめていた。「甘いの一つ、煙るの一つ、澄んだの一つ……三種で行くぞ」。スキットル職人は新しい栓の試作を抱えて走り、「匂いが逃げません」と胸を張る。グラドはその場で指を鳴らし、樽台の位置を決めた。「酔いの流れを作るな。水と飯を真ん中に置け」。トーマスが頷き、縄を張って人の流れを描く。
耳箱にはもう紙が入っていた。読めない字が混ざるのを見越して、受付の小人が静かに代筆する。最初の紙はこうだ。「混浴の日があるなら、時間を後ろにしてほしい」。返事板に僕はすぐ書く。「まずは後ろにずらします。評判を見て決めます」。人垣ができ、貼り出しの前で小さな拍手が起きた。
夕刻、里親工房の顔合わせ。ドワーフの一家が大鍋を用意し、異郷から来た二人が袖をまくる。飯の炊き方、風呂の順番、工具の置き場……書けば一行で済むことを、笑いながら覚えていく。「困ったら耳箱へ。もっと困ったら、うちの戸を叩け」。親方の言葉に若者の肩が少しだけ落ちた。緊張が、ほどける方へ。
翌日。匠の間の入口に名札の箱が置かれ、名工の手が自分の名を刻んで差し込む。「名はいらん」と言いながらも、差し込む手はどこか誇らしい。規格工房の壁には段位札の大きな板がかかり、初回の認定を七人が受ける。落ちた二人は試作室へ移り、治具に手をつけた。
「負けではない。橋を渡ったのだ」
グラドのひと言が、二人の背中を押す。
午後、アールは最後の走り。祭りの呼び札を街角に貼り、広場の子ども達に声をかける。「明後日、歌を一つ覚えてきて。短くていい。誰かの好きな歌を一節」。エルフの少年が頷き、火の民の少女が拳を握る。「わたし、辛い豆も持っていく」。
「辛いのの隣に水。約束」
「約束」
カレルは共済の最初の支払いを一件さばいた。刃で指を少し傷めた若い衆に、素早く包帯と温いスープが出る。帳面に残した一行は短い。「早く出す」。壁際で見ていた年配の職人が、帽子を取り上げて静かに礼をした。
夜。返事板は三枚目に入った。混浴の件、火の高さの苦情、子どもの遊び場の境界線……返事はすべて簡潔で、明日やれることから順に。腰掛け場では見知らぬ者同士が同じ椅子に腰を並べ、黙って水を回し、ひとことだけ言葉を交わす。「お疲れさま」「お互いに」。その短さが心地よい。
明後日の朝の段取りを最後に詰める。露店の位置、歌の順番、乾杯の言葉、万一のときの合図。トーマスが手の合図を確認し、ローランが時間の札を配り、ストークが衛兵との連絡路を一本で貫く。グラドは炉の温度を少し落とし、「祭りの間だけは、火にも休みをやる」と笑った。
寝る前、アールが扉の前で息を吐いた。頬は上気し、靴底は黒く、目はやけに澄んでいる。
「間に合いますかね」
「間に合わせるんだよ」
僕が笑うと、彼も笑った。
「明後日、鉄に感謝する日。絶対、良い日にします」
炉の息は静かに続いている。街はまだ働いているが、どこかで新しいリズムが混ざり始めていた。明後日、そのリズムが街じゅうに聞こえるはずだ。
「里親工房の初回はわしが二組引き受ける」
グラドが親方衆を呼び集める。候補の若い衆に「飯を一緒に食えるか」が最初の問いだ。返事が早い二人が選ばれ、住まいと風呂の段取りをストークが走って決める。「鍵は二本ずつ、道具は貸し出し札を首から下げる。紛失は責めず、まず報告」と淡々と伝えると、若い衆は緊張した顔で頷いた。
僕は調停役の任命状を二通したため、各集落の代表と握手する。
「揉め事の一次はここで受けます。返事は貼り出します」
耳箱は目につきやすい腰掛け場の柱に据え、横に返事板の空白を用意した。トーマスが椅子の高さを三種並べ、子どもでも届く手洗いと水入れを真ん中に置く。「通り抜けは右回りに」と矢印を描く手つきが速い。カレルは共済箱の木札を持ち、初手の資金を帳面に記しながら「掛け金は薄く、払いは早く」を合言葉に据えた。
工房の帯では札の付け替えが始まる。匠の間、規格工房、試作室……新しい板が壁に揺れ、職人達が自分の持ち場を確かめる。試作室の棚には「失敗帳」と書かれた分厚い帳面が置かれ、最初の一行をグラドが笑いながら書いた。「刃の角度、やりすぎ」。どっと笑いが起き、緊張が抜ける。
その隙間を縫って、アールが風のように駆ける。
「明後日、鉄に感謝する日……やります。顔、貸してください!」
まずは市場の女将連。獣人のパン屋には肉汁を受け止める固めのパンを。小人の菓子屋には蜂蜜と香草の焼き菓子を。水竜人の亭主には冷やした魚のゼリー寄せを。火の民の屋台には辛い豆の煮込みを。エルフの娘には森のツルで編んだ皿と、香る葉のサラダを。どの店でも最初は目を丸くされ、次の瞬間に笑顔になる。
「皿の名はお前が決めろ。作り方は紙に残すぞ」
「はい、三行で。誰が、いつ、何を工夫したか……ですね」
ギルドの許可はローランと二人で腰掛け場の端に臨時の机を出し、通行と露店の調整をその場でさばく。ローランが引き取り時間と搬入路を紙に落とし、アールが走って押印をもらって戻る。「戻りました!」「早い」。二人のやり取りが小気味よく、周囲の親方達の眉がだんだん緩んでいく。
リディアは酒蔵の奥で樽を叩き、香りを確かめていた。「甘いの一つ、煙るの一つ、澄んだの一つ……三種で行くぞ」。スキットル職人は新しい栓の試作を抱えて走り、「匂いが逃げません」と胸を張る。グラドはその場で指を鳴らし、樽台の位置を決めた。「酔いの流れを作るな。水と飯を真ん中に置け」。トーマスが頷き、縄を張って人の流れを描く。
耳箱にはもう紙が入っていた。読めない字が混ざるのを見越して、受付の小人が静かに代筆する。最初の紙はこうだ。「混浴の日があるなら、時間を後ろにしてほしい」。返事板に僕はすぐ書く。「まずは後ろにずらします。評判を見て決めます」。人垣ができ、貼り出しの前で小さな拍手が起きた。
夕刻、里親工房の顔合わせ。ドワーフの一家が大鍋を用意し、異郷から来た二人が袖をまくる。飯の炊き方、風呂の順番、工具の置き場……書けば一行で済むことを、笑いながら覚えていく。「困ったら耳箱へ。もっと困ったら、うちの戸を叩け」。親方の言葉に若者の肩が少しだけ落ちた。緊張が、ほどける方へ。
翌日。匠の間の入口に名札の箱が置かれ、名工の手が自分の名を刻んで差し込む。「名はいらん」と言いながらも、差し込む手はどこか誇らしい。規格工房の壁には段位札の大きな板がかかり、初回の認定を七人が受ける。落ちた二人は試作室へ移り、治具に手をつけた。
「負けではない。橋を渡ったのだ」
グラドのひと言が、二人の背中を押す。
午後、アールは最後の走り。祭りの呼び札を街角に貼り、広場の子ども達に声をかける。「明後日、歌を一つ覚えてきて。短くていい。誰かの好きな歌を一節」。エルフの少年が頷き、火の民の少女が拳を握る。「わたし、辛い豆も持っていく」。
「辛いのの隣に水。約束」
「約束」
カレルは共済の最初の支払いを一件さばいた。刃で指を少し傷めた若い衆に、素早く包帯と温いスープが出る。帳面に残した一行は短い。「早く出す」。壁際で見ていた年配の職人が、帽子を取り上げて静かに礼をした。
夜。返事板は三枚目に入った。混浴の件、火の高さの苦情、子どもの遊び場の境界線……返事はすべて簡潔で、明日やれることから順に。腰掛け場では見知らぬ者同士が同じ椅子に腰を並べ、黙って水を回し、ひとことだけ言葉を交わす。「お疲れさま」「お互いに」。その短さが心地よい。
明後日の朝の段取りを最後に詰める。露店の位置、歌の順番、乾杯の言葉、万一のときの合図。トーマスが手の合図を確認し、ローランが時間の札を配り、ストークが衛兵との連絡路を一本で貫く。グラドは炉の温度を少し落とし、「祭りの間だけは、火にも休みをやる」と笑った。
寝る前、アールが扉の前で息を吐いた。頬は上気し、靴底は黒く、目はやけに澄んでいる。
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