【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

再びのチョコバァン。

 獣人領を後にして二日、森の縁を回り込むと、乾いた甘い香りが風に乗ってきた。焙煎したてのカカオの匂いだ。丘を一つ越えると、赤褐色の実をぶら下げた林と、天日に干された黒い豆の海が現れ、その手前に整えられた街路と新しい門があった。

「ようこそ、チョコバァンへ」

 門前に立つ鹿角の女が微笑む。鹿族の町長、リィナ。以前より肩の線が逞しく見えた。僕が馬車を降りると、リィナは胸に手を当てて礼をし、視線を上げる。

「リョウエスト様、町は今日もよく動いています。どうぞ、見てやってください」

「案内をお願いするよ、リィナ町長」

 隣でリディアがくんと鼻を鳴らす。

「うん。久しぶりじゃなここは。よい匂いじゃ。甘いのに、獣の森の気配がある」

 最初に通されたのは栽培区画だった。畝の間に水竜人が開いた小さな用水が走り、段々畑の縁には風除けの植え込み。エルフのアウルミナが子どもたちに葉色の見方を教えている。

「今日は水やり控えめ。午後の雲を待ってからにしましょう」

 若者トーホが手を挙げる。

「姐さん、こっちは実の割れが出てきた。収穫、いけそうだ」

「よく気づきました。切り替えます!」

 次に乾燥場。小人族フェレットが等間隔に並んだ干し台を、分刻みの札で回していた。

「日向、日陰、風。三つのバランスが命だ。鹿族の兄弟、札を見て動かす。考える乾燥だぞ」

 奥の棟に入ると、空気が一気に温かくなる。ドワーフのグラモルが焙煎釜の火を見ていた。

「温度の波、今日は小さめだ。豆の出来が良い。焦らずいくぞ」

 木べらで練る音、石臼の唸り、金具の微かな鳴り。工房の中央では、鹿族の若者が汗を拭きながら木の樋に流れるチョコを見ていた。表面に艶が出て、室の冷気でゆっくり固まっていく。

「ここは第一工房。あちらに第二が新設されました」

 リィナが指差す先には、同じ規模の棟が立ち上がり、入り口には「研修」と書かれた板。見学用の通路も整っている。ローランが静かに頷いた。

「受け入れの器がある。背伸びがないのが良いですね」

 通路を抜けると、薄い甘い匂いに混じって、羊皮紙とインクの匂いがした。発送所だ。梱包台に整然と並ぶ箱には「チョコバァン産・純カカオ菓子」と焼印。帳場では新しい書記たちが口述を受け、出荷票を作っている。ミレイユが耳を澄ませ、素早く書き振りを追っていた。

「口で受けて、紙に起こす。獣人の窓口、書記は別種族……獣人領のやり方がここには先んじてあったんですね。この印は許可の印ですか?」

「ええ。許可の印は三種併記です。鹿印、三族連印、そして王都規格の印」

 リディアが箱を一つ手に取り、くるりと返して目を細める。

「香りが逃げぬ工夫があるの。板の木目、よい。小人の仕事じゃな」

 広場に出る。昼の鐘が鳴り、屋台に列ができる。温かい飲み物、薄板のチョコ、果実と合わせた菓子。子どもたちが歌いながら列を捌き、若者が人の流れをゆるやかに誘導していた。揉め事の気配はない。合図が短く、笑い声が長い。

「夜は夜警が市場を回ります。香具師とも話がついて、刃物は置き、棒で間合いを作る掟が根付きました」

「よく歩いたね。誇りが育ってる」

 リィナが照れたように笑い、それから真顔に戻る。

「学びの場も見ていただけますか」

 通りの奥の集会所では、鹿族と他種族が混じった初等の学びが開かれていた。読み書き、数、そして衛生。先生役はエルフと鹿族の二人組。僕は扉の外で邪魔にならないよう腰を落とし、子どもたちの声を聴く。胸の奥が軽くなる。

「町長、ここまで整えるのに苦しい時も多かったでしょう」

「ええ……でも、笑っている顔の方が、今は多いです」

 リィナは深呼吸をして、報告書を一枚差し出した。簡素な要旨が添えられているが、数字は確かだ。月ごとの出荷、歩留まり、修理記録、見習いの合格率。カレルが横で目を走らせ、頷いた。

「支払いの遅延、現状なし。原料の前払い、季節で波が出ますが、緩衝の基金で吸収できています」

「基金は三族と鹿族の共同出資。困った時は互いに貸し、笑った時は互いに分ける。紙にしてから喧嘩が減りました」

 ローランが小声で言う。

「この書式、他の新興町にも展開できます。町長、後で写しを頂けますか」

「もちろん」

 午後は町政の部屋に案内された。壁には「町の約束」が絵札で貼られている。刃物を工房に持ち込まない、夜警への苦情箱、行政への褒め札の箱、異種族の混成職班表。議場の長卓では、鹿族、エルフ、小人、ドワーフの代表が並び、配分と修繕計画を手短に討議していた。議論の切り上げも自然だ。僕はただ聴く。求められた時だけ短く訊く。

「水の配分、乾季は水竜人伯の指導が入ると聞きました。連絡経路は?」

「この路線で八日ごとに伝令が回ります。詰所はここに」

 地図の角に小さな印。必要十分。僕は頷きだけで返した。

 夕方、広場で小さな式があった。第二工房の完成祝いに合わせて、王都への新作の初出荷だ。板チョコに刻印された鹿の紋と、三族の印、そして小さく町の名。トーホが胸を張って並べると、グラモルが太鼓を鳴らし、フェレットが出荷票を手で扇いだ。アウルミナは列の最後で子らの手を取り、歌の合図を出す。

「町長、最後に一つ、お願いがある」

 リィナが僕の方を見た。

「何なりと」

「僕の名は、商品にも町の石にも大きくは残さないでほしい。ここは皆さんの町だ。記録の奥に、いつもの通りで十分だよ」

「……はい」

 リィナは少しだけ目を潤ませて、それでも笑った。

「では、あなたの言葉は、ここに」

 彼女は掲示板の端に小さな板を打ち付け、黒い墨で短く書いた。

「収穫を誇りに、人の手で支え、町で笑う」

 拍手が起きる。リディアが肘で僕の脇をつつく。

「名はなくとも、匂いは残る。甘い匂いは、誰のものでもない。よいことじゃ」

 出発の刻、荷馬車の列が門を出る。夜群の若者が白布の棒を高く掲げ、列の隙間を風が抜ける。町の人々が手を振り、歌が短く重なって解けた。僕はリィナと向き合い、握手を交わす。

「町長、見事でした。次に来る時は、もう少しゆっくり菓子を味わいたい」

「いい店が増えました。あなたの席は、いつでも」

 日が傾き、馬車の影が伸びる。門の上の木札に刻まれた名を見上げる。チョコバァン。甘い香りと、人の手の熱と、短い合図の重なりが、静かに背を押した。僕らは手綱を受け取り、次の約束の地へと向かう。風はまだ、ほんの少し、甘かった。
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