【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

特殊学級を見る。

 朝、獣人伯の家令が迎えに来てくれて学校へ向かった。校舎の一角、土間を切って作られた屋外教場に通されると、獣人の子たちが半円に並び、中央に小さな木柵。中には角の丸い草食獣や、荷車を引く時に使う若い牽き獣が数頭いる。先生が僕らに一礼してから、子どもたちへ声をかけた。

「今日は外からのお客人がいる。いつも通りでいい。見せたいことを、自分の言葉で」

 最初の子は背の高い犬族の少年だった。彼は胸に手を置き、深呼吸を一つ。そして獣の目線の高さまでしゃがむ。短い合図を三つ。牽き獣は耳をこちらへ向け、ゆっくりと歩み寄る。少年は慌てず、鼻先の前に掌を開き、額を合わせるように触れた。

「命令じゃなくて挨拶から始めるのが、ぼくのやり方です」

 次は猫族の少女。彼女は小さな角兎を連れ、輪っかの棒を三つ並べて、間隔を指で量り直した。

「今日は距離を少し伸ばします。昨日までは二歩でした。今日は三歩」

 角兎がためらい、少女は待つ。急かさない。その沈黙の長さに、教場の空気が静かに揺れる。やがて兎は一つ目を跳び、二つ目で止まり、三つ目を思い切って抜けた。少女は大げさに褒めず、額を軽く撫でるだけ。後ろでリディアが目を細めた。

「よい。我慢がある」

 獣人伯が小声で付け加える。「この学級は獣人だけだ。他の授業は混ぜているが、ここは血の才を扱う。興奮と失敗を丁寧に処理したい」

 先生が掲示板に貼られた記録紙を指さす。成功と失敗、時間と合図、相手の体調。細かい字でびっしりだ。僕は頷きつつ、手を挙げて問う。

「記録の付け方、とても良いですね。子ども自身の言葉で書く欄も、ありますか」

「あります」と先生。「字が苦手な子は絵で。『今日は焦らなかった』と書けたら、それで一歩です」

 続く発表も真面目で、肩に力の入った子もいれば、言葉に詰まる子もいる。総じて進みはゆっくりだが、その遅さが怖さを薄めているのがわかる。ローランが横で囁いた。

「速度は他種より遅いかもしれませんが、再現性を積み重ねていますね」

「うん。商いに出た時、無理をしない技術の方が役に立つ」

 最後に先生が総括する。「獣を操るといいますが、実のところは『お互いを壊さない関係を保つ』練習です。隊商は長い。焦った腕は、途中で折れる」

 教場を辞す前、子どもたちから逆質問が飛んだ。「空の船の動物は怖がりませんか」「運河の水音は獣が嫌がりませんか」。僕は正直に答える。「怖がる子もいる。だから迂回する。時間を買うのも、立派な技術だよ」。獣人伯が笑って頷いた。

     

 学校を出て市場へ。香草と干し肉の匂いが混ざる通りを抜け、裏手の空き地に回ると、広い訓練場が広がっていた。地面は固く均され、白い粉で車線が引かれている。見取り図を描いた掲示板、荷重を測る秤台、休憩の水場が三つ。僕が以前、獣人伯へ提案した隊商訓練の骨子……それが、ちゃんと獣人流に作り直されていた。

 獣人の御者組が声を合わせ、二頭立ての牽き獣をゆっくり回す。合図は短く、無理に走らせない。火の民は隊列の外輪で守りの演習。距離を徹底している。水竜人は護衛線の点検で、井距離を確認していた。ドワーフと小人は荷車の下で軸受けに油を差し、ボルトに規格印をひとつずつ打ち直す。エルフは森道の標識板を束ね、風の抜ける方向と日陰の寄り場を矢印で示す。標識の隅には、六種族の底印が小さく刻まれていた。

「見事だね」とアールが目を輝かせる。「声が短いぶん、身振りがよく通じる。隊商の顔になる合図だ」

「合図表はここです」と訓練係が手板を差し出す。手旗の位置、腕の角度、扇の開き方。ローランがそれを受け取り、口元だけで満足そうに笑う。

「これなら交易先へも共有できます。同じ表があるだけで、境で迷わない」

 トーマスはひたすら足で距離を測っている。狭い路地、曲がり角、坂道の手前での一時停止。危ない場所が赤い石粉で印され、子どもでもわかる。カレルは秤台の横で積載の流れを眺め、「損を出さない線」を指でなぞった。ストークは休憩場の位置を直し、陽炎隊の衛士と目配せを交わす。リディアは水場の縁に腰をかけ、草原酒のスキットルを傾けながら低く笑った。

「よく調えた。走っても、帰れる道だ」

 訓練は次の段へ移る。森抜けの想定で、エルフの標識に従い、隊商が左右に分かれて再合流する。合流点には小人が立ち、木札の数で隊列の整合を取る。遅れが出た組には、火の民が「ここで休め」を示す赤い旗。水竜人が水を渡し、御者は獣の耳を撫でる。誰も急かさないが、止まり続けもしない。少しずつ進む。僕が好きな動きだ。

 訓練係が僕に近づいてきた。「隊商学校、次の月から正式に開きます。御者は獣人中心、整備はドワーフと小人、護衛は混成。講師も混ぜます」

「入門に必要な紙は、簡単に」と僕。

「はい。名前と年と、苦手なこと一つだけ」

 獣人伯が最後に全体へ声をかける。「隊商は見世物じゃない。道そのものだ。道は互いのもので、互いの責任でもある」。返事は短いが、揃っていた。

 夕方、市場に戻ると、子どもたちが学校の発表の続きだと言って、簡易の台へ上がった。午前の学級の子も混じっている。角兎の少女が手を振る。「今日は三歩いけました」。周りの大人が笑い、誰かが干し肉の欠片をそっと差し出す。少女は首を振って、角兎の額だけを撫でた。

 僕は獣人伯に礼を言った。「学校も市場も、体温が高い。ゆっくりだけど、芯が強い」

「お前の言葉は、うちの道具になる」と獣人伯。「明日は隊商許可の窓口を見てくれ。紙の顔は、道の顔だ」

「任せてください。紙にできるだけの配慮を、紙でやってみます」

 空は青く、高く、乾いている。荷車の鉄の匂いと、発酵乳の酸い香りが風に交じった。ナビが肩で小さく鳴き、アールは合図表を胸に抱え、ローランは書板を脇に挟む。僕は心の中で小さく印を押した。ここでも入口は作れそうだ……誰にでも見える、明るい入口を。
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